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最底辺から見いだす希望〜『プレシャス』

小錦も顔負けというような巨体をゆっさゆっさと揺らしながらプレシャス(ガボレイ・シディペ)が登場する。肥満した人間が時に醸し出す愛嬌やユーモラスな雰囲気とも無縁の、険しいばかりの表情が何度もクロースアップで捉えられるこの映画のヒロインの顔は、失礼ながらおよそ映画館の大きなスクリーンで是が非でも見たいと思う顔ではありません。こりゃたまらん、と思いつつ画面を観続けているうちに、このヒロインに全面的に共感するわけではないけれど、いつしか「こりゃ、たまらん」という思いは視界のうちに溶け出していることに気づきます。

母親のメアリー(モニーク)は生活保護を受けながら仕事を探すそぶりも見せず、家では娘に料理をさせ、時には暴力をふるいます。まだ16歳のプレシャスは父にレイプされ、かつてその子どもを生み、今も二人目の赤ん坊を妊娠しています。それがもとで中学校を退校処分になりフリースクールに通い始めるのですが、満足に読み書きもできず、人から愛される悦びを味わったこともない……。
米国の最底辺に生きる若者の悲惨な生活を描いていながら、不思議と、画面には悲惨さばかりが横溢しているわけでもなく、また作品が告発調に傾いているわけでもないのは何故でしょうか。

プレシャスは絶望的な環境に生きながら、決して人生そのものを投げているわけではないのです。自分が女優になって脚光を浴びている場面を夢見たりしています。随所にインサートされる空想シーンは、下手な監督の手にかかると本筋から浮きあがってしまって目もあてられなくなりますが、きちんと流れのなかにおさまっているのは演出の手腕というべきかもしれません。

監督のリー・ダニエルズは、主要な人物たちの会話シーンをもっぱらワンショットで捉え細かくカットを割ってつないでいます。手持ちのカメラが微妙に揺れ動くドキュメンタリー風のカメラワークとあいまって、初めはちょっとうるさく感じられたましたが、一人ひとりの顔をきちんと捉えていこうとするリー・ダニエルズの思いがそこにこめられているようにも思え、見終えた後には悪くないと思い直しました。

同じ境遇にいる同級生とよき教師に囲まれて、プレシャスは次第に人と交わりあっていくこと、愛されることの悦びを知っていきます。泣きを入れてくる母親にきっぱり拒絶の意思を示して歩き出すプレシャス。
ニューヨークで活躍する作家サファイアの小説の映画化ということですが、家族・血縁イデオロギーの凡庸なる称揚でまとめてしまわない結末も大いに気に入りました。

フリースクールの教師に扮したポーラ・パットンの凛とした美しさ、プレシャスを見守るソーシャルワーカー役をノーメイクで演じたマライア・キャリーの自然な存在感など、脇役陣もそれぞれに印象深い。

*『プレシャス』
監督:リー・ダニエルズ
出演:ガボレイ・シディペ、モニーク
映画公開:2009年11月(日本公開:2010年4月)
DVD販売元:ファントム・フィルム

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