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【短編小説】「Ark」 (#11~#15/#22)

あなたは、人が二人、目の前で死ぬという経験をしたことがありますか?
そんな、一生に一度もないであろう経験を、私はしたのです。ーーー


Ark #11


気付けば歌声は聞こえなくなっていました。

あの声の主は神様なんだ

私はそう思うことにしました。

そしてあれはきっと天使の歌声

私に救いをくださったのだ、と。

それでも私には《Arkと呼ばれたもの》の使い方がわかりませんでした。

これをどう使えば、私は楽園に戻れるのでしょうか?

私はその事と彼のことだけを考え

ひと月を過ごしました

《Arkと呼ばれたもの》は相変わらず

キラキラと銀色に煌めいていました


Ark #12


どうしても、愛することだけは出来なかったんだ

僕の心にはいつも一番大切な人がいた

精一杯彼女を大切にした

けれども、気付けば僕は

街の雑踏の中に大切な人の影を探していたんだ

見つかるはずはなかった

彼女に注意される度に

見つからないことに落胆している僕がいた

そうしてひと月が過ぎた頃

僕はついに、雑踏の中に見つけてしまったんだ―――――


Ark #13


いつどのように使うべきかわからなかったので

私は《Arkと呼ばれたもの》をいつも持ち歩いていました

歩くと言っても目的があるわけではなく

ただふらふらと

まるで幽霊が浮遊しているかのように

私は街を彷徨っていました

もしかしたら私は

無意識のうちに彼の姿を探していたのかもしれません

そして私はついに見つけてしまったのです

哀しげに微笑んでいる彼と

その隣で楽しそうに笑っている、

見知らぬ女の姿を。

その瞬間

私はやっと《Arkと呼ばれたもの》の使い方を知りました

何とも言えない感情が

無限に沸き上がってきました

私はその感情を抑える術を

知りませんでした


Ark #14


彼女ははじめ僕に気付いていない風だった

街を歩いている姿は見るに堪えなかった

おぼつかない足取りでふらふらしている

彼女をそんな風にしてしまったのは、僕だ

本当はすぐにでも走りよりたかったけれど、それは躊躇われた

“僕にはそんな資格などない”

またいつも通りの台詞を呟いて

僕は隣にいる彼女の話に耳を傾けた

一番大切な人が、本当に幸せになれることを祈りながら。


Ark #15


私は鞄の中にあるArkを握りしめ

ゆっくりと、それでも確実に二人へと近づいていきました

何とも言えない感情と同時に溢れてくる

懐かしさと愛しさ

こんなにも彼のことが好きだったんだな

と、そう思うと自然と苦笑がもれました

笑ったのはいつぶりでしょうか

それでも二人の後ろ姿が大きくなるにつれ、顔が強張っていくのです

「楽園へ帰りましょう」

本当に、本当に小さな声で呟きました

誰もが第三者を気に留めもせず目的に向かっている、そんな雑踏の中

隣にいる彼女さえも気付かなかった小さな声を

唯、一人、

彼だけが気付いてくれたのです。



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