シリアルキラーが女を愛するわけ  13

 警察犬が被害女性の物と思われる靴を都営浅草線中延駅から第二京浜を戸越に向かった道路沿いで発見した。女性はあるアニメとファストファッションブランドのコラボ商品の靴を履いていたことが分かった。彼女が着ていたTシャツもそのアニメキャラクターの物と分かっているので、そのアニメの関連を調べることになった。それは「物」班の担当になる。
 警視庁の事務職員の中にアニメ全般に詳しい者が二人いて、一人は二十代でいわゆるヲタクというタイプで、もう一人は少年犯罪課に長年携わってかなり若者文化を勉強した四十代の巡査部長だ。この二人も捜査一課の熊山課長が「物」班に入れて、関連する情報をネットなども使い集めることになった。同時にコラボ商品は特定の店舗限定で売られたらしいので、販売期間にレジに立った人間に聞き込み、あれば防犯カメラの提供をお願いした。また同時にネット通販でも売られたらしく、女性と同じTシャツのサイズの購入者の情報の提供も合わせてお願いした。
 マスコミの方も、荏原署の殺人事件がどうも難航する気配があることを察知しだし、記者が荏原署の刑事課、警視庁の捜査一課周辺にしつこく立ち回るようになってきた。
 三日目にもなり、未だに「身元不明の女性被害者が殺された事件」という発表しかできないというは情けなくなり出したし、許されないことと荏原署特捜の幹部たちも焦りだした。となれば、荏原署のエース刑事の門田、法本には相当な発破がかかるし、熊山課長、蜂谷管理官からは吉岡係長を通じて殿山、奥平、堀などにも激がとんだ。
 殿山と白木は三日目も門前仲町周辺、木場周辺の工場を捜索した。
「被害女性の身元も門前仲町・木場周辺だと思いますか?」
 被害女性の身元ではなく、闇雲に犯人の男を捜し回っているように思える殿山の行動に白木は疑問を持った。
「たぶん…この周辺では被害女性の身元にはたどり着けないだろう」
「今日も、木場の工場地帯を歩き回っているのはなぜです?」
「事件現場で、犯人は自分の指紋や痕跡を消すためにトリクロロエチレンと灯油を使った。このトリクロロエチレンと灯油使っての洗浄は工場で機械及び機械の部品をするときにやる方法なんだ。しかし、灯油はともかくトリクロロエチレンは有害で人間の気管や神経を駄目にすることが分かってる、もちろん下水などにそのまま流せば汚染になる。だから最近ではもっと安全な物を使うようになっている」
「男はなのにトリクロロエチレンを使いました。と言うことは同時に入手できる場所にいるか、入手できる立場にいる人間とも考えられますね」
「そうなんだ。トリクロロエチレンは一般人が無闇に購入出来ない。予め住所と名前を購入する店舗に届けなければならない」
「つまり工場で働いている可能性があり。だから購入出来るか、身近にトリクロロエチレンが持ち出しても気づかれないくらい沢山あるかですね」
「そうなんだと思う。それに、男は中延駅から木場駅まで移動した。木場駅の木製家具の工場の焼却炉に証拠の一部と思われる物を置いていった」
「男は木場周辺に詳しく、たぶん働いている人間と主任は考えているんですね。そして近所に住んでる可能性もある考えている」
「しかし気になるのは、…余りにも男が無防備な気がする。事件現場をきれいにしたのになぜ駅の防犯カメラに映っているのか。焼却炉に証拠を生焼けで置いていったのか」殿山はひっかかっていた。事件現場をきれいにした意味を。性的な行為をしないで女性器を切り取っただけで終わった意味を。
「被害女性との接点についてはどう考えています?」白木も、犯人の男を見つけるのも大事だと分かっている。男を逮捕すれば被害女性の身元もわかるかもしれない。男が吐かなければわからない、かもしれないと思っている。
「いま「物」班と解析班が当たっているアニメの線は濃いと思う。そのアニメの交流サイトが特定できれば、犯人の名前も被害女性の名前も分かるかもしれない」
「男と被害女性は恋人だった考えていますか? 恋人への、浮気などでの恨みから女性器を傷つけてたとおもいですか」
「分からない。が、恋人ではなくオフ会のようなモノで知り合って直ぐに、その日とかに殺して女性器を傷つけた可能性もなくはない」
 殿山の意見を聞いて、白木の顔に影が差した。
「だとしたら酷いです」
 殿山は木場駅のホームと木製家具の工場の防犯カメラ映像からプリントした、男の横顔の荒い写真を持って工場を歩いている。そして、ほぼ昨日と同じ工場を回って、門番をしている守衛や警備会社の者に写真を見せて、現在働いている、以前働いていた人間で見覚えがないか聞いて回った。みんな首を振るだけで、全員が記憶にないと言っている。
「工場で働いている人間じゃないんですかね。木場や門前仲町を散策してよく知っている人間ということですかね」
「犯人像を広げてみた方がいいんだろうな。犯人は学生に見えないからアルバイトではないだろう。なら成人で、生活の為に収入をえているはず。もちろん、親が相当のお金持ちで自分は臑を囓っている可能性もなくはない。他に個人株主で株で利益を得ている可能性。IT関係の仕事をしていて対価が大きい可能性もある」
「自宅に居てお金が入ってくる生活ですね」
「わたしは詳しくないが、十代から二十代にITのシステム、アプリを開発して、売って大きなお金を持っている可能性もある」
「それが、昨日わたしが言った発言をヒントにした、不労所得がある男の線ですね」
「勤労所得か、不労所得か、男を見つけるのに重要かもしれない」
「社会階層が違う。選ばれし者…神は遊び道具おもちゃで遊ぶ、という風に犯人の男を考えているのですか?」
「いや。ただ勤労所得者か不労所得者かでは、妄想している時間の長さに違いがある。無職ならば夢見がちな破綻した犯行になると思う。働いていれば妄想も適当に距離ができ。冷静になって考えれば殺人や死体損壊は恐ろしい妄想だと気がつきブレーキを踏む。ブレーキを何度踏んでも妄想が止まらないから、殺人を実行しようと考え、計画的になる。そして何度も頭でシミュレーションして破綻がない考え、安全だと思い実行する。そして犯行を頭から忘れて逃げ切ろうとする。しかし、一度味わった興奮と全能感が忘れられなくて連続殺人を妄想する。また計画を立てる」殿山は一部のサイコキラーをそう捉えている。そして、この犯人はこの後も殺人を繰り返すつもりでいるから、犯行現場を綺麗にして犯行を隠そうとしている。もしかしたら今回の中延の殺人が最初の殺人ではないのかもしれない。偶然にしても人を殺した経験があるのかもしれない。満たされない気持ちや欲望を解消するために、殺人と損壊をし始めたかもしれないと考えた。
 この日も夜の会議までに成果をあげられなかった。八係の他の者も、中延署の捜査員も成果を上げられなかった。中延署の署長などは、被害女性の身元を突き止めるためにマスコミに被害女性の発見時の服装を公開しようと言い出した。たしかに三日経っても被害女性の名前、身元すら分かっていない。これは長期に捜査が及ぶ可能性を想像させた。マスコミに公開しなくても、被害女性の名前、身元くらいは掴んでおきたい。できれば犯人の名前、身元もある程度掴んで置きたいと誰もが思う。物的証拠が少なそうだと予想されるし、犯人がトリクロロエチレンと灯油で事件現場をきれいにしているのを鑑みれば、そうそう自白するとも考えられない。物的証拠もなく、自白もない場合、状況証拠で攻めるしかない。警察は無理むり納得して検察に送るが、検察は有罪の主張を維持できないと嫌がるだろう。
 今日も最後に吉岡係長から激励がとんだ。殿山は特に発破をかけれた。帰りしな白木が、
「なぜ、男は駅の防犯カメラに再び捉えられないんでしょう?」
「そこだ。木場周辺で生活をして木場周辺の工場に働き出ていると今朝まで考えていた。しかし、自転車かバイクでどこかから来ている、どこかに通っている可能性もあるな」殿山は腕を組んで考えた。
「中延駅周辺にも詳しく、新木場深川方面にも詳しい人物で、他にも拠点を持っている?」白木もこめかみを指で叩きながら考えた。
「広範囲過ぎる。仮に営業職として、中延にも通い、新木場深川にも通う姿が想像できない。がしかし、わたしの知識不足なだけで、中延周辺のような住宅街にもマッチし、新木場や深川のような倉庫街工場地帯にもマッチする営業する価値のがある「商品」なり「ハウツー」があったならば、東京23区内、区外どこでも売り歩ける。東京中を知り尽くしている犯人の男の頭の中にある犯罪予定地は、いまの捜査本部の想像を超えることになる。恐ろしくて想像したくないな」
「想像をたくましくし過ぎても良くないですね」白木は、最悪を想像している自分を反省した。
「常に想像することは大切なことだよ。しかし最悪な想像を、いま分かって事実より先行して考えてはいけない。わたしも白木の発言の先を想像するようなことをして良くなかった」
 木場は東京都江東区にある。曲がりなりにも東京二十三区内だ。アパートを借りて居るとしても安くない賃料だろう。門前仲町商店街か深川周辺に愛着があるか、憧れがある男を頭に置くべきと殿山は考えている。浅草や上野、神田、四谷など「江戸」というキーワードで惹かれる人間が少なからず居る。
「明日は、木場と門前仲町、深川のアパート、マンションを当たってみよう。仮に一軒家に暮らしている可能性もある。最近親が亡くなっての一人暮らし、親と同居も頭の隅に入れて写真を木場、門前仲町の不動産屋、アパートの管理人に見せていこう」

 白木も犯人の目的を考えてみた。男は被害女性を殺すだけで飽き足らず、女性の身体の一部を切り取っている。しかも切り取った部位は女性器だ。その上その女性器を持ち去っている。しかし性行為をした形跡はない。殺し、女性器を持ち去っている。普通にプロファイルすればコンプレックスの現れということだろう。女が怖い男。それともSEXが怖い男。だから女性器を切り取って持ち去る。克服したと錯覚して。彼女の身元も不明だ。事件現場をきれいにして、彼女の持ち物を着ている服以外全部持ち去り、彼女が誰なのか分からないようにしている。ただ単に捜査を遅らせるためにした行為なのか。もしインセル(女性不信)を克服するため、ミソジニー(女性蔑視・女性嫌悪)ならば、女性を殺し、女性の性器を切り取る犯罪を繰り返すかもしれない。いつでも、いくらでも殺せるぞ、と自分や第三者に見せるため。
 仮に被害女性と恋愛関係にあったとして、なぜ好きだった女性を殺す。好きだったのに殺して傷つける。恋愛感情がない女性だから、これほど酷い事が出来るんじゃないか。怨恨の線で“記念品”を持ち帰る犯人は珍しい。昭和11年の阿部定事件は憎くって殺した訳ではない。愛情が歪んで、そのうえ「死と快楽」という概念にも齟齬もあったから起きた事件だったと思う。
 では、犯人の男がストーカーだったら。別れた女性につきまとい、忍耐を越えて殺し、女性の一部を記念品として持ち帰ったとしたら。ありえるが、ではなぜ女性が身につけていた物ではなく、体の一部なのか? 小指や左手の薬指ではなく、女性器なのか? 女性は社交的な人で、多くの男性と関係を持っていた人だったのか? だとすれば女性の似顔絵を公開したら、恋人と名乗り出る男性が沢山現れるか? または女の恋人が名乗り出てくるか。
 ならば荏原署の上層部が考えるように、被害女性の似顔絵を公開したほうが早いかもしれない。犯人の男も元恋人という線で収まるかもしれない。
 

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