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アーモンド・スウィート

 秀嗣と彩葉は職員室から持ってきた理科資料教材四〇冊を教台の上に置き、千鶴もプリントを教台に置いて自分の席に着いた。 
 秀嗣が自分の机の所に戻ってみると、自分のイスだけがなくなっていた。すぐ後ろに席の加藤基之を見ると、基之は真顔で「知らない」と首を振る。秀次は溜め息をつき、前の席の松村義隆の肩を叩いた。
「俺のイス、どこやったよ!」と義隆がどうにかしたと決めつけて聞いた。
 義隆は端からみると情緒不安定なんじゃないかと思うくらい、とにかく悪戯が好きだ。彼は小学校に上がる前は四国の香川にいた。両親が本場の讃岐うどんを広める希望を持ち、家族で讃岐から東京に出てきた。東京に出てきてから、東京の空気が合わなかったらしく義隆は喘息持ちになった。義隆は毎日、ゼーゼー言いながら、悪戯をして人を困らせては自分勝手に一人笑っている。
「ゼー、……知らねえよ。俺じゃねえよ。ゼー、…ひとの所為にして、ゼー…ふざけるなよ!」と。
 義隆は逆ギレをして返す。
「義隆、おまえ以外に居ないだろう、人のイス隠すなんて悪戯するのは」
「ゼー…知らねえって、ゼー…いってるだろう。ゼー…教室に中、ゼー…外を良く探して、ゼー…みろよ」
 興奮して呼吸が苦しくなった義隆は急いで吸引薬を吸った。そして、あくまでもしらを切った。
 これ以上の追求は自分が悪者に見えるので、秀嗣はしかたがなく教室の中、教室の後ろ、隅々まで歩いて自分のイスを探した。そして教室の外も見に行った。教室のすぐ前の廊下にはイスは無かったが、廊下の先、大きなゴミ箱を置いてある場所の横に壊れたイスを発見した。廊下に出て、側まで行って、まさか自分のイスではないだろう? と疑いつつ見ると、背もたれの木の板の部分に見覚えのある番号とサインを見つけた。
 担任の天野が五年一組の教室に向かって廊下を進んできた。秀嗣は天野を姿を見て大きな声で訴えた。
「先生っ! ぼくのイス、義隆に壊されちゃったんですけど」
 側まで来た天野は、ゴミ箱の横に捨てられた壊れたイスを秀嗣と共に見つめ、「本当に義隆に壊されたのか?」と改めて聞いた。
「自分で自分のイス、朝から壊すバカいないでしょ? こんな悪戯して喜ぶのはアイツくらいなもんですよ」と秀嗣は再度訴えた。
 天野は、ふんーっと大きく息を吐くと、
「とりあえず教室に戻れ、イスは用務員の方に頼んですぐに持ってきて貰うから」

 秀嗣は朝のホームルームをイスなしでうけ。天野が用務員に指示しただろうイスは、午前中には届かなかった。仮のイスを、美術室から背もたれのない木のイスを一脚借りてきて、それを使って午前中の授業はうけた。
 結局、秀嗣の新しいイスは五時限目が始まるまで届かなかった。天野先生は、用務員さんも毎日いろいろと仕事があり忙しいから、急に生徒のイスが壊れた、替わりを見つけてくれと言われても困るだろうと秀嗣に言った。一時限目の始める前にも、二時限目が始める前にも、三時限目が始まる前にも、四時限目が始める前にも用務員さんにお願いしたと、授業を始める前に一組のみんなに言い訳をするようにも言った。
 
 六時限目の授業がなくなり、今度行く校外学習の班分けするホームルームに切り替わった。
 校外学習は三年生から五年生までの間、一年に一度行われる学習形態。通常は工場見学が行われる。または国立博物館、民族博物館の見学。珍しい校外学習の場所として、古墳、貝塚などの史跡巡りもある。今年の東神田小学校の五年生は川崎にある味○素の工場見学に決まっていた。
 校外学習の班分けを始めるのに、進行はクラス代表がやるか今週の日直がやるかで、クラス内がもめた。代表は倉岳人志、副代表は遊海秀嗣、金里穂乃佳なのだが、穂乃佳は「自分が進行に回ったら思うとおりの班に入れないので嫌だ」と言ってごねた。日直は秀嗣と中嶋彩葉だが、今度は彩葉も「班分けで思うとおりの班に入れない可能性があるから嫌だ」と言ってごねた。じゃあ秀嗣が一人で議事進行をすればいいと、天野先生が怒ったように言った。今度は秀嗣を除くクラス全員が、秀嗣では進行が独断専行のするし、脱線もするし、班分け事態が楽しくならないと、一斉に不満があがった。更に、この班分けが上手くいかないと一月後の校外学習全般も、当日もなにもかもが楽しくなくなると、みんなは一致して言った。
 秀嗣はまた声を殺しながら泣いた。
 天野先生の決断は、秀嗣と渡辺珠恵、渡辺理加の三人が進行するということに決めた。まず渡辺珠恵が、私やりますと手を上げたこと。渡辺理加も珠恵と一緒なら構わないから、私も珠恵ちゃんと一緒に進行と書記やりますといったから二人が先に決まった。でも学級員でもない日直でもない二人がするのはおかしいとまた紛糾しそうになり、先生が「うるさい!」と一括したあと、「秀嗣、今日はお前も進行しろ」と指名してクラスなかを睨み、まだ騒ごうとする者を黙らせた。
「君たちも、珠恵と理科が、秀嗣と一緒に進行するなら文句はないだろう」とクラス全員に問いかけられ、騒いでいた者も全員口を閉じた。イエスともノーとも反応できなかった。ただ騒いでいるだけでは、いつまで経っても班分けが始まらないと誰もが想像できていた。だからお前やれよ、貴方やりなさいよと押し付ける発言が出来ても、誰かに強制的にやらせる権利までは誰にも無いことも分かっていた。彩葉は自分が秀嗣と一緒に進行をすれば良かったと、珠恵、理科の三人で進行すると決まったときに後悔した。
 班分けのキーマンは三人いた。米山英瑠、金里穂乃佳、島根紀子の三人。佐久間瑠衣ジェンキンスと藤巻姫愛も要注意だが、二人を含めてあとの女子は誰と班になっても一日無難に過ごせる我慢ができた。楽しくなくても一日乗り切れば偏差値に影響しないと、考えを切り替えることもできた。
 男子は誰と一緒の班になっても大きくもめなかった。義隆のような悪戯者でも、一緒の班になることをOKする者はいっぱい居た。
 米山さんは誰と誰を抑えるだろう? 金里さんは? とクラスの女子は、空気を読もうと必死になっていた。
「それでは、とりあえず仲の良い者同士で一応固まってから人数を調整して六班に分けますか?」と珠恵がクラス全体に呼びかけた。理加は黒板にチョークを持って書記としてスタンバイして待った。秀嗣は、珠恵の横に立ってクラスを見回した。
「それだと女子だけ男子だけの班ができちゃいますが、良いですか」千鶴が手を上げて珠恵に聞いた。どういう形にしろ潤子は最後まで入る班の決まらない一人だと、女子のほとんどが思ってた。何しろ千鶴はゴシップ好きで、人の影口を平気で周りに聞かせるので嫌われていた。秀嗣と義隆は、きっとどこかの班に上手く入るだろうけど、柳瀬幸輔も残されるだろうと見られていた。幸輔の家が貧乏だから臭いとか服が汚れるとか言われ、虐められ距離を置かれていた。
「男子三人、女子三人の六人の班が二つ。男子三人、女子四人の班が二つ、男子四人、女子三人の班が二つ作って欲しい」と教室の後ろで、自分の机のイスに深く座っていた見ていた天野は言った。
「班長も任命しますか」珠恵が補足として聞いた。
 班長は男子でも女子でもいいわけだが、班長を無事にやり遂げたからといって偏差値にプラスされることはないので、面倒だからと女子はやりたがらず、六班全部の班長を男子の誰かに押し付けようと女子のほとんどは考えていた。
「班長は一応決めておいてくれ。点呼とったり、何か配るときに必要になると思うから」と天野は答えた。
「班長から決めるというのはどうですか?」秀嗣が思いつきで提案した。
「それでも好いよ」
 女子の張り詰めた空気が読めない天野と秀嗣に対して、女子のほとんどが、遊海このやろう余計なことを言うんじゃない、と一斉に秀嗣を睨んだ。
「班長がドラフトしていく、ドラフト制にするか」
 なのに天野先生は思いつきで妙な案を言い出した。それにクラスの男子がもの凄く乗った。野球のドラフトをイメージして楽しいと感じたのだろう。ただ指名制は、五年一組の女子社会をより一層複雑にするので、女子にとっては是が非でも阻止したい方法であった。
 またクラスが騒々しくなった。
                            (つづく)

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