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アーモンド・スウィート

 今日は秀嗣のひい祖母ちゃんの何回目か命日だとかで、夕飯に近所の蕎麦屋さんから天丼をとった。何十年か前の今日亡くなったひい祖母ちゃんはいまの祖母ちゃんのお母さんになる。生きているとき、天ぷらが大好物だったらしい。もちろん天丼も大好きだったとか。他にはコロッケや唐揚げ、とんかつ、チキンカツも大好きで、生前は銀ぶら(銀座八丁目にある喫茶店でブラジル珈琲を飲みに行く行為が粋だったらしいから、銀ブラと言うのが正しいという話しもあるが……)をした後に銀座七丁目の『銀座キャンドル』や銀座四丁目の『みかわや』、銀座三丁目の『煉瓦亭』などにも行って楽しんでいたらしい。美食にお金を惜しまずという性格だったと祖母ちゃんは言ってる。
 話しは変わるが、なんで天丼を蕎麦屋からとるんだろう。だいたいなんで蕎麦屋が天丼だのカツ丼だの親子丼を作ってるんだ。蕎麦屋なら、「そば」だろう。「うどん」はまあ兄弟的な料理だから有りだろうけど。それに「ほうとう」や「けんちんうどん」は蕎麦屋が提供する料理なのか? まして「すいとん」まで。天丼をとった近所の蕎麦屋には「やきそば」まである。やきそばはそば料理なのか? たしかに日本料理でも中華料理でもないかもしれない。お好み焼き屋さんが正しいんじゃないかと思う。
 あと疑問に思うのが、カレーライスとチキンライスの存在。えっとカレーライスとチキンライスは洋食屋さんのメニューじゃございませんか、て思います。しかも必ずカレーライスの上にもチキンライスの上にもグリーンピースが沢山彩りとしてのっかってくる。秀嗣はグリーンピースは嫌いじゃないけども、蕎麦屋のカレーライスとチキンライスの上のグリーンピースは多すぎて邪魔だと思う。

 今日も両親は夜遅くまで仕事らしい。15分か30分くらいしか夕飯を座って食べる時間もないらしい。なので秀嗣と弟の博嗣の二人だけで先に夕飯を食べている。言ったら父も母も困った顔をになるが、寂しい。博嗣と向き合って食べている間は、テレビを見ながらだけれども、二人ともしゃべらず無言で食べるので味気ない。テレビも上っ面だけ賑やかな、万人が笑えるように作られたアホらしいバラエティー番組で、大阪から来た人を笑わせる自信満々の声の大きい偉そうにしゃべる二十代のコンビの漫才師が何組を出ている、リアクションが派手な、ちっとも進行しないで内輪うけするガハハ笑いが続く、夕飯時に見ているとご飯の味が不味くなる、そんなテレビを見ている。
 博嗣が先に食べ終わり、食べ終わった丼を台所の流しへ持って行く。博嗣は夕飯を食べ終わったあと、父ちゃんと母ちゃんが帰って来るまで必ずニンテンドーのゲームをして待っている。秀嗣はゲームが得意ではなく、あまり好きに成れそうになっかったからゲーム機を買って貰わなかった。博嗣はゲームが上手い。弟のクラスの中でも一、二にゲームの上手いヤツと認識されているらしい。ゲームセンターにある筐体も、秀嗣から見ても上手い。だから、クリスマスに“サンタさん”におねだりしてニンテンドーのゲームを買って貰った。それに博嗣は夢中だ。
 秀嗣はご飯を食べ終わったあと、することがない。母ちゃんからは「することがないなら、宿題をちゃんと終わらせるとか。明日の予習の勉強をするとかしたら?」と言われる。はっきり言えば勉強は好きじゃない。学校の授業は好きだ。毎日楽しい。テストは大嫌いだが《先生に当てられる》《質問されたことに答える》というは苦じゃないし好きだ。授業中に先生に当てられるが苦痛に感じるひとも居るが秀嗣は違う。出来れば紙のテストはなくして貰って、授業中の先生との遣り取りだけで成績表を付けて欲しいくらだ。授業中の先生との遣り取りだけで成績が決まれば秀嗣はクラスの上位者に成れるんじゃないかと思ったりする。

 テストで一番嫌いなのは音楽のテストだ。歌のテスト、リコーダーのテスト、楽譜の理解のテスト、視聴テスト(クラシックの名曲を音楽室のスピーカーから聞いたあと、作曲家の名前や年代、曲に込めた思い、曲を聴いた感想を答える)どれもこれもが嫌いだ。山口珠理和先生も好きではない。先生の両親が、アメリカのジュリアーノ音楽学院から付けてくれた名前だとか。先生の自慢。しかし、親の期待に応えられずジュリアーノにも日藝の音楽科にも行けなかったことが残念に思っているらしい。話しながら涙を一筋流したから、相当心残りなんだろう。秀嗣には興味ない話しだ。山口先生の涙を見たからといって、先生も音楽の授業も好きに成れない。
 担任の天野先生はまあまあ好きだ。図工の村山先生もまあまあ好きだ。家庭科の菅田先生も、まあ好きだ。校長先生も教頭先生も好きだ。会えば校長先生も教頭先生も挨拶するし秀嗣も挨拶する。そのあと二人とも時間があれば、秀嗣とおしゃべりもしてくれるから好きだ。
 そうそう、体育のテストも好きではない。正直に告白すれば、運動は全般に得意ではない。幼稚園までは足も速かった。相撲的なレスリング的なものも強かった。五年生のいまはまったくダメ。いや普通だ。小学生にとって運動が得意というのはヒーローだから、「普通ね」という評価は男女共に、つまらないヤツ、魅力のない人という評価になる。それでも運動会などでの「綱引き」「玉入れ」「大玉転がし」などは、クラスの戦力としては計算に入れられている。自慢。「二人三脚」「借り物競走」「障害物競走」は微妙なところで、「リレー」の選手としては完全に当てにされていない。

 天丼を秀嗣も食べ終え、秀嗣、博嗣の共同の勉強部屋に一旦行くことにする。兄弟の部屋と言っても家の裏側にあり日当たりは良くない。部屋の大きさは六畳より少し小さい。元々は亡くなったひい祖母ちゃんの部屋だった。ひい祖母ちゃんが亡くなったあとは祖父ちゃん祖母ちゃんが物置に使っていた。ガラクタな雑貨、動かなく成った電器製品、着なくなった洋服、着物、コート、毛皮、お店の紙袋、箱、包装紙、ビニール袋、古い布きれなどがわんさかと無秩序に、だが丁寧に部屋にしまわれていた。
 秀嗣の父ちゃんが現在の大黒柱として「全部捨てるぞ」と脅かして、片付けさせ、兄弟の勉強部屋が出来た。というのも祖父ちゃんも祖母ちゃんも各々に部屋を持っている。いわゆる寝室は別ということ。と言っても、秀嗣は祖母ちゃんの部屋で寝ているし、博嗣は祖父ちゃんの部屋で寝ている。父ちゃん母ちゃんは夫婦で一つの部屋。そしてなぜか大人の男だからからか祖父ちゃんは書斎を持っているし、父ちゃんは釣り道具、無線通信(ハム無線)が置かれている趣味の部屋を持っている。
 「なぜ」を想像すれば、祖父ちゃんも父ちゃんもヘビースモーカーだからだと思う。二人とも四十本、五十本は普通にあたりまえ。同じ空間に祖母ちゃんも母ちゃんも、秀嗣も博嗣も居られない。祖父ちゃんはお酒も書斎で飲む。だから書斎には火鉢もあり、炭火で焼き豚をあぶったり、焼き鳥を温め直したりしている。余談だが父ちゃんはピザが好きだ。あとカップラーメンとファストフード(フライドチキンやハンバーガー)など学生食のようなジャンクな食べ物が大好きだ。二人とも煙草を吹かしながら、祖母ちゃんや母ちゃんに隠れて食べて楽しんでいるようだ。

 秀嗣はやることもないので、机に座って、今日、学校の図書室から借りた児童向けファンタジー小説を読むことにした。最近、やっと挿絵の少ない小説も集中して読めるようになった。四年生の去年までは図書室から借りた小説なんて読めなかった。漫画ばかり机に座って隠れて読んでいた。成長したと思う。ただ読むスピードはまだ遅い。今度の本も読み終わるのにきっと十日から二週間くらいかかると思う。二週間経ったら返却しなくてはならない。そういうときは学校の空き時間、授業と授業の間の休み時間にも読んで間に合わせる。
 『空色勾玉』というシリーズを読み始めることに決めた。ちょっと年齢が上のひとが読む小説らしい、六年生の図書委員の人が言っていた。まあ、父ちゃん母ちゃんが帰ってくるまでの時間つぶしになれば良い。

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