アーモンド・スウィート 映すものは顔か心か
(加瀬)由里子は自分の部屋で、机に置いた鏡に自分の顔を映しため息を吐く。目が細い。口が大きい。鼻が低い。額が広い。頬骨が出っ張てる。可愛い部分がない、と。大人になれば少しは可愛くなれるのか。化粧では間に合わず、整形手術が必要なのではないか。
可愛い顔の子は得だと思う。人は見た目が九割と言われている。その得するのは、人が良さそうだと、優しそうだとか思われる顔ではないはず。美少女、美人、美少年、イケメンじゃないか。何もしゃべらずとも澄ましていれば良い印象を持たれ。自分が動かなくても、周りの者が全部やってくれる。心配事も全部代わりに済ましてくれるそういった特権を与えられるのは美人、イケメン。時々、笑顔を見せて周りの者を喜ばせればいい。だれも美少女が何を考えていか邪推したりしないだろう。心の中で馬鹿にしても、嘘を吐いていても、「クズ」、「キモイ」、「死ね」などと思っていても。
由里子は誰かに悪口を言いたいわけではない。お姫様のように扱って欲しいと思っているわけではない。しかし、可愛いか可愛くないかでその後の人生の努力の仕方、パーセンテージが違うのではないかと想像してしまい。自分は得する人間ではないと悟り、落胆する。
正直言えば、五年一組の中嶋彩葉と渡辺珠恵が羨ましい。彼女たちは可愛いだけではなく、頭まで良い。両手に最強の盾と矛を持っているようなものだ。最強に強い攻撃力を持つ矛と最強に防御力を備える盾のどちらかしか手の入らないとするから、盾と矛をぶつけてどっちが強いか知りたくなるなるのだ。両方、手にできるならば最強の盾と最強の矛を持って、戦場でも人生でも進めば良いと思う。それが普通の人が考えることだ。
彩葉のサラサラとした栗色の髪、透けるように白い肌、少し茶が掛かった黒目と濁りのない白目の瞳、薄いが形の良いサクラ色の唇。そしてお人形のように小さい形の整った小顔と頭。珠恵の艶のある黒髪。陶器を思わせる白い肌。細いが切れ長の目。厚すぎず薄すぎずの桃色の唇。形の良い尖ったあご。形の良い耳と鼻。鼻の穴など大豆の大きさもなく、鼻梁や鼻先が光って見える時がある。彩葉と珠恵のどちらの顔に生まれ変わりたいかと、胸に手を当てて考えれば珠恵の顔に生まれ変わりたいと思う。意志の強さを感じる顔が由里子は好きだ。もし由里子が男の子だったら、珠恵に声をかけて付きあっただろう。自慢の彼女として周囲に自慢しただろう。
今日、珠恵といつも一緒にいる渡辺理加と金里さんが、私と川井さんが居ない昼の休み時間に話していたのを見た。別に金里さんと話していたからと言って何とも思わないけれど。珠恵の居ないときに浮気でもするように金里さんに色目を使って。珠恵の横にこれ見よがしにくっ付いて、いつも離れないのに。珠恵のことを独り占めしてるくせに。珠恵の後を金魚のフンのようにくっ付いていれば良いのに。生徒会室の前の廊下で忠犬ハチ公よろしく、お座りでもして待っていれば良いのに。ムカつく。
逆に珠恵に私が近づいて、獲ってしまおうか。彼女(理加)はわたしより勉強が出来ないバカだから。顔は別にして、勉強の出来では私のほうが珠恵には相応しい。顔は彼女(理加)、切れ長の目でクリクリした瞳で。小さいけど形の良い鼻をしていて。顔が彩葉と同じくらい小さくて。いつも幸せそうに口角が上がっていて。悔しいのは、クラスの男子で彼女(理加)を好きなヤツが多いこと。クラス代表の青山満月でしょ。千々石麿実でしょ。ヌボーっとして立ってるだけで怖い雰囲気の菅原忠夫もそうでしょ。イタズラばかりしている松村義隆まで彼女(理加)のそばに行くと緊張してロボットみたいな動きになるし。冬には糸クズがいっぱい付いた紺色のベストを、春・夏には煮染めたような薄茶色のランニングシャツかTシャツを毎日来ている柳瀬幸輔もでしょ。柳瀬は彼女(理加)の顔が見たくて学校に来ているんだと思う。きっと彼女(理加)が生き甲斐じゃないかな。
由里子の元には五年一組の中の噂だけではなく、五年学年中の噂が耳に入ってくる。どれも由里子からしたらくだらない噂ばかりだ。女子の誰が男子の誰のことが好きらしいよ、とか。女子の誰と誰は昨日喧嘩して、もう口をきかないと言っているらしいよ、とか。教頭先生は、三組の萩原麻友を職員室に呼び出して、肩を揉ませたらしいよ、とか。萩原さんのウチは按摩屋さんで、萩原さんも三組担任の本田先生、音楽の山口先生の肩を揉んでいる。本田先生と山口先生は二人とも女の先生だから問題けど、教頭先生は男の先生だから完全にセクハラだよね、と言う話し。事実かどうか分からないけど。東神田小の近くにある公園で、夜の十一時頃、大学生くらいの男女が裸で抱き合ってたのを見たとい噂がある。見たのはウチの組の田中千鶴だとか。田中は小五なのに、大人びてSEXの話しとかするのが好きだし、話しを盛るし、嘘つきだからな。最新の噂では、彩葉とあの遊海が付き合い始めたらしいというのがある。信じられない話しだ。美女と野獣ではない、美少女と偽善的なヒーロー気取りのバカという組み合わせになる。彩葉が、偽善的なヒーロー気取りを好きに成るほどバカではあるまい。もし本当ならがっかりだ。バカ男を好きに成る二重バカ女だ。
彩葉をバカにする由里子自身も醜い。可愛くもなく、適当に勉強が出来るだけでは、この先の人生が不安なのだ。勉強は努力してなんとか成る。なんとか成るだろう。しかし生まれつきの美醜はなんとも出来ない。化粧、美容整形では距離がある。美人の人と自分の差は埋められない。
お金持ちの家に生まれるのも、生まれながらの差であるだろう。でもお金は、死ぬ最期までお金持ちでいられるか分からない。由里子は女社長に成ってやるつもりだ。死ぬまで使い切れない稼いでやる。
しかし、生まれながらの美醜は、死ぬ最期まで付き纏う、と思う。
由里子は鏡を見ながらまた一つため息が出る。ふーっ……。
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