死者も生者も風の中に〜『岸辺の旅』
黒沢清の映画では、風が見えます。
カーテンがそよ風に優しく揺れていたり、白い布が強風で捲くれ上がるようだったり、人の前髪が不気味にそよいだり。風がいろいろな風情を醸しながら存在感を示す場面が必ずといっていいほど出てきます。私は、黒沢の風を見るたびごとに、何か映画的なことに触れたような気がして満足感を得てきました。そのような映画体験のあり方は奇妙に思われるかもしれないけれど、何かとセリフで重要なことを伝えようとする文学的な映画作品の多いことに、いつの頃からか食傷していたことも裏側にあるかもしれません。
黒沢清が吹かせる風はドラマを盛り上げるための単なる小手先の演出ではない。それ以上の何かだと思います。黒沢監督本人に聞けば「いや、ただの風だよ」と答えるかもしれませんが。
『岸辺の旅』は死者と生者が交歓する物語、風が不可欠であることは明らかで、オープニングシーンでいきなりカーテンが揺れる部屋の中が写しだされます。それから2時間、私はクロサワ・ワールドをさりげなく吹き抜ける風を見、風を体感しながら至福の時間を過ごしたことはいうまでもありません。
*『岸辺の旅』
監督:黒沢清
出演:深津絵里、浅野忠信
映画公開:2015年10月
DVD販売元:ポニーキャニオン