シリアルキラーが女を愛するわけ 14
次の日、朝の会議の時に吉岡係長から発表があった。
「昨日の夜に鑑識から報告があった。女性は複数回性交渉していた形跡があるそうだ」
「吉岡係長。犯人とは直前に性行為をした形跡はないと先日ありましたが…」
「そうだ。犯人とはSEXはしていない。だがSEXは頻繁にしていた可能性は見つかった。考えるに性風俗店で働いていたか、性意識が低く不特定多数の男たちと一夜だけの関係を被害女性は持っていたかもしれない」
「もう一つ確認したいのですが。仮に援助交際のようなことをしていたとして、覚醒剤は常用して形跡はないんですね」法本が後ろから大きな声で質問した。
白木は男の捜査員たちのあからさまな物言いに怒りを感じていた。被害女性をまるで売春婦のような言い回しだ。被害女性の本当の生活は分からない。でも遺体を事件現場で見たときに感じた彼女の印象は、学生のようだった。もちろん今は高校生ですら「リフレ」とか言って、未成年の売春があることも知っている。大学生くらいに見えた被害女性がその方面で働いていた可能性も当たらなければならない。もしそうであっても、性意識が低くいとか、不特定多数の男と関係を持っているかもしれないなどという想像を聞かされるのは不愉快以外にない。
「覚醒剤の常用はない、というのが検死を行った検視担当者と今のところの鑑識の意見だ。初めての覚醒剤の大量の用で心停止したという検死だ」
「では、覚醒剤を使用してのSEXを楽しもうとしたら女が心停止してしまった可能性もありえるわけですね」少し呆れたように、笑ってでもいるような声で法本は言った。
「まだ被害女性の身元が分からないのですから。的外れかもしれない想像は捜査を間違った方向に向けるかもしれないと思います」手を上げずに殿山が、会議室の全員に聞こえるように言った。
咳払いの後「少なくとも、被害女性の身元を突き止めるのに、彼女が処女でなかった。処女でなかっただけではなく、複数の男性と交渉をしていたかもしれないと分かって。身元を調べる項目にはなったじゃないですか」法本の同僚の門田が言った。
「複数の男性と付き合ったてかは想像でしかありません。同一の男性と何度も、それこそ毎日性行為があったかもしれないじゃないですか」白木は溜まらず声を上げた。
「まあまあ、熱くなるな。「鑑」取り班は、出会い系サイトも調べてみるように。あと恋人が居なくなったという捜索願が出てないか調べておけ。あと…性風俗関係者にも写真を見せて当たってみてくれ。以上。今日こそ、被害女性の身元か犯人の身元を上げてくれ」
朝の会議が終わると、今日も殿山と白木は木場に向かった。
今日も足でアパートを回り、犯人の男の影を追う。車を使い、カーナビを使えば簡単にアパートを回れる。しかしその簡易さが犯人と距離を作る。偶然にも犯人を捕まえることが出来たとしても、警察は男を捕まえればいいという訳ではない。その後に事件を確定して被疑者を検察に送り、裁判で有罪にしなければならない。そこまでの仕事を警察は担う。もちろん裁判で被疑者、被告人を有罪に持って行くのは検察官の仕事で、警察官の仕事ではない。しかし被告人を有罪に持ち込む証拠や自白を集めるのは警察の仕事だ。だから犯人の目線で街や人、被害者を見ないと、被疑者を自白に持ち込めない場合もある。また状況証拠を強引に考え出し、事実をねじ曲げてしまい裁判で相手の弁護士に突かれ被告人を無罪にさせてしまったりする。一度、無罪を確定した犯人を、日本では同じ罪状で裁判にかけることはできない。だから犯人のことを知ることは大切だと殿山、白木を含め警視庁捜査一課の捜査員たちは考えている。安易な仕事は後でミスに繋がると思っている。
「主任は被害女性が性風俗でお金を得ていた考えてますか?」白木は朝の会議での男性捜査員たちの言動にまだ腹を立てていた。
「実際のところか?」白木の怒りの理由を理解しながらも、殿山は彼女が性的なサービスで収入があったかを重要と思っていない。
「はい。第一印象に頼りすぎるのは間違いの元だと指摘されるかもしれませんが、事件現場でみた彼女の遺体からの印象は、女性は身体を目的とした関係で犯人に殺されたんではないと思いました」
「どの辺がそう感じた。被害者から犯人を推察するのに重要なヒントに成るかもしれないから聞かせてくれ」
「被害女性の顔です。余りにも垢抜けない、化粧も薄い顔でした。女なら大金が入ったら自分の身なり、特に顔を綺麗にしたい考えるものです。自分の嫌な顔のパーツを整形して良くしたいと考えます。少なくとも良い化粧品買い、少しでも顔が綺麗に見えるように使います。被害女性は整形は愚か、化粧品も少ししか使ってません。あと爪の手入れもしてませんでした」
「客である男たちの好みで、薄化粧、ナチュラルメイクにしていたとは考えられないか」
「いいえ。男たちの好みも気にしますが、女は自分や同性の女たちの評価も気にして生活しているんです。その警戒心は二十四時間、三百六十五日怠ることはありません。男と会う前、男の別れた後、回りの女たち男たちに見られていると意識して歩いているんです」
「わたしは被害女性は、鑑識が複数回の性交があった形跡があるというならそうだと思う。生前に売春をしていた可能性があると考える。しかし、白木が言うように、死体で発見された彼女はプロには見えなかった。簡単に想像するなら「出会い系」か「散歩系」で男と付き合ってお金を得ていたかもしれない。彼女の見た目なら高校生でも通用しただろうし、高校を卒業したばかりでも通用したと思う」
「JKビジネスですか…。そういう子にに見えなかったですが…」
「もともとJK風俗ビジネスに入ってきて働く子たちは、縛られるの嫌うから。週一、二で生活費だけ稼げば良かったタイプかもしれない。上手くすれば日に三万から十万円稼ぐようだから。太い客は個人営業しているとも聞く。犯人が携帯を持って行ったのは、彼女と男とのそういった不健全な関係の履歴が残っていると考えてなのかもしれない」
「大学生で、少々遊んでいる子だったかもしれないじゃないですか」
「そうなら白木が先ほど言ったように、彼女はもっと可愛がられる格好していたんじゃないのかな」白木は殿山の指摘に頷いた。
「そうですね。多くの男子学生と付き合うタイプには見えなかったです」
「それにJKビジネスで稼ぐ子は、見た目は優等生タイプが多いと少年育成課の捜査員から聞いたことがある。もし彼女がJK風俗で働いていたのなら、あの見た目は可能性があるんじゃないかな」そうですねと、白木も同意した。が白木はまった納得出来ないでいるようだ。
「もう一つあります」
「引っかかっていることは分かるよ。しかし今は外だから。周りに人が多い。後で、人がいない所で話そう。アパートの捜索が先だ」引っかかりは殿山にもあった。
木場駅側の不動産屋に入って、プリントアウトした男の写真をみせて相談に来たとか、店の前の広告を見ていた顔にないか聞いた。そして木場や門前仲町周辺の工場で働きながら借りられる家賃のアパートはないかも聞いた。不動産屋の人間は、たいがい工場で働きながら借りるのは大変なんじゃないかと言った。正社員か準社員としてそれなりのサラリーがないと家賃と光熱費で相当持っていかれ、食べ物や着る物を切り詰めることに成るだろうと。
殿山と白木はある程度不動産屋を回って相場を頭に入れた後に、持ってきた地図を頼りにアパートを回った。外観で高そう安そうを見て、高そうなら敬遠して、安そうなら管理人の部屋を訪ね、男の写真を見せた。やはり不動産屋と同じように当たったところのアパートの管理人は誰もが男に見覚えがないと答えた。
「もし工場や倉庫でも働いていなかった。アパートにも暮らしていなかったとなったら。男の目的で木場駅に下りたんでしょうか?」十四棟目のアパートを後にしたあと、路上で白木はイライラしながら聞いた。
「女性を殺したあとに、目的を持って寄り道をしたとは考えられない。かなり殺し慣れた人間でも一度は自分の家に帰って気持ちを落ち着けたいと考えるのが普通だよ」
「やっぱり男の自宅が木場周辺にあると思いますか?」
「例えば、被害女性の部屋が木場周辺にあったとして。そこへ男が何かを取りに戻ったとして、中延に二人して行ったのはなぜなのかという疑問が湧く」
「被害女性が木場周辺に居た…なるほど、それはあるかもしれません。恋人でなくても、男が女性の住まいを知っていたというのは」白木の顔が明るくなった。
「ネットを通じて知り合ったしても、お互いの住まいは知っていた、行き来していたという訳か」そうですと、白木は勢いよく頷いた。
「そろそろ昼時なので、どこかの入ってご飯を食べよう。なるべく人が周りに居ないか、人の少ない店に入ろう」腕時計に目を落として殿山は言った。
昨日までの工場への捜査ではなくアパートへの捜査と言うことで、また気分を変える意味で東陽町の方面に歩いていた殿山と白木は、良さそうな店を探した。東陽町も定食屋が多く、サラリーマンや工場職員が昼時に多く入っていた。喫茶店でもラーメン屋でも良いと探したら、マレーシア料理屋が小さい店であった。店内を覗くと、十二・三人座れるところ客が二人しかいなかった。一人は二十代くらいの女性で、もう一人が六十代くらいの男性で昼時からマレーシアのビールをらしき物を飲んでいた。捜査員の話に聞き耳を立てるタイプの人間ではないと殿山は判断して店に入った。
店内は言葉は分からないがマレーシアの男性歌手の歌が流れている。入り口と厨房のある側面以外の二面の壁には細い竹で出来た簾のような装飾で囲われ、厨房側の壁にはマレーシアの国旗が飾れている。テーブルは濃い褐色をして厚い木で出来ていて、椅子もセットなのか同じ褐色のシンプルな形で三個ずつ並んである。
ランチメニューと言うことで、白木は茹で鶏に辛いソースが掛けてあるご飯プレートのハイナンチキンライスを、殿山は店長のオススメと書かれてお品書きを見てナシレマを頼んだ。ナシレマはマレーシアの国民食と言われるココナッツミルクで炊いたご飯の横にチキンカレー、トマト、キュウリの生野菜、ゆで卵、ピーナッツと煮干しの和え物、揚げオニオン、特製サンバルソースが一緒に盛られてあった。
スープとミニサラダも二人の料理に付いてきた。あとマレーシアの特産の紅茶を使ったアイスティーも付いた。
料理が運ばれ、マレーシア人らしい店員が厨房に下がったの確認して殿山は話し出した。
「知り合いを殺したとして、普通は殺した後にその親しい人の顔は見られたくないから、毛布とかシートとか何かしらの顔を覆う物で隠すものだと思う」白木は自分の料理を食べながら頷いた。殿山もナシレマを食べ始めた。ご飯がほんのり甘く、チキンカレーはそれほど辛くなく、特製サンバルソースも警戒していたより辛くなかったので、マレーシア料理は全体に甘い、辛い、酸っぱいを特徴にしているのかと思った。
「被害女性の遺体は服こそ元通りに直されていたが、顔を隠すどころか遺体をそのままにしてあった。これは親愛の情に欠けた行為だ。もし生前に被害女性と犯人の男が親しかったしたら、男はエゴイストでかつ異常犯罪者だ」
「とうぜんシリアルキラーを疑うべきです。しかし、シリアルキラーに警戒心もなく付いてゆくとは考えられないんです」
「まだ現在日本では、アメリカと違ってシリアルキラーの特徴を持った犯人らしい犯人が捕まっていないし、国民に周知徹底されているとは言えない。少し危ない人間と思って見ても、自分を殺すことが最大の目的で近づいてきているとは考えないと思う」
「やはり殺すために被害女性に近づいたと思いますよね?」早くも自分のご飯を半分食べ終わった白木は身を乗り出すように聞いてきた。
「あまりがっついて食べると消化に良くないぞ。一口三十回噛むのが健康に良いと聞くだろう」
「女性刑事が、しかも捜査一課の女捜査員が男性刑事に遅れないように負けないように馬鹿にされないようにするなら、飯は朝、昼、夜どれもがっついて食べなくっちゃ駄目なんです。消化が良いとか悪いとかは二の次です。最近では胃腸薬を毎日飲んでいます。自分でもやっと警視庁の刑事らしくなったと喜んでいます」
「長く刑事をしたいなら、誰に何を言われようと身体を大切にしたほうがいい。女性としての化粧はおろそかにしても、健康には十分に配慮しなさいな」呆れながら、老婆心かもしれないと思いながら殿山は言った。
「それより犯人は殺し目的ですよね」
「そう思う。ただ…快楽殺人とも思えない。被害女性を殺すことが目的ないし重要と考え殺したんじゃないかな」
「ということは、被害女性の身元を突き止めれば犯人にも直ぐにたどり着ける」
「ああ、だから被害女性の身元を必死に隠しているんだろう」
しかし、殿山にはもう一つ引っかかっていることがある。
「朝、話していた引っかかっていることを聞かせてくれ」と殿山は切り出した。
白木は食べ終わったプレートをテーブルの脇にどかし、殿山に顔を近づけてきた。
「犯人が殺害現場に中延の空き家を選んだことです」
「つまり、木場や門前仲町から遠いということか?」
「はい。普通の工場労働者が中延に何をしに来た時に空き家を発見するんでしょうか? 殺害場所を求めて中延あたりを探すでしょうか?」
白木の疑問に殿山も頷くしかなかった。確かに犯人はどういった目的で最初中延を訪れたんだろうか。偶然にしても中延駅に下りた目的は何だったんだろうか。品川駅周辺を散策して中延まで歩くだろうか。京急本線沿線ではなく。また東急東横線でもなく東急目黒線でもなく、品川から大井町に行き東急大井町線に乗る二回も乗り換える行為は少し手間を感じる。また大井町線沿線という考えでいけば、自由が丘駅や二子玉川駅がある。しかし、二子玉川はもちろん自由が丘からも中延は遠い。大井町周辺と考えれば大井競馬場がある、もっと東にいけば羽田空港もある。しかし大井競馬場も羽田空港は通ってないばかりか逆方向だ。
「中延に土地勘があったと考えられませんか」
「中延で暮らしていた、か、暮らしている」はい、と白木は頷いた。
「捜索するなら木場、門前仲町周辺ではなく中延を中心にした大井町線沿線じゃないでしょうか。男は大井町で暮らし、木場の工場や倉庫会社に用がある人間と考えられないでしょうか」
「中延駅周辺は「鑑とり」班が探しているだろう。やはり木場駅周辺で男の姿を誰かが探す必要がある」白木は自分の意見が直ぐに却下されたことにがっかりしたらしく、はーっとため息をついて殿山に近づけていた顔を戻し、椅子の背もたれに寄りかかった。
それより殿山は覚醒剤を使用とての殺害にが引っかかっている。注射跡が一つしか無かった。なのに致死量の覚醒剤を打っている。それは自らなのか、犯人が毒として覚醒剤を注射したのか。殺害を目的とした毒として相手に注射する人間がいるのか疑問を感じる。
「覚醒剤の被害女性の注射痕はどうだ? 引っかからなかったか」
「ええ確かにひっかかりました。でも、タマ(MDMA)やクサ(マリファナ)を使う女の子は少なくありませんから。クスリは良い子悪い子関係ないです。売りをしている売りをしてないかも関係ないくらいに、若い普通の女の子たちを浸食しています」
「つまりクスリをダシに犯人の男は被害女性に近づいたと白木は考えている訳か」
「アルコールも被害女性から検出されていると聞きました。クスリへの抵抗感がなければ、逆にクスリへの好奇心があれば、覚醒剤を期待してオンボロの空き家まで付いていっても不思議ではありません。彼女は男が覚醒剤を一グラムと十分に持っていることを知っていたんじゃないでしょうか」
そう一グラムは二人で使用するにも多い量だ。被害女性はそのことも知っていた? 被害女性の売春の有無と、クスリへの知識の有無も調べる必要があるなと殿山は思った。えらく被害女性がふしだらな人間に見えるようになってきた。偏見は慎むべきだと常に考えているが、最低最悪な身元も頭に入れて被害女性を見、それにつけ込んだ犯人像も想像して捜索をしないと、被害者、犯人の両方にもたどり着けないかもしれない。
木場、東陽町周辺のアパート捜索が空振りに終わったその日の夜の会議で、吉岡係長から新たに分かったことが発表された。
「中延駅前交番勤務の巡査が有給明けに出勤してきて今回の殺人事件に付いて重大なことを思い出してくれた。殺害された思われる○月○○日の夜に、事件現場に○○宅空き家近くの路上で、被害女性と男が酷く酔った様子で道ばたに座り込んでいたのを声を掛けたそうだ。その時に女性の方は歩けないほど酔っていたようだ。声を掛けて事件現場の方へ去って行くとき男が女性に肩を貸してあげたいたようだとも証言している。そして巡査の証言を補強するような映像も見つかった。東急大井町線沿線を捜索していた「鑑とり」班が、二子玉川駅ホームで被害女性と犯人の男と二人で二十二時半頃連れだって歩いている防犯カメラ映像を見つけた」発表を聞いて、会議室内はしばらくザワついた。
「質問いいですか?」と法本が手を上げた。会議室の居る捜査員は一瞬で静かになった。
「構わない」
「中延駅前交番の巡査は、犯人と思われる男の顔をはっきりとみたんですか。モンダージュは作成されているんでしょうか」
「二十三時過ぎ辺りで、現場近くの路上は街灯の下でなくては顔をはっきり認識するのは困難のようだ。懐中電灯で一瞬、男と被害女性の顔を見た記憶が有るが、細部にわたっての顔の特徴は覚えてないらしい」
「モンタージュは無理ということですか」
「有給前の、しかも三日前の、酒に酔った若い男女という認識しか持ち合わせていなかったので、現在のとこと曖昧にしか思い出せないようだ。モンタージュは作るが、その顔に似た男が二子玉川駅のところや中延駅のところ、木場駅のところに居ても任意に質問する程度に止めてくれ。必ずしもその男が犯人とは言えないから。警察からの質問でビビり、怪しい態度を見せるかもしれない。だからといって殺人の犯人とは限らないと頭にいれて慎重に扱ってくれ」と吉岡はこれから配られるモンタージュの似顔絵の注意を何度もした。
モンタージュをプリントした物を一枚ずつ貰った。卵形の輪郭に、少し短めの髪の長さを無造作に流して、二重の目と、鼻背部が高くなく鼻突部がいくぶん上を向いた、唇は薄い、大学生のような若い男の顔だった。
「もう一つ今夜は発表がある。被害女性が着ていたアニメキャラクターのTシャツが、アニメのファンサイトの限定ということが分かった。そして被害女性のサイズと同じSサイズの物は、訳二千五百枚売れたことが分かった。二千五百だが絞られたことになる。ファンサイトから購入した人の電話番号と住所の一覧を貰った。明日の朝から「物とり」班には電話での存命確認と、不明なら住所への直接の捜索をして貰う。地方は各地域署の協力も考えている」
朝までと違って大分被害者の身元への手がかりが出てきた。捜査員の顔にも、ここ三日間の疲れが少し晴れ、明日からのやる気が出た感じだ。
会議が終わり、いつものように吉岡係長から激励を殿山と白木は貰ったあと、帰宅する事にした。白木が殿山に少しコーヒーでも飲みながら話せないか言ってきた。
荏原署近くの深夜0時まで開いている喫茶店に入った。そこは昔ながらの純喫茶という雰囲気で、テーブルもイスも、壁も床も古色としたクリーム色で、初めて入ったのに気持ちが落ち着ける感じがした。二人のブレンドコーヒーが届いて、店の人間が離れてから白木は話し始めた。白木は食べるのとは逆に、舌は猫舌らしく熱い物は直ぐには食べたり飲んだりできないというの殿山は思い出した。
「モンタージュの男の顔、駅前で駅の出入りを一日見ていたら、一時間に一人二人は見かけそうな顔ですね」
白木は暗に特徴が無いと言いたいようだ。しかし殿山は、その特徴が無いモンタージュの男の顔に、男が被害女性に近づいた特徴が出ている気がするし、警察が見ている防犯カメラに映る男をもしかしたら見逃している理由があるような気がした。
「明日からこのモンタージュもアパートでの捜査に使いましょう」
「そうだな。この顔にピンときたら、ということもある。少なくとも中肉中背でそれなりの男の顔のタイプは分かるから役に立つだろう」
「あとやっぱり二子玉川駅に被害女性か男の何かがあるかもしれませんね」
「かもしれない。大井町沿線に被害女性の住まいがあるか、東急電鉄沿線かもしれない」
「東急電鉄の乗り換えをする所に暮らしていた可能性が大ですね。範囲が広がりますが、大井町線に拘らず見ないと見失うかもしれませんね。それにしても他にも探す手がかりがないと時間が掛かります」
そろそろマスコミが難航しているぞと嗅ぎつけてくる頃だろう。なにしろ身元不明の若い女性遺体の情報しかマスコミは第一弾を出してない。つまり今度の特捜本部のお偉方が情報をこの三日間押さえていたことになる。もうマスコミの耳を塞ぎ頭を押さえのは限界だろう。
ブレンドコーヒーは苦みが強くもなく酸味が強くもない、マイルドでミルクも砂糖も要らない、万人受けする味だった。殿山の動かない頭に刺激を与えてくれはしなかった。
「男の目的は何なんだろう」殿山は女性の遺体を見たときから考えていた。だから独り言が出た。白木が冷めて飲めるようになったコーヒーの手を止めて殿山を見た。
「女性を殺して弄びたいだけじゃないですか。…女性に恨みがあるとか」
「そうは思えないんだ。男は被害女性の女性器しか傷つけていない。覚醒剤を注射したが、あれは毒殺と考えられる。殺し弄ぶなら首を絞めるとか、刺し殺すとかするんじゃないか?」
「女性を痛めつけずに殺したことが想定外ですか? しかし覚醒剤で毒殺したとしても、彼女は亡くなる前に苦しんだはずです。痛いも苦しいも換わりないじゃないですか」
「安楽死とまでは言わないが。痛いとか苦しいとかをなるべく与えない殺し方を選んだんじゃないか」
「被害女性に優しい殺し方ですか? じゃあ目的は彼女の女性器? 女性器なら誰の物でも良かった。たまたま知り合いで都合が付きそうだから奪ったということですか」
白木は怒っている。彼女の言葉で表現するなら被害女性を「弄んだ」ことが許せないから。
「それも欲しかった訳じゃない気がする」
「えっ…。なんの根拠でそう考えていらっしゃるんですか」
「周到に事件現場の清掃をしているのを見て。また女性器を切り取ったあとに、再びパンツとズボンを履かせているところ。また彼女の身元発見を遅らせるため貴重品を持ち去り、女性の靴まで持って行っているところ。別の目的があったんじゃないかと思う」
「じゃあ何のために女性器を切り取っていったんですか」テーブルに拳を叩きつける勢いで殿山に質問してきた。
「捜査を混乱させる為か、捕まった後に精神鑑定をさせるために」
「シリアルキラーを演じる為に。正しい意味ではないかもしれませんが詐病ですか」
「うん。女性を殺す前から、捕まることは計算に入れて計画を立てている気がする」
白木は思わず息を飲んだ。そして「目的が分からないですね」と言った。
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