シリアルキラーが女を愛するわけ 11
殿山が警部補から警部に上がらないのは、主任捜査官から係長への出世を拒否しているのは責任ある立場に成りたくないのではなく、会議室で捜査員が持ってくる情報をただ待っているのが性に合わないからだ。いずれは捜査一課の係長のポストに上がろうとは考えている。
会議室の後ろに座っていた荏原署の捜査員から早々に退散して行き、逆に八係の捜査員は直ぐには立ち上がって帰ろうとしていないでいた。八係の捜査員は毎日の書類を溜めず直ぐやる習慣が付いているから、残ってやっていた。そこへ吉岡係長から殿山たちに近づいてきた。
「殿山、二日目の時点で何か気になることがあるか」殿山が腰を下ろしている前に来て言った。殿山は自分の手帳を出して、
「この犯人は、なぜ被害者の身元まで隠そうとしたのか。また自分の証拠もトリクロロエチレンと灯油で拭いて消し、髪の毛一本残さないような神経質な行動を殺人現場でしています。なのに、なぜ駅や木製家具の工場の防犯カメラに無防備に映っているんでしょうか」
「現時点でも顔の特定はできないでいる。カメラにも無防備に映っているとは言えないんじゃないか」
「そうとも考えられます。ですが、身長、体格、歩行のクセなどは分析されることを、今では一般人でも知っています。顔が分からなかったら見つからない、捕まらない、自信があるのでしょうか」
「今までの強行犯の犯人たちは、本庁の「歩容鑑定システム」は知らなかったから、今度の犯人も気付いてないんじゃないか」
「でしょうか? 灯油で使ってまで痕跡を消そうとしているヤツなのに。わたしは、ヤツがわたしたちの思いも寄らない何か考えていて、実際に殺人損壊遺棄を決行する前に、相当に前から、不特定の人間を殺す殺人計画を立てていたか、被害女性を殺す計画を立てていたんじゃないかと考えています」
吉岡は腕を組んで、んーと言った感じに考え出した。
「この犯人の男は、以前にも殺人事件、殺人未遂事件をした思うか?」
「予行演習もなしに頭で考えただけで、ここまで計画的にやって上手くいくとは思えません」
「だな。頭が良いヤツとも思いたくないが。頭の良いヤツほど見かけを偽るからな」吉岡のクセで耳と頬の間をトントンと叩いた。
「何かヒントになった殺人事件があったか? 今日、過去の事件を洗いに本庁に戻ったんだろう」吉岡が期待した顔で殿山を見る。
「類似に事件は愚か、関連すると思われる事例も発見出来ませんでした」
殿山は首を振った。
吉岡係長に期待しているからなと肩を叩かれたあと、書類仕事の区切りも付いたので殿山も帰る支度をして立ち上がった。そこへ先に帰ったはずの荏原署の刑事二人が近づいてきた。殿山と二日間一緒に行動していた田山と白木と行動をしていた法本だ。一緒に帰り支度していた、白木と服部も殿山の側に立っていた。
「ちょっと、三人で話さないか。構わないか?」法本が話しかけてきたので、殿山は頷いたあと、白木と服部に先に帰るように促した。
白木と服部が会議室から出て行く後ろ姿を、田山と法本は見送ったあと、おもむろに殿山の近づいて、
「さっき、うちの刑事部長の田中に言ったのだけれど。どうも貴方たち本庁のデカさんとうちら所轄の人間では馬が合わなくて調子が狂んだ」殿山少し下がって、二人から距離をとって黙って聞いた。
「特におれは調子が狂ってる。今日まで組んだ女刑事さんとでは言い合うこともできないでいた。はっきり言えば、遠慮してしまうんだ。どうだ? とか、違うんじゃないか、とかが言えないんだ」
「別にコミニュケーションを密にする必要も感じないですが」殿山は少し冷たいくらい機械的に反応した。
「一杯飲むかと誘ったんだが、俺の相棒も、(法本を指して)こいつの相棒も誘うに乗らなかったんだ」田山が迷惑顔で言う。
「これからでも四人(潮田、白木、田山、法本)で飲みに行ってもいいんだが」法本が付け足す。
「飲みにケーションは前時代的でしょう。飲んだからといって犯人に繋がるヒントを、捜査員四人が次々と浮かぶとは思いませんけど」殿山は自分でも嫌味な応えと分かっているが、自分の仲間を守ろうとする気持ちと、本庁の刑事と所轄の刑事の文化の違いを守ろうとする思いで、必要以上にクールに答えてしまっていた。
「違うんだ。なんだ…貴方たちに貴方たちなりの事件解決のセオリーがあるだろう。二日間黙って貴方たちの後ろに付いて回ったが、違う発想で捜査した方が良いんじゃないかと思った」法本は必死に説明しようする。
「月とすっぽんほど違うとは思わないが、肩を並べて捜査するのにはお互いの存在が窮屈に思えるんだよ」田山は、すでに本庁と所轄では文化が違うと言うことに気付き、諦めているようだ。
「警視庁の捜査員だから所轄の捜査員だからという遠慮は要らないから、その場で意見を言ってくれたら良かったんじゃないですか」
「なあー、貴方たちのルール、俺たちのルールを理解して、気持ちよく仕事をして事件を解決しようじゃないか」田山は懐柔するように言ってきた。
「つまり組み合わせを代えるということですか」殿山は、眉間に皺をよせて言った。
「そういうことだ。で、明日の捜査から俺と法本とで組んで動く許可をウチの田中からさっき貰った」殿山に話が通じ、言いたいことを言い切ったと考えた田山と法本は会議室を出て行った。
「ちょっと!」と言葉は出たが、殿山はその後は繋がず、二人の背中を見送った。
次の日の朝、会議室に殿山が入って行くと、会議前に吉岡係長がひな壇から立ち上がり近づいてきた。
「昨日の深夜に、荏原署の田中刑事部長から捜査員の組み替えを提案されてな。急遽ということもあり、白木と組んでくれないか。普通は捜査一課の者と所轄の者が組む習わしなんだが、大幅に組み替えるにしてもまだ二日目、三日目だろう。と言って主任のおまえと制服警官を組ませるとか機捜の者を組ませるとかいかないだろう」吉岡は渋い顔で言った。
「そうですね。白木と組むので問題ないです」と答えると、「そうか」と吉岡は明るい顔になって会議室の前方の上層部が座るひな壇に返っていった。
白木はすでに来ていて座っていた。今日から組むのだと思い、殿山は白木の隣に座った。白木は無言で殿山に頭を下げた。彼女の心どこかプライドが傷つけられたような顔でいた。
吉岡が今日も朝の会議の進行をした。といって昨日の結果を復唱し、被害者の身元と犯人の男の素性を早く見つけるという方針は昨日までの二日間と変わりがない。
殿山と白木も足り上がり、捜査に出る支度をした。
「白木、おれと行動を共にすることになったが、今日の捜査にあたって何か意見があるか?」殿山が一緒に組む同僚にその日の予定を聞くのはいつものことだ。自分も予定を話し、どちらの捜査方針を先にするか話し合う。
「木場の工場周辺を、更に重点的に捜索するのが良いと思います」白木は慣れているから、遠慮なく自分の意見を殿山に言う。
「そうだな。木場には犯人に繋がる“何か落ちて”いる気がするな」
殿山は白木の意見に頷くと、前を歩いて会議室の出口に向かった。
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