シリアルキラーが女を愛するわけ 2
品川区中延三丁目の現場空き家は、荏原中延駅から十五分くらいの場所にあった。品川といえど港南地区や山手線新駅がある高輪、三田のようなスクラップ&ビルドが盛んに行われている場所とは違い、まだまだ昭和の雰囲気が多く残っている。警視庁から現場に来るまでに、何台もの捜機の車両とすれ違った。犯人らしき人間を確保したと無線が入らないから、犯人はすでに電車か自身の車で移動してしまった後なんだろうと白木は思った。
助手席に白木、運転はまだまだ新人の服部、後部座席に殿山と先輩刑事が座っている。殿山も先輩刑事も目をつぶり腕を組んで黙ったままだ。
空き家の前、規制線の中に、荏原署から制服警官と刑事が通常より厚手のサージカルマスクをして立っていた。家の中に入らず本庁捜査一課第八係の到着を持っていたようだ。
車を降りて空き家の向かうと荏原署の刑事、制服警官のほぼ全てが白木に注目した。白木は、顔は昔活躍した伊東美咲に似ているらしく、プロポーションは身長は175センチ、バスト・ウエスト・ヒップは88・58・92とこれもファッションモデル並みなので、大学に通っている頃からモデルのスカウト、女優のスカウトに囲まれ、大学生、高校生、青年実業家の男どもに纏わり付かれてきた。慣れたといえ、毎度毎度、顔から胸からお尻から、つま先までなめ回すように見られるのに白木は嫌になっている。八係をはじめ本庁捜査一課の捜査員は白木にもう慣れたのであり、また実力主義が徹底しているので見た目が美人だろうが峰不二子だろうが仕事が出来ないヤツには興味も関心も持ってくれない。しかし現場に着くと嫌でも自分の見た目を思い出される。ちなみに警視庁がある丸の内、大手町という場所は多くの東証一部上場の企業の本店、東京支店が置かれている場所なので、藤原紀香似も米倉涼子似も北川景子似も井川遥似も多く働いている。才色兼備のできる女が多いのか、宣伝にもなると目玉になる美人社員を毎年採用している会社が多いのだろう。
吉岡係長を筆頭に八係の十人が空き家に入ってゆこうとすると、所轄の刑事が空き家に入らず外にいる理由が分かった。灯油かシンナーか、何かのもの凄い臭いで殺人現場が満たされていて玄関前に来ただけでクラクラしてめまいがするのだ。しかし屈強な警視庁の刑事たちは、臭いなんかでは現場を前にして足を止めない。吉岡、殿山に続いて白木も空き家の中に入る。
被害女性は裾が血で染まりだしたアニメキャラクターのTシャツと半分以上が赤く染まった白いデニム姿で横たわっていた。現場で分かったがサンダルを履いたままだった。デニムは脱がされたのかヒザ下辺りまで下ろされていた。検視官が女性被害者を覗きこんでいる。鑑識の人間の何人かも初動での現場保全、手掛かりの採取を初めていた。まだ遺体は司法解剖のために大学に運ばれてないようだ。
家の中の鑑識もまだ完全には終わっていないようだったが、鑑識の主任は難しい顔をしているので、やはり被害女性の身元が分かる物、犯人が残した痕跡はまだ見つかってないようだ。
「何か分かったことは?」吉岡係長が森田検視官に聞いた。
「死亡推定時刻は昨夜の二十三時から今朝方の二時頃だと。瞳孔が縮小して白目が充血していること、口元に少し泡があること、左腕肘内側に注射痕があることなどから、何らかの薬を注射され中毒死した考えられます」
「女性器が切り取られているという話ですが」奥平が聞いた。
「見えるとおり取られてます。詳しい検分は司法解剖しなければなりませんが、死後に女性器を損壊したと思われます。また、先ほど遺体を横に向けて見たのですが、出血がそれほど広がっていず、量も少ないので別の場所で損壊して、ここに持ち込んだ可能性もあるかもしれません」
「そちらは何か出たか?」吉岡が鑑識の主任に聞いた。
「発見といえる物は出ないです。玄関の扉を開け、三和土をから上がり框に上がり、遺体を置いて出て行ったと思われます。玄関の扉にも指紋は残っておず。手袋を使った模様で、乾燥剤ようなパウダーを採取しました。あと、慎重な犯人らしく10センチくらいの粘着液の後が何度か遺体の周りと玄関までに痕跡があります。きっと「コロコロ」を持参して掛けながら逃走したようです」
「準備が良いというか、慎重な性格とみるか。しかし偶発的に殺ったのではなく計画的な殺人という感触だな」土岐は面倒くさいヤマになると言うように言った。
「犯人の下足痕意外、被害者のは出ましたか?」殿山が鑑識主任に聞いた。
「いいえ、犯人の物だけです。被害女性はサンダルを履いて横たわっているが、サンダルの痕もありません」
殿山は妙だなぁという顔をした。「何かあります?」と白木が聞くと。殿山は女性がいる入り口付近から空き家の奥の部屋の方に行った。急いで殿山のあとを白木が追うとしたら、服部が殿山の後を付いてった。ぞろぞろと空き家を三人で歩くのも他の八係の先輩捜査員のよく思われないと感じ止めた。
白木は先輩の亀田といったん外に出て、空き家周りを観察してみることにした。道路と敷地の間には二メートルくらいのブロック塀が巡らしてあり、一メートル幅くらい空きがブロック塀と家の間にあった。そこに解体用の足場が組んであり、防塵シートがグルリと張り巡らしてある。いまは道路側から空き家も、家の中も見えない。敷地内の地面は普段からジメついているようで、足下に緑色の苔が全体に覆っていた。その苔を踏んだような足跡も、苔外に生えている雑草を踏みつけて折ったような形跡も見当たらなかった。鑑識の見立ての通り、犯人は玄関へまっすぐに向かい、まっすぐに玄関から出て行ったのかもしれない。
外の明かりと換気に使っていただろうガラス窓のところから家の中を覗くと、殿山が一階のリビングで鑑識作業をしている作業員に話しかけているのが見えた。
「おーい、集まってくれ。特捜本部が荏原署に立った。いったん荏原署に所轄の刑事も八係のうちも集まって、捜査の方針を決める。すぐに方針会議を始めるので道草などしないで荏原署に来い」と吉岡係長が言った。亀田を呼び、運転させて吉岡は行ってしまった。
殿山と服部は、吉岡が車でいなくなった頃に空き家から出てきた。
「何か気になることがありました?」ともう一度白木は殿山に聞いた。
「ちょっと」と殿山は答えたが、それ以上は口を開かなかった。
服部を見たが、彼も素直に口を曲げて頭を振った。
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