アーモンド・スウィート
目の前の先輩は、秀嗣を楽しそうに目を細めて見ている。秀嗣は心の中で、なんだよ! と思いながら先輩の家のリビングのあっちっこちを見回して、先輩の視線を避けていた。
「ねえ、遊海くん。どんな絵を描いてるの?」
「えーっと、風景画です。北の丸公園や新宿御苑や、昭和記念公園に行って写生したり、水彩の道具を持っていってスケッチしたモノに簡単に色をつけたりします。まあ…いろいろ」
「へーっ……、誰かをモデルにして人を描いたりしないの?」
モデルになってくれる小学生なんているかよ、大人の人で子供のモデルになってくれる暇なヒトだっていないだろう、と秀嗣は毒づいた。せめてネコかイヌを描いたりしないの? て聞かれるなら現実味があるだろうけどもと、さらに続けて毒づいた。
「誰ですか。クラスの誰か? 芸能人、有名人の誰かですか?」
先輩の小馬鹿にしたような物言いと、見下すような目に少しどころかかなりイライラしてくる秀嗣だった。
「怒らないでよ」と先輩は含むように笑い。「好きな子いるの?」と話しを変えるという感じに聞いてきた。
「います」秀嗣は胸を張るように言い、「両想いとまで言えないかも知れないですけど、向こうもまんざらでもないです」
「へーっ!」先輩はイスの後ろに落ちるくらい大げさに後ろに倒れて驚いてみせたあと「ということは、好きですって告白したんだ」
「告白をしたと言うか…させられたというか……」
「させられた? はっきり告白しなさいよって?」
先輩は後ろに倒れていた身体を前のめりに座り直し、好奇心いっぱいの目で秀嗣を見た。
「わたしのこと好きでしょ? て聞かれたから、好きかも知れないと答えたんだけど…」
「告白させたれたわけね。じゃあ両想いじゃない」
「でも、そのあとに何かあったかと言えば何もなくて…あっそ、好きなんだという感じで終わった感じで…」
「進展がないのね、その後。それは不安だよねー。彼女が君のことを好きか嫌いかもはっきりしないんじゃね」
「好きなんじゃないかとは思いますけど、もっとグイグイと迫ったほうが良いのか。よくテレビなどに出てくる女の人たちが、男にリードされたいと言ってるじゃないですか。デート場所とか、デート場所で何をするかとか、何を食べるかを男に決めて欲しいって。だからグイグイと…」
「あー、それは君の感じ違い。別に男の子が自分勝手にデート場所やデートプランを決めて欲しいわけじゃなくて。とりあえず女の子の意見を聞いて、彼女の思っているデートプランをそれとなく想像して、いかにも自分(男の子)が考えたようにして彼女の思い通りのデートプランを組み立てて欲しいというを求めているのを隠しつつ、サプライズで喜ばせて欲しいという女の子のわがままな意見だから。本気にして君の好みで組み立てたデートプランで彼女を引きつり回したら即嫌われて、その場でバイバイってなるから」
秀嗣は「あーそんなんだ」と聞きながら、じゃあ切っ掛けはどうすればいいんだよと心の中で呟いた。その気持ちが顔に素直に出てしまったのかもしれない。
「とにかく毎日、彼女と会って何でもいいから会話して、何所か行きたいねとか、公園を散歩したいねとか、一緒にスケッチに行かないかとか、買い物に付き合って欲しいんだけど来てくれないかとか。好きな食べ物はなに? とか、好きなテレビ番組はなに? とか、好きなSNSは何? とか聞いて、彼女の好きそうなデートプランを考えてから、デートに誘ってみたら」
「なるほど」と先輩のアドバイスに、秀嗣は頷いた。
「先輩は好きな人いるんですか?」
何か自分だけ恥ずかしい告白をさせられて、根掘り葉掘り聞かれたような気がして、逆に恥ずかしい告白を聞いてやれという思いで秀嗣は聞いた。
「居るけど、学校の男子じゃない。といって大人の、有名なアーティストの熱を上げてますっていうズルを言うつもりもない」
「……その人も、絵を描いている人?」
「美術には関係ない。スポーツしてる人」
「あー、サッカーとか野球とか、陸上の選手とか水泳の選手とかですか」
「まあ……内緒。ただ両思いではないね。それに彼には彼女さんらしき人もいるって噂を聞くし」
先輩はリビングの天井を見つめながら、その誰かの姿を思い浮かべているらしい。そして、ふーっと溜め息を吐いた。
「ねえ、美術部に入る?」
「入らないです。絵は好きだけど、趣味だから」
先輩は、秀嗣を見つめながらまた目を細めた。
「みんな趣味よ。本気で将来絵描きや彫刻家に成ろうって思ってる人いないから。中学に上がっても美術部に入るかも分からないし。中学までは美術部に入っても高校はもうごめんなさいかもしれない」
「漫画家とかハンドメイド作家に成りたいと思う人は、小学校のときからマンガを描くのが好きだったり、自分でアクセアリー作ったり、手芸したりするのが好きだったりしたって聞きますけど」
「そだねぇ……、漫画家に成るひとは早いうち、小学生からプロに成るつもりで描いて応募していたって聞くよね。漫画誌の作家デビューの最年少は『19《Nineteen》』きたがわ翔さんとか『月光仮面』の桑田次郎さんで13才だったて聞くから驚きよね。ときわ藍さんも14才で『ちゃお』に漫画が載ったから凄いよね」先輩は感慨深げに何度も頷く。
「それに、細かい手芸が好きな女子って多いのもたしか。わたしも幼稚園までは熱中していろいろな物を作ったなー。それこそメル○リなどで販売しいる人の中には中学生、高校生の女子も多くいるって聞くし。まあ、だから美術部の活動の延長線上に手芸部的な活動があると想像するなら、君がいうようにプロの作家があるかもしれない。また藝大出たあと手芸っぽい作品を作って、アートフェアやコミケで売って生活している人が少なからずいるのもたしかね。アートフェアやコミケで見かけてるから」
「先輩、コミケに行くんすか」
「行くよ。弟たちを連れて」
「小学生だけで!?」
「コミケなんて危なくないもの。三人で行くよ。二回に一回程度だけど」
「親同伴でなくても大丈夫なの?」
先輩は遠目で見れば中学生にも高校生にも見えるか。小学生のわりに背が高く、顔も――秋篠○眞子さま――に似ているし、こうして向かい合ってしゃべらなければ分からなかったけど、黙っていれば大人っぽいし。
「様子を見るだけなら問題ない」と手を振り「まあ午前中は朝早くから並ぶけど。お昼すぎ午後のゆっくりした時間でも――アニメやゲーム関連の限定物やコミケ有名作家の限定数物なんかはサンプルも売れて見られないということもあるけど――まだまだ見る物は沢山残ってから。楽しいよ」
「買い物なんかもするんですか?」
「それはお小遣いが足りないから、しない。会場に入って見るだけ。それでも楽しく過ぎせるから、興味があるなら遊海くん行ってみたら。それとも次回一緒に行く?」
「デートのお誘いですか? 今度は」
「ばかねぇ…」先輩はカラカラという感じに声を出さずに笑い。「弟たちと遊海くん、四人でよ」
「あーそうだよね」へんな風に考えてごめんなさいと謝りたい気持ちと、「ちぇっ」期待させんなよというという気持ちに秀嗣は同時になった。
「明日も放課後、美術部に来なさいよ」
なんなんだ。なにがそんなに興味があるんだ、オレに。と思った。
「えっ! 明日は美術部の活動休みでは?」
「わたし放課後、村山先生にことわれば自由に教室使って良いことになってるんだ。だから好きな時に絵を描いて、この間のように美術部の活動に縛られず、気が乗らないときは休むこともあるの」
「特権っすね」
「んー、…特別扱いだね」フフッと笑った。
秀嗣には、先輩がわざと声を出して笑ったように見えた。
(つづく)