シリアルキラーが女を愛するわけ 9
次の日、荏原署での捜査会議は朝八時から始まった。昨日と同じ捜査員の顔が見える。一睡したので、昨日の解散前に見えた疲れはどの顔にもない。解き放たれるのを待つ狩猟犬のようなやる気が漲った顔をみんながしている。それを確認して吉岡係長が話し始めた。
「おはようございます。捜査二日目です。みなの顔を見渡せばやる気に満ちた顔をしていて頼もしい。期待してるぞ。昨夜は不明確だった検死報告がより正確に分かった。コピーは人数分あるので欲しい者は会議が終わったあと、捜査に出る前に持っていってくれ。コピーしたのと重複するかもしれないが、検死で分かったこと注意すべき点をあげる。まず被害者の体内から犯人の精子はでなかった。口からも膣からも肛門からもだ。女性器は膣の一部を傷つけているが、大陰唇から小陰唇、膣口、尿道口を切り取られていたことが分かった。つまり生殖器全部を切り取るというより、小刀がえぐれる範囲の表面的な性器を切り取って持ち去ったと考えられる。次に被害者は覚醒剤の異常摂取によって死亡したと分かった。推定一グラムの覚醒剤が右腕から注射器で入れられショック死したようだ。覚醒剤の分析は現在警視庁の組織犯罪対策第五課に照会している。一グラムは少し多い購入量だと考えるから、売人が分かれば、客の名前と人相もこの方面からも分かるかもしれない。次に性器の切り取りは死後だということだ。だから犯人は被害者を誘い出し、殺し、性器を切り取った。分かるな。思考を単純に落とし込んでは危険だが、怒りを燃やす材料として十分だろう」吉岡は会議室後ろでも聞こえるくらいの大きな声で言った。荏原署の多くの捜査員は、吉岡の言葉に奮い立った。殺人の捜査ばかりしている第八課の捜査員たちは二日目が始まったと思った。
殿山は一旦、警視庁に戻った。吉岡にはそのことを伝え許可をもらった。門田は服部と二日目は組みことになった。
白木は今日も法本と組んだ。法本は今日も変わらずサングラスをしていた。
「白木さんの二日目の捜査方針はどういったものですか?」法本から質問してきた。昨日は白木と一緒に回ったが、彼は何も自分から捜査らしいことをしていないので、今日も金魚のフンのように自分の後ろを付いて回るだけかと思ったら、白木は朝からテンションが下がった。
「警察犬は地下鉄浅草線中延駅に捜査員を導いたようだけど、その前に東急大井町線中延駅に寄るそぶりをみせたらしいです。なので、私たちは東急大井町線中延駅に行って、ビデオカメラを借りるお願いをしましょう」白木は吉岡に、大井町線中延駅に捜査協力をお願いしに行くと伝える。吉岡は、班長の殿山は知っているのかと聞いてきた。白木は昨日打ち合わせしましたと伝えた。荏原署から出て歩き始めてすぐに法本が聞いてきた。
「東急大井町線中延駅のビデオカメ捜索の件は殿山刑事の案ですか?」
「そうです。警察犬が最初から浅草線中延駅を目指す動きをしていないで、大井町線中延駅をいったん目指してから、新しい匂いの発見という感じに浅草線中延駅に向かったと彼は考えています。昨日の捜査員の話を聞いて。一日でも早くビデオを取り寄せた方が良いと考えてます。きっと被害女性と犯人が一緒に映っていると考えて」
「ああ、なるほど。じゃあ、浅草線中延駅のビデオには逃走する犯人が映っている、と言うことですね」法本は見た目と違い以外と頭の回転が良いと、白木は感心した。
「被害者と犯人の一昨日の姿が映っていれば、それ以前に何度も中延駅のビデオに映って居るとも考えられる?」法本は独り言のように言った。
「どうでしょう。被害者と犯人が顔なじみと考えればそれもあり得るでしょうけど。SNSで知り合って、一昨日が初めての対面だったら、被害女性も犯人も中延駅のホームのビデオに映ってないかもしれないです」
「そうですよね。中延駅を待ち合わせにする理由がありませんよね。しかし被害女性か犯人が荏原署管内の地元住民だったら話は違うんじゃないでしょうか」
「だとしたら、警察犬は被害女性が暮らしていた家なり、犯人が逃げ帰った住まいなりに捜査員を導いているはずですね。最初は東急大井町線中延駅、続いて地下鉄浅草線中延駅に導いたということは、一番新しい匂いはたぶん犯人の匂いだと思いますから、被害女性は大井町線を利用している可能性があり、犯人は浅草線を利用している可能性があるでしょう」
法本はなんとなく腑に落ちない顔をした。
「被害女性と犯人の待ち合わせが中延駅というのは想像できましたが、初対面の男女が中延駅と待ち合わせにするでしょうか? それに中延駅に下りて、犯人と連れだって中延の町を歩くのも変な気がします。若い女性を引きつけるデートスポットなんてない所ですよ」
「確かに渋谷や池袋、秋葉原、中野のような若者が気軽に来たり、デートするのに魅力的な場所じゃないけもしれないですね。でも…犯人が準備していた空き家に、誘い込まれる為に中延駅に下りたというのも変だと思います」
「でしょう?」白木が法本と同じ疑問にたどり着いたので、嬉しそうにする法本。
「なら、他の場所で何回も会っていた顔なじみなのかな?」殿山の意見が聞きたいと白木は思った。しかし、法本から言われた疑問をすぐに班長の殿山に、法本の目の前で相談したら、何でも相談する経験の浅い刑事と軽く見られると思ったのですぐに電話できなかった。
午前九時に木場のとある工場から警察に電話があった。焼却炉に血の付いた小刀とレインコートが突っ込まれていると。係の者が焼却炉に点火する前に点検していて気づいたそうだ。夕方に成り、臨場した深川署の鑑識から、警視庁に連絡が入る。どうも荏原署の事件の証拠ではないかと。
殿山は深川警察警察署へ、奥平、堀、白木、服部の第八係の捜査員と荏原署の刑事たちは現場の工場に駆けつけた。発見場所は地下鉄東西線の木場駅から徒歩で二十分の場所にある木材加工工場の焼却炉。会社では通信販売などで大量に売られている合板の整理ボックスやビデオラック、テーブル、イス、ベッドの台などを製造販売している。雑役係の者が見つけたのは、血に濡れた後があるレインコートと灯油で刃、柄、柄の中まできれいにした十五センチの長さの小刀だった。しかし犯人が証拠隠滅を図るために一旦は燃やそうとしたのか、レインコートも小刀も半分以上燃えていたそうだ。
深川署の捜査員と入れ違いに、荏原署と第八係の捜査員が工場周辺をローラーをかけるように捜索を開始した。
深川署に行った殿山は鑑識部長から報告うけた。
臨場した深川署の鑑識係は、半分燃えた物証を見て正確な痕跡が発見出来ないかもしれないと心配したそうだ。だから慎重にレインコートと小刀を採取した。全体に燃やされた感じではあったが、レインコートからも小刀の刃からも血痕らしき跡は残っていたいるようだった。鑑識部長は殿山に、先の中延の事件と照合するのに問題はないだろうと言った。部長の言葉に殿山は安堵した。小刀とレインコート以外に物証がないか焼却炉の中を念入りに調べたが、他はなかった。また被害女性の性器の一部は焼却炉にないようだったと言った。とうぜん焼却炉の灰は全部採取した。
少し遅れて深川署に到着した吉岡係長は、犯人が記念として女性器を持ってるんだろうか、感想を言った。
その話しを殿山から聞いた白木は、ビーカーかガラスジャーにホルマリン漬け(液浸標本)された女性器を想像して、顔を歪めた。ホルマリン漬けされた被害者の女性器を眺めて、自室か隠れ家で見てニンマリとほくそ笑んでいる犯人の顔まで想像してしまったから。
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