アーモンド・スウィート 寄り道
渡辺理加は最近一人で居ることが多くなった。クラスで珠恵以外に話す友達はいないと言うのが正直な話し出だが、理加自身は認めたくない。
学校が終わったあとに放課後一人で帰って少しも面白くない。時々、校則違反だが寄り道をして帰る。大体が日本橋の大通りにある店を覗くことが多い。よく行くのが、一階に店舗があるお菓子屋で、ガラスのウィンドウ越しに飾られているお菓子を眺めるが好きで、寄り道をしている。
理加は将来は研究者に成りたいと思っている。勉強は得意ではないが、嫌いではない。自分の名前と同じ理科と、謎解き感覚が楽しい算数は好きだ。あとの科目はまあまあだ。国語・算数・理科・社会と四教科どれもがテストで80点くらいは最低でも採れる。英語のリスニング、スピーキング、コミュニケーションも好きだし、アルファベットを書いたり英文を書いたりのライティングも好きだ。
パパの話では一人前の研究者と認められたければ英語でリポートや論文を書けなければダメらしい。理加のパパは企業の研究所で働いている。英語は世界の共通言語で、研究者同士がコミュニケーションを取るときは誰もが英語で話すらしい。だから英語で話したり、英語で文章を書いたり出来なければ大学を出ただけの人で終わってしまうという。会社の研究部門や大学院に進むと、まず最初に、ネーティブ(母国語として使っている)の人と変わらないくらい英語が使えないと成らないから、英会話を徹底的に勉強する。英語の論文フォーマットの習得するそうだ。それから自分の得意な、または極めたいと思っている研究をさせて貰える。小学校、中学校のころから英語だけは真剣に勉強して身につけて置いた方が良いよと言われた。理加の気持ち次第だけど、高校生か大学生の間に、一年から四年くらい英語圏(イギリス、アメリカ、カナダ)に留学しておく方が良いとも言ってる。
日本橋には、日本でも世界でも五本の指に入るくらい有名なショコラティエの店がある。そこでは実際にチョコレートも作っている。一番偉い人は時々しか店に顔を出さないようだけど、弟子の人たちが彼のレシピを忠実に守り、一粒一粒宝石のようなチョコレートを作っている姿が、店に中に入れば見られる。理加は今まで二度しか店の中に入ったことがない、だから二度しかチョコレートを作っているところを間近で見たことがない。放課後のランドセルを背負った姿では店に入れて貰えないから、店の外からは並べられているチョコレートが少し見える。店の前に来てもチョコレートの甘い匂いがするわけではないので、しょっちゅうくる意味はないのだけれど、店の中を外から覗くだけでも理加は満足できる。食べたいというより、いつかこのようなショコラショップで、気負いなくセンス良く買い物ができる大人の女性に成りたいと思うだけだ。
例えば珠恵の家に遊びに行くときに、この店の10個入りのチョコレートボックスを持って行くようになりたいと夢みているということ。誰かのところに行くときに、日本橋丸善(本屋)に前にある和菓子屋さんのくず餅(本当はわらび餅)を持っていったら喜ばれるだろうなとか。日本橋三越の近くにある文○堂本店には高級なカステラが二種類ある。なぜかと言えば、本店が一店舗に成る前に二店舗の「東京本店」を自認していた文○堂東京本店があったからで。合体するときに、両方の店の最上級カステラのレシピも残したから。本店を一つに合体しても二種類作り続けている。何度も伺う人のところには、その二種類の高級なカステラのどちらかを一つ。二度目に窺うとき、三度目に窺ういったときに換えて持って行ってたらどうだろか、と想像してみると楽しい。ついつい店の前まできてウィンドウを覗いてしまう。
研究者が、お菓子のお土産を持って歩き回るという生活が許されるのか分からない。夢のようなことかもしれない。毎日研究に忙しくて、お風呂にも何日も入れないという話しをN○Kのドキュメンタリー番組で見たりする。パパはそこまで本当の処は酷くないよというけれど。N○Kの番組が本当ならば、女子会はおろか親しい友達と待ち合わせての街ブラもできないんじゃないか。二人旅もできないんじゃないか、と思う。
大人に成っても好き事をして生活してゆく、生きてゆくのは難しいことなんだろうか。
珠恵とは小学校でお別れなのかな。中学は別々の学校に行くのだろうか。理加は早く大人には成りたいと思う。研究者に成りたいとも思う。でも、いま親しい友達と別れる選択をしてまで、そちらの道に進みたいと思わない。理加の選択した道順が、辛い思いを併せ持ったものでは悲しい。勉強は楽しい。嫌いに成りたくない。夢かもしれない。中学で新しい友達が出来て、別れて。高校でまた新しい友達が出来て、別れて。大学で新しい友達が今度も出来て、別れて。就職して。結婚して。子供が生まれて、仕事から離れて。でなければ子供を産む選択をしないで、仕事を優先した為に結婚しないで。
この先の人生は明るい楽しいものだろか。悲しいことが、嬉しいことと同じくらい、交互にやってくる人生だろうか。楽しいこと嬉しいことが、より沢山ある人生の選択が出来ないものだろうか。
日本橋の店に向かって寄り道をするとき、そんな考えが理加の頭の中をグルグルと回る。
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