アンズ飴 その4
彼女は夏期講習が終わる頃バイトを始めた。もともと高校に通っていた現役の頃は真面目に勉強をしていたようだ。それが彼女の目指していた大学に一年早く入った友達、滑り止めに入った友達と、メールで連絡を取り合っているうちに、春にはあった上の大学を目指そうとする気持ちが今は落ち着き、夏になる頃にはもう勉強したくないに変わったそうだ。
バイトは最初、初めてということで――高校の頃にはバイトはしていなかったらしい――ファストフード店で17時から21時まで週三で働き出した。彼女の話では、勉強の時間とその他の時間でメリハリが付いて、受験勉強には良い効果があったようだ。9月に入って二週目の週末に、高校時代の女友達で、○智大学に入った子からキャバクラのバイトが以外と稼げるし、週2、3くらいなら身体的にも大変じゃないと聞いて、彼女はキャバクラの一日体験を経て、ファストフードのバイトを辞めてキャバクラで働き出した。
予備校の授業の時間割を考え、水曜日と土曜日に、彼女はキャバクラの出勤を決めた。
「大丈夫?」
昼の予備校で彼女と話す女友達が聞いた。
「年末まで少しキャバクラで働いてみようかと思って。一足早い社会科見学みたいなものかな」
「目指していた大学は、半分以上諦めたの?」
「去年、現役のとき勉強したし。今年一年かけて過去問とかやって、抜け落ちてたところを授業で補えば良いかと思ってるんだ」
キャバクラで働き始めた彼女のことを心配して聞いた誰もが「そーお」と言葉を返して、徐々に彼女から距離を取っていった。
あのチャラ男とその彼女たちだけは春から変わらず、彼女の回りに集まって、彼女をクスクス笑わせていた。
僕はどういった態度を取ってよいか分からないまま、週一回の彼女とのデートを続けていた。キャバクラの働き始めた彼女は、今までとは逆に街でのデートではなく、緑なかを歩くような公園でのデートを好むようになった。
この日はJR中央線立川駅側の国営昭和記念公園に来ていた。
西立川口の入り口から真っ直ぐに池に向かって歩かずに右に折れて、花木園、ハーブ園の方へ歩いた。そのあとみんなの原っぱの中を手を繋ぎながら歩いて、日本庭園、こもれびの丘に向かった。
空は薄曇りで、真っ青な晴天でないぶん暑なく、気ままにに散歩するには丁度良い日だった。みんなの原っぱやバーベキューガーデンには多くの家族連れ、仲間同士でのバーベキューで賑わっていたが、ハーブ園あたり、日本庭園あたりは人も少なく二人でのんびりと歩くのに良い場所だった。
ハーブ園からバードサンクチュアリーの間の日陰で、人目がないのを確かめ、僕は彼女とこの日最初のキスをした。この頃はすでに彼女と自然にデート中に何度もキスをするようになっていた。切っ掛けは要らなかった。キスが出来る場所を見つけ、彼女に身体に半分以上僕の身体を重ね、しばし見つめ合い、何も考えず当たり前のことと顔を近づけ、唇を重ねていた。彼女は目をつぶったが、僕は最初のキス以外あとは全部目を開け、目をつぶる彼女を至近距離から見つめキスをしていた。不思議だった。だれも振り向く美少女の彼女が、僕の前で無防備に目をつぶって僕のキスを待っている。背中に回した腕でしっかり抱きしめると、彼女はの身体はとても温かく、胸と背中が大きく前後に動き。大きな雛鳥を抱え守っているような、大きなネコ科の動物を掴めてなだめているような気持ち成った。
日本庭園からこもれびの丘に行く手前でも人通りが少し途絶え、フレンチキスのような軽いキスを何度もした。もう僕はこの頃キスに満足を得ていたし、彼女に対して確約もないのに安心しきっていた。あとはいつSEXを持ち出すかと、頭の中にはそれしかなかった。
「キャバクラでバイトしていること、どう思ってる?」
こもれびの丘の手前で、彼女は僕の顔を見ながら、落ち着いたトーンの声で聞いてきた。
「最初は驚いた。でも、君はテストの成績も落ちないし。この間見せてもらったノートをみたら、真面目に勉強を続けているが分かったし。水商売を週二でやりながら、勉強ができるんなんて尊敬する」
「尊敬する…? 私が水商売をしていることに腹を立てたり、心配になったりしないの?」
「心配はしてる」
僕は心配はしていた。ただ先日聞いたコネクションを広げるの話しに驚いているので、彼女の考える人生が動き出したと捉えていた割合の方が大きかった。
「思っていたような、華やかばかりの世界でもなかったし。女と女の戦場といった感じに殺伐した感じもなかった。ただみんな自分のことが大好きな人ばかりで、それは学校でも会社でも同じだろうとおもうけど。男女の差も無いのかもしれないけど。あー、違ったなと思った」
「もう辞めることを考えているってこと?」
「お酒を飲むのが辛いかな。毎回帰るときにはすでに宿酔で頭がガンガンと痛くなってる。私、じぶんが思って以上にお酒飲めない人だって気付かさせてもらった」
「そういえば僕たち、お酒飲んだこと無いかったね」
「わたし飲めると思ってたけど、特別飲まなくても良いじゃんと思ってきた。友達との友情を深めるにしろ、カレシとの間を深めるにしろ」
「今日、夕方までここに居て。帰り新宿か中野で食べながらお酒飲まない?」
「今日も特別いいかな。高校の頃から誘われても、理由を付けては断ってきた。お酒とか飲むシチュエーションって、女の子とって怖いのよ。アルコールで酔い潰されて何かされるんじゃないかと思ったり、アルコール・プラス・睡眠薬で昏睡させられて何かされるんじゃないかと思って、怖いのよ」
「そうなんだ。僕とお酒を飲むのも怖い?」
「もしホテルに行くなら、自分でしっかり判断して、自分で決めたいの。騙されてされるのは嫌」
「何か、させそうな事があったの?」
「ないけど。…されそうになった友達を何人か知ってるから。きっとされてないと思うけど、お互い好き合ってるから、言えばSEXする事を拒むような子じゃないから、わざわざ酔い潰して襲うようなことをしなくても良いと思うから。でも、気付いたらホテルにいたといことがあったんだって」
「人目が少ないからって、昼間に話す話題じゃないかもね。ましてや公園でするような」
「どうして? これからは大事なことだよ。合意に無いSEXは関係を終わらせるし、その上女性を一生傷つける行為だよ」
彼女は僕の目を見て真剣に言った。
「じゃあ……、今度、ホテルに行かない? その前にどこに行っても良いし、…一泊の旅行に行っても良いから」
彼女は僕から目を逸らし、繋いでいた手にも急に汗をかいたようだった。
「それこそ、昼間からする話しじゃないと思う」
「ダメかな?」
「ダメ……とか、ダメじゃないとかいう話しではなくって。考えておく。ホテルに行くのが…」
「好きだから、もっともっとて思うんだ」
「分かってる。でも、スケジュールを決めて決行するみたいな、実行するみたいなことかな、とも思う」
(つづく)