アーモンド・スウィート 十夢
今宮十夢は自分のことが分からなくなっていた。小学校二年生くらいまでは、自分は男子でもないし女子でもないと思っていた。どっちかと言えば女子寄りだと思っていた。しかし三年生になった9歳頃から自分は本当は女の子として生まれるはずだったのに、間違って男の子に生まれてしまったんじゃないかと思うようになった。どうも男子たちが興味を持つゲームだとか、野球、サッカーに興味が持てない。乱暴な振る舞いをする男子を見ると体が震える、怖いし嫌な感じがした。落ち着いた平和な世界がいい。女子も表面は穏やかでも、内部は周りに女友達の噂話ししたり悪口を言ったりドロドロとして嫌な感じと聞くけども、殴ったり蹴ったりして人傷つけるよりは何十倍もましだと感じた。
東神田小から帰ってきたら家の手伝いをしなければならなかった。十夢の家は酒屋で、その他にもいろいろ、ばあちゃんはタバコを売っている、お母さんはお弁当を作って売っている、お父さんの妹のヒロミおばさんは千葉や埼玉の農家さんから仕入れた泥つきの無農薬野菜を玄関で売っている、お父さんとヒロミおばさんの夫のサトシさんはお酒や醤油、その他調味料の配達をしていました。
十夢の仕事は、店の外の掃除と店で売れた商品の補充です。店には裏庭があり、大きなプレハブの倉庫がありました。その中にお酒やジュース、醤油、調味料、お酒のおつまみの入った段ボールなどがあります。バックヤードにもスペースはあるのですが、バックヤードはお母さんのお弁当の予備、ヒロミおばさんの野菜などが置いてあって、お酒やジュースも置いたら、足の置き場もなくなってしまいます。
学校から帰ってきたら、まず商品の補充です。焼酎と清酒の四合瓶はよく売れます。おつまみも魚肉ソーセージ、燻製笹かまぼこ、ナッツ類が良く出ます。商品を素早く補充を済ませ、次に店の外を箒で掃き。最後に店の正面のガラス窓と自動ドアのガラスの拭きます。ここまでを補充に10分、外の掃除に10分、窓拭きを10分でこなします。掃除の出来を配達から帰って来たお父さんがチェックして、良いと、ときどき百円のお小遣いをくれることがありました。十夢はその百円は貯金箱に貯めています。もう五千円くらいにはなっていると思います。貯金箱は招き猫の形をした瀬戸物で、お尻のところにゴム栓がある物なので見ようと思えば、栓をとって中の金額を確認することができます。でも、見てしまうと貯金箱の中の金額が分かり、衝動的に欲しい物が出来たときに我慢できず、使ってしまうような気がするので見ませんでした。
十夢がいま欲しいのはブラジャーです。それも大人の女の人がしているようなレースが沢山施された、真っ白いかわいい物です。
日本橋のデパートの女性下着の売り場を、季節ごとに十夢は見て回っています。十夢はドレスやスカート、綺麗なプリントをされたシャツなどより、可愛い下着を見て回るのが好きでした。もちろん男物の下着には胸をキュンとさせる物はありません。ボクサータイプとかビキニとか、ブリーフなどTシャツやYシャツと大差のない、つまらない布です。女性物下着は十夢の胸を苦しくさせる物がありました。ショーツにしても小さい面積に刺繍が施されていたり、手の込んだレースが多くの面積をしめていたり、フリルが何層も重ねて付けられた物があったりと、一つの完成された美術品のようです。
どのショップのウィンドーを飾るマネキンも身につけている下着は素敵で、色鮮やかで、デザインも可愛らしく、しかも明るさを感じます。十夢はショップの前に立ち止まり、いつもいつもうっとりと夢心地で見つめてしまうのです。
十夢は10才のいま、身長が155センチを越えていて、体重は43キロです。小柄な女の人と変わらないのです。まだ第二次性徴が始まったばかりだと思うから、痩せていて胸もなくお腹も薄いので、今なら女性物の下着を身につけても窮屈ではないと思います。まだ間に合います。いまならレースの可愛いブラジャーが可愛く身につけられます。大人の身体に成長して、無骨な身体になったらせっかくのブラジャーがもったいないです。自分のブラジャー姿を見て、一人満足するだけかもしれないけど、一生に一度でも、幸せだと思える瞬間があれば良いのです。
ブラジャーはショーツとセットで、1万6千円くらいします。別々に買えるのか、まだショップのお姉さんに聞いていません。店の前を何度も通っていて、夢心地で立ち止まることもあるので、きっとお姉さんは十夢のこと認識してはずです。でも、聞けないのです。聞く勇気がないのです。
ネットで買うという方法もありますが、一度は試着しないと十夢の身体にピッタリか分からないでしょう。ブカブカでも、ピチピチでも着け心地良くないと思います。1万6千円も出すのですから、一生に一度の買い物になるのでしょうから、失敗はしたくないのです。
誰か、自分の代わりにお姉さんにブラジャーだけでも買えるか聞いてくれる人がいないかと思います。それ以上に問題なのは、もともと女性物の下着を、男の子の自分がどうフィッティングして買ったら良いのか教えて欲しいと、最近は悩んでばかりです。
もし自分が最初から女の子に生まれていたら、お母さんかヒロミおばさんに話して、一緒にデパートまで付いてきてもらって何の支障もなく買えたのにと思うのです。
「はーーー、ぁっ。」
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