アンズ飴 その10
僕は辛くも専○大学の法学部にひっかかった。彼女は日○大学に入ったとメールが届いた。学部までは教えてくれなかった。女優やモデルになっても良いくらいの美人だから、顔で入学が出来るなら日芸の映画学科、演劇学科に入って女優を目指すという未来も彼女ならありえるかもしれない。ただし彼女はスポットライトを浴びるような仕事には興味がないようだ。当然、高校の頃から街を歩けばスカウトの目に留まり声をかけられ続けてきた。しかし全部断ってきたそうだ。大学に入ったら、親元も離れたのだし、バイト感覚で、事務所に入って女優かモデルの仕事を始めるかもしれないが。
一月の新宿での、彼女からの妊娠の告白からあと、僕たちは一度も会っていない。本音を言えばほっとしていた。目元涼しげで、唇は薄くキリッとして、鼻筋が通って小鼻が小さく、髪は艶のある黒、男女の区別なく誰もが振り返る彼女と恋人のつもりで半年付き合ったけども、僕一人のものではなく、他にも二人の男がいると知って第一にほっとしたこと。彼女からの一方的な音信不通だったが、付き合いが自然消滅したことにほっとしていた。
僕の子供でもない妊娠を告げられたあと、どう別れるか受験中も悩んでいた。元には戻らないと思ったが、きちんと別れ話は二人でするべきじゃないかと思っていたから。
二月が終わり三月になり、受験シーズンが終わり、四月になるまで彼女へメールを出し続け電話をかけ““続けて様子をうかがった。三ヶ月半音信不通だった。四月入って、たぶん彼女の日○大入学が済んだあと、
『日○大学に通う事になった』と、『専○大学入学おめでとう』とメールがきた。『お互い頑張ろうね (^▽^)v』とメールの最後にあった。
これが彼女からの別れのサインだろうとぼくは受け取った。
一年後、驚くことに彼女からメールがきた。
『劇団 ○○○鵞団 五月公演のお知らせ
演目 【南風吹く山ノ手のアテナはその日に転んだ】 』
お知らせの終わりに、彼女は新人として小さく顔と名前が載っていた。
大学に通っているかはともかく、彼女は女優を始めたらしい。メールを送ってきたといことは、チケットを購入して欲しいということだろう。彼女から電話がくるのだろうか、それともメールを見て僕が電話をしたら、彼女は電話に出るというメッセージだろうか。悩んでも仕方がないでの電話してみた。呼び出しコールが10回以上してから彼女は、驚きも、感謝もなく、
「○○君(僕の苗字)。 久しぶり」と、でて言った。
「久しぶり。元気そうだね」
「元気よ。…電話ありがとう。何度もメール、電話をくれたのに、わたし無視しちゃって」
「受験中だったからね、しょうがないよ。日○に通っているんだって?」
「うん。ここ数ヶ月はバイトと劇団の公演の準備で忙しくて、レポート提出サボってるけどね。辞めずに続いてる」
「そうなんだ。あれから体調どう?」
僕は一年前から気になっていた。もしかして、産んだかもしれないとも考えていたから。
「んー……、身体は3~4ヵ月で戻ったんだけどね。心のほうがまだやられてる。街で赤ちゃんを抱っこしてたりおんぶしてたりしている女の人を見ると、自然と涙が出てくるの。子供が乗ってない乳母車を見てもダメなんだ」
やっぱり彼女は人工中絶をしたらしい。
「こんなこと、僕が言うのもなんなんだけど、…時間はまだまだかかるんだろうね。本当は側にいて、支えるとか、話しを聞いてあげるとか、また公園なんかを一緒に散歩して上げるとか出来ればいいんだろけど」
「大丈夫。一年で、何とか一人で出来るようになったから。あなたこそ、この一年で素敵なカノジョが出来たんじゃない?」
「出来ないよ。僕はあれから一人でいる」
「わたしがあなたを女性恐怖症かミソジニーにしちゃった?」
「それはない。君との思い出は、いい想い出だから。復活はないんだろう?」
心にもないことを、思ってもないことを口にした。また付き合いたいとは思ってないに、僕は。
「ないない。わたしは入学してすぐに新しいカレシが出来たの。六つ年上のOBで、送ったメールの劇団のメンバーなの」
「○○○鵞団というのはカレシの所属してた劇団だった。そこに君も入ったというわけだね」
「学部は違うんだけど大学のOBで、新人歓迎イベントの時にキャンパスでキャッチされて、そのまま強引に彼の劇団の芝居を見せられちゃって、その他の劇団の公演も沢山見せられて、半年前に結局彼の劇団に入っちゃった」
カレシできたんだ。さっきは一人で立ち直ったと言ったけど、カレシの支えがあったんじゃない。それともカレシには中絶の話しは秘密?
「幸せそうだね。芝居の練習なんかも楽しいだ?」
「楽しい。人生で一番楽しい」
「どんな感じの芝居なの。難しい? 僕にもついていけそう?」
「笑える芝居よ。難しい“問題定義”なんかないから。笑って、あー楽しいって、見て帰れる芝居。見たくなった?」
「(笑う)チケットまだある?」
「あら! 偶然にも、チケットが私の元に残ってる。(笑う)一枚買ってくれる?」
「君の晴れ舞台見てみたいから、一枚貰うよ」
「じゃあ、6月○○日~○○日まで、下北沢の○○で遣ることになってるんだけど、いつのチケットを取っておく?」
「君は全公演に出るの?」
「ええ、全公演にちょっとだけど出る、いつでも構わない」
「それじゃ、6月○○日の公演にお邪魔するよ」
「○○日ね。受付に声をかけて。(チケット代)3500円だから。芝居が終わったら、また受付に声をかけて、出られそうなだったらお礼の挨拶に出るから、ね」
「じゃあ。楽しみにしている」
「じゃあ。待ってる」
(つづく)
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