アーモンド・スウィート
伴牧葉は中央線の座席に座り窓ガラスに頭をつけ、外を流れる景色をただ眺めていた。飛ぶように流れる景色は、遮光ガラスを通してみるからか、ヤケた写真のような一昔二昔まえの景色のようで現実感がない。遮断機で待つクルマも新しいのかもしれないが古ぼけて見え、待ってる人の服装も新しく感じられず流行落ちした古着のように思える。
両親は優しい人達たちだったと思う。きっと自分が黙って家出をして、このまま名古屋まで行ってしまっても、心配こそすれ怒ったりしないだろ。子供に怒るということをしない親だった。だけど甘やかすというタイプでもなかった。放任主義というのとも違うと思う。娘を生まれた時から一つのりっぱな人格として尊重するというのを、結婚前に二人で決めたらしい。牧葉が小学校に上がる前、入学式の前の日に二人の前に座らされ、パパは言った。
「牧葉はもう立派な一個人だ。あなたは子供だとか、大人じゃないとか言われることがよその人からあると思うけども、何事も我慢してはいけないよ。でも自分の考えはちゃんと言わないといけない。言葉を尽くしても分かって貰えないこともあるし、分かってくれない人も世の中に沢山居る。それでも、何度も何度も言葉にして言わないと理解されないし、相手の勝手な都合を押し付けられてしまう。これから学校で出会うかも知れないイジメも、「イヤ」とか「ダメ」と口にだして言えば半分は会わないと思う。しかし中には言葉ではなく暴力で自分の意見を押し通そうする人がいる。必ずでてくる。言葉より手が先に出ると言うタイプだ。理不尽な暴力はいつの時代でも、誰であろうとも許されない。初めは狡猾に巧みに、暴力を振るう人が君たちを支配するかもしれない。でも、遠くない時間にその暴力は非難され、大勢の人の力で潰され、駆逐される。悪の栄えたためしはない。自分の意見は堂々と言って良いんだ。お互いに意見を言い、そしてお互いの意見に耳をかたむけることで、人は友達になれるんだ。沢山の同年代に人達と臆せず交際しなさい。そして大勢の人と友達をになりなさい」
四年間とちょっと東神田小学校に通って、同い年の人と付き合い、両親以外に「先生」と呼ばれる人とも付き合ってきたけども、まだ世の中の常識が全部わかったわけではないけども。十歳になって、両親と学校の先生、それ以外の沢山の大人に出会い話し合ってみて、なんとなく十年後の成人式の時間までに身につけなくてはいけない一般常識のような物がみえてきた。
小学校六年間、中学校三年間の合計九年間の義務教育期間で身につける常識は、学校で学ぶより社会で学んだ方が良いように思う。まして高校の三年間はまったく無駄な時間だと思った。社会で働くことで身につくものが、一番大事だと感じる。大学まで行ってからでも間に合うと椎本先生が言っていたが、約十年先取って社会に出ても、十年後に社会に出ても同じならば、自分は同年齢に人に先んじて社会に出てゆきたい。
大阪に住むみゆき叔母さんは、ママの十二歳下の妹。ママの兄弟はママとみゆき叔母さんをいれて、女・男・男・女・男・男・女の七人兄弟。ママは上から四番目の次女。みゆき叔母さんは一番下の三女。一番下で誰からも可愛がられたはずなのに叔母さんは中学で荒れた。ママのお母さん、牧葉のお婆ちゃんは子供たち一人ひとり誰も差を付けることなく育てた。なのに、みゆき叔母さんは十三歳の春、中学一年から二年生に上がるとき拗ねてしまった。家出を何度も繰り返し、ときどき街で補導され、お爺ちゃんお婆ちゃんは、両手の指以上に警察まで叔母さんを迎えに行ったそうだ。不良行為は中学卒業まで続き、高校は行かないと思われた。だけど周りの想像に反してみゆき叔母さんは夜間高校に通い、五年かけて卒業した。夜間高校に入学した理由は単純で仲の良かった女友達が一緒に入ったからで、五年通ったのは、夜間高校で出会った昼間は真面目に働き夜は学校に真面目に通ってくる十歳年上の男性と恋をしたからだった。男性とは夜間高校の五年間付き合ったが、男性がアメリカに単身で行ってしまったため結局別れた。夜間高校を卒業したあとに大阪に出て、夜の街で働くようになった。昼間は町の定食屋で働き、夜はミナミのスナックでも働いたそうだ。お金を貯めて自分の店を出すつもりだったとか、新しく彼氏が出来て貢いでいたとかはなくて、ただただ一生懸命働きたくて働いたそうだ。五年で三千万貯金できた通帳を見たときに、世界旅行をしよと急に思ったそうだ。定食屋もミナミのスナックも辞めて、一年間にヨーロッパ、アメリカ、南米、東南アジア、中近東、オーストラリア、ニュージーランドなど海外旅行を沢山したらしい。ただ旅行しただけじゃなく、沢山の海外の現地の男性ともお付き合いしたとか。アメリカでは五年前の男性と再会して、一緒に遊んで少しだけ楽しかったそうだ。でも男性にはロシア系アメリカ人の妻がすでに居たそうだ。抱き合えなかったのが残念だったらしい。
日本に帰ってきたみゆき叔母さんは、また真面目に働き出して今度も五年で三千万貯めたらしい。叔母さんは根がほんとうに真面目だったんだと思う。今度はその三千万円で大阪のアメリカ村に輸入雑貨の店を開いた。若い人をアルバイトとして受け入れ、バイトにくる人はしょっちゅう入れ替わるようだが、そこそこ繁盛した。
ママとは十二歳年が違う叔母さんは、実家ではママと親しくした思い出がないらしいが、高校卒業後、真面目に働くようになってから東京に遊びに出てくるとき、牧葉の神田の家に泊まりに来た。東京に居る間の半分は、みゆき叔母さん一人で自由に遊び、残りの半分は牧葉とママと東京のいろいろな場所で遊んだ。パパは可哀想だが、いつも家でお留守番。
東京に来るとみゆき叔母さんは昔から、牧葉をみて「牧葉ちゃんは、わたしの小さい頃のよく似ている」と言っていた。見た目も性格も、牧葉は叔母さんにそっくりだと思うそうだ。パパは牧葉は顔も性格もママに良く似てると言った、牧葉もそんな気がする。
牧葉は今回の遠出で大阪まで行くつもりだ。そしてみゆき叔母さんに会い、牧葉のどこが、何がみゆき叔母さんと似ているか聞いてみようと思っている。それと牧葉のこれからの来し方の参考に、叔母さんの今までの人生の本当の話しを、ママには内緒でじっくと聞いてみたい。
名古屋、大阪にだんだんと近づくにつれ、ドキドキと胸が高鳴ってきてくるのを牧葉は感じた。