見出し画像

アーモンド・スウィート

 東神田小が終業してお茶に水の進学塾に向かう。これが倉岳人志たち一部の生徒の毎日の生活だ。人志は三年生に上がったときから今の塾に通っている。小学校生が鞄で背負う教科書とノートなどの総重量が10㎏あるらしい。進学塾で使う四教科のテキストとノートの総重量も10㎏あるそうだ。もうすでに大変だという気持ちもない。それが自分たちの日常。
 この日常は中学に入ってもおそらく変わらない。私立の中高一貫校に入ったら高校受験がないのだから、もう塾に通う苦労からも解放されるでしょうという人が居るけども、大学に進むつもりなので、しかも東京大学か京都大学に進むつもりなので、安心している余裕はない。人志は自分のことを努力家タイプと感じている。天才的に記憶力があるわけじゃない。算数の問題を見て閃くような頭もない。一遍読んだ本の内容をすぐに理解できてしまう論理性もない。毎日の学校の復習、塾の予習復習の積み重ねで成績を良くしているだけ。一日でも怠けて勉強をしなかったり、自分で決めたルーティーンの通りの勉強をせずにずるしたりしたら、すぐにでも成績は目に見えて落ち、名門私立中学の受験も落ちてしまうだろう。

 東神田小、三組の青木騎士(ないと)も一緒の塾に通っているにだけれど、彼などは異常に記憶力が良い。学校の教科書でも塾のテキストでも一回、声に出して読んだだけで覚えてしまう。本を声を出して読まないと覚えられないらしいので、その点では迷惑で困るが、人志はすごく彼が羨ましい。
 同じく三組の猪鹿野敦士(いかのあつし)も羨ましいくらい勉強の才能がある。彼の集中力は異常で、勉強に集中すると学校でも塾でも周りの存在を彼の中で消し、教科書とノート、テキストにフォーカスしてゆきゾーンに入ってしまう。テスト中にゾーンに入ると、算数の解答は早くなる。漢字の穴埋めも早くなる。理科、社会の穴埋めも早くなる。テストマシーンのようだ。
 二組の伊藤玲央も人志は凄いと思っている。毎日、塾から帰った後、夕ご飯とお風呂を一時間で済ませ、そのあと午前三時まで勉強するらしい。寝る時間は四時間から四時間半だとか。彼の父親がショートスリーパーらしく、息子の玲央にも親の遺伝子が伝わっているはずと小学校上がる頃から強制して、彼もショートスリーパーに育てたようだ。彼も人志と同じ努力家タイプだと思うが、人志は子供らしく八時間睡眠を心がけ、0時を過ぎた頃には布団に入るようにしている。彼は毎日人志よりも三時間多く勉強している。この三時間の積み重ねは、成果としていずれ出てくるだろうと思うと怖い。

 人志と同じ一組の中嶋彩葉も、人志は羨ましく思っている。彼女は国語算数理科社会のどの教科も満遍なく出来る。不得意な科目がない。分からない教科がない。算数でもスラスラと解くし、漢字もスラスラと書く。運動と家庭科は得意ではないようだが、音楽と美術は人志より出来る。これからは女性も女・男の性別に関係なく働く時代だから、結婚しても男の方が主夫になってもいい。自分は働いて家のことは家政婦さん、ハウスキーパー、外食、ウーバー・イーツなどを利用した生活をしてもいい。二十一世紀は日本も世界基準のそういう世の中に成るはずだから、いわゆる家庭的なとか女性的なとかいう部分を無理に覚えなくていいと思う。もし科学的な分野に進み、ゆくゆくはノーベル賞をとるような研究をするような人ならば、例えば歌が上手く唱えなくても楽器が弾けなくても、絵が下手でも何も問題はないと思う。非難されたりバカにされたりする謂われはないはず。
 勉強が出来るだけではなく、彼女は見た目も可愛い。肩までの髪はサラサラとしていて、光の加減では黒かったり深緑だったり、明るい茶色だったり。頭のてっぺんに天使の輪も見えたりする。睫毛もクルンと長い。肌は色白で、頬は薄いピンク。少し顎が尖っているが、鼻筋は通っていて丁度良い高さ。背の高さはクラスの女子の中で真ん中から少し前の背丈。体重はたぶん平均より少し軽いと思う。(遊海)秀嗣が一目惚れして、「好き(かもしれない)」と告白した気持ちも分かる。ただ彼女の性格は、人志が学校のクラス、塾のクラスで一緒になって知っている範囲でいうならば、集中力があり我慢強いが、かなりクールな性格だと思う。言い換えれば頑固で他人に冷たい。秀嗣に手に余る女の子だろう。まあ秀嗣は美少女大好きの面食いなので、あと小学生のくせに恋愛体質なところがあるので、誰かれ構わず告白する。少しくらい彼女に振り回され、フラれて痛い思いをすればいいのかもしれない。
 秀嗣が中嶋彩葉に告白したと聞いたときはショックをうけた。それまで自分が高校か大学に進む過程で、彼女に付き合ってくれと告白する空想を持っていた。塾でも話したことはあまり無かったけれど、話したら、お互いに勉強を教え合ったり、お互いの趣味の話しで盛り上がったりして、楽しい青春を送れそうな気がしていた。意識し出したのは五年生になり、一緒のクラスに成ってからだ。ほんの少し遅すぎたかもしれない。行動すべきだったかもしれない。中嶋彩葉が秀嗣のことをどう思っているのか分からないが、今日のところは怒ったり、迷惑に思ってしかめっ面をしたりしていない。秀嗣の存在そのものを無視しているのかもしれない。

 もし僕も、中嶋彩葉に「好き」だと告白したら、彼女と秀嗣はどう思うだろうか。秀嗣は勝手にショックを受けるだろうな。彼女は嬉しく思ってくれるだろうか。やっぱり迷惑に感じるだろうか。
                             (つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?