【短編小説】「Ark」 (#6~#10/#22)

あなたは、人が二人、目の前で死ぬという経験をしたことがありますか?
そんな、一生に一度もないであろう経験を、私はしたのです。ーーー


Ark #6


「好きな人が出来たんだ」

それは、僕の精一杯の嘘だった。

数日前に知り合いの女の子に告白された

これは神様が与えてくれたチャンスだと思ったんだ

彼女を本当に幸せにするための。

適当に終わらせればいいと思った

彼女が僕を諦めてくれさえすればよかったんだ

「好きな人が出来たんだ」

彼女は、まるで言葉が理解できないといった顔をした後に静かに泣いた

僕はもう“泣かないで”とは言えなかった

Ark #7


私は、これ以上にないというくらい泣きました

楽園を追われたのです

でもきっと楽園を追われた理由は私にあるのです

丁度、知恵の実を食べてエデンを追われたアダムとエヴァのように

私は泣きました

三日三晩泣き続けました

そんな時、ふと声が聞こえたのです

“楽園に戻りたいか?”


Ark #8


僕は彼女を忘れようとはしなかった

いや、忘れてはいけないんだ

僕の一番大切な人を

そして僕は

僕の勝手な都合に付き合わせてしまった新しい彼女を、出来る限り大切にした

せめてもの償いとして

それでも、それでも僕は…

―――――――出来なかった


Ark #9

“楽園に戻りたいか?”

私は声の主が誰かも確認せずに

「戻れるのならば」

と、消え入るような声で答えました

すると、今度は合唱が聞こえてきたのです

“我々を楽園へ導ける箱舟は

  哀れなる魂を大地から解き放つ”

それはそれは美しく、幻想的な歌声でした

その歌の意味を私が解する間もなく

再び声が聞こえました

「救いを求める貴女にArk(アーク)を与えよう」

《Arkと呼ばれた物》

それは月光を受けて銀色に

キラキラと煌めいていました


Ark #10

呼ばれればどこへでも行った

会いたいと言われればたとえそれが深夜であったとしても向かった

欲しいと言われたもの全てを与えた

彼女の気の済むまで

ひたすら話を聴いた

僕は出来うる限り

新しい彼女を大切にした

彼女は素直に喜んでくれた

そして、愛してくれた

それでも僕は…

―――僕は、彼女を愛することが出来なかった




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