コーヒーの時間 3
今夜のミーティングで、オーナー…パパさんが、俺をオーナーにする事を発表する。
マネージャーの橘さんには、予め、パパさんがその旨を伝えていた。
「それは、おめでとう御座います。麗さんなら、大丈夫でしょう。」
と、言ってくれた様だ。
「sweetdoor」は、オーナーの人柄がよく出た店だ。
他店の様なホスト同士の争いも無く。
無理に売り上げを伸ばす様な商売もしない。
料金設定も、安く、ごく一般的なお客様が多い。
「えー、お早う。」 オーナーが、挨拶をして……
ミーティングが、始まった。――
「お早う御座います。」 皆が、言う。
「今日は、発表が、有ります。――今日をもって、オーナーが、麗になる。――麗、前に来て。」
「はい。」
俺は、オーナーの横に並んだ。――
「えー、全く…何故かっ!麗が、ウチの娘と、結婚をしました。――世の中、何が起こるか解らないと言った事です…はぁー…――麗、挨拶。」
「はい。――皆様、驚きの事でしょうが……俺も驚いている最中です……」
「ハハハッ。」 皆が笑う。
「俺は、今の店が、大好きです。――変わって欲しく無い……未熟ですが、この店が、変わらぬ様、出来る限りの努力をします。どうか、ご協力、お願い致します。」
心からお願いしたく…深々と頭を下げた。――
パチパチパチパチッ――拍手が、起きた……
その後、仲間に、冷やかし半分で色々言われた。
「上手いことやったなー、麗!」
口悪く、冷やかした仲間に……庵が、言う。
「違うんだって!――ハハハッ。思い出しても、可笑しい!――この、麗が、ベタ惚れなんだよ!考えられないだろう?――」と、笑い。――
「彼女の前だと、まるっきり、子供みたいでさ。ハハハッ。――俺の彼女にまで、お揃いとかの、自慢するんだ……麗が、自分を好き過ぎて、彼女の方が、呆れてる!――ハハハッ。あー。可笑しい!」また、暴露する。
「へー……考えられない……」
と、皆は言いかけ……
照れて…赤い顔で、ニヤニヤと、頭をかいている俺を見て……唖然とした……――
その後、――元オーナーが俺を連れ、お客様をまわり、挨拶をした。
VIPに、挨拶状の葉書を配り、――俺は、自分の顧客に、今の旨を知らせ、変わらぬ御愛顧を心からお願いした。――
閉店後、橘さんに……
「何も解らず……ご迷惑を掛けると思います。ご指導ご鞭撻。宜しくお願い致します。」
と、挨拶をした。
「今までと、変わらずに、やれば大丈夫です。専門的な事は、その分野の人がやりますから。変わらぬ麗さんで、居れば大丈夫。」
と、言って貰った。
もう、朝になっている。――
暫く待ち、彼女が、店に来る時間に行った。
「お帰り、麗。」
彼女の顔を見た途端、――ヘナヘナと、座り込んでしまった……知らずに、緊張していたのだろう。
彼女は、慌てて寄って来て、――
「大変だったね。――頑張ったね。偉い偉い。」
と、抱きしめ……キスをしてくれる。
「うん。俺、頑張ったよ。――ねえ。もう一回キスして……」
俺は、早速、子供返りだ。――
彼女は……もう一度、キスをする。
「じゃあ、朝ご飯、食べよう。コーヒーもね!」
「うん。コーヒーもね!」
「頂きます。」 二人で、手を合わせる。
緊張のほぐれる。温かなポトフと、バケットの野菜入りサンドを食べる。
二人で、ふーふーしながら、大き目に切られた、ホクホクのジャガイモや柔らかくなった玉葱や人参を食べ、芯から温まる。――
大ーきな口を開け、バケットに、かじりつく。――
小動物の様な、彼女のほっぺに、又、目が釘付けになり、見惚れる……
「明日、休みだから、家でゆっくり出来るからね…パパ達は、もう、引っ越しの準備らしいけど……」彼女は続けて。――「私達は、来週からにしよ。――色々、あり過ぎて、麗が、可哀想だ……もしかして……今、後悔してる?」
疲れ切った俺を見ていて……心配顔で、言いだした。――
「全然!後悔どころか……ワクワクしてる。本当なんだ。――これからの茜との人生も、店の経営も…ワクワクするんだ。」 本当だった。――「楽しみ過ぎて、戸惑ってる……こんなにも幸せで、色のある人生を送ってなかったから…」――俺は、続ける。「しかも……結構、自分が強気なんだよ。何が起きたとしても……俺には、茜が居るからね!――茜を見て、緊張が解れすぎたかな…ハハハッ。」
「うん。ハハハッ。」
彼女は、幸せそうに笑った。――
愛する人が居ると強くなる…良く聞く言葉だ。
他人の解釈は、多分…愛する人や家族を守る為に強くなるという意味だろう。
俺は、逆かな…
茜に強く思われてる自信、二人は絶対に離れる事が無いと、お互いに思う想いが、俺を強くしていくのだろう。――
二人で、コーヒーをすする。
早朝の光が――優しい時間に色を吹き込んだ……
「じゃあ、又、二時に来るね!」
「うーん……でも…無理しないでね…」
彼女が、心配そうに言う。
「嫌だ!茜の顔見なきゃ、仕事にならないよ!キスしなきゃ、充電切れになる!」
「ハハハッ。それは、大変だ。じゃあ、二時にね!」
彼女は、嬉しそうに、笑う。
二人で、キスをして、俺は家路を帰る。
一人、ニヤニヤ笑いながら……
軽くシャワーを浴びて、ベッドに、横になる。――
こんなにも、このベッドは、広かったか?……
ほんの数日前までだ。――ベッドが広い…などと、考える事は一切、無かった。
仕事を終え、家に返り、ベッドに入り伸びをする。
あー、気持ちが良い!――と、眠ったはずだ……
ましてや……女の人と一晩中を過ごすなど、言語道断!――気疲れで……肩が、凝りそう!
と、十数年を生きてきたではないか……
今、――彼女が居ない空間は…寒々と感じられ、落ち着かない……
数ヶ月でも、数週間でも無い、三日や四日の事だ……
俺は、馬鹿な事を考えた。―― 一生に人を好きになる量が、始めから決まっていて――今まで、俺は余りにも、人を好きにならなかった……その分が、大放出しているのではないか?――
この、歳までに、友や職場の奴らの結婚を沢山、見てきた……既婚者の顧客から話しも聞く。
世の中の夫婦には、色々なパターンが有り……
劇的な結婚をしても……数年後には、家庭内別居状態の奴。
子沢山で、何でも、家族で行動したがる奴。
奥さんと、仲は良いのに、――浮気してる奴。
勿論、離婚した奴もいる。
実際はもっと色々だろう……買い物の帰りに会った、素敵な老夫婦や、彼女の両親の様に、長年を連れ添い。――今も尚、仲の良い夫婦もいる。
俺は、一時間前位に彼女と会ったばかだ。――
もう……こんなにも彼女に、会いたい……
きっと、世の中で、一番、仲の良い夫婦になっちゃうよな!
――待てよ……さっきは、強く、思われてると言ったが…彼女は、果たしてどうだろう?
俺が……一ワガママを言うと……――
「お楽しみでしょ?」っと、たしなめる。――
彼女は…俺程、好きな気持ちでいるのかな?……
どっちでも、いいや!――だって、結局…俺は彼女の事が、大好きな気持ちを止められないんだから!
もし…彼女が、少ししか好きじゃなくても、その分まで俺が、もっと大好きでいよう!
お揃いじゃなくても、そう決めた俺は……
今は、居ない彼女のエアーを抱きしめ、キスをして、眠りについた。――まるで、変態だ……
お昼ご飯だ!二時に行った。――
俺は、この後、自分の店に顔を出し、その足でパパさんと、お店関係の挨拶に回る事になっている。――
女の人が一人、来店していた。
テーブル席で、彼女と、座って話しをしている。
ドアを開け、店に入ると……
「こんにちはー。」 と、初詣の時、茜に声を掛けてきた、女の人が言った。
「あぁ。こんにちはー。」 と、俺も返す。
「じゃあ、茜、明後日からね!解らない事は、又、連絡する。任せて!」
「突然でゴメンね。みのりちゃん、有難う。宜しくね。」
「こっちこそ、助かるよ。じゃあね!」
「うん。またね。」
と、彼女が、言って、手を振り見送った。――
二人になり…――俺は、店の外をちょっと、気にしながら、キッチンに行き。
彼女を抱きしめ、キスをした。
「あー。会いたかった!――ねぇ?茜は?……俺に、会いたかった?」
俺は、不安になっていた…
彼女は、又、たしなめるだろう……と、思ったが、――
「うん。凄く、会いたかった。――充電切れになりそうだった。」
と、俺を抱きしめ…キスをした。
「何か…有ったの?」
俺は、戸惑って…言った。
「なんで?…私が麗に、会いたいと、可笑しいの?だって、お揃いでしょ?」
「うん。勿論、お揃いで嬉しいけど…いつもなら…茜、お楽しみっ!て言うのに……」
「私、――お楽しみは、楽しい!って、思ってた。だけど……麗と一緒に長い時間を過ごす事の方が、もっともっと楽しくて、大切だって思う自分の気持ちに、気が付いたの…」 彼女は、俺を見て言う。――「だから、店やめる!――今、みのりちゃんに全部、任せた。調度、みのりちゃんが、店を出そうとしてたからさ。」
俺は、――それで良いの?大切にしてきた店なのに……――などと言う普通の会話は…
俺達に必要無いと思った。――
「本当!やったー!じゃあさ、じゃあ、明日から家に帰ると、茜が居るんだね?やったー!」
子犬の様に飛び回り……両手を上げて喜んだ!
「わーい!わーい!嬉しいっ!」
彼女を、思いっ切り抱きしめ、顔中にキスをする。
「ハハハッ。ちょっとー。まだ……営業中ですが!さー!店内で、最後のお昼ご飯を食べよう!勿論。食後に……」
「コーヒーもね!」 と、二人で言い…笑い合う。
最後のお昼ご飯は、熱々のボルシチに、ふっくらと焼き上がったブリオッシュ。――
そして、――丁寧に煎れるコーヒーには…店を二回目に訪れた時のパウンドケーキが添えられた。
まだ……俺に興味を示さない彼女を不思議に思っていた頃だ。
あの頃から、彼女の多面性に惹かれ始めた……
いや?……初めて、パーティーで見た時から、既に彼女に惹かれていた?――その時から……今も、きっと、一生俺は彼女から目が離せないのだろう…
ケーキを一口、食べた。――あの時の様に……柑橘系の爽やかな味に…笑みが溢れる。
「――私、麗が、この店に寄る度に……なんて、美味しそうに食べる人なんだろう?――なんて、私の店で……気持ち良さそうに、寛ぐ人なんだろう?って…目が離せなくなった……」
二人で、コーヒーをすすりながら、彼女が言う。
「お揃いだ!けど……俺は、パーティーから。だから…俺の方が勝ち!ハハハッ。」
俺は、笑いながら言う。
「そう。――麗、口にパウンドケーキのおやつが付いてるよ。ハハハッ。」
彼女が、俺の口元を見ながら、指をさし、笑った。
俺は、慌てて、口元に手をやった……
「嘘だよ。――ハハハッ。私の勝ち!」
リアルな芝居にまんまと、引っ掛かった!
「このタイミングで、それ、やるかよ……ハハハッ。腹立つわ!ハハハッ。」
「ハハハッ。可笑しいの!ハハハッ。」
一生俺は騙され続けるのかも知れない……
そして、一生。二人で、笑い合うんだ!
橘さんの運転で、お店関係の挨拶回りをしている、移動中、――
「茜は店をやめるらしいね?余程、麗と居たいらしいな。」
と、パパが冷やかし顔で、訊く。
「俺が……昼飯の時、仕事を行くの嫌だ!茜と居るー。と…か……」 しまった…――「いや、本当に嫌なのでは、なくてですねぇ…。とにかく!茜と居たいってワガママばっかり言うから…」
「良いんだよ。それで良い。――この商売…ウチの店は、いい奴らばかりでも、他店との関係や、人間の裏が見えてしまう事の方が多い仕事だ。」
パパさんは、優しい笑顔になり言う……
「家に帰り着いた時、最愛の人が待っていてくれる事が、どれ程嬉しいか……すぐに、嫌な事ばかりじゃない!と、気分が晴れる。――笑顔と美味い飯に癒やされ……明日も頑張ろう!と、思えるんだよ。」 ――少し間をあけ、続けた…
「結婚が決まった時、――そうしろと言いたかったが…甘い親だな…茜に店を止めろ。とは言えないでいたんだ。――さすが、花ちゃんの子供じゃないか!自分でそうしたんだ。花ちゃんと……同じにする……とね。」
初めて聞いた、パパさんの思いだった。――
「ママさんと同じって……?」
俺は、訊いた。
「花ちゃんは、――花屋さんを経営していた。結構、評判の店でな。――俺は、この店を出したばかりだった……その評判を聞き、花ちゃんの店に、店舗の花を頼んだのさ。」――思い出す様に語った。
「三日に一度。花ちゃんは店に来て、花を飾る……ブツブツと、独り言を言いながらな……ふっ。――せっせと、小さな丸い体で走り回る姿に、目が離せなくなった。まぁ……惚れちまった訳だ!」
と、――照れ臭そうに話す……
「ハハハッ。同じです!」
俺は、思わず、口を挟んだ。
「俺が、プロポーズをしたら。――あら、だったら私、お店、やめるわ。――直ぐに…言ったんだよ。貴方と一緒に居たいんだもの。ってね。ハハハッ」
照れたパパさんが……カッコいい!と思った。
「――俺達は、幸せ者ですね。」
と、思わず口から出る。――
「まぁ、俺の方が幸せ者だがね。」
パパさんが、真顔で言う。
「これは……譲れないな!俺です。」
呆れている、橘さんを残し、車を降りても、尚……
二人で、「女房自慢」の喧嘩をしながら……
次の店舗へと、入って行った。――
マンションの前に着いた…車を降り、橘さんに、挨拶をして…
エレベーターに乗る。
俺は、5階を、パパさんは30階を押す……
二人は…――家で待つ人を思い、ニヤニヤとして、お互いを見ては…真顔に戻る。――
と、変なやり取りを無言で繰り返し……
チンッ。5階に着いた。
「では、お休みなさい。明日もお願い致します。」
俺は、エレベーターを降りた。――
急いで走って行き、チャイムを押す。
「はぁーい!」――彼女の声がする。
ガシャッと、チェーンを外す音がして……
直ぐに、抱きしめキスしよう!と待っていた。
ドアが開きかける…待ちきれずに俺は、引いた……と、――…フランケンシュタインが居た!
「うわーっ!」 大声を上げ、飛び退る……
「ハハハッ!麗、驚き過ぎ!しぃー…近所迷惑だよー。ハハハッ。可笑し過ぎる!」
この人は……マジで……馬鹿だ!
「き…近所迷惑だと思うなら……そんな事しないでよ!スッゴい、驚いたっ!直ぐに…茜にキスしようと、思ってたのにっ!…意地悪だなっ!」
凄く、驚いてしまった自分が恥ずかしくて……俺は、プリプリと怒った。
「ゴメンね。麗、お帰り。――会いたかった。」
彼女は、俺を抱きしめ、優しいキスをした。
「……別に、いいんだけどね…」
途端に、デレデレに変わる。――
「これ、ママから、借りたの!ハハハッ。」
彼女が、まだ…笑いながら言った。
「えぇー……」
パパさんは、――家に帰り、最愛の人が待っていてくれる事が…どれ程、嬉しいか……と、言っていたのだが……
これが……嬉しいのか?
「お風呂入れて有るよ。泡のやつ!一緒に入る?」
「うん。入る!一緒にだ。」
俺は、途端に元気になり、パジャマを取りに走って行った。
こっちだな……!
お風呂に、騒ぎながら二人で入り……
お風呂上がりに、彼女をベッドに誘う。――
こっちも、大放出だな――なんて、考えながら…
彼女が、準備してくれた、朝食を二人で食べる。
ハムエッグにアボカドのサラダ、納豆と、冬野菜の具沢山みそ汁。――普通の朝食が、俺に結婚したのだという実感を与える。――
「頂きます。」
キッチンテーブルに着き二人で手を合わせる。
お味噌汁をのみ、ふーふーと、冷ましながら、白菜や大根を食べる、お揚げも、入ってコクを出している。口に入れ…
「あちっ…。」 と、言うと…
「お揚げは、熱いから、ふーふーしてからだよー。」
彼女が、ほっぺを膨らまし、言う。
「うん。ふーふーしてからだ。」
俺も、ほっぺを膨らます。ふーふーと…
「幸せ」という言葉は、こんな時に使うんだなー
なんて、しみじみ思った。――
「食後のコーヒーは、俺ね。」 俺は、言った。
「いいよー。麗は、疲れてるんだから、私が……」
「嫌だ!俺が、茜に「幸せな味」を煎れるんだ。」
と、遮った。
「……有難う。コーヒー担当さん、宜しく!」
「はい!」
彼女は、片付け始める。――俺は、コーヒーを煎れる……前に、彼女にキスをしてからだ!
二人で寛ぎ、コーヒーをすする……
変わらぬ、優しい時間は…
これから、毎日繰り返し流れるのだろう……
何ヶ月間は、思い出すのも困難な程、忙しかった。――
挨拶を終え、店は、俺が手を煩わす事も無く、以前通りに、回り始めた。
後は、引越だ。――パパさんママさんは、本当に…あれよ、あれよと言う間に――俺の実家の近くを選び、家を建て、畑を借りて、引っ越していった。
俺と茜は、30階に引っ越した。
皆の、引越前の事だ――暇な時期を選び、茜を連れ、パパさんママさんと俺の実家に行った。――
その頃には、すでに何回か建築の関係で、信州を訪れていた、パパさんママさんは……
俺の両親や、兄夫婦と、大の仲良しになっていた…俺と茜が、遅れを取った状態だった!
引越しの騒ぎも落ち着いた頃、――
店で、橘さんが、俺に話し掛けてきた。
「雑誌の取材依頼がきています。――受けますか?」
「店の為になるなら、受けて下さい。」
俺は、答える。
「女性向けのファッション誌です。……受けて頂ければ、店の宣伝には、なるかと存じます。」
「橘さんにお任せします。」
橘さんは、受ける事にした。
家に帰り――
相変わらず、彼女に纏わり付きながら、雑誌の取材の話しをした。
「凄いね。麗。じゃあさ、本が出たら三冊買おう!麗の実家と、パパ達、それと私の分!」
「うん。茜の分だ!」
俺は子供の様に言い。茜にべったり張り付き……
服は…勿論。お揃いだ!
茜が右に行けば、右に行きキスをする。
左に行っても、ついて行き……キスをする。
茜が、手で制して、――
「トイレ!」 と、言う時以外は、鶏のヒナ状態だ!
取材当日、――茜に言われ、一応、アルマーニなど、着せられ…出掛けた。
スタイリストさんが、――
「着替えも、髪のセットも…必要が有りませんね。さすがです。――メークを軽くします。」
と、言った。
店の経営や、形態、仲間のホストの話しなどを訊いた後、――休日の過ごし方など私生活をインタビュアーが尋ねて来た。
「休日は、家で女房とお揃いの服を着て……一日中を過ごします!」
俺は、自慢気に、答える。――
「御結婚されていらっしゃるんですねー?――お揃い…の服?……何をされて、過ごすんですか…?」
俺は、ニヤニヤと笑いながら……
「俺が…女房にべったりに張り付いてるだけです…ハハハッ。後、――俺が煎れる、コーヒーを二人で飲む。――宝物の時間です。」 答え。――
取材は、終了した。
後日、出版された雑誌には……
特集――「若き経営者」――イケメン社長の意外な、休日の過ごし方は……――
と、タイトルが有り――
一番、最後に……
経営者の立場で話しを訊いていた時には、決して見られなかった。――あどけない程の笑顔で、彼は、のろけていった。――と、結ばれていた。
「俺……やっちゃいましたかねー…」
と、恐る恐る…橘さんに訊いた。――
「いや……大変、いい取材だったと存じます。――ギャップ萌。……ですね。ハハハッ。」
と、言われた……
「オーナー…頼むよ…ハハハッ。お揃いが出たよ!」
と、店の皆にもからかわれた……
家に帰ると、――もう、雑誌が買って有り……
「私、恥ずかしくて…長野になんか送れないよー。…ハハハッ。」
と、彼女が、嬉しそうに笑って言った。
「だってぇ、本当の事だろ。」
と、彼女に、抱きついて、キスをしまくる。
――ギャップ萌。――したのかは、解らないが、店は、確実に、忙しくなった……
一旦、来店して頂ければ、一時の事で終わらせない自信は有る――「sweetdoor」は、いい店だ。
店は、順調に伸び続けた。――
二年が経つ頃――
俺と、橘さんは、二店舗目の出店を考え始めた。
「橘さん…私情を持ち込む様で、恐縮なのですが…長野への出店を考えられないでしょうか…?――茜は、一人娘なので…両親と頻繁に会わせてあげたくて……」 少し遠慮がちに続ける――「店舗に月二回程、顔を出す時に…連れていけたら……なんて、都合が良すぎますかね……遊びじゃないので、駄目だと思うなら、ハッキリ仰って下さい。」
「――宜しいのではないでしょうか?何処に出しても…成功か、失敗それしか有りません。でしたら、オーナーの好きにすれば良いのです。」
橘さんは言い。――「こちらも…私事で恐縮なのですが…マネージャーに適任と思われる友人が長野におります。――」と、言い……説明をする。
「ホテルで、マネージャーをしていたのですが、北海道に転勤を命ぜられまして…親の年齢も有り、長野を、離れたくないととの事で……仕事をやめる様なんです。」 橘さんは、続けて…「彼なら…店を安心して任せられると、私は思えるのですが…」
こちらも、少し遠慮がちに話す。――
俺は……
「す…直ぐに、その方に連絡を取って下さい!橘さんが、太鼓判を押す方なら、俺は、信用します!」
と、言い切った。
「承知致しました。――後は……店から、キャップとして、ホストを束ねる奴を一人、行かせないといけませんが……」
「……庵は、どうでしょうか?」
「ふっ。…私も彼を押そうと思いました。まぁ、彼の事情も有るでしょうから……」
「長く付き合ってる彼女もいます。――俺から……今、話してみます。」
「では、思い立ったが吉日です。お互いに行動に移りましょう。」
橘さんは、張り切って見えた。――
「はい。」
俺は、開店準備中の庵をオーナールームに呼んで。
今の事を話し、そして……
「彼女にも、訊いて、考えてみてくれないか?」
と、庵に言った。
「へー。楽しそう!俺は、いいよ。じゃあ、今、彼女に電話する?」
……何とも…気楽だ。
「頼む。」
庵が、彼女に電話をしている間、考えた。――
この位の、気軽さで調度だ……変に気負い、先輩風を吹かす奴より、――俺と橘さんが、庵を直感で選んだのは、この性格だったからかもしれない……
彼女が、「うん。」と、言ってくれればいいのだが…
橘さんが帰り、――
「私の方は、大喜びで、決まりました。」
と、親指を立てる!
後は、庵の帰りを待つばかりだ……時間が掛かっている…心配だった。――
庵が、帰って来た。そして……
「彼女、大喜び!軽井沢が大好きだからね。――どうせ、一緒に行くんだから、結婚しちゃう事にしたよ。俺。」
又、……気楽に……庵は言った。――
「――おめでとう。……」
普段は、ポーカーフェイスの橘さんも…俺と、同時に呆れて言った。――
恐ろしい程、事は順調に進み、橘さんと俺は、店舗の視察に行く事を決めた。
家に帰り、彼女に抱きつき、キスをして…
今の話しをした。
「凄く、嬉しい!有難う。麗!」
彼女も、俺に抱きつき、キスをする。
お揃いだ!
「でも……初めての…しかも、地方出店だよ…上手く行くかは解らないから…」
弱気になった俺に……彼女はさらっと……
「大丈夫。上手くいくね。」 言い切った。――
「うわーっ。強気……」
俺が言うと……
「何かをしようとする時、何回もの、問題が起き、物事が進まなかったら、神様が、やめろと言っている時。どんどん決まって、進む時は…進めの合図!――私はそう考える。だから、大丈夫!」
彼女は、強い眼差しで、俺を見た。
「じゃあ、大丈夫だな。だって、いつもお揃いだからね!俺達は。ハハハッ。」
俺は、笑って彼女にキスをする。
「そうだよ!お揃い君、お風呂の中で、乾杯しよっか!泡風呂で、泡ビール!」
「そうだね!乾杯だ。泡と泡でお揃いだ。行こ。」
俺は彼女の手を取った。――
そして、お風呂の後、彼女を誘い……俺達の体も乾杯した。 ビールとお揃いだ!
準備してくれた、朝ご飯を食べる。
今日は、お豆腐のうま煮と、甘い玉子焼きにアサリのお味噌汁だ。
やった!俺は、甘い玉子焼きが、大好きだった!
「頂きます。」 二人で、手を合わせる。
干し椎茸の旨味が効いた餡は、もやし、人参…千切り野菜の歯ごたえがよく、ヘルシーだ。――
「美味しなぁ…毎日、美味しい!有難う。」
俺が、言う。
「そう。良かった。」
優しい笑顔で彼女が言った。
熱々のうちに、うま煮でご飯を食べてしまい……
後は、お楽しみの卵焼きだ。――
さて。と…皿を見る。――殻…になっているではないか!
彼女は、可愛いほっぺをして、モグモグと卵焼きを食べている……可愛いのは良いが……
「え……卵焼き――全部……食べたの?」
俺は、唖然として訊く……
「えーっ?やだー。麗、まだ…食べてなかったの?」
「…だってぇ…熱いうちに…うま煮をさ……後に…」
俺は、ブツブツ言いながら…
お楽しみの、玉子焼きが…泣きそうだった――
「嘘だよ。――持ってくるね!顔っ。ハハハッ!」
と、キッチンから、卵焼きを持ってくる……
この……馬鹿!
「茜!酷いよ!俺、マジで、ショックで……」
「はい。ウチの旦那様みたいに甘々な卵焼き、たっぷりと、どーぞ。」
と、卵焼きを置き…俺のほっぺにキスをする。
途端に、ニヤニヤして……
「何だよ……旦那様みたいに甘々ってぇー……」
と、まだニヤつきながら…甘々の卵焼きを頬張る。
俺は、食後のコーヒーを煎れる。
勿論。その前に、甘々なキスを彼女にしてからだ!
コーヒーをゆっくりと二人で、すすりながら……
彼女が言った……
「有難う。幸せな味……」
「そう。良かった。」
彼女の口癖をマネする。
「お揃いだ。」 二人で、笑い合う……
優しくコーヒーの湯気も幸せな空間に流れた。――
そこから直ぐに、――橘さんと俺は、行動を起こした。
マネージャーとなる、関さんを混ぜ、話しを詰め、店舗を決める。
次は、庵を連れ、ホストの面接だ。
俺と橘さん、関さんも同席はしたが、庵に決定権は一任してあった。
「はーい。一番君。」
庵が呼び、一番の人が入ってきた。――
何とも……素朴な…風貌だが……
「はい。動機は?」 庵が、気にせずに訊く――
「お…俺は……女の人の喜ぶ顔が好きで…」
モジモジしながら一番君が言い掛ける……
「はい。決まり!」 庵は、言った。
えーっえー!おい……簡単だなー……
一番君本人が、一番驚いている。
「あ…有難う御座います!」
頭を勢い良く下げ、出て行く。――
橘さんと、俺は、苦笑していた……
関さんは、――深く頷いていた。
面接は、無事に…?終了した。
庵らしい、個性派揃いの人選だ。
その他の事は、関さんが、動いてくれた。
関さんは、橘さんが推すだけの事は有り、行動力も人脈も、言うこと無しの人だった。――
関マネージャーのお陰も有り、二ヶ月後、店はオープンした。
前日にスタッフ一同が揃い、オープン祝いの軽い、パーティーを店でした。
パパさんママさんと茜も来て――
関マネージャーの配慮で、ホスト達も彼女や、呼びたい人を自由に参加させた。
「長く、働いて貰う職場にしたいので、安心させたい人には、見て貰うのが、一番です。」
との、事だった…素晴らしい人だ。
ホスト同士も庵を中心に、仲良くなり皆で和気あいあいと過ごす。――良い店になりそうだ……
進めの合図!と、――俺は、確信した。
皆が、一番驚いて……呆れて?いたのは…
やはり、俺の変わり様だった。――
いつも、キリッとした姿しか見ていない皆にとって――お揃いの色を身に付け…デレデレした顔で、彼女の後をついて回る俺は、新鮮だったらしい。――
庵の奥さんは、「又、お揃いだね。ハハハッ。」と、冷やかす様に笑った。
関マネージャーが、橘さんに言った様だ……
「このオーナーになら、私は一生ついていけます。」
と、――
店の経営は順調そのものだった。――
長野の店舗も、敏腕な関マネージャーの人脈で太客も増え。庵も人徳か…ホスト達に頼られ、キャップの貫禄が出てきた。――そして…今、一番君が、No.1ホストだった!
俺よりも、庵は人を見る目が有るらしい……
進めの合図は、正解だった。――
茜を連れ、月に二回は長野を訪れた。
仕事の最中、茜は、パパさんママさんと共に時を過ごしていた。――
「茜は、見る目が有るなー。麗を婿にして正解だ!」
と、元オーナーも喜んでいた。
「当たり前よ。…お揃い君だもの!」
と、ママさんは、言ったそうだ。
普段の日の生活は、相も変わらず……
帰宅から、出勤まで、ずーっと、俺が茜に張り付いて過ごすルーティンだ。
今日も、家に帰り……お風呂に一緒に入る。――
勿論。お揃いパジャマを持ち、泡のお風呂だ!
湯上がりの彼女に魅了され、ベッドに誘う――
朝ご飯は、――パパさんママさんから、届いた信州の野菜がメインだ。
野菜サラダ、茄子の挽肉餡掛け、オクラと納豆の混ぜた物、具沢山のお味噌汁。――
「頂きます。」 二人で、手を合わせる。
モクモクと可愛いほっぺで食べながら彼女が……
「この、――お味噌汁のカブが……柔らかで美味しいねー!」
ふーふーしながら、何とも、美味しそうに食べる。
「――」
見ていて…食べたくなり、味噌汁を手にした……
「カブ……カブ……――俺の味噌汁…カブなんか…入って無いよ……」
探したが、カブは見当たらない……
「嘘だよ。……ハハハッ。貸して。持ってくる!」
と、俺の手から味噌汁のお碗を取る。
この人は……本当に――腹立つわっ!
プーっと、剥れてる俺に、味噌汁を渡し……
「麗のその顔、私。大好きっ!」
と、キスをする。――
ふーふーしながらニヤニヤして……
「熱っ……」 火傷をする…
食後のコーヒーを俺は、煎れる。――
勿論。……言わなくても解るだろ?
彼女にキスをしてからだ!
黒のマグカップを選びコーヒーを注ぎ、テーブルに持って行く。――
二人で、寛ぎながら…コーヒーをすする……
「んっ!……」
彼女が、目を見開く。――
「――お湯じゃん!」
「ぶっ!嘘だよ。……ハハハッ。ハハハッ。やったー!……貸して、持ってくる!」
と、どや顔で、俺はマネをする。――
「悔しいー!あーぁ!やられたぁ。悔しいっ!」
本当に悔しがる。
「茜のその顔、俺、大好きっ!」
と、又、マネをしてキスをする。――
彼女が苦笑して……
「じゃあ…お揃いだね。」
「うん。お揃いだ!」
二人で、微笑合う。
……優しいコーヒーの時間は――
ずーっと続いて行く。――
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