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薔薇の棘



薔薇と棘

薔薇というと真っ先にその花がイメージされます。一方で、薔薇という名前は棘のあるつる植物を指すイバラ(荊)から来ている(1)ことや、「薔薇に棘あり」「Every rose has its thorn.」「There is no rose without a thorn.」などのことわざにもあるように、棘(図 1)も薔薇の特徴的な部位であると考えられます。
ギリシャ神話では、女神アフロディテがその愛人であるアドニスのもとへ急ぐ際に薔薇の棘で足にかき傷を負い、その血により赤い薔薇が生まれた(2)、とされるエピソードがあるように薔薇と血液と赤い色が連想されるのも、薔薇の棘が関与しています。
以上のように薔薇を論じる上で、その棘の存在を無視することはできません。

図1.薔薇の棘


薔薇の棘

植物の棘は、leaf spine(葉針)、stipular spine(托葉針)、thorn(茎針)、prickle(刺状突起体)といった種類があります。(3)
これらは、由来となる組織が異なることで区別されています。茎針(thorn)は、芽から形成される棘であり茎や枝と同じく維管束組織(水や栄養素の通路となる組織)が含まれています。葉針(leaf spine)は、葉の組織から形成されるものであり、こちらも維管束組織が含まれます。刺状突起体(prickle)は、植物の表皮から形成されたものであり、維管束組織は含まれません。(4)
薔薇の棘は、前述のことわざにあるように茎針を意味する「thorn」と表現されていますが、実際には表皮組織に由来する刺状突起体(prickle)になります。(4)


薔薇の棘の機能

薔薇の棘は、草食動物などから身を守る(5)、周囲の構造物に引っ掛け自身の体を保持する(6)、などの機能を持つと考えられています。
薔薇の棘は硬く鋭いため、人間を含め動物が触れると皮膚を傷付けます。薔薇の棘は、薔薇を餌とする草食動物が薔薇に近づいて食べようとするのを防ぐことができると考えられます。また、薔薇はある程度成長すると自重で不安定になり、近くの構造物に寄りかかるようになります。構造物にうまく引っ掛け、風などで外れないようにするのに棘は役に立ちます。
このように薔薇の棘は、薔薇が生存するのに役立つ機能を有しますが、薔薇の品種の中には「Basye's Thornless」という棘の無いものもあります。(5)


イバラの象徴性

象徴としてのイバラは、剥奪や厳格、救済にいたる道、名声への道、真理、純潔、後悔、眠りや冬、物質主義、鋭敏な知性、肉欲の誘惑、燃料、など様々な事柄を表している(7)とされています。
キリスト教においては、イバラ(棘)は罪、悲哀、苦難を表し、キリストの受難の象徴(8) となっています。また、薔薇には元々棘は無く、原罪により棘が生じたとされます。その原罪が無い存在として聖母マリアは、「棘の無い薔薇」とも表現されます。(9)


まとめ

薔薇の棘は刺状突起体(prickle)であり、薔薇の生存に有利な機能を持つ組織です。人間を含め、動物を寄せ付けないため、どちらかというと人間や動物にとっては好ましくない部位かもしれません。しかし、薔薇を含め棘のある植物(イバラ)には様々な象徴が付与されていることから、人間は棘に意味や魅力を見出していると考えられます。
薔薇はその棘も魅力の一つだと言えますので、花だけでなく棘にも注目してみることで薔薇に対する理解を深めることができそうです。


参考文献

(1) 大場秀章. バラの誕生:技術と文化の高貴なる結合. 東京, 中央公論社, 1997, ISBN978-4-12-101391-0.

(2) Vries, A. de. rose バラ. イメージ・シンボル事典 532–536 (1984).

(3) Armani, Mohammed, Charles-Dominique, Tristan, Barton, Kasey E., Tomlinson, Kyle W. Developmental constraints and resource environment shape early emergence and investment in spines in saplings. Annals of Botany. 2019, vol. 124, no. 7, p. 1133–1142.

(4) Brown, Carrie. “Armed by Nature: Thorns, Spines, and Prickles”. Buckeye Yard & Garden onLine. https://bygl.osu.edu/node/2263.

(5) Zhong, Mi-Cai, Jiang, Xiao-Dong, Yang, Guo-Qian, Cui, Wei-Hua, Suo, Zhi-Quan, Wang, Wei-Jia, Sun, Yi-Bo, Wang, Dan, Cheng, Xin-Chao, Li, Xu-Ming, Dong, Xue, Tang, Kai-Xue, Li, De-Zhu, Hu, Jin-Yong. Rose without prickle:genomic insights linked to moisture adaptation. National Science Review. 2021, vol. 8, no. 12, p. nwab092.

(6) Gallenmüller, Friederike, Feus, Amélie, Fiedler, Kathrin, Speck, Thomas. Rose Prickles and Asparagus Spines – Different Hook Structures as Attachment Devices in Climbing Plants. PLOS ONE. 2015, vol. 10, no. 12, p. e0143850.

(7) Vries, A. de. thorn イバラ. イメージ・シンボル事典 633–634 (1984).

(8) Cooper, J. C. Thorn 棘、イバラ. 世界シンボル辞典 (1992).

(9) 池上英洋. 花園に咲く薔薇の香り-園芸の図像学(1)-. 園芸文化. 2006, no. 3, p. 7–16.

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