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アーモンド・スウィート おでん屋を手伝う

 柿境月姫かぐやの家はおでん屋をしている。月姫は学校から帰るとすぐに店を手伝う。お小遣いの為にでもあるし、お小遣いの為だけでもない。月姫は、ゆくゆくは食べ物商売をしたいと思っている。祖父、祖母は練り物屋を始め、父と母が祖父と祖母が作った練り物を活かすおでん屋を始めた。祖父、祖母が作る練り物も大好きだし、おでんも大好きなので、おでん屋を継いでも良いのだけれど、月姫はアルコールの匂いが好きに成れない。気化したアルコールで肌が赤くなり、日焼けしたようになることがある。それに当然酔っ払いは怖いし迷惑だし嫌いだ。父や母を見習って、少しずつだが酔っ払ったお客さんをあしらえるようになってきたが、まだ子供と言うこともあり大人の酔っ払いは月姫に手に余る。抱きつかれたことはないが、あれ持ってこい、肴をサービスしろ、お愛想をしろ、何か面白い話しをしろ、小学校の勉強は楽しいか、カレシはできたか、しょっちゅう来る彼(遊海秀嗣のこと)はカレシなのか、もう生理はきたか、生理が来たなら男とは二人きりなるな、夜道は気をつけろ、何か困ったことがあったらおじさんに相談しなさい、お小遣いをあげよう、子供が居酒屋で働くものじゃない、お父さんお母さんのお手伝いをして偉いね、おやすみ(ウィンクまたは投げキッス)。と、いろいろ面倒なことばかり経験する。正直にいえば嫌な思いをさせられる。大人に成ってお酒が飲めるようになれば、今相手にしている酔っぱらいたちのことを理解して、許せるようになると母や祖母は言うけれど。ウチが喫茶店だったり、朝食、昼飯を売っている定食屋だったり、味自慢のラーメン屋だったりしたら、お酒を出さなければこんな思いせずに済んだと思う。お酒を一杯でも二杯でも飲んで貰ったほうが、ただご飯を食べてもらうより、ラーメンを出すより、お酒の原価率がよく見入りがいいのだ父は教えてくれたけど。お酒に頼らない食べ物商売が良いと、それでも思う。

「ビール3つ、左、奥の三名のお客さまに持ってて」母が月姫に声を掛けます。「おでんも三皿ね。あとだし巻き卵の皿も、左奥にね」
「はーい」と月姫は素早く店内を移動して、ビールとおでんとだし巻き卵を運びます。
「お待たせしまし。(おでん、だし巻き卵)熱いので気をつけてください」
 また暖簾をくぐって新しいカップルのお客さまが入ってきました。
「いらっしゃいませ。ただいまお水とおしぼりをお持ちします」
 カップルの男性が女性に何が食べたいか聞き、卵と大根とちくわぶ、カニカマ、ロールキャベツ、餅入り巾着、最近母のアイデアで入れるようになった酸味の少ないトマト、ズッキーニのおでんを二人は注文した。あと男性はウーロンハイ、女性は梅割り酎ハイを注文した。ビールも酎ハイもジョッキに入っていて、同じくらい重い。一つづつ両手に持って二個しか運べない。おでんも八種類ともなれば、皿三つに分かれる。狭い店なが調理場と店の中を何度も往復する。ときどきトイレに立つお客が、ジョッキやおでんのお皿を両手に持っている月姫の前を迷いなく横切っていったりする。月姫のために手前で待っていてあげようという心遣いはほぼない。店の人間がお客に気を遣うのが当たり前と思っているのが客商売だと言わんばかりだ。
 神経を360度行き届かせておかないといけない。子供だからって容赦はない。でもお客様であっても、もう少し謙虚であっても良いとおもう。

「もう八時ね。上がって良いわよ。ご飯食べて、宿題があるならやっておきなさい」母が調理場の掛け時計を見て月姫に声をかける。
「はーい」月姫は店の奥、調理場の中に入り、調理場奥の二階に上がる階段に向かう。調理場に入るときに、店全体、お客様たちに向かって軽く頭を下げていく。
 月姫はやっと自分の部屋に戻った。学校から帰ったあと、ランドセルを下ろし。汚れてもいい、でもおでんの出汁が胸やお腹飛び散っていない服に着替え、手伝いに店へ下りてゆく。復習、予習の為に教科書、ノートも出してないし、宿題に出されたプリントにも、もちろん手を付けてない。
 学習机のイスに座って、ため息が思わずこぼれる。涙こそ出ないが、ため息がこぼれる。ため息をつくと幸せが逃げるというけど、ため息は身体の健康に良いらしい。ため息をつくだけで、自然とストレスが軽減して副交感神経も整うらしい。小学生のうちからため息をつくようだと、将来が不安だと大人のひとはいうけども、大人と子供と区別なく、ストレスは目一杯かかる。こぼれるまでストレスが溜まるから、ため息が出る。月姫はそう思う。
「幸せになりたい」と反射的に言葉がため息の後に出る。これも、きっとストレスが原因だと思う。何でもかんでもストレスの所為にするのは、テレビやユーチューブで知った所為かもしれない。

 あっ!? 今日も遊海来なかったな、と気付く。あのおしゃべり、中学受験をするらしい。何が目的か分からないけど。あいつ急に勉強に目覚めたのかな。おしゃべりにくれば聞けるのに。わたしに教えたくないから、近頃顔を見せに来ないのかな。母と父が顔を見たがっている、寂しがっていると、明日学校で言ってみようかな。
「月姫ちゃん、ごはん食べよう」居間で祖母が呼んでいる。
「いま行く」夜るご飯を食べたら、すぐに宿題のプリントをやろう。ランドセルからプリントだけを机の上に出して、今日図工の時間に返られた紙粘土で作ったパステルピンクとグリーンで色付けされたはちわれ模様のネコを置いて、ご飯を食べに居間に向かった。
 

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