アーモンド・スウィート 一生の友達
これは二ヶ月前までの話し。正確には五十日前のことだった。今も気持ちは変わらないが、信じられなくなっている。
夕方の時間、家に少しでも早く帰ろうする人々の多い中央通りを神田駅に向かって、塾からの帰り道の秀嗣は自分の世界に入り周りを気にしないで歩いてる。。学校が終わって渡辺珠恵の両親が営っている塾に向かうと、早くても午後四時になる。珠恵のお父さんお母さんに、授業の理解が遅れているところを教わる。秀嗣は勉強で分からない処が沢山あって、みんなに追いつくか不安になる。みんなとは(倉岳)人志であり(中嶋)彩葉であり珠恵のことだ。学校での勉強は好きなんだけれど、テストがどうしても好きになれない。このままテストは嫌いなまま、勉強ができない子で小学校を卒業しても良いかなと最近思い始めていた。しかしこのままだと、人志と彩葉と珠恵と別々の中学校に行くことになってしまうと分かった。今まで家で勉強してこなかった秀嗣が基本に悪いんだけど。
お腹が減らして塾から帰るときは、何の為に勉強しているのだろうと思うことがある。すんなり人志や彩葉や珠恵と同じ中学に、小学校入学の時のように入れてくれたら良いのに。教育システムを牛耳っている誰かを恨めしく思う。文部大臣か? 千代田区長か? 学問の神様か?
勉強が出来る人と一緒の学校に行きたいというプライドといった問題ではなく、中学高校も人志と一緒の学校に行きたいという思い。人志と一緒に先に進まないと、自分はこの先ダメ人間になると予感。
天野先生から「秀嗣、お前はケンカを買っているつもりかもしれないが、お前のは相手にケンカを売っているようなものだ」と言われる性格。クラスでケンカになりそうな雰囲気になると、真っ先に止めに入るのは(加藤)基之で、次に割って入って両方と揉めるが秀嗣。後ろから出てきて、両方を上手く冷静にさせて争いを止めるのが人志、というのが五年一組のいつもの流れだ。秀嗣は頭にくると目の前が"赤く"明るく見えて、何が何だか分からなくなってしまう。冷静な判断や相手の気持ちを無視して、自分の正義や意見を一方的に押し付けてしまう。分からず屋には鉄拳で解決しようとする。秀嗣を含め、頭が熱くなった三人を適度に泳がせてから止めに入る、人志の手腕に後に成って感心する。心から尊敬もする。
また秀嗣の直ぐに手抜きをしたくなる性格。自分では要領よく立ち回って、合理的で賢いと思っているつもり。でも人志や(柿境)月姫や(山崎)三保子からすると、学校での係の仕事を秀嗣は手抜きをして、ズルをして適当に休んでいるらしい。
また直ぐに調子者になってしまう性格。自分で自分を心の中で褒めたり、クラスのみんなに発破をかけたりして気分を上向きにさせるところがある。気持ちの中では「天上天下唯我独尊」もしくは「天下無双」状態のときがある。怖い物知らず。人の忠告もアドバイスもまった耳に入らない、独善的なヒーロー気分、英雄気分、天才気分のとき。
また調子者の性格と同じだけ、怖がりなところがある。見るからに乱暴な大人が怖い。怒られるのが怖い。お化けが怖い。失敗を責められるが怖い。自分は不器用で、向こう見ずで、頭が悪いんじゃないかと、自分で自分を疑るようになるのが怖い。
絶対、人志と離れてはいけないと思う。でも大学卒業までの関係で終わってしまうかも。
大人に成ったら、秀嗣も人志も別々の仕事をするようになる。
人志の父親は霞ヶ関で働くエリート公務員らしいので、人志も父親と同じエリート公務員に成ろうとするだろう。秀嗣は公務員には興味がない。千代田区役所で働く公務員も、東京都庁で働く公務員も、霞ヶ関で働くエリート公務員も成りたいと思わない。実は絵を描く人か、小説を書く人に成りたいと密かに思っている。編集者でも良い。評論家でも良い。テレビや雑誌でも見る、芸術家、作家、アーティストと自称している人たちは面白い人たちと感じ、魅力を感じている。
彩葉、珠恵と一緒の学校に行ったら楽しいだろうと思う。彩葉、珠恵の顔を思い浮かべただけで、心も身体全体もワクワク、ルンルンしてくる。青春はいつから始まるの知らないが、漫画やテレビドラマ、映画を参考にするならば、きっと中学から始まり高校へと続き、大学の卒業までが青春だろうと思う。恋人同士になる相手は彩葉か珠恵が良いと思う。自分勝手に両方を天秤に掛ければ今のところ、珠恵より彩葉のほうに傾いている。珠恵は社交的で性格が良いから、きっと中学になったら余所から来た男子にモテるだろう。つまりライバルが一気に増えることが予想される。彩葉は美少女だが、あまり社交的ではなく普段から文庫本ばかり読んでいるような人なので、近寄りがたいオーラというか私に近寄るなオーラのような物が出ているので、中学でも近寄ってくる男達は少ないだろう。きっと声をかけ勇気があるヤツはいない。だいたい秀嗣が「好き」と告白して、付き合っても良いよとOKを貰ったことが奇跡だと思う。高校も彩葉と一緒の学校に行くことになれば、将来結婚という展開もあるかもしれない。結婚の前に大学だろうけど。彩葉は勉強が得意だから、大学は最低でも早稲田か慶応に進むかもしれない。日本の大学の最高学府が国立の東京大学と京都大学と聞いたことがあるから、東大か京大に進むつもりかもしれない。もし京大に行くというなら、ぼくも京都までついて行こう。まるで金魚のフンだな。これを尻に敷かれていると言うのかな。違うかな。彩葉も小説家に成りたいと思っていると思う。将来の夢が、霞ヶ関のエリート公務員ということは無いだろう、たぶん。テレビドラマで女優さんが演じる女医さんという仕事もある。医者だな。外科医とか救急専門医とか、かっこいいと思う。いま美少女の彩葉は、きっと将来は美人に成るだろうから、テレビから抜け出てきたみたいと言われることだろう。その彩葉を、アーティストとして売れている秀嗣が支える。誰もが羨ましいがるカップルだなー。
そろそろ彩葉とデートがしたい。上野公園を歩いて、甘味処の「みはし」か「みつばち」であんみつでも食べて休んで。または上野動物園か国立博物館に行って、少し知的な会話でもしてみようか。映画館に行くのも良いな。恋愛映画を一緒に見るのは恥ずかしいから、外国物のアカデミー賞作品賞とかなんとかを獲った映画なら、誰かに言うときでも恥ずかしくなくて良いかな。デートの最初の時から手を繋いだ方が良いよな。日本橋辺りでみるカップルはだいたい手を繋いでいるし。手は最初のデートから繋いだ方がいい。手を繋ぐとか、ドキドキするな。でも良い気持ちだろうな。
塾の帰り道、秀嗣はニヤけていた。まだ頭の中は幸せだった。現実を知らなかった。身の程を知らなかった。
五十日前までは。
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