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アーモンド・スウィート しかし、帰る

 千々石ちぢわ麿実まろみは、誰に対してもいい顔をする自分をイラ立たしく思っている。基本、麿実は平和主義である。

 麿実は幼稚園に上がる前から知っている青山満月まんげつと仲が良い。麿実の家と満月の家は歩いて十分もない近さである。登下校時には二人で一緒に来て、一緒に帰る。休み時間も満月の席に麿実が行き、周りに空いてる席があれば座り、二人だけで話している。二人だけの理由は、満月が人嫌いで気難しい性格だからだ。麿実は人と揉めたくない性格から、クラスでの係、当番の分担は異の唱えず何でも直ぐやるが、満月は
「いいよ、好きにやって」とか、「パス」とか言ってやらない。日直の仕事すら回ってきてもやらない。日直の朝は、麿実が一緒に早く学校に向かわなければ、早めに来ないし。放課後に書く日誌も適当に書いて済ませている。あとは日直らしい仕事はしないから、クラス代表委員の満寿まんすと渡辺(珠恵)さんが、満月がフォローしている。渡辺さんが女子の日直のフォローをすることは多くないけども、満寿が女子の日直と満月のフォローすることは度々ある。麿実が手を出して遣っても良い物ならば麿実が満月の代わりにすることもある。しかし、そうやっって麿実が満月のフォローすると彼は凄く怒る。他の誰かに恨まれようと嫌われよと平気なのに、麿実には満月のフォローのようなことをして欲しくないらしい。今週も満月は日直だった。女子の日直は藤田(利恵子)さんで、藤田さんは普段から温和しいので日直の仕事を一人でやってしまって、満月に文句を言わない。おそらく満月が少し怖いようだ。満月は人嫌いなので、人に話しかけられるのを酷く嫌う。目をつり上げ、無言で殴る仕草をして相手を威嚇する。あの秀嗣も、満月のそばには近づかないし、満月に話しかけることはない。きっと面倒くさヤツと思っている。

「良くないよ、満月。藤田さんにあの態度は」
 天野先生が職員室から貰ってきた切り花が挿してある花瓶の、水の入れ替えも今週から日直の仕事になった。普段から日直に仕事らしいことしない満月に、新しく出来た花瓶の水の入れ替えを藤田さんが頼んできた。藤田さんなりに、自分は教室の前と後ろの黒板をきれいに拭いたり、黒板消しの綺麗にしたり、掃除当番のあとの教室の掃除のチェック、机の前後左右の整列のチェック、日誌の記帳、(朝の)教室の植木の水やり、(夏は)クーラー、(冬は)エアコンのオン・オフ、と確認、真面目にやってきたので、本来の日直の仕事を一つもしよとしない満月に新しい仕事をふっただけだと思う。
「水遣りも、お前がやればいいじゃん。出来るでしょ」と冷たく満月は言った。麿実は当然近くで見ていた。言われた藤田さんは、怖かったのだろう、目に涙を一杯にして、零れる前に花瓶を持って廊下の先の流しに向かった。
「藤田、水遣りも出来るでしょ。そこまで忙しいそう見えなかったけど?」
「藤田さん、出来ただろうけどさ。一つくらい日直の仕事をするべきだよ」
「日直の仕事って、将来の役に立つの?」平板な調子で満月は言った。
「会社で管理職になったときとか、何かのリーダーになったとき役立つんでしょ」
「日直の仕事って、管理職に成った時に役立つ仕事何もしてないでしょ。リーダーシップを育てる要素もまるでないし」
「……じゃあ、グループで作業するとき、みんなで役割分担するときに役立つんだよ」ムッとしたので、麿実は言い返した。
「そういうものは、学芸会や運動会のときの、クラスの出し物での役割分担、作業分担のときに育まれる要素でしょ」
 満月は口が達者で、ああ言えばこう返す式の屁理屈が得意だ。麿実は満月に対してだけは時々イライラしてしまう。
「回覧板回すときのような、町会内での合同清掃のときのような、役割分担を子供の頃から日直という形でやっているんだよ。きっと」
 麿実は苦しい理由をひねり出した。
「毎週二人だけ、割り当てられる分担仕事のどこが予行練習になるの。どうして子供の頃からさせられなくちゃいけないの? 何の為に」
「分からないよ」
「しなくても良いことを、屁理屈をつけられて遣らされているだけじゃないのぉ? 国数社理の勉強に関係ないし。道徳とも関係ないし。共同作業とも関係ないし。……」満月のことばじりに被せるように、
「その、共同作業の一つの方法なんだよ」と麿実。
「仮に共同作業として、共同作業の相手を選べないのは不満だな。麿実となら日直の仕事やっても良いぜ」
「クラスの男女、一人ずつという決まりなんだから無理だよ。男同士で日直なんて」
「ホモって言われるからか? 男の友情はないと思うのか?」
「えーっ、それを言うなら、男と女の間に友情は成立するのか、成立しないのかでしょ。同性同士の友情はあるでしょ」
「なら、良いじゃん。俺と麿実で日直しても」
 また屁理屈で自分を煙に巻こうとしていると思った。
 藤田さんが水替えから帰ってきて、麿実と満月の不穏な会話を聞いていた。
「あっ!? ぼくら、ホモじゃないからね」麿実は急いで藤田さんに言った。
「ホモだとか、ホモじゃないとか、どうでも良いじゃねーか」と満月。
「良いよ…。二人が付き合っていても、私に関係ないことだから」
 藤田さんは花瓶を教室の先生の机の上に置くと、自分の鞄を持って、さーっと風のように帰って行った。
「さあ、俺らも帰ろうぜ。藤田のヤツに(帰るの)先越されたみたいだ」
 満月も自分の鞄を持つと、麿実を振り返ることもなく教室を出ていった。
「自分勝手にもほどがあるだろう。日直は満月だったから、俺は待っていたんだぞ」
「日直の仕事を待つ必要ないって言っただろう。絶対にやるつもりはないんだから」廊下から、教室に居る麿実に、顔を出して満月はダメ押しのように言った。
「そのうち絶対にばちが当たるからな」
「神さま、仏さまには関係ないだろう。いち小学生が日直の仕事を遣るか遣らないかなんて。だからばちなんて当たらないよ」
 もう本当にイライラする。と麿実は何度も思った。
 しかし、満月と一緒に帰らない、という風にはいつも成らない。

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