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アーモンド・スウィート

 かつおとこんぶ、そして新鮮な魚で作った天種、大根、ウィンナーソーセージ、ロールキャベツ、巾着などが入ったおでんの良い匂いが、秀嗣が座っているテーブルにまでくる。鼻だけで至福だ。
「はい。すじとつみれと巾着」
 柿境月姫が、彼女の母のサービスで秀嗣に出してくれたおでんの皿を持ってきてくる。
「ありがとう」と言って、秀嗣はさっそく割り箸を割ってすじを半分にして食べ始めた。
 月姫は夕方の人の多い店内を忙しく動き回っている。小学校五年生にしてすっかりおでん屋の客商売が板につき始めている。店を前の方では月姫の母が、子供の風呂桶くらいの大きさ鍋でおでんの世話をしながら商店街を通るお客に夕飯のおかずに、プラス一品おかずにおでんを売っている。店の奥の調理場では父親が大根、コンニャク、厚揚げなど煮染めるのに時間が係る物、おでん定食、おでんを肴に一杯飲む客のためにおでんを世話している。
「月姫はさ、なんで金里(穂乃佳)たちと同じ班に入ったの?」
「えっ? (菅原)葵ちゃんが一緒の班に成ろうって誘ってくれたから」
「菅原と仲良かったんだ」
「葵ちゃんとは前から、学校の外でも遊ぶから」
「でもさぁ…男子は松村と亀田も一緒の班だぜ」
「松村も亀田も落ちつきないけど、女子に対してはそんなに悪戯は酷くないんだよ。いまだに女子は悪戯されると泣くと思ってるみたい」
 月姫の返事を聞いても納得のいかない顔の秀嗣。月姫、別のテーブルの男性客に呼ばれて注文を聞きに行く。
 菅原葵と仲が良かったのかぁと、月姫の初めての情報を考えてみる。するてえと、菅原が(山崎)三保子を選ばず月姫と山川に声をかけたということか…。もしかして三保子、菅原にハブられたか? 
「それでも金里と山川(絵美)と一緒になったのが解せないんだけど」
 月姫が、男性客が注文のしたビールを届終え、秀嗣のテーブルに戻って来たので聞いた。
「金里さんと山川さんとは、わたし別に仲悪くないもの。嫌って避ける必要ないじゃない。ちょっと口が怖いだけで、接し方を注意しておけば何でもない」
「うーん。わざわざ?」
「わざわざ金里さんと山川さんと一緒にグループになった訳でもないし」
「何か、他の理由はあったの?」
 月姫は、すぐに答えたくない様子になる。そして呼ばれたわけでもなく奥の調理場に引っ込んでしまう。
 また秀嗣は考える。残るは及川渓だ。及川は本名を及川渓バッチャンといい。お父さんがインドの人で、日本とインドの間で貿易商をしている。及川は何より草花が大好きな変わった男で。学校の園芸係は一年から五年生の今までずーっとしている。朝、昼の休み時間は、校庭や屋上の花壇の世話をせっせとしているし。放課後もときどき花壇で土をいじっている姿をみかける。土・日の休日も、近所の大人と近くの児童公園の植え込みの花や木の世話をしている姿を東神田小のみんなに見られている。きっと花を愛する心優しい男だと思うが、秀嗣からすると十歳のいまから植木いじりが好きだなんて、大人びているというか精神が枯れている。子供っぽくない気がする。男子として格好良くないと思っている。男子は心も体もわんぱなで、元気なほうが女子から好かれるはず。
 それに「優男、金と力は無かりけり」と大人たちは言っているの聞く。花を愛するのが一番の特徴だなんて、優男と呼ばずになんと呼ぶんだ。
 本当に及川のことが好きか月姫に聞いてみよう。及川のどこが好きかもついでに。
「ねえ、月姫。もしかして及川渓のことが好きなの?」
 バッと、顔を赤くした月姫が、引っ込んでいた調理場の奥から出てきた。
 あっ! 本当だった、と秀嗣は感づいた。
「及川のどこが好きになったの? 花を愛するところ?」
「ばっ、ばっ、ばか! ヘンなこと、わたしの店で言いふらさないの!」
「あいつは一組でも一番優しいとおもうよ。でも男らしくはないよね」
「わたし男らしいとか女らしいとかいうの気にしないし、そういう考え好きじゃない。だいたい…わたし及川のこと好きじゃないし…」
 じゃあ、なんで今も顔が赤いの? とは秀嗣は聞かなかった。
「なあ、月姫。三保子は…ハブられてる?」
「な、な、なに? 山崎さんのこと?」
「うん。菅原とペアになるつもりだったんだって。月姫と三保子は仲が良いの? だいたい」
「知らないよ。わたしは葵ちゃんとは書道教室で小学校上がる前から一緒だったから。山崎さんは書道教室は一緒じゃないし。二人が仲が良いかも分からないし。山崎さんがハブられているかも知らない」
「書道教室は二組の渡辺優香里のところ?」
「そう。渡辺さんのお母さんがやってる書道教室」
「三保子とは仲いいも、ないもないの?」
「山崎さんとは話したこともない。学校以外で遊んだことも、一緒にどこか行ったこともないよ。秀嗣のほうが山崎さんとよくしゃべってるんじゃない?」
「まーね」
「班決めのとき、山崎さんが最後まで残っていたことが気になるの?」
 秀嗣は黙り、おでんをつみれと巾着まで食べ終える。
「イイんだけど…」
 ただ誰かに、山崎はなぜ最後まで残ったのか聞きたかっただけだから、と秀嗣は月姫のところに来た理由が言えないで言葉を飲み込んだ。
                             (つづく)
※「優男、金と力はなかりけり」は間違い。「色男、金と力はなかりけり」が正しいです。

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