シリアルキラーが女を愛するわけ  6

 部屋は、玄関から入ってすぐにキッチン、キッチンには小さなダイニングテーブルがあり、申し訳程度のリビングがある。ダイニングテーブルにあやみが拘置所から持ってきた小さなバッグが置かれている。リビングの左には布団、整理ダンスとして使っているラック、これまでの引っ越しで開けなかった段ボールなどがしまわれいる押し入れがある。リビングの真ん中にはちゃぶ台と座布団が二枚、それに魔法瓶と電気釜、電子レンジが床にあった。正面に午前十時頃から午後二時までしか日が当たらない窓があり、外は工務店の倉庫と工場になっている。
 祐輔とあやみは向かい合って座っているが、あやみは手提げバッグの中をごそごそとして顔を上げてみない。祐輔は黙ってあやみを見ている。
「わたしもいろいろと拘置所の中で考えたのね。自分を見つめ直すなんてしない性格なんだけど、更生施設の北川さんが面会に来てくれたときに、「本間さん、角谷さんに頼りっ切りで何も自分から考えて行動してこなかったじゃないですか」て言われて、ハッとしたの」本間はあやみの姓で、角谷は祐輔の姓だ。ダルクの北川はいつも祐輔とあやみを、角谷さん、本間さんと呼んでいる。
 手提げバッグの中には無かったらしい。あやみは小さなバッグの中を探す為に立ち上がった。祐輔はそこも黙ってあやみを目で追った。
「全部一からやり直さなくちゃいけない時期に来ているんだと気づいたの」
 「有った!」あやみは鍵を手に持ち、はじめて祐輔を見た。
「昨日、今日は祐輔の部屋に泊めて貰うけど、今日で最後。今日には部屋を絶対に探して、明日の夕方までに部屋を出て行くから」
 勝手なことをペラペラとあやみはしゃべっていると祐輔は感じていた。
「仕事も見つけなくっちゃ。またガールズバーかラウンジで働こうかな」とぎこちない笑顔を祐輔に見せた。
「パチンコ店やビル清掃でもいいけど…もう若くないし、二十歳超えてから年数えてないや。体力がいるのは、箱帰りはダメだね。クスリが抜けても、もう元の身体に戻らないや」ちろっと舌を出して可愛くみせる。
「ねえ、なんで何も言ってくれないの。怒ってるの?」
「怒ってないよ。突然の話で驚いているだけ。それから頭の中でいろいろと考えてる」と祐輔は答えた。いろいろ考えていたが、あやみの話を聞きながら祐輔が考えていたのは、
 あやみをどう殺すかという計画だった。

 前の夜は、話を進めるより疲れたから寝ようと祐輔は提案して二人で布団を並べて寝た。布団に入ってすぐにあやみは祐輔に体を押し付けてきた。「ごめん」と言って祐輔はあやみを拒否した。明け方近くにまた、あやみは布団の中の祐輔の足に自分の足を絡み付けてきた。その時も、祐輔は声に出して、「気分じゃないんだ」と断った。SEXをすれば機嫌が良くなるって思っているだけ腹立たしい。
 あやみは急に祐輔より早く起き出し、何やらゴソゴソし始めた。
「あーっ、(小さな)バッグは部屋が見つかるまで置いていってもいい?」
「大丈夫。今日出て行かなくてもいいし。部屋が決まって、落ち着いたら取りに来てもいい」祐輔は優しく答えた。
「それじゃ駄目なの」あやみはイライラと言った。結局小さなバッグと押し入れの整理ダンスの中の物――数年間、一緒に暮らしてきた間に出来たあやみの私物――は何も持たずに、整理も途中にして「帰ってきてから断捨離するから」と言い置いて、あやみは朝ご飯も一緒に食べずに出て行った。
 祐輔も身支度をして部屋を出た。部屋には掛け時計も置き時計もなく、スマホの画面で時間を見ると午後二時半だった。昨日までは、三時半までには工場に着いてなくてはならなかった。四時には工場の夜勤の作業責任者が点呼をとり、注意事項を言い、安全スローガンを全員で声を出して唱和、当日の作業配置と作業内容を作業責任者から言い伝えられる。作業責任者は工場を持っている会社の社員で、役職は係長と呼ばれる人たち。それとは別に工場長という古株をいる。古株の彼らは元部長だったり、取締役などの元重役も居たりするので侮れない。まれに長年の経験と功績により平社員だった者が工場長になる場合も有るらしい。そのたたき上げの彼らの技術は名人に域に有って、会社の重役も意見を言うのをはばかれるほどだと聞いたことが有る。
 祐輔は自転車で東陽町の工場まで通っていた。今日は、駅の駐輪場に自転車を置いたままにしていたから、徒歩で地下鉄東陽町の駅まで行った。
 いつも駅から右に曲がり海の方向に自転車を走らせる。祐輔が働いていた工場の途中に、事務用品を受注生産しているオフィス機器の大手の工場があった。その工場に裏門の所に工場から出たゴミや顧客から引き取った古い燃える廃材などを高熱で燃やす焼却炉があり。かなり大きい焼却炉で、いろいろな物を隠れて燃やしている。焼却炉のそばには誰かしら一人は防災上付かなければならないらしい。そしてこの焼却炉の安全を見ているは、祐輔から見て七十を超えた歯槽膿漏で困っている男で。祐輔も男も何が気に入ったのか、彼が焼却炉で作業しているとき、敷地内を掃除をしているとき、自転車で通かかると必ず挨拶を交わす仲になっていた。
「おう」と七十の男、「おう」と祐輔はいつものように挨拶をした。
「歯茎の方はどう。医者には行った?」自転車を停めて祐輔は聞いた。
「相変わらずなだねぇ。近頃の歯医者は予約だろう。飛び込みは受け付けてないらしいからな」男は渋い顔をした。
「予約診療だから、時間をかけて診て貰えるんじゃないかな。悪くする前に医者に行ったほうがいいよ」と。祐輔はただの親切心から言っているわけではない。彼に、焼却炉を使って燃やして貰いたいものがある。祐輔の殺人計画には必要だから。だから男には一日でも長く焼却炉での仕事をして居て欲しい。事務器工場で働く別の人間が、祐輔が持ち込んだ物を黙って燃やしてくれる保証はないと思うから。
 祐輔は、計画を実行するかしないかも含め、早く決断しなければと感じた。あやみが部屋を出て行くと言っている以上、時間は待ったなしだろう。疑われないように次の仕事も早く見つけ、計画の実行前も実行後も変わらず見えるよう、疑われないようにやらなければならない。
 頭に描いた計画を実行しようと思い描く度に、自分でも信じられないくらい興奮してくるのが分かって少し困った。
 次の仕事先として目と付けていた工場の敷地には、工員たちを気持ちを少しは慰めようと、季節ごとにきれいな花を咲かせる草木が沢山植えられている。見上げるような大木もある。広葉樹は秋に美しく紅葉する。でも全部葉が落ちたら寂しかろうと、松(マツ)や杉(スギ)檜(ヒノキ)や椹(サワラ)などの針葉樹も植えられている。季節の木々を見ている間に興奮も抜けていった。

 あやみは約束通り、日が暮れてから帰ってきた。住所は教えられないが部屋を決めてきたと嬉しそうに言った。祐輔が敷金とか礼金などはどうしたのかと聞いたら。「立て替えてくれる人が、私にもまだ居るのよ」あやみは胸を張るようにして言って、笑った。
「明日は、今日の約束通りに祐輔の部屋を出て行くから」と真面目な顔で言った。
「もう連絡もしてこないつもり?」祐輔は確認しなければ成らなかった。そう、誰にもいえない計画を実行するか止めるか、決断するために。
「そうね。連絡もしない。貴方のことも忘れる」あやみは真っ直ぐな目を祐輔に向けて言った。
 あーそうですか、という風にはいかなと祐輔は心の中で毒づいた。
「仕事も見つけてきたの? 生活するためのお金はすぐにでも必要でしょ」
「だから、私にも纏まったお金を貸してくれる知り合いの一人や二人は居るって言ったでしょう。心配しているの? それとも束縛を解きたくないの?」と今度は怒った目で祐輔を見た。
 金を借りた知り合いというのは福田辰弥なんだろう。もうすでに、彼と連絡を取り合っているのだろうか。なら、やっぱり殺すしかない。
「しかたないね。あやみが言うように、ここが別れの時からもしれない。ぼくもあやみが部屋を出て行ったら、あやみのことを忘れるよ」呆れたという風に言った。あやみに演技だと気づかれないことを願いながら。
「なに。逆ギレ? いいわよ、今から部屋を出て行っても。それでスッキリ別れられるでしょ」あやみは祐輔の思い通りに勘違いしてくれた。同時に、殺人計画に進む賽は投げられた。

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