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アーモンド・スウィート 二人目の友達の予感

 夜空を見上げていると幸せを感じる。東京は沢山の星が見えないけど、まして神田では見上げても見える星は少ないけど、晴れた日に見上げれば、一つくらいは星が見える。北極星かもしれないし、火星かもしれないし、オリオン座の一部かもしれない、北斗七星の一部かもしれない。
 理加は自分の部屋の、勉強机の前の窓から夜空を見上げる時が一番ほっとする。月だけが見える日もある。それでも良い。

 今日、初めて珠恵以外の人としゃべってみた。相手は金里かねさと穂乃佳ほのかさんだ。彼女のウチはガソリンスタンドをしている。彼女は「何でも挑戦しなさい」と両親から言われているそうだ。何度でもトライ&エラーで挑戦する、諦めないことが大事が家訓のようなものだとか。金里さんによりと、人生はチャレンジの連続らしい。壁はぶつかって見ないと、厚いか固いか分からない。壁は壊さないと、そこから先の道へは進めないと自分でも思っているとか。
 壁の乗り越えるとか、壁の外側を回って行くと言うようには考えないとこが面白いと理加は思った。
「女だからとか、子供だからとか、出来ない理由を自分も周りの大人も考えつくけども、わたし違うと思うんだ」金里さんは力強く言った。その前向きな感じは珠恵に似ている。
「やらない後悔より、やって後悔した方が良いって誰もが言うけど。失敗すると傷つくし、なんだか恥ずかしいじゃない」理加は正直な気持ちを言ってみた。理加の消極的な言葉に金里さんは腹を立てたのかもしれない。
「失敗するのが怖いのは分かる。失敗したらみんなに笑われるじゃないかと思うのも分かる。だから恥ずかしいと先走って想像してしまうのも分かるよ。でも、何もしなければ何も自分の望み通りにはいかないだよ。渡辺さんに、渡辺さんの望むことを推し量って、誰かが遣ってくれるなんてないんだよ。どんなことでも自分で遣って、自分で掴み取るもんだと思う」
「口を開けていたら、親鳥が餌を落としてくれるってわけじゃないということね。もう十一歳にもなると」
「黙って寝て待っていても、美味しい物はおろか、何か食べ物も口に入らないということ。釣り竿を持って行ったり、鉄砲を持って行ったりして、自分で食べ物を取ってくる気構えが大事ということね」
「魚を与えるのではなく釣り方を教えよ。という格言もあるしね」
「……わたし、あの格言に不満がある。あれ釣り方を教えて貰う人の気持ちになって考えるてないと思う。せっかく釣り方を教わっても、釣りに行かなければダメだし。本当は釣り方より船の操り方を教わりたかったのに、向こうが一方的に魚釣りを教えて帰ってしまったために、自分の思い通りにならなかったということも考えられるじゃない。船に乗って、網を仕掛けた方が沢山魚が捕れると考えたのに、言えずに居たために望が叶わなかった。自分の意見を無視されて、意図しない考えを押し付けられたんじゃないかと思う。話しを訊いて貰えなかった、そっちの方が悔しいと思うんだ」
「それを言うんだったら、私もあの格言イジワルだと思ってた。飢えてるんだし、魚釣りより、まず食べ物じゃないかと私は思う。だってお腹が空いて倒れそうなのに、釣り方を伝授されても、肝心の竿持ってないしわたしってなると思う」
 わたしの意見を聞いて、金里さんは大笑いした。
「確かにね。老子だか太公望の前に現れた旅人は、飢えと喉の渇きで倒れそうだったんだよね。まず魚の一匹でもその場で焼いて食わしてくれてもいいよね。それを「どれどれ、見てなさい。川の中に糸を垂れる、浮子が沈むを見ている、沈んだからと言って直ぐに竿を上げてはなりません。一拍二拍待ってから合わせるんです。そして次も慌てない。暴れる魚に合わせて、糸と竿をこまめに動かして魚が弱るのを待ってから手元にあげないさい。とか言われても困るだけだよね」と途中、釣り人の声マネを入れて、金里さんは大笑いした。
「でも仮に、この格言に『アリとキリギリス』の話しを合体させたら違ってくるね。毎日働いているアリがこの日は魚を持って通り掛かる。毎日遊んでいて働かないキリギリスが見かける。そしてアリに「おいらお腹が空いたから、その魚くれないか」と言ったとしたら。アリはキリギリスに「この魚を上げるより、君には魚の捕り方(釣り方)を教えてあげよう」と返したら。この格言は的を射て正しいということになるね」金里さんは、涙を流して笑いながら更に妙な事を言った。笑いすぎて苦しそうですらあった。
「キリギリスはお腹空いてるんでしょ?」
「でも、たぶん死にそうなほどお腹が空いているわけじゃなく、ちょっと小腹が空いたくらいでキリギリスはアリに魚をくれと言ったと思うよ。キリギリスのことだから」
「キリギリス、魚を食べるかな?」草地にいるバッタやイナゴやキリギリスは草を食べていそうな感じがする。
「アリは肉食だから魚を食べると思う。だから運んでいたことに誤りはないはず」金里さんは自信たっぷりに言った。
「『アリとキリギリス』のキリギリスって、擬人化したキリギリスだから魚を食べるかもね」理加も真面目に答えた。
「いまググったら、キリギリスも肉食性なんだって。きっと魚も普通に食べるよ」スマホで調べて金里さんが理加に教えてくれた。
 しかし理加は、話しがどうも脱線したまま意図と違う方向に行ってると思い、「ん?」となり、眉間に皺がよる。
「ごめーん。わたしの例えが悪かった。チャレンジの必要性を言いたかったのに、的外れな例をあげてしまったよ。(午後の授業が始める予備のチャイムが鳴る)もう授業が始まるから、次の休み時間に続きを話そう」金里さんも、自分の話しが迷走していることに気付いたようだ。
 金里さんと仲が良い山川さんと加瀬さんが戻ってきた。珠恵も生徒会の仕事から戻ってきた。
 金里さんと理加は一瞬で別々の方向に向き、自分の席に戻った。
 そのあと、今日は金里さんと話すチャンスはなかったのが少し残念に思う。でも、何だか金里さんは珠恵に似て真面目な感じだし、面白いことを言う人だと知れて友達に成れそうに感じた。
 明日も、金里さんの周りに山川さん加瀬さんがいなくて、他の女子も居なくて、二人だけの時間が出来たら話しかけてみよう。より友達に近づけるかもしれない。学校でおしゃべりできる人が珠恵以外にも出来るかもしれないと思うと何だか嬉しい。
 理加の見上げる空も、昨日より星が明るく見える気がする。

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