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アーモンド・スウィート

 お茶の水の進学塾では、小学校五年生までは互いを刺激し合う意味から成績順に「S1クラス」「S2クラス」「A1クラス」「B1クラス」「C1クラス」と五段階に勉強する教室が別れている。小学校五年の三月からは具体的な志望校に別れて対策が行われる。開成、麻布か、慶応、筑波かその子の希望、両親の希望を聞き、塾での今までの成績を参考にしてクラス分けをする。仮に「開成クラス」と最初は考えていても成績が伸び悩み、または勉強に疲れ精神的に参ってきてるようなら、随時クラスを塾の主任講師と相談して変えてゆく。毎年三分の二くらいは偏差値クラスを一つ二つ下げて受験するようになっている。この進学塾では子供たちに無理をさせないという方針を第一に考えている。しかし毎年三分の一の子供たちはやる気が落ちず難関名門私立中学に合格している。

 倉岳人志が成績上位者クラスの「S1クラス」の部屋に入ると、人志が塾から与えられている教室の真ん中の位置の席の、後ろの席に渡辺珠恵がきちん前の黒板の方を向いて座っていた。
「あれ? 渡辺さんも、今日からここに来たの?」
「うん」
 珠恵は少し恥ずかしそうに頷く。
「渡辺さんとこ、塾だよね。お父さん、お母さんのテキストじゃなくても良いの?」
「うちは、学校の授業だけでは不安とか、家での具体的な勉強のやり方が分からないとか、もう少し勉強が出来て勉強が好きになれたら良いのになー、という生徒さんを相手にしている学習塾だから」
 手のひらを振りながら珠恵は答える。
「あっ、そお。私立難関中学を受験するつもりだから、ここに通う事にしたんだ?」
 渡辺珠恵は五年一組でも成績はトップ5に入る。女子では中嶋彩葉と常にトップを競っている。今まで彼女は両親に教えを請いながら、一人で成績を上げてきたのだから、人志は立派だと思う。もちろん両親が学習塾の先生というアドバンテージはあると思うが、彼女の言葉通りなら難関中学を目指している生徒が集まる塾と町の塾では、塾の性格、塾が持っている情報やノウハウが段違いに違っただろう。進学塾に通い始めたということは、自分や青山満月、彩葉に対してハンデがあると思ったから思い切って飛び込んできたんだと、人志は想像した。
「書店で問題集や過去問を買ってやっても良かったんだろうけど、直接進学塾の先生の授業を聞いてみたいと思って。体験入塾という訳じゃないんだけど、ここの塾の先生には、もしかしたら冬までで辞めるかもしれないとお母さんは言ってたんだけどね。わたしも付いて行けるか不安半分、倉岳くんや中嶋さんと一緒のクラスで東神田小の授業より難しい勉強、受験のテクニック? が教えてもらえるかと思って半分ワクワクなんだ」
 わざとらしい苦しい言い訳を言っている、と思いながらも珠恵は説明した。
「あぁ、そお。渡辺さんが一度、僕たちが通っている進学塾に行ってみたいと言って、お母さんが一度は進学塾に入ってみてもイイわよって言ったんだ?」
「まあ、そんなところ」
 ねえ? と珠恵は人志に内緒話しをする声の大きさで聞いてきた。
「中嶋さんも一緒のクラス? S1?」
「うん。一緒。たぶん、やってきたら、いま渡辺さんが座っている席の隣の席に座るんじゃないかな」
「他には、東神田から誰がここ塾に来てるの?」
「えーっと。うちの(五年一組の)クラスはあと青山満月、鈴木博一。S2クラスに加瀬和歌、前は永井苺もS2だった、今はきてないけど。二組の伊藤玲央、麦畠遥佳もS1で、田中真、高嶋亮、中山慶治、桑原明安莉がS2。三組では青木騎士、猪鹿野敦士、出雲織衣富がS1、片口五竜、桑原富久志、難波廉、小笠原寿紫、仲畔楼良がS2じゃないかな。んー……何人かはA1クラスかもしれない」
「東神田小から20人。今日から私を入れて21人もここに来てたんだ! びっくり。みんな私立中学へ進学希望なの?」
「いやー、全員が私立への進学希望かまでは分からないし。余り話さないから。三組の連中は休憩時間も三人(青木、猪鹿野、出雲)でしゃべってるけど、他はノートの整理したり、次の講座のテキストを読んだりしてる」
「そうなんだ」
 珠恵は、軽くS1クラスの普段の雰囲気を想像してみた。きっとヒンヤリと静かな空気が支配しているんだろう。あまり前・後・横の席の子に声をかけないようにしないといけないかなと意識した。
「クラス分けは、入塾する前に受けたテストの成績順のようだったけど、今座っているように主任の先生から言われたこの席も、成績順のなの?」
「そうだと思う。ここに座ってないさいっていわれたの?」
「そう。一緒に来たS1主任講師の先生がとりあえず今の席に座って待っていてくださいって言われたから、座って待ってたの。そこに知ってる人で、最初に来たのが倉岳君」
 そうなんだと人志は頷いて、自分の席に着いてテキストが入っている重い鞄を下ろした。続いて中嶋彩葉は教室に入ってきて、やっぱり渡辺珠恵の隣に席に座った。

 人志は改めて間近で渡辺珠恵の顔をみた。渡辺珠恵も可愛い顔をしている。眉が薄く細くキリリとして、目は一重だが切れ長で、鼻筋も細く小鼻も小さく、口も薄く、でも唇は桃色で艶があり。日本人形のような美少女という表現は渡辺珠恵にこそふさわしいと思った。中嶋彩葉よりも背丈は10㎝くらい高いらしい。背が高いことと関係あるのか、珠恵は彩葉と逆にスポーツも得意だ。特に陸上種目は100メートル走、400メートル走、走り高跳び、走り幅跳びと何でも得意のようだ。水泳は少し苦手らしく、東神田小の25メートルプールでの自由形、平泳ぎ、背泳ぎなどのタイムは思いのほか平凡なものだ。あと音楽が好きで得意なんだと、本人か誰かに聞いたことがある。ピアノとリコーダーが学校の学習課題なんだけども、それは当然として、音楽室にあるシロフォンやマリンバを上手に弾く。
 高杉晋作がポーッとなったのが頷ける。あと、また秀嗣が珠恵のことも好きらしいと田中千鶴から聞いた。僕も好きになりそうだと、珠恵を間近にして短い間話していて、人志もポーッとなってきた。
 漫画やテレビドラマでは恋愛も受験勉強の原動力になると描かれたいるけど、本当に女の子を好きになることは勉強の原動力になるんだろうか。相思相愛になって励まし合って勉強するようにならないと効果はないのだろうか。まさ塾の先生や、天野先生に質問するわけにいかないし。質問に答えてくれそうな人間は……秀嗣か。勉強の成績の面では参考にならないが、勉強の励みになるかの参考に聞けそうだ。明日にでも聞いてみるかなと人志は思った。
                            (つづく)

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