シリアルキラーが女を愛するわけ 16
男性の検死が終わった後、大学病院で被害者男性の遺体と待たせていた両親を立ち会わせた。被害者は佐野翔馬十五才と確認された。
殺される前から度々家出を繰り返してようで、翔馬は通っていた中学も不登校だったそうだ。川崎市立實幸中学校のPTAなどと協力して何度も中学に通わせようとしたが言うことを聞かず、両親、担任教師、学年主任も半分匙を投げていたようだ。そこまでを霊安室に居合わせた捜査員に、翔馬の父親が怒りながら語った。
両親への聴取は殿山と白木がすることになった。警察が手配したタクシーで、大森署へ両親に移動して貰い。小会議室を使って聴取が始まった。父康雄は糊のきいたYシャツにネクタイの姿で、背広は脱いでいて脇に置いていた。肩と背中が厚みがあるように見える。何かスポーツをしているのかもしれない。母淳子はスカラップの衿の白シャツの上に小豆色の薄いセーターとい出で立ちで、肩幅も小さく腕も細い印象を受けた。康雄は川崎市の都市設計の部署に勤めているといった。淳子は週三回川崎市内の焼き肉屋でパートをしているといった。しかしパートもしたくてしていたわけじゃないと言った。
「お住まいは川崎市ですか」
最初は殿山が聞く方が、康雄には良いだろうと決めた。
「ええ。川崎市の戸手町です」
康雄はぶっきらぼうに答えた。
「佐野さんは川崎市戸手の生まれですか」
「いいえ。実家は群馬の高崎市内です」
「では結婚されてから、川崎に移られた?」
「高崎から大学の為に東京に出てきて、卒業後に川崎です」
「川崎に縁故でもお有りでしたか」
康雄のことを詳しく知ろうとしていると思ったらしく。
「大学はM大学でした。卒業のときには、東京に適当な就職場所がなく。滑り止めのような感じに受けていたいくつかの自治体の役所の仕事の一つ、川崎に縁があった訳です。そして五年位して家内と出会い、一年の交際で結ばれました」
怒気を含んで康雄は答えた。子供が死んだことを受け入れ、落ち込むタイプではないようだ。殿山は気をつけなければと思った。
「わたしは実家が横浜だったんです。県内の短大を出ました。川崎は特別に思い入れなかったんですが、東京に出ないで神奈川県内に就職できればいいかなという感じでした。それで川崎市内コミニュティーセンターに介護福祉士の欠員がありました。わたし介護福祉士の資格を持ってたので、就職難の時代ですし二つ返事で川崎にきました」
淳子は小さな声で答えた。
「お母様は現在、焼き肉屋でパートをしていると先ほど聞きましたが?」
「あっ? ……あのー、主人が介護施設で働かなくてもいいから言いましたから。あのー、それでも」
「翔馬が殺されたことと、私たちの経歴に関係あるんですか!」
康雄は我慢できなくなったようで、怒声を発した。
「捜査の一環で聞いてます。では翔馬さんは生まれた時から川崎ですね」
殿山は、康雄に怒りには取り合わない。
「生まれも育ちも川崎戸手だよ」
「大森周辺には馴染みがありましたか?」
「……」
「東京の大森ですか? わざわざ電車を乗り継いで遊びに行くようなことは無かったと思います」
康雄が答えないとみて、淳子が下を向いたまま答えた。
「家出の時や、中学校への不登校の時も、大森辺りから連れ帰ったということは有りませんでしたか」
「はい。記憶にありません。それに、翔馬の家出の時に使っていた漫画喫茶は赤羽にあるんです」
淳子は顔を上げないで答える。怒っている夫が怖いから下を向いたままなのか、殿山と白木の方も見ようとしない。
「赤羽っ? 本当ですか。川崎から相当遠いですよ」
「はい。昔、何とかのアニメのサイトとかで知り合った同い年の子が赤羽に住んでいて。その子を頼って行くようになったんです。川崎から遠いから、私たちに探されないという風に考え、翔馬にとって丁度良かったのかもしれません」ここでチラリと淳子は白木を見た。
「それは『パンダッシュ』というアニメですか?」
殿山は「物」班に協力している四十代の巡査から教えて貰った、被害女性のTシャツのキャラのアニメを言った。
「いいえ。確か…『白いワンピースを着た……』とかいう名前だったと思います。すみません」
「お前が謝ることはない」
父親は少しも怒りが収まらないようだ。
「あのー、もしかして『白いワンピースを着た少女は、去年の赤い球をどこに忘れてきてしまったんだろう』ですか?」
書記をしていた大森署の若い女性巡査が書類から顔を上げて言った。淳子は、「はい、はい。そうです」と名前が分かって喜んだ。
「同い年の、翔馬さんの友人の名前や住まいは聞いてませんか?」
淳子は下を向いたまま、最初に首を傾げ、すぐに首を横にふった。
「翔馬さんはアニメが大変好きでしたか。学校を休んでいる時でも見るような」白木が淳子に、冷たい印象にならないように聞いた。
「それはそうだろうな」
康雄はイライラしようにネクタイを緩め、Yシャツの上のボタンを外した。
「アニメには子供頃から興味がなかったようにみえたけどな」
「ちょっとタバコ吸っても良いか」と尋ねてから康雄はタバコを吸い出した。一息ひと息が短いせわしない吸い方だ。
「仮面ライダーなんとかとか、戦隊ヒーローなんとかといった感じは子供頃から好きだったけど。まあ、漫画喫茶に行くように成ったのも、家では私がうるさいから、避難するって感じだったかな」
「アニメは子供頃から見なかったはずなのに、誰かの影響で見るようになったと?」
殿山が、父親ではなく母親に向かって聞いた。
「さあ、それは分かりませんが」
母親は顔を上げず、下を向いたまま首を横にふった。
「今、ネット動画でアニメが自由に見られるんです。漫画喫茶の中には、ネットフリックスやアマゾンプライムビデオなどと契約していて、自由に見られる店もあるんですよね」女性巡査が補足するように教えてくれた。
「特に、アニメ好きでなくても、暇つぶしに見るんじゃないかな」
父親が、やっぱり主導権を取り返すように言った。
「漫画喫茶に出入りするお金は、翔馬さんはどうしていたんですか」
白木が康雄に聞いた。
「母親が管理しているはずだから、生活費から出ていたんでしょうね」
康雄は呆れたように言って、半分まで灰になったタバコを、ギュッと揉み消した。
「わたしはパートで遅くなるからと、千円夕食代を置いていってだけです」
今度は淳子が顔を上げて、夫に噛みつくように怒り出した。
「翔馬さんは度々、家出をなさっていたんですか」
「度々ではないです。中学への不登校は多かったですけども」
淳子は、一気に怒りが冷め、また顔を伏せる。
「不良仲間のような者や、また外で会う知り合い、彼女のような存在はいましたか」
「非行のようなことは一切させない!」またも康雄が怒り出す。
佐野家は亭主関白であることを警察に見せつけたいらしい。それとも川崎市役所での仕事は、日頃のストレスが多いのか。
「外で会う知り合いまでは親といえど関知してない。責任はないと思うね。女性関係もないだろう。まだ子供だし。それに学校を休んでばかりいるヤツに彼女が出来るはずない」
「ということは、ネットで知り合った人間がいるかもしれないと考えて良いですね。学校や幼馴染みで、仲の良い子はいなかったでしょうか」
殿山は、父親より母親の方が詳しいだろうと淳子の顔を見て確認した。
「あの…、小学校からの友達で、時任慎一くんという子がいるんですけど。中学に入ってから別々のクラスになって、時任くんも少し大人になったというか、翔馬とは昔のように遊ばなくなって。付き合いがまったく今はないらしいんですが、…彼なら中学校での翔馬の話を聞けるかもしれません。でなければ、中学校での翔馬のことに詳しい誰かを知っているかも…」
白木はメモを取った。あとは、家でも翔馬は親と距離があったらしく、外でも家の中でも何をしていたか、外で誰と付き合っているかを両親はまった知らないことを確認しただけになった。
殿山は吉岡に両親から聞き出したキーワード「赤羽」と「ネットで知り合った同い年の友人」、『白いワンピースを着た少女は、-----』、友人の「時任慎一」に付いて報告した。吉岡は早速、翔馬の幼馴染みの時任慎一に事情聞くことを許可した。また赤羽と14才の知人は「地」とり班に捜査させ、『白いワンピースを着た少女は、───』は警視庁で任務に当たっているアニメに詳しい二人の捜査官に伝えると言った。
翔馬の周辺を調べることによって犯人に近づく期待が高まった。殿山にはしかし疑問が沢山あった。一番の疑問は犯人の目的だ。二番目に犯人はまともなのか。あのような猟奇的殺人を残しながら、刑法第三十九条を争うような精神の犯人ではないのか。この犯人を捕まえられるのか、と。
白木と、翔馬の幼馴染みの時任慎一に会いに川崎市戸手に向かった。戸手は川崎市中心部、横浜市、東京都内のベッドタウンといった趣で、昭和の頃からの町並みと平成に入ってからの新興住宅地の趣が混在した街だ。川崎と言えば重工業の町、コンビナートの町というイメージが殿山は子供頃からあった。しかし今の川崎は、胸が苦しくなるほどの油や石油の臭いが充満している町ではない。川崎の中心部から北部東部は徐々に高級住宅地として地価も東京都下と変わらなくってきている。戸手も東京都下の下町、翔馬がよく行っていたという赤羽や、王子、十条と代わらない雰囲気の町並である。時任慎一の家は府中街道側で一階で「文華」というラーメン屋をしていた。三階建てで、二階三階が住まいのようだ。ラーメン屋の店内は、カウンターに八人、四人掛けのテーブル席が三つ、二十人少しのお客が食事を出来るようだ。カンターの中に時任の両親らしい三十代後半の男女が忙しく立ち働きしている。殿山と白木が店に入って行くと、元気の良い「いらっしゃいませ」の声と笑顔を二人に両親は向けた。殿山が警察手帳のバッジを見せて名乗ると、両親は驚いた顔をした。
「何か法に触れるようなことは何もしてませんが…」母親らしい女性が言った。
「あたしも、家内も疑わしいことはしていません」父親らしい男性が言った。
「警視庁から来ましたが、こちらのお子さんの慎一さんにお話を聞きたいことがありまして。まだ帰宅してないのでしょうか」
殿山は注意しながら小さな声で話した。
「三人の子供たちも、なにも悪さなんてしてないです」
「詳しくは話せないのですが。慎一さんの素行で来たのではないです。それは安心してください。ですが、ご両親立ち会いでの聞き取りはご容赦願いたいとおもいます。学校の友人の事について聞きたいのです」
「もしかして…、七組の相葉くんのことでしょうか? ウチの慎一に何か悪いことをさせて、自分は知らないと逃げているんでしょう。いつもそうなんです。相葉くんは…」母親が思い出すようにしゃべり始めた。
「いいえ。その友人の事ではありません」
白木が母親を安心させようと、すぐに遮るように言った。
「じゃあ、……佐野くんね。不登校だから、何かしたんでしょ。それでうちの慎一も一緒に居たとか嘘を言って道連れにしようとしたんでしょう」
「その彼のことも私たちは知りません。何時になったら慎一さんは帰宅されますか」白木は両親を安心させようと穏やかに言った。
「今日は剣道の部活がない日だから、十七時までには帰ってくると思います。部活がある日なら直接学校に行って貰った方が早いんですけど、本当に道草もしない子で、真面目に学校から家に帰ってくる子ですから」
「そうですか。では一時間ほどしたら、また伺います」
腕時計を見て殿山が言った。
店を出てから白木が、
「ラーメンでも食べて待っていた方が良かったんじゃないですか」
「時間は少しは潰せるだろうけど、食べ終わったあとに店に中に私たちが残っていたら気になってしかたがないだろう。だから時間を改めて来た方が、両親も心が安まって良いんだよ」
そうかもしれませんね、と白木は返事をした。
「それで、十七時までどうします?」
「川崎駅周辺のネットで動画見られる漫画喫茶を捜索して、被害者が普段利用していなかったか。また誰かと一緒に利用していなかったか調べよう」
殿山は駅に向かった。
川崎駅前には漫画喫茶が十数件あり、全部を二人は回った。翔馬の元気な頃の写真を、昨日の夜に両親からネットで送ってもらっていたので、プリントした写真を漫喫茶の従業員に見せて歩いたが、誰も翔馬のことを記憶していなかった。閉鎖的な空間だし、現在は互いに不干渉なのがマナーなので、客同士、客と従業員でも顔すら覚えないというは当たり前なのだろう。自分に迷惑な客は腹いせにネットで晒すことも平気でするが、嫌な思いをしなければ隣は何をする人ぞということだろう。
ネット動画は八割の店で観られた。確たる証拠もないのに一ヶ月前の店内の防犯ビデオを見せろと言えるわけもなく。思いのほか漫画喫茶からの捜査は上手くいかないことが分かった。ちょうど十七時三十分になる頃なので、急いで時任慎一の元に行った。
慎一は自宅一階のラーメン店で、夕食に両親が作った五目炒飯と野菜が沢山入ったスープ、祖母お手製の糠漬けのお新香を食べていた。殿山と白木が入り口に姿を見せると、掻き込むように食べていた炒飯の手を止め、二人を見た。
「いらっしゃいませ…。慎一は帰ってきて、今、食事中ですが…後でも…」
「外で待っていますから、食べ終わったら慎一さん一人出て来て貰えませんか」
分かりました、と慎一が答えたので、殿山と白木は店の外に出て、店の入り口が見えて人の目から隠れる場所に移動して慎一が食事を終えて出てくるのを待った。
「中学生の割に身体の大きな子供でしたね」
「剣道をしていると両親が言っていたが、背も高いし腕力もありそうだな」
「将来、警察官に成ってくれたら良いですね」
白木がリクルートしたそうに言った。
遺体から見て少し小柄で中肉中背の翔馬と背も高く筋肉質の慎一では、小学校までなら疑問も無く付き合っていけそうでも、中学校、思春期になって女の子好みを始めいろいろ考えが変われば疎遠に成りそうだと殿山は感じた。翔馬に関して優良な情報は期待出来ないかもしれないと覚悟した。
十五分して慎一が店の外に出てきた。慎一はまだ学生服から私服に着替えてない格好だった。キョロキョロと辺りを見回しているので直ぐに慎一の所に殿山と白木は向かった。慎一は最初にほっとした顔をしたが、一瞬で緊張した顔になった。
「あの…どこかに、幸署とか河原町交番とかに行って、そこで―」
慎一は聞いてきた。
「いや、君がリラックスできる所で。喫茶店に入って話を聞いても良いんだけど。どう?」
「じゃあ、…刑事さんたちは目立つから、家の二階で」
慎一は言ってから、店の入り口を開け、二階で話すと両親に伝えた。どうぞ、と言うことで、慎一を先頭に店の裏に回って、外階段から二階に上がっていった。外階段から二階に上がったところは、丁度府中街道から見えないので慎一だけは玄関を開け中に入り、殿山と白木は玄関の外に立って話を聞くことにした。
「まだ詳しいことは話せないし、ここで私たちがした質問は誰にも口外して欲しくないのだけれど、約束してくれるだろうか」
殿山は話を切り出した。慎一は、うんと頷いた。
「佐野翔馬さんの事について少し話を聞きたいのだけれど、分かるかな?」
「…はい。…佐野くんとは幼稚園の時から友達でした。中学に上がってからは、佐野くんが学校に来なくなったので付き合ってませんが」
「中学校に上がってからは校舎内でも話していないかな」
「うーん…、クラスも別々になったし。ぼくは剣道部が忙しくなったから、話す機会がなくなりました」
「ゲームの話題とか、アニメ、マンガの話題で話すようなこともなかったかな?」
白木に聞かれて、慎一は白木の方を見た。白木の容姿を直視する恥ずかしさに顔を赤ら、直ぐに視線を泳がせた。
「僕、本当に剣道で忙しくて、勉強も無理ない範囲ですけど、剣道部の顧問に怒られるから勉強も真面目にしているから、ゲームとかしないんです。マンガも読まないし、アニメもテレビも興味ないです」
最近の中学生、高校生は雑誌や本でマンガを読まなくなった、テレビでアニメを見なくなったと聞くが、本当のようだなと翔馬と慎一の話から殿山は思った。
「そうか。じゃあ、佐野くんとは中学校に入ってから全然話してないんだね」
「そうです。全然話してません。すみません」
「謝ることない。参考までに聞きに来ただけだから。じゃあ、中学に上がってからの佐野くんと仲の良い友達も分からないかな?」
「あっ…、それは分かります。久下めぐみという女子が佐野くんとよく話していたと思います。久下さんは彼のクラスの副代表委員だったはずです」
時任慎一は久下めぐみの電話番号を教えてくれた。また、直ぐに自分スマホから久下めぐみを掴まえてくれた。久下は川崎駅前のファミレスで食事と読書をしているらしかった。今どきの中学生は、漫画喫茶やカラオケボックス、ファミレスを一人で利用してるようだ。
それにしても、親や学校に先生から怒られたりしないのか。地域の警察署安全課や少年育成課も補導しないのかと殿山と白木は思った。
川崎駅前のファミレスに行くと、久下めぐみが四人掛けのボックス席を占領して、飲み物を飲みながら優雅に見えるくらい堂々と文庫本を読んで一人で居た。めぐみは小花柄のシャツの上に、濃紺のスクエア衿とプリーツスカートのジムスリップ、学生服の中だけ着替えたよう格好だった。殿山と白木がボックス席に近づくと、めぐみは驚いた表情も見せずに顔を上げた。
「こんにちは。こんばんはなのかな」
めぐみは、二人が側に来ても、落ち着いて挨拶をした。
「久下めぐみさんですね。警視庁から話を伺いに来ました」と店中で目立たないように気をつけながら殿山は警察手帳のバッジをめぐみに見せた。めぐみは軽く頷いた。
「時任慎一くんから電話を貰ったと思うけど-」と殿山が切り出すと。
「時任くんから電話を貰ったときは正直ビックリしました」
そうだよね、と白木が同調する。めぐみは白木の無視して話しを続けた。
「ただ、時任くん発信で中学校の生徒複数に刑事さんたちのことは知られちゃってますよ。それで裏アカは、その話題で大盛り上がりです」
「裏アカウントで大盛り上がり? あの時任くんがツイッターでしゃべってるの?」
「そう。彼、学校でも大人の前ではおとなしい真面目な生徒を演じているけど、SNSでは相当おしゃべりなんですよ。それに裏アカではかなりジンゴですから。韓○人は、とか。中○人は、とか。中学生のくせにね」ジンゴイズムとは、自国・自民族優越主義的立場を指す言葉で、レイシズムと似たような意味だ。普段テレビなどでは「ネット右翼」とか言われる人間を「ジンゴ」とめぐみは表現したんだろう。
「佐野くんがただの不登校じゃなくて、警視庁の刑事さんが探しているってSNSで発信していました」
殿山と白木は顔には出さないよにしたが、めぐみの話を聞いてかなり動揺していた。
「佐野くんを捜しているんじゃないですよね」
めぐみは刑事たちの顔を覗くに見た。
「佐野くん死んじゃったんじゃないですか?」
「何でそう思うの?」
白木が聞いた。めぐみは天井に視線を外し、楽しそうに笑った。
「時任くんは警視庁の刑事さんたちに、何て話したんですか?」
「特に何も無かったよ。時任くんは中学に上がってから剣道の部活に忙しくて、佐野くんとは学校内で話すことも、学校の外で遊ぶこともなかったと言ってた」
「ああ、そういう風に猫を被ったんですね。それで裏アカで自慢げにしゃべったら、抜けているって、笑っちゃう」
めぐみは笑いをかみ殺した。
「何がそんなにおかしいの?」
白木がいつになく怒っている。
めぐみは白木を初めて睨むように見てから、笑うのを止めた。
「警視庁っていえば東京の警察官じゃないですか。川崎なら神奈川県警でしょ? 警視庁の刑事さんが佐野くんのことを聞いているすれば、東京で佐野くんの死体が見つかって、佐野くんの生前の交友関係を調べに来たと考えるのが自然じゃないですか。時任くんもそれに気づいていながら、嘘をついてる。刑事さんは嘘をつかれているのに気付かない。時任くんは刑事さんに嘘をついて受け流したことを自慢している。わたしは全部分かっている。それで、刑事さんに教えている。笑っちゃうシチュエーションじゃないですか」
「笑い事じゃない。大人を密かにバカにしたいならすれば良い。しかし、刑事は厳しい仕事よ。中学生にバカにされて引き下がることは決してない。毎日でも聞きにくるだけよ。テレビの『刑事コロンボ』ようにね」
白木が真剣に話すの聞いて、めぐみはからかい半分は通用しないことをに気づき始めた。
「すみません。佐野くんの死体は発見されたんですか?」
やっとめぐみも真剣になるようだ。
「佐野さんの安否は教えられない。佐野さんの最近までの交友関係を知っていたら教えて欲しいんだ」
殿山はめぐみに対して友達のように聞いた。
「生死不明ってことじゃないですよね。……まあ、私の知っていることも少ししかないですから、刑事さんにノーコメントとか言って困らせるつもりもありません。その価値もないので正直に話します」何か教えてくれるらしいが、それでもめぐみは殿山と白木をからかっている感じだ。
「佐野くんと最後に話したのは、たしか…一ヶ月前くらいに川崎駅前のマックの二階で、一緒に食事をした時だったと思います。その時に「最近どう?」て聞いたら、佐野くんは「だいぶ年上の知り合いが出来た」と言ってました。その人、佐野くんにいろいろとカラオケだったり、大戸屋、よい軒だったりで食事を奢ってくれるらしいんです。それにいい年なのに佐野くんとアニメの話で盛り上がる人で、変なヤツって言ってました」
「佐野さん、その大人の人の名前とか特徴とか言ってなかった? 年齢はいくつくらいの人って」
「ああ…、確か…男性で、25才くらいか30才くらいで、普段は食べ物関係の工場で働いていて、アニメ以外にお菓子工場での話を面白おかしく聞かせてくれるって言ってたと思います」
工場は工場でも、食品加工の工場で働いていたとか分からなかった。トリクロロエチレンと灯油を用意しているので、機械系かケミカル系の工場で働いている想像していた。
「名前は……確か…カクタニ、タニモト、イケタニだったかな、谷の字が付く名前だったと思います」
「谷」が名字に付く名前と分かり、かなり前進したと殿山と白木は頷き合った。
めぐみはそんな刑事二人を見て、慎一が猫を被り適当なことを言って追い返したのが分かった気がした。十四才十五才の私たちを軽く見ているのに、逆に騙されているのを気づかないなんて、警視庁の捜査一課の刑事といえどアホなんだと思った。
「わたし、時任くんにそれとなく、佐野くんと最後に会った時のことを聞いといてあげましょうか?」
騙されやすい刑事二人が可哀想になり、めぐみは言った。
「何か、時任さんは知っていて、隠していそう?」
白木がめぐみに確かめるように聞いた。
「分からないけど…彼、本当はいまでも佐野くんと仲が良いです。全く知らないというのは嘘です」
翔馬と慎一は本当は仲がよかった? しかし翔馬も、慎一と仲が良いことを隠していた。思春期による親への反発からウソをついただけか。と殿山は頭に留めた。
「もう一人、佐野くんや久下さんと同い年の知人がいたらしいのだが、その人のことも聞いてない?」
「だれ情報ですか?」
「佐野くんの両親から聞いた話し」
めぐみは思い当たったらしく、含み笑いで頷いて。
「ああ…、それはウソじゃないかな。分からないけど」
「佐野くんのウソ? お父さんお母さんにウソの話しをした」
めぐみはコクっと頷いて。
「佐野くん、両親のことはバカにしてました。頭まで筋肉男とリス女って」
翔馬は少し思春期を拗らせた、で済まない屈折した性格だったようだ。
「ところで、久下さんから見て佐野さんはどういう人?」
「どういうって……普通の男子でした。学校に余り来なかったけど、それはいじめられていたとかではなくて、佐野くんが勝手に学校に来なくなっただけで…だから、クラスの誰も気にも留めてませんでした」
めぐみは思いだし思いだし言ってるようだった。
「時任さんは、久下さんのことを佐野さんととっても親しいように言っていたけども、親しいわけじゃないの?」
白木が聞いたので、めぐみは白木が男女の仲を聞いてきてきた判断して、また白木のことをバカにしたくなった。
「時任くんそう言ってたんですか。そうですねー、学校では私が一番佐野くんとしゃべっていたかもしれないのかな…クラスの副代表委員だったから。でも、不登校を注意するか、姉のように近況を問い詰めるような感じですけど」
「何を話してたの?」
白木が食いついてきた、と思い薄笑いが出た。
「何って…佐野くん、生意気というか、人をバカするところがあって、わたしも少しムキに成ることがあったかもしれないけど」
「久下さんが、好きになるタイプじゃないのね」
「ぜんぜん。彼、人に興味が無いっていうか、学校の仲間に興味もないタイプなので。誰も彼を好きなんてならないと思います。彼も、誰も好きじゃないと思います」
「彼がアニメやマンガなどの趣味の話しをするのを聞いたこともない?」
「わたしはないですね。それに彼、学校ではほとんどしゃべらなかったので、話している姿を思い出すこともないです」
「そうか…。今日はいろいろありがとう。他に何か思い出したり。誰かから佐野さんのここ一ヶ月目撃情報や直接話した人の情報があったら、お願いできる? 名前を教えて貰えるだけで良いから」
「分かりました。さっそく時任くんに聞いて。それに明日から、佐野くんについて何か知っている人がいないか聞いてみます」
「まだ内緒にして欲しいんだけど」
「時任くんの裏アカ情報が、学校全体にほぼ知れ渡ってますよ。だから佐野くんについてのしゃべりたい人がいれば、もうあっちこっちから聞こえてくると思う。それを刑事さんに伝えるだけですから簡単です」
殿山と白木に、めぐみはニッコリと頬笑んだ。
白木は名刺の裏に自分の仕事用のスマホのメールアドレス書いてめぐみに渡した。めぐみはその場でメールアドレスを入れ、早速白木に空メールを送ってきた。「それが私のメールです」と言った。
ファミレスを出たときに、経費で落とすからめぐみの分の飲み物代も会計してあげた。
ファミレスを出ると直ぐに白木が言った。
「最近の中学生は益々大人になってますね。生意気とまではいかないまでも、社会の大人を、刑事といえど怖がらないで自然に話しますし。それに彼女も正直に話してない様子ですね」
「ああ、久下さんは沢山ウソをついている。佐野くんや友達のために隠したいのか、単にわたしたちをバカにして、正直でないのか」
「スポーツ少年然としていた時任くんが、本当に猫を被っていたのなら、それも驚きです」
「ずーっと考えていたんだが、犯人は相手を信用させる雰囲気があり。若い人に親しみを感じさせる。少しくらい下に見えるポジションに自分を置けて、14才の少年とも親しくなれた。最初の被害女性にも直ぐに近づいて親しくなったんじゃないかな。被害女性は地方から東京に出てきて、孤独を感じていたかもしれない。被害女性は地方の人だから、一ヶ月くらいは両親でも連絡を待ってしまい、だから捜索願が誰からも出ていないんじゃないかな。一ヶ月経って、やっと誰かが連絡が無いことに気づき始める気がする」
「そろそろ最初の被害女性の身元が分かると、主任は思うんですね」
「そうだ。一ヶ月経ってやっと動く。願わくば、まだ発見されていない第三、第四の被害者が出ないことを祈るだけだ」
殿山はそう口にしたが、犯人が被害者と親しくなって殺すまでにどのくらいの時間を掛けているのか分からない。一月に一人のペースで殺していると考えてみた。半月に一人だったらと想像もした。その恐ろしい自分の考えに首を振った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?