アーモンド・スウィート 苺

 永井苺には隠している秘密がある。誰にも知られてはいけない秘密である。不登校の理由もそれが原因だから。
 誰とも価値観が合わないのだ。女の子の持っている社交的な部分も、男の子の持っている社交的な部分も、どっちも苺の価値観とは合わない。また女子の陰に回ったときの陰湿な部分も、男子の常に攻撃的な物言いと直情的で乱暴な行為も、苺の価値観とは合わない。東神田小の誰と居ても息苦しい。会話は当然息苦しいし、隣に並んで座っていても、一緒に登下校しているだけで息苦しい。
 はじめ自分は喘息の症状があると思っていた。医者に何度も通った。心療内科にも通わされた。学校の誰かといると息苦しくなる原因は分からなかった。ただ一人でいれば、家の中に隠れるように居なくても、外を歩くことも出来ると途中で気付いた。昔、友達だと思っていた人も何人か居た。その人たちは今でも時々、家の前まで会いにきてくれる。けれど、お母さんに会いたくないと断ってもらっている。きっと五年一組の子や、去年まで仲の良かったグループ子たちは苺の態度に対して、みんなで悪口を言ってるだろう。聞こえない分には大丈夫。自分の悪口でなくても、誰かの悪口でも、聞かされるだけで息苦しくなるのだから、聞こえないなら大丈夫。二日に一遍、三日に一遍と電話をくれる人もいる。だんだんと迷惑に感じるようになってきている。電話をかけて来てくれる人にも、電話口で冷たい態度を最近とっている。電話を切るときにいつも、もう二度と電話をかけて来るなと思いながら切っている。
 孤独だと寂しいでしょう。一人だと思うと悲しくならない? と聞かれることがあったけれど。寂しく感じることも、悲しく感じることもない。一人でゲームをしたり、ネット動画を見たりできて幸せ。それに好きな時間に好きな科目の勉強をしたりするのはなにより幸せ。両親は心配するけども、中学校も高校も通信制の学校もあるから、大学も通信制の大学、放送大学もあるから、勉強の面で出来る人より少しハンデはあるかもしれないけども、人といるだけで息苦しくなるより何倍もましだと思う。
 将来の就職はどう考えているかと聞かれれば、まだ11歳なので漠然としか考えていない。大学を卒業するだけであと十年もある。苺が生まれて今に至るまでの年月と同じだけの時間がある。人と一緒に居て気持ち悪くならなくなるかもしれないし、もっと酷くなって家の外にも出られなくなるかもしれない。夜な夜な外をフラつくいわゆる不良少女になるかもしれないし。身を持ち崩してヘンな病気をもらって二十歳前に死ぬかもしれない。覚醒剤におぼれて人間やめて死んでしまうかもしれない。
 暗い想像なんて本当はしていないけども、半分楽観して半分心配しながらいまは不登校を続けている。

 ただ、一人だけ、藤野美優ちゃんという子と最近知り合って友達成りそうになっている。美優ちゃんの家はとんでもないお金持ちで、美優ちゃんはとんでもないお嬢様だ。幼稚園から超お嬢様学校に通っていて、中学から高校とまた別の超お嬢様学校に通うことになってるらしい。大学は日本三大お嬢様大学だったか、東京三大お嬢様大学に通うか、慶応大、早稲田大の通うように両親から言いつけられているそうだ。そして両親の勧める人と結婚するように言われているとか。
「いま流行のワードで言えば、上級国民のポジションを維持できるようにパピィーとマミィーが線路を用意してくれるってことね」と、悪びれずに美優ちゃんは言うから、苺を驚く。
 美優ちゃんは、存在自体が苺の想像を超えていて、浮世離れしている話を聞くだけで面白い。

 といっても、いつか、美優ちゃんも、息苦しい存在になるかもしれない。

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