アンズ飴 その5
ある日、彼女は予備校の事務所の呼ばれた。キャバクラでのバイトが予備校の知るとこになった。真面目に受験勉強を続けるか、真面目に受験勉強をしている人の邪魔にならないように退学するか、事務所の人間から迫られ、彼女は10月のその週にバイトを辞めると確約した。彼女のキャバクラからみた社会科見学は一ヶ月満たないで終わった。ファストフードを始め他のバイトも禁止となった。
それをその週の週末に僕は聞かされた。この時も僕の気持ちは複雑だった。彼女から相談されても答えようがなかっただろうけど、事前に胸の裡を聞かせてもらってよかったと思う。
場所は中野駅側のハンバーガーショップだった。どうも彼女はJR中央線沿線に暮らしているようだ。中野は違うらしい。店は最近グルメバーガーを始めたらしく、バンズにこだわり、ビーフ100%にこだわり、野菜にもこだわり、一個が千円以上する物がメニューの半分を占めていた。店長のオススメはダブルビーフ・スモークチーズバーガーとアボカドベーコン・テリヤキバーガーだというのでそれを注文した。あとフレッシュジュースも自慢らしく、飲み物に絞りたてフレッシュジュースも二つ頼んだ。内装は、テレビなどで見るグルメバーガー店よりガサガサとした喫茶店とスナックの中間くらい雰囲気だ。僕たちの他の客は、中野ブロードウェイに来た高校生か大学生くらいの若い人間が多く、好き勝手しゃべってるので活気かがあるいえば良いが、食べながら落ちつて話しをする店ではなかった。
彼女も気軽に話すつもりで、ここを事前に見つけ入ったんだと思うが、席についてすぐに顔をしかめた。
僕と彼女は最初、予備校で深夜にネズミが出て、事務室のパソコンの配線が囓られて二日間ダメだった話しや、僕たちのクラスの成績上位者が徐々に鼻持ちならなくなってきて、隠れて悪口の対象に成ってる話しなどをした。その流れで、彼女が事務所に呼び出された話しになり、僕は今まで気になっていたこと聞いた。
「お父さんお母さんは、バイトについて何て最初は言ってたの?」
キャバクラでバイトをしていれば不自然に帰宅が遅くなるだろうし、当然仕事が仕事なのでお酒を飲んで帰ることになるだろう。酒臭い息で家に帰ってくる娘に不審を感じなかったんだろうか。
「うちの親は夏前に離婚した」
えっ、と僕は驚いた。そんな素振りを彼女は見せてなかったし、まだ娘の受験中に、親が勝手に離婚を決めてしまったということに驚いた。
「夏期講習前、突然、パパとママに呼び出されて、テーブルの二人の前に座らされ、離婚するからと言われた。今年の年始めには二人とも離婚について決心が出来てたみたい。まあ、わたしも感じてはいたからさ。ついに離婚するだ、とだけ思った」
彼女は自分の家族ことを、親戚の家の事情のようにサラリという。
「離婚…協議といった感じのことも済んでいた感じなの? どっちと共に家を出るか、家に残るかみたいなことも」
彼女は少し目が泳ぎ、店内の壁をチラチラ見ながら、
「そうね…わたし、今年大学に入ったときに一人暮らしする予定だったんだ。それが浪人してしまって、計画が一年延びたかなと思ってたら、夏休み中に一人暮らしを始めても良いんだぞとパパ、ママからいわれて、あなたが私に声をかけて時には、急いで探した一人暮らしの部屋が見つかった日だったのよ。新しく始めようと気持ちも昂ぶっていたとき、あなたから「好きだ」「付き合おう」と声をかけられて、運命がまた動いたと思って付き合うことにしたのよ、ね」
「あー、僕が偶然というか、幸か不幸か運命のカードを引いて君を引き当てたんだね」
トランプのカードを引いた例えは、彼女をクスッと笑わした。
「そういうことね、幸か不幸かね。今日まで付き合って薄々気付いていたと思うけど、私とあなたは人間のタイプが違うでしょ。あなたは真面目で優しいけど、アクティブじゃない。走りながら考えるタイプじゃないし、歩きながら考えるタイプでもない。考えて納得してから動くタイプ。わたしはとりあえず動くタイプ。動きながら高速回転で頭を使って考えて、最善の答えを導き出す。…その答えがたとえ間違ってても、より危険な方向に行ってるとしても後悔はしない。坂を転がり落ちても、死んでしまってもいい」
注文したハンバーガーとフレッシュジュースがそれぞれの前に運ばれてきた。その間で、僕は彼女の話しの裏の意味を考えた。
「タイプが違っても、凸と凹が違っていても、組み合わせが良いような気がするけど僕たち」
ハンバーガーに一口かぶりついた彼女は、「高いだけあって美味いなー」と男の子のような感想を言った。そして、
「あはっ、ごめん。べつに別れ話をしてたわけじゃないのよ。きっと、何で離婚のこと話してくれなかったんだ、バイトを辞めるように言われたこと何で相談してくれなかったんだ、と思ってるだろうとおもって」
「たしかに、離婚のことも、バイトのことも始める前と辞める前に聞かせてもらってもよかったと思ってる。怒ってはないけど」
僕もハンバーガーにかぶりついた。店自慢のパティはジューシーで、野菜がシャキシャキで瑞々しくて香り高く、バンズはふっくらとしてその上歯切れがいい。全体で一つの料理だと、初めてハンバーガーで感動した。
「あなたが怒る必要のないことだから、怒らなくてもいいと思う。優しく見守ってくれるだけで。話すときにはきちんと話すつもりだったから。例えば結婚するまえに、わたしの両親は離婚していますて話したし、それ以外の時には必要のない情報だし。わたしは一人暮らししています。部屋に呼ばないなら聞かせる必要のない情報じゃない。聞かせた人に何かを期待させちゃうでしょ。バイトは本当に社会科見学みたいなものだった。お金は授業料の資金準備くらいのつもりで。入学金も授業料も、パパもママも払うっていってくれているから、学生中の部屋代を含めた生活費もね。浪人中の今は使う予定がある訳じゃないのよ。でも自由に成るお金を持っているって、聞かされた人は期待するでしょ」
「ぼくは、信用されてなかったということね。観察されていたのかな?」
「んー…、信用はしていたな。んー…、全部話して聞かせるのは早いとは思ってた。でも、あなたからの私への愛は感じていたよ。愛を感じていても、聞かせて良いことと、聞かせなくてもいいことってあると思う。それは、例えば夫婦になっても、秘密を持つということではなくて、余計なことは聞かせなくてもいいと判断するということ。相手を心配させないために聞かせなくてもいいとことがあると思うってこと」
心配させない為に聞かせなくてもいいこと。あると思うが、それも隠さず話すことが恋人や夫婦の間だと思う。この考えが、彼女のいう真面目な考えということかもしれない。
「信用して貰えてるなら、僕は君の部屋に招待して貰えるのかな?」
「そうね、遊びに来て。来週あたりから、週末のデートの帰りはわたしの部屋に寄ってて。そのためにコーヒーでもお茶でも用意しておく。お酒はまだ止めとくね。けじめがつかなくなるでしょ。お互いの大学に入学が決まったら、そのときはお酒も飲んでお祝いしましょ」
話しを一旦中断して、僕と彼女は食べることに集中した。
「美味しいね」「肉汁があとからあとから、切りなく出てきて、肉汁で顔がテッカテカ」「ジュースも美味しい」「うん、ミックスジュースだよね。大阪名物のミックスジュースと違って、甘くて酸っぱくて、ザ・MIX・ジュースて感じね」と感想は次から次から出たが。
店をでて、予想はしていたが、このまま部屋に行かない、とは彼女は言わなかった。この日は中野駅のホームで別れた。
(つづく)
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