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アーモンド・スウィート

 染谷武尊(たける)は幼い頃からアトピー性皮膚炎に悩まされてきた。お米と小麦、卵、乳製品に強いアレルギー症状が出る。他にもいろろあり実際何を食べても息苦しくなる。痒いだけではなくアレルギー反応が口内、気管から気管支まで広がり、腫れるので気道を狭めて呼吸が辛くなる。毎日、軽い呼吸困難を起こして生きている感じだ。アレルギー症状で全身が痒くなったりして睡眠が損なわれたり、呼吸が苦しくて睡眠が損なわれたりするので、医者からは軽い睡眠薬が処方されている。その睡眠薬を大量に接収して自殺したいと思うが、苦しくて何とかしたくて、生きたくて自殺のことなど真剣に考えることができない。死ぬことを考えなくても、いつか近いうちに自分は必ず死ぬと思っているから。もっと苦しい思い、痛い思いをしながら死ぬのは嫌だと思うようになった。世間では、リストカットして気が遠くなって出血多量で死ぬと思われているが、太い血管を切って半日、一日発見されなければ死ねるかもしれないが、武尊は心配してくれる両親がいる。呼吸困難を起こして倒れていないか心配してしょっちゅう様子を見に来てくれる。有難いことだ。まあ頚動脈を切れば話しは別だが。

 武尊は昼ご飯を食べたあと、一人屋上で身体を休めていた。食べ物を食べたあとは休まないと息苦しい。だから屋上の地面に直接座って、1メートル上の方に金網がついた屋上の壁に背をもたせかけて休んでいる。教室に帰るよりも、校庭の木陰で休みよりも、屋上は人が少なく静かで休むのに良いからだ。
 給食はみんなと一緒に当然だが食べられない。毎日母手製のお弁当を職員室そばの会議室で食べる。会議室には武尊と同じように食物アレルギーを持つ生徒が、一年生から六年生まで18人ほどいる。クラスのみんなと同じ物が食べられないから、学校側の配慮として同じ食物アレルギーを抱える子供たちを一カ所の集め、大勢の生徒から隠れるようにして18人で食べる訳だ。アレルギー症状の重い軽いはそれぞれで、武尊は18人の中では重いレベルから上から三番目だ。もっとも重いアレルギー症状を持つ六年生の女の子、二番目に重い一年生の女の子、二人は常に顔がガサガサと赤く腫れて見ていて可哀想だ。会議室ではみんな無言で食べている。全員が同じお弁当ではないし、各自が持ってくる母親お手製のお弁当は、アレルギーが出る食品の違い、症状の重さによって違う。給食の時に交わされる共通の話題になりにくい。またわいわいと楽しく食べる気持ちのは物心ついたときから18人の誰もがないので、昼ご飯のときは誰ひとり表情が明るくない。
 菅原忠夫が屋上出入り口で武尊のことを見つけ、真っ直ぐ近づいてくる。
 忠夫は黙って武尊の横に座った。
「辛いのか」忠夫がボソリと言った。
 感情が乏しい忠夫のことをダイダラボッチのように普段から思って見ていたが、武尊のことを気の毒に思う感情があるらしい。
「いつもいつもだからね。辛いけど辛いと思わないよ」
 忠夫が同情して悲しそうな顔をする。同情されることに慣れてはいるけども、感情が乏しいと思っていた忠夫にも同情されたと思うとショックを感じてしまった。もちろん同時に彼に同情してもらって、今まで同情してくれた誰よりも嬉しいと思ってしまう。
「味噌や醤油、麹はアレルギーを起こさないのか」
 忠夫の頭の中にラーメンでも浮かんでいるのか。
「発酵食品も全部ダメだね」
 忠夫は眉を大きく下げ、泣くのではないかというくらい同情する。
「…何を食べると嬉しくなるんだ」
「何って…」と考えるが思い浮かばない。ご飯はダメ、餅もダメ、おこわ、炊き込みご飯、パン、ケーキ、クッキー、ビスケット、アイスクリーム、カスタードクリーム、子供の好きそうな物は全部食べられない。そういえば、チョコレートもダメだった。また自然の風味で美味しいと教えられた黒砂糖の塊も食べた夜にアレルギーを起こしたっけ、と武尊は思い出して頬笑んでしまった。
「塩っ辛い物は良いかな。たけどお漬物は発酵食品だからダメだね」
「唐辛子や辛子、ワサビのような辛い物は?」
 辛い物? 積極的に食べたことがないと武尊は気づいた。
「ワサビ入りの握り寿司を塩で食べるというのは、どう?」
「どうって…まったく子供っぽくない食べ物だね」
「ペペロンチーノとか、マルゲリータピッツァとか」
「スパゲッティーとピッツァは小麦、チーズを沢山使うからダメだね」
「そうか…ごめん」
 菅原は、悪気はないんだろうが武尊を見下ろすように見た。そのあと、ボソボソと反省の言葉を言った。
「いいよ。握り寿司もご飯を使うからダメだったの忘れてた。しかし、辛い味の食べ物は盲点だったよ。気づかせてくれてありがとう」
「辛さ百倍カレーのルーだけというなら食べられるかもしれないよ」
「…教えてあげるけど、日本のカレーのほとんどに小麦粉が入っていて。小麦粉でとろみをつけているんだ」
 座高だけでも1メートル近い身長の忠夫を見上げて言った。
「カレーも食べられないのか!」
 可哀想にと独りごとを言い、菅原はボソボソと武尊に謝った。
「生きるために食べている感覚なんだ。だから「食べる(楽しみの)ために生きる」と言う人の感覚が分からないな。芸能人とかお金持ちの有名人で、そういったことテレビやネットで言う人いるでしょ」
 忠夫は武尊に言われたこと分からないようで首をかしげる。
「言う人がいるんだよ。ぼくには食の楽しみなんてないんだ。ご飯が炊けるときの水蒸気の匂いでもアレルギー反応が起きるんだよ」
「日本に生まれて、炊きたてのご飯を嬉しく感じないのは不幸だね。トーストされたパンの匂いを嗅いでもアレルギー症状が出て、辛くなるんだろう」
「トーストの匂いも嬉しくないね」
「大人になったら、そのアレルギー症状は直るのかな?」
 忠夫はもう目に涙を浮かべて聞いた。
「大人になったら嘘のように治るという人もいるし、一生なんらかのアレルギー症状を抱えていくと言う先生もいるから……分からない。でも嘘みたいに治ってくれたら良いなと毎日思ってる」
「もし、治ったら何をお腹いっぱい食べたい?」
「そうだなぁ……。どうせなら、ハーゲン○ッツのようなアイスクリームと千円以上する贅沢なかき氷を食べたいかな。夏の暑いときに、ぼくはアイスクリームもかき氷も食べられないんだ。毎年「暑い、暑い」と言いながら、みんなが美味しそうに食べる姿を見て悔しく思ってるんだ」
「夏にアイスもかき氷も食べられないのか。スイカはどうだ」と驚きと共に同情してくれる忠夫を見ながら、スイカも食べたことないなと武尊は思う。実はスイカの青臭いにおいが苦手だ。毎年飼っているカブトムシにスイカをあげるのだが、スイカが乾くときに発する青臭いにおいに毎年ウェっとなっている。



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