マリオン・コティヤールの熱演と禁欲的な演出〜『エディット・ピアフ〜愛の讃歌』
エディット・ピアフについては、とりたてて関心も知識も持ち合わせているわけではありません。ですからこの映画の主演女優がピアフの雰囲気によく似ているとかいないとか、特徴をつかんでいるとかいないとか、そのような感想をもつことからあらかじめ解放された立場で、私はこの文章を綴り始めます。
数々のヒット曲で知られる著名な歌手の波乱万丈に富んだ生涯を描く、というのですから、いかようにもドラマティックに感動的に物語ることは可能なはずです。おなじみのナンバーを要所要所にちりばめれば、さらなる劇的効果が得られもするでしょう。けれどもその一方で、この種の伝記的映画にあっては、大仰な作劇術がかえって作品から「感銘」を受け取ることを妨げることが多いことも私たちは知っています。
自ら脚本を書き監督を務めたオリヴィエ・ダアンは、主演マリオン・コティヤールの熱演を得て、全体としてはやや禁欲的にエディット・ピアフの物語を描いてみせました。
ピアフが、マルク・バルベ扮するレイモン・アッソ(初めてピアフに歌の指導をした人物)に「歌うことは演じることだ」とアドバイスを受けた後にステージに立つシーンでは、あえて彼女の歌う声をオフにして、身体で歌を表現している様子が描写されます。
またピアフには、映画的な場面を構成すると思われるエピソードには事欠かないけれど、誰もがその名を知る同時代の著名人との華やかな交流は思いきり端折って、象徴的なシーンだけを切り取っています。たとえば、マレーネ・デートリッヒとの間で続いたとされる友情も、ニューヨークで初めて声をかけられたシーンのみに抑え、もっぱらピアフの初々しさを表出して、それ故に強い印象を残します。
もっとも、そのような脚色や演出が全面的に成功しているかどうかは評価のわかれるところでしょう。
また、いくつかの時制が複雑に交錯する編集がほどこされているので、ややもすると、彼女にまつわる挿話が断片的に立ち現れては消えていくような、ある種の不安定感に襲われぬでもありません。しかし、ピアフの生涯が直線的に進む順風満帆なものでなかったことを思い知るのであれば、行きつ戻りつする蛇行的な進み行きこそが、この主題にふさわしいスタイルであるようにも思われます。
それにしても、公式サイトにおけるレビュー欄をみると、この映画についてというよりも、エディット・ピアフの生き方に共感を示すような言説が多い。それほど、彼女の存在は亡くなった後も多くの人の心を惹きつけてやまない、ということなのでしょうか。それなら、私のような門外漢がこれ以上の多言を弄するのは控えた方が良さそうです。
何はともあれ、これまで何気なく聴いていた『NON JE NE REGRETTE RIEN~水に流して』がエンディングで歌われる時、ちょっと熱い思いがこみあげてくるかもしれない、そんな映画です。
*『エディット・ピアフ〜愛の讃歌』
監督:オリヴィエ・ダアン
出演:マリオン・コティヤール、シルヴィー・テスチュー
映画公開:2007年2月(日本公開:2007年9月)
DVD販売元:ギャガ
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