アーモンド・スウィート
放課後、下校途中。山崎三保子は下向きながら歩いてる。三保子に歩調を合わせるようにして横に並んで歩く遊海秀嗣。
「なんで山崎が最後まで残ってたんだよ。友達いないのかよ」
「分からないんだ。(菅原)葵ちゃんと一緒に成ろうと思ってたんだけど、(山川)絵美ちゃんと(柿境)月姫ちゃんとくっついちゃったし。三人の声をかけたのが金里(穂乃佳)さんでしょう…嫌だな、と…ねえ。(永井)苺ちゃんは今日もお休みしているし…」落ち込む三保子。
「そうなんだ…。そういえば永井は元気なの?」
「苺ちゃんは元気だよ。でもないか、…苺ちゃんが学校に行きたくない病気みたい。これクラスのみんなに内緒だよ」
「あっ…そうなんだ。何かしてあげられないの?」
「して上げられることなんてないよ。誰かが側に居て世話されても、逆にイライラするしね」
「そうなんだ。声かけたりしないんだ」
「何てよ」秀嗣の顔を見る三保子。
「大丈夫、とか。頑張れ、とか。わたしが守って上げる、とか」
「ばかねぇ…、何にも知らないんだ。まあ私から言えることも何もないけど、気持ちの問題でもないと聞くし…」
「学校のこと考えるとお腹が痛くなったり、胸がムカムカしたり、熱が出たり、頭痛がしたりするのかな?」
「人それぞれよ。でも詳しいことは私も分からないし…」
「女子が大人に成るって大変だなぁ」
「これ、女子、男子、関係ないんじゃない」
秀嗣は難しい顔に成り。
「思春期というヤツと関係あるのかな?」
「えーっと」と三保子は考える。
「思春期とは違うんじゃない。テレビやネットで言われている青春の拗らせとも違うと思う」
「なんでなるんだろう? 悪戯されると大人に成るのが早まるんだって」
秀嗣のとんちんかんな言葉に三保子は絶句して、その場に立ち止まって彼の顔を見た。しかし、秀嗣はいつもあらぬ方向に暴走するので上手く訂正しないといけないと、とすぐに考え直した。
「大人の子供への悪戯は、それ犯罪でしょ」
三保子は秀嗣の後に追いつきながら言う。
「犯罪だよね。でも悪戯するひとが居るんだってさ。だから「ちょっとちょっと」と呼び止められても、立ち止まって話しを聞いちゃだめらしいよ」
「それはダメでしょ。呼ばれ付いて行っちゃってもダメでしょ」
「うん」と秀嗣は三保子の話しに頷いた。
「なんで、そんな話しになるのよ?」と三保子は文句を言った。
「だって、永井さん心の病気なんだろう? 家や学校やクラスに思い当たることはなかったのなら、登下校の途中で怖い思いしたんじゃない」
「永井さんが病気って、誰が言ったの?」
「さっき、山崎さんが。「永井さんは学校に行きたくない病気」だっていったじゃない。それにクラスでも、永井さんは心の病気だからと噂してたし。原因は怖い思いしたからだって」
「誰がそんなことを…?」
秀嗣は空を見上げるようにして考えた。
「金里さんかな? 藤巻さんかな? 米山さん? …きっと藤巻さんだったと思う」
藤巻姫愛が苺ちゃんを自分の班に入れたのは、普段の自分の発言を幾分中和する為だったのか、と三保子は考えた。
「私が苺ちゃんを病気と言ったは訂正する。だけど藤巻さんが言いふらしている噂も嘘だから、信じちゃダメ。その噂を信じたら遊海がバカにされるから、もう信じるの止めな」
渡辺理加と渡辺珠恵は、帰る方向も一緒なので並んで歩いている。
「結局、珠恵ちゃんが事前に工場のことを調べる担当になっちゃったね」
「しょうがないよ。遊海じゃ頼りなし、菅原は何考えている分からないし。染谷はもっと得体が知れないし」
「発表も私たちがする事になるかもしれないじゃない」
「発表は遊海か菅原にさせれば良いよ。班長だし、遊海」
「山崎さんは下調べ手伝ってくれるかなぁ」
珠恵は真面目に教科書もノートも全部鞄に入れて毎日背負ってる。要領がいい人は適当に机の中や自分専用のロッカーの中に教科書やノート、今日配られた(理科)補助教材などを置いていって、鞄を軽くしている。珠恵は根が真面目すぎてそれが出来ない。その上、珠恵は学習塾に通ってないのに勉強が出来る。通っていないけど、勉強の成績は常にクラスのトップ三番以内に居る。教科書を使って、毎日、ほぼ全教科の予習復習をしてるから成績が良いと信じている。頭が良いと思われているから、今日与えられた味○素の工場を調べるといった課題も、みんなから押し付けられもする。
「山崎さん、タブレット持っているかなぁ」
「持ってるでしょ、今どき。十八歳以下閲覧制限があるタブレットなら、学生プライスで安く買えるんだから」珠恵と理科は合わせたわけじゃないが、同じタイミングで鞄を背負い直す。
「じゃあ後で私からショートメール入れて、LINEのグループ作って班のみんなに送るから」
「そうして貰えると助かる」珠恵は理加に軽く頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。
「………。高杉、私たちのことを恨めしそうに教室の後ろから見ていたね」
理科は、六時間目の進行のときに気付いたという感じに言った。
「…だって、高杉のこと、私ふったもの」
「私も告白されたけど、ふった」
珠恵と理加は同時に顔を合わせる。だよね、という意思交換をして前を向く。
「山川さん、蒲池のこと好きらしいね」
「あーぁだから、別々の班になったからあんな顔をしたんだ。前から見ていたら、泣きそう顔で口がワナワナと震えだしたから、驚いちゃった」
珠恵は理科の話しに合わせる。
「気が早いけど、蒲池と結婚したら、ケーキとパンの店を開くんだって」
「山川さんちはパン屋さんだし、蒲池君ちはケーキも作っている和洋菓子の店だからね。二人が結婚すればその夢も実現できるかもね」
珠恵は理科の話しに合わせるのに、少し疲れてくる。
「そう、二人とも大学まで行かないって今から言ってるし。相思相愛みたいだし」
珠恵は自分は大学に行きたいと思っていた。家のことを考えると、塾には行けないけど。大学に奨学金を貰って、バイトもして、卒業すると今から密かに計画している。奨学金は貸し付け型だとあとあと返済が大変だと聞くから、給付型を絶対に貰おうとも思っている。だから小学生のいまから、勉強を頑張ってトップの成績を維持している。
「珠恵ちゃんなら東大だって行けるかもね。早稲田や慶応も大丈夫かも」
奨学金が第一なので大学は何処だっていい。もちろん国公立の大学に行きたい。そうすれば入学金、授業料のほとんどが奨学金で賄え、バイト代が全て生活費に充てられて、両親に負担をかけなくて済むと考えていた。
「理加ちゃんと一緒に大学に行けたら良いね」
「そうだね。わたしももっと勉強頑張らなきゃ」
理加はメラメラ燃える目で珠恵を見て頷いた。珠恵も負けずに頷き返した。そして二人同時に笑った。
(つづく)