アーモンド・スウィート
大垣音は思いきって中嶋彩葉に会いに行ってみることにした。秀嗣が心惹かれている女子がどんなタイプのどんな性格の子か気になって。
秀嗣のことは物心つく頃から知ってるつもりだが、たしかに片思いをして頭がすぐに桃色になるヤツではあるが、噂に聞く中嶋彩葉が秀嗣の心を掴む女子とは想像出来なかった。
一年生から四年生までの間に中嶋彩葉と一緒に成ったことがある音の友人から聞いた話しでは、中嶋彩葉は顔が小さく、背は音よりは高いらしいがクラスでは中位で、脚は細くて長いらしいが運動は得意ではないようだし、美術や家庭科の裁縫、料理などは器用とはいえない腕前らしく誤魔化しが上手いらしい。勉強は出来るようで学年でも男女合わせてトップテンの順位だそうだ。特に社会や国語の漢字などの記憶分野は大の得意らしい。数学も80点90点らしく、理科は実験こそ積極的にやらないらしいがテストは良いらしい。毎日授業、授業の間の休み時間も自分で持ってきた文庫本や少年文庫などを読んでいて、クラスの女子とさえ遊んだりおしゃべりしたりしないらしい。リーダーシップを発揮するような事態には後ろ向きで、班長とかナンカ係責任者、生徒会の運営だどにはまったく参加していない。音からすればどこに秀嗣が心惹かれる部分があるのか不思議に思うところだ。
秀嗣の好きなタイプは、当然見た目が可愛く、性格は明るく積極的で、勉強もできるが運動も好きなタイプ。いわゆるクラスカーストのトップ・トゥ・トップ。また裁縫、料理、洗濯も嫌がらず、自分で工夫などしてテキパキとこなす。段取り上手で、男女の区別なく割り振りも上手く、人の乗せるのも煽てるのも上手い。リーダーシップがあるというより、人を使うのが上手いタイプの女子。音が秀嗣の好みで印象的に感じるのが、背が高い子がなぜか昔から好きで、背は低いより高い方がいい。ヤセやデブより普通がいい。胴体と足のバランスはどっちいが長くても短くてもいい。脚も太くても細くてもいい。最近色気づいているかもしれないから、もしかしたら胸が大きい子のほうが良いなんてエロ親父のようなことを考えているかもしれいが、昔から変わらなければ胸、ウエスト、お尻のスタイルはボン・キュウ・ボンでもなくても良いと思っているだろう。あと秀嗣はまだ子供くせに幼児体型が好きだ。胸もお尻もウェストもツルリンペッタンが良いらしい。ヤマトナデシコを感じるとか。笑ってしまう。バービー人形のようなスタイルは気持ち悪いと、間違って納豆味のアイスクリームを食べてしまったようなゲロゲロな顔をして音に言っていたので、もしかしたら大人に成ったらロリコンになってるかもしれない、と思ったりする。
朝に一度、五年一組に教室に中嶋彩葉の姿を探しに行ったら、中嶋彩葉はまだ来てなかった。一年・二年生の頃に一緒だった米山英瑠が教室にいて、廊下で一組の中の様子を見ていた音に気付いて声をかけてくれたので聞いてみたら、中嶋彩葉はまだ来ていないということだった。遅刻はしない人のようだから、体調を崩したのでもなければホームルームまでには来るだろうということだ。一組の扉の前でうろうろしてるのも気が引け、何か恥ずかしくもあるので、音は一旦、朝は自分のクラス三組に戻ったのだった。
そして再び昼休みに音は一組に戻ってきた。そしてなるべく秀嗣に見つからないように、また知り合いの目に留まり声をかけられないように細心の注意を払いながら、一組の教室の扉に近づいた。
秀嗣は校庭か屋上に遊びに行ったのであろう、教室に姿がなかった。
そして窓際の席に座って、背筋を伸ばして静かに文庫本を開いている中嶋彩葉を見つけた。窓が開いていたのでそよそよした風が中嶋彩葉の顔にあたり、光の中で茶色く見える細い髪が彼女の顔に悪戯をしている。その髪をかき上げる姿は、まるでCMで見たような錯覚を覚えるくらいの絶妙さがあり、秀嗣でなくても多くの男子が中嶋彩葉を可愛いというのが分かる気がした。同性の音でも、初めて中嶋彩葉の姿を意識して見たが、胸がドキドキした。勉強が出来て、顔が可愛いなんて最高だ。天は二物を中嶋彩葉に与えたもうた。イラッとするほど嫉妬を感じる。きっと性格は最悪に悪いだろうと、呪いのような願望を心の中で思った。
声をかけてしゃべろうか、音は一組の扉の所で躊躇した。もし性格もそれほど悪くなく、逆に秀嗣との仲を応援したくなるようなら、今感じるイライラは音の勝手で、中嶋彩葉の対する女子としての魅力の敗北のような感じになってしまうじゃないか。
「あれ? りずむ」
振り向くと、音のうしろに二組の麦畠遥佳が立っていた。
「何してるの。一組に誰か好きな男子でも出来た?」
「いやー、…男子でなくて…中嶋さんのことが気になって…」
「中嶋さん。何で?」
「個人的な、いろいろで…」あっそ、と言って遥佳は訳知り顔で頷いたあと、扉のところから読書中の中嶋彩葉に声をかけた。
「ちょっと中嶋さん!」
遥佳の大胆さと、音の様子から隠密にしたいと感じてくれないデリケートのなさに驚き、音は思いっきり後ずさりしてしまう。
中嶋彩葉は遥佳に呼ばれ、読んでいた本から目をあげた。教室をグルリと見回したあと廊下の音と遥佳に気づき、二人を見た。
遥佳は彩葉と目が合うと、ちょっとちょっとと風に手招きをした。
彩葉は頷き廊下にやってきた。
「なに?」
彩葉は手前の遥佳と、廊下の真ん中で腰が引けている音を見つめる。
その見つめる視線は大人っぽく、強い意志を感じた。
(つづく)