君が誰でも~私だけのアイドル
人はどうやって特別な人を見つけるのだろう?
どうやって特別だと思うのかな?
考えつつも…今の俺は、特別な人を探していた訳ではけして…無かった。
付き合っていた女優との別れをマスコミに問い詰められるのが面倒で逃げ回っていただけだ。
何故そんな事を聞きたがるのか意味が解らない…
だって、自分の恋愛に置き換えれば、解るだろ?
思っていた人と違ったとか、性格の不一致だとか…男女の別れる理由なんかパターンは、大概、似たようなもんだよ。
自分の思い描いた人と違った…それだけの事だ。
ヤバい…見つかる!
慌てた俺は、前を歩く女性の腕を思わずとってしまっていた。
「キャッ…」 女性は勿論、驚き小さく声を上げた。
「スミマセン…追われています…このまま少しだけ歩いて頂けませんか?」
俺は女性に寄り添いながら言った。
「はあ…。」 女性は一応、頷いて…
「じゃあ、紙袋を持って頂けますか?歩きづらい…」
と、組んだ腕に下げていた紙袋を見ながら続けた。
「ああ…スミマセン!あの…俺…決して泥棒じゃ無いですから、安心して下さいね。」
俺は、紙袋を受け取り、逆の肩から提げた。
「ハハハッ。そんな事、考えてもみなかったよ。ウケるー!ハハハッ。」
女性は、愉快そうに笑って答えた。
「ハハハッ。こんなご時世ですから、一応ね。」
俺も、笑った。
ハタ目には、仲の良いカップルが、笑いあっている様に写っていただろう。
現にマスコミが、キョロキョロと俺を探していた…
まさか、堂々と女性と腕を組み歩いて居るとは思うまいて…ざまーみろ!…言葉が過ぎた…失礼。
暫く俺達は歩いて居たが…
「あの…私のマンションそこなんですが…」
女性が申し訳なさそうに指を指して言った。
「えっ!マジ?あ…参ったな…どうしよう…」
まだ、マスコミがウロウロしていた…
困り顔の俺に彼女が…
「良いや。取り敢えず一緒に中に入って。そこから様子を見ていれば…一応、形だけのエントランスが有るから。エントランスと呼ぶのも申し訳ない程度の物だけどね…ハハ。」
笑い言ってくれた。
「良いの?助かります!申し訳ないけど…宜しく。」
俺は、頭を下げた。
女性は、マンションの扉を開け…
「どうぞ。早く入って。」
と、俺の背中に手を添える。
俺は、その時気付いた…外は暗かったが…エントランスは勿論、明るい。
顔を見られたら彼女の態度が変わるのでは…?と…
マスコミが、近くに来た!迷っている暇は無い…
「お邪魔します…」
慌てて中に入った…そして…
恐る恐る、彼女を見た…俺と目が合ったが…
「こっちが見易いし、外からは見えづらいよ。」
外の心配をしただけで、他の反応は見られない…
「ああ…有難う…」
俺は、彼女の反応をどう受け取るべきか…?
躊躇しながら答えた…
「どう?まだ居そう?あの…借金とか…なのかな?」
彼女は、外を窺いながら俺に質問した。
まさか…俺を知らない?なんて事が有るのか?
見た所…30位。70過ぎでも80でも無い…
自分で言うのも何だが…
一応、今、知らない人が少ない…?と思われる…
人気アイドルグループの一員なのだが……
「いや…借金では、無いけど…」
「そう?じゃあ、いいや。ヤクザ屋さんとかは、ちょっと困るから。ハハッ。」
「いざこざと言うか…あっ!」
マスコミの奴等がマンションのエントランスを覗き込んだ。
彼女は、俺の腰に手を回し…後ろを向かせた。俺は、思わず、彼女の肩に手を回していた…
「オートロックの場所に行こう…エレベーターが横だから。」
彼女は、俺を促し…歩いて行った。
「有難う…」
肩を組み、エレベーターの横に向かった。
オートロックを解除し、エレベーターの上を押す…エレベーターが降りてきて、扉が開くと同時に、マスコミがエントランスに入って来た。
「入って来たから…取り敢えず後ろ向いたまま乗って。エレベーター閉めるよ。」
彼女が俺に囁いた…
「スミマセン…宜しく。」
エレベーターに乗り込み、10階を押した…
ゆっくりとエレベーターが閉まる…
「ここには居ないよ…」 と、声が聞こえた。
「ふー。一体…君は何者なの…?カメラマンが居たよ…まあ、犯罪者じゃ無いよね…?」
「ち…違うよ!俺は…」
チンッ!
エレベーターが開いた…
「暫くは、危ないね…出て行けない……いいや。ウチに来てなよ。怪しい人じゃ無さそうだからね。」
彼女は、肩を竦めて言う。
「えっ!お邪魔して、良いの?俺。」
俺は、正直…驚いて訊いた。
「仕方無いじゃない…私が連れて来ちゃったんだもん…君は、悪く無いんでしょ?なら…私のせいで捕まったら、後味悪いよ。」
「有難う!少し経てば良いと思うから…玄関にでも居るよ。俺。」
「ハハハッ。玄関なんて…お茶でもいれるよ!折角のお客様だ。」
「えー。嬉しいな。実は、喉カラカラ…」
と、言った途端に…グーッ…腹まで鳴った…
「えー。お茶じゃ済まないね。ハハハッ。私も腹ペコだしね。」
彼女は、鍵を開けながら笑って言う。
「き…気にしないで…へへ…」
俺は、照れて答えた…
「どうぞ。散らかってるけどね。」
「遠慮無く…お邪魔します…」
「ほぉー。カメラマンに追われるだけあって…流石に良い靴履いてるねー!普通、その歳じゃ買えないよ…。へーっ…」
俺の靴を見て言い、続け…
「まずさ、お茶煎れてから、ご飯の準備するから。」
と、言う。
「靴?そうかな…。本当にお構いなく。匿って貰っただけで、大助かりだ。」
俺は遠慮がちに答えた…
お茶を配りながら彼女は…
「で、君は何者?訊いて良いのかな?」
やっぱり…知らないのかっ!
「ああ…一応、有名…かな?アイドルグループの一員…です。付き合った人と別れて…マスコミが…」
「ああ、そうなんだ…ゴメンね。基本…テレビを見ないから…君を知らないんだよ…」
テレビを見ない人なんて…居るんだな…
俺は驚いて…
「いや…」
唖然として答える。
「マスコミ…?の人達って…粘り強いんでしょ?それが仕事だもんね。」
「頂きます。あぁ…美味しい!良いお茶…落ち着くなぁ…美味しい…」
濃く煎れた、お茶が妙に懐かしく…
美味しくて…すすりながら思わず呟き…
「仕事だもんね…でも…ちょっと…しつこいよ…」
と、続けて呟いた。
「ハハハッ。色男は辛いねっ。しかし…その歳で珍しい!緑茶の味解るの?好きなんだ?」
「ああ、俺。ばーちゃん子だったから…」
「そう。何か…それ、良いね。ハハ。じゃあ、自分でお代わりしててね。ご飯やるよ。」
彼女は、立ち上がり、台所に向かった。
俺は、部屋を無遠慮に見回し…言った。
「アジア…?アジアな感じがする…?お香の香だね?」
彼女は、作業を続けながら…
「正解かな。アジア好きが高じて、小さな雑貨店やってるの。」
と、答える。
「へ…。これ…何か…良いなー……うん。良い。」
俺は、日本のあぶらすまし…?に似た様な、木で出来た風鈴ぽい置物に目がとまり、近寄った。
「ハハ。私も好きなんだ!良いよね。あぶらすましっぽいよね?」
彼女が言い。
「そうそう!俺もそう思った。ハハハッ。」
笑ってしまった。
「良い事が有る様にカラカラ振ってお願いするの。本当は何なのか知らないけどさ。ハハ。」
彼女は、慣れた手つきで包丁を使いながら話し…
暫くして…良い匂いが漂ってくる。
「お待たせー。出来たよ、適当な物だけど、炊き立てご飯が有れば幸せ。ねっ?お腹空いたー。」
と、テーブルにおかずを並べて言った。
野菜サラダ、カレイの西京漬けに、肉じゃが、卵焼きにキノコの味噌汁、浅漬け、そして…真っ白な湯気の上がるご飯が出て来た。
思わず、生唾を飲み込み…
吸い寄せられる様に席に着いた。
「凄い!旨そうだ!遠慮無く。頂きます!」
「ハハ。味の保証は無しね。急いだからさ。さあ、頂きます。」
俺は基本、好き嫌いが無いが…出来れば濃いめの味付けが好きだ。
味噌汁を一口飲み、ドンピシャで好みの味に…
「旨い!」 と、口から言葉が出た。
「ハハ。良かった。私、味付けが濃いめだから…」
彼女は、魚を綺麗に食べながら言う。
「ああ、同じ。だから、旨い!肉じゃがも凄い美味しいよ。大好きな味付けだ。」
夢中で食べながら俺は、言った。
「良かった、良かった。ご飯、お代わりしてね。」
「何だか…スミマセン…突然。ご飯までご馳走になって。でも…お代わり!」
「ハハハッ。良いさー。私もお代わり!」
「あー…美味しい…久しぶりに温かいご飯食べた…炊き立てご飯は…幸せな味だ。」
俺が、呟き…
「何?普段から美味しい物食べてるでしょ?庶民の味が珍しいかな?ハハ。」
彼女が、訊いた。
「いや…冷たくなった弁当ばっかりだし…魚なんて、滅多に出ない…味噌汁も無い。出来たてでホクホクの肉じゃがなんて…何年ぶりに口にしただろう?最高だよ…」
「へぇー。大変なんだねー。こんな物で良かったらいつでもご馳走するから、食べに来なよ。って…そんな、暇は無いのか?私、お代わり!三杯目」
「お…俺も、お代わり!そんな事言うと、俺、毎日来ちゃうよ。でも…駄目だな…時間が有っても…いつかは……迷惑掛けちゃう。見ただろ?追い掛け回されて…大騒ぎになる。」
「アイドルが年上女の家に来てるなんて…大騒ぎになるよねー!ハハハッ。」
彼女は笑いながらご飯を盛った。
見ていて気持ちの良い食べっぷりだ。
人のウチに上がり込み、飯を三杯食べる俺に言われたく無いだろうが…ハハ。
「アジア雑貨店は?ここから近いの?」
俺は興味が有り訊いた。
「うん。近いかな…ウナギの寝床位の小さな店。そこに…所狭しと、物が置いて有る。半分趣味でやってる感じだなっ!ハハ。そんな悠長な生活状態でも無いけどね…」
「面白そうな店だね。さっきのあぶらすましは、置いて有る?」
「ハハハッ。あれは無い。一点物だったから。」
「そうか…残念。ハハ。」
「さて、コーヒー煎れるよ。飲むでしょ?」
「ここまで、お世話になったら一緒かな…嬉しい。飲みたいや。」
「ハハ。待ってね。」
「何だか…こう言うと上から目線かな…?久しぶりに自分を知らない人と過ごして…気持ち良くて仕方ないんだ…」
俺は半分独り言の様に言った。
「……さっきは…簡単にさ…大変だね。なんて言ったけど…私さー、買い付けでアジアに行く事多いんだけどね、現地に着くと、「あー、知り合いが居ない所に来れた。」って、ホッとするんだよ…」
彼女は、コーヒーを配り、続けて…
「私、こう見えて人嫌いだから…知り合いも少ないんだけど…それでも、開放感が有る。何所に居ても何やっても、人が見てるって…プレッシャー半端無いだろうね…?」
コーヒーをすすりながら言ってくれた。
俺も煎れたてのコーヒーをすすりながら…
「美味しい……うん。そうなりたくて…頑張ってきたんだけど…たまに…プレッシャーで、「うわーっ!」って叫び出したくなるよ。ハハ。」
と、自白まがいに呟き、又、コーヒーをすすった。
「そう…。よしっ!「うわーっ」ってなりそうな時には、ここに来れば良いよ。君の隠れ家にすれば良い。自由に出入りして良いよ。誰も来ないしね。」
彼女は、普通に言った。
「ええーっ!そんな事まで…本当に?良いの?」
小さなドリームキャッチャーのキーホルダーが付いた合鍵を持って来て俺に渡し、彼女は…
「はい。なんだか…同じ釜の飯を食べた仲間だからね…ほって置けない。あー、私、買い付けで長期居ない時があるけど…」 と、言う。
「そうか…携番教えてよ。やたら掛けたりしないからさ…居なきゃ…来ても詰まらないや…駄目?」
図々し過ぎかな?とも思ったが…俺は訊いていた。
「ハハ。全然、構わない。」
彼女は、携帯を出し…
「ゴメン…私、登録?やり方一切解らないから、適当にやってよ。」
これも…凄い…今時、そんな人居るんだな……
「あの…LINEとかやらないの?」
「一切、やった事無い。メール…?必要も無いし…」
「どーしても、来れない時、うわーってなりそうなら…LINEしても良いかな?」
何で?……俺は今まで、自分からLINEをしたいと思った事なんか無かったのに…
しかも…何をLINEするつもりなのか…自分でも解らなかったが…
何となく…そう…何となく彼女と話したい自分が居たから…言ってしまった。
「ハハハッ。構わないけど…やり方教えてよ。後…幾ら、君より長く生きてるからって…満足な助言なんて出来ないからね。期待するなよー。ハハ。」
彼女は、少し困ってるのかな…?でも…答えなんか
そんなの関係ないんだ…俺を知らない人の存在が嬉しいだけなんだ…
「俺を…アイドルグループの俺じゃない一人の人として、付き合ってくれるだけで、大満足なんだ。」
俺は、携帯を操作しながら答える。
「そう。なら、私は適任だ。私、穣。穣るって書いて「みのり」だよ。君は?何クンかな?」
彼女は、自分の名前を言い俺に訊いた。
「俺は、英。英語の英一文字で「すぐる」これが本名で…グループ内は英二って名前。」
俺は、答えたが…
「英で良い。私には、本名だけで良い。でしょ?「英二」の君はここでは存在しないから…」
「だよね。じゃあ、英で入れておく。」
そこから、俺は彼女のアイコンにあぶらすましを撮影し使った。
その後で、LINEのやり方を説明し…何回かの遣り取りをした。
「おけっ。出来そうだよ。でも…何かさ…私、あぶらすましかよ?ハハハッ。」
彼女が、微妙な顔で笑い言う。
「ハハハッ。だって、これ。気に入ったんだもん。」
思わず俺も笑っていた。
「自分は、顔見えないけど…何気にカッコ良いアイコン?で、ズルいよねー!全く。」
「迷惑掛けたら困るし……あぶらすまし、可愛いじゃん?ハハハッ。ウケるー!ハハハッ。」
「……馬鹿にしてんじゃん!……ハハハッ。」
「あー。こんなに笑ったの、いつ振りだろ?追い回されて鬱入ってたから…一気に楽になった。ご飯も美味しかった!本当に有難う…もう…大丈夫だと思うから…お邪魔しました。ご馳走様。」
コーヒーカップを置き、俺は言った。
「良かったよ。変人もたまには役に立つね。ハハ。」
彼女もコーヒーを飲み干し、言う。
「穣って呼んで良いのかな?俺…本当に…遠慮無くLINEするし…来るよ。良いんだね?穣。」
俺は、もう一度、穣の返事を確認したかった。
「うん。良いよ。そのかわり、特別扱いはしない。君は、一般人の英だから。私も英って呼ぶ。」
「うん。その方が…それが良い。じゃあ、鍵、預かる。穣。又ね!」
俺は、本当に夢を手に入れた様で…
大切に合鍵を持って立ち上がった。
「英。一応さ、下まで一緒に行くよ。まだ居たら困るしね?」
穣も立ち上がり、ターコイズの石が付いたカッコ良いキーホルダーの鍵を持ち、言う。
「そっか…有難う。助かる。」
「じゃあ、先ずは…エレベーターに気を付けてね…」
「だよね…キャップとフードで大丈夫だとは思うけど…」
それから、穣が先にたち俺を誘導しながら、1階に降り…道を確認して貰い、速やかに道路に出た。
俺は、振り返らず…穣に、手だけを上げて足早に立ち去った…
今の俺にとって、何を問い詰められるよりも、穣との聖地を荒らされたく無い。
その気持ちが強かったから……
次の日、俺は、毎日追い回されるのを避ける為に…穣の家に行きやすい様に…かな…?
事務所に言って、会見を開いて貰う様にした。
付き合っていた女優さんとは、「お互いに良い友達でいましょう。」と、話し合って別れたと話し…
女優さんの方もその通りだとの会見をして…
一応、一連の騒動には終止符が打たれた。
芸能界は慌ただしい…もう、次の芸能ネタにいってくれるだろう。
俺達のグループは至って仲が良い。なので当然…
「どーしたのさ?いきなり…あんなに嫌がってた会見を開いて欲しいだなんて…?」
皆に訊かれる。
「いや…余りにもしつこくて…皆に迷惑掛かってもイケないからね…ハハ。」
俺は曖昧に答える。
「怪しいっ!そんな事、考えるなら、初めから会見してるっしょ?何?何?もう次なの?誰?」
皆が寄って来て、問い詰める。
「違う。違う!マジでそんなん無いよ。懲りたよ!」
「そー?まあ、その内、教えろよ!」
と、皆は諦めて…?くれた。
休憩になり、各自が好きな事を始めたのを確認し…
早速、穣にLINEしてみた……
本当に、覚えたか…LINE出来るかを確認したかったからだ。
「穣。昨日はご馳走様でした。本当に覚えたか不安でさ…確認LINEでーす。」
送信っと……
返事はわりと直ぐに有った……
「ハハハッ。LINEおけっ。英こそ大丈夫だったの?良かったよ。心配してた。」
あぶらすましのアイコンと、穣の文章が表示され…
思わず、ニヤけた……
「出来るね。良かった!大丈夫。一応、片は付けたから。うん。あぶらすまし、やっぱり可愛いねっ。ハハハッ。」
「何か……納得いかない……なんてね、ハハハッ。」
穣の納得いかなそうな顔が浮かび…笑いそうになって、堪え…回りを見ると…
メンバーの中でも仲の良い、優が…俺をジーッと見ていて…
「ふーん。愉しそうじゃん?英二君。」
冷やかす様に言ってきた。
「ど…動画が…面白くてさー。ハハ。」
俺は答え笑ってみせながら…
「可愛いじゃん!ハハ。じゃあ、又ね。」
慌てて穣に返事を送り…携帯をしまった。
「ふーん。良いけどね…気を付けて。」
優は真顔で言った。
「ああ、有難う。大丈夫。」
俺も真顔で答え…考える……
昨日、俺が国民的アイドルだとカミングアウトしたにも関わらず、穣は…今、殆どの局でやってるで有ろう俺の会見すら、観てない様だ……
本当に俺に……芸能界に興味が無いんだな…
俺に興味を持ったのなら…テレビを観たり…調べたりするだろ?
その無関心さが、素の自分に魅力が無い様で…
少しだけ残念に感じた……が…
穣から、「観たよ!凄い有名人なんだねー。」などと言われても又、がっかりするよな…
俺は、自分自身も訳の解ら無い微妙な気持ちになっていた。
でも、この短いLINEの遣り取りで癒やされ…愉快な気持ちになっていた事だけは事実だ。
あれだよな……穣は、「わーっ!」ってなりそうになったら来て良いって言ったんだよな…
普通の時は…行っちゃ駄目かな…?
危ないしな…
でも…ぶっちゃけ…毎日「わーっ!」ってなりそうなんだけどな……今にも行きたいけどな…
などと、次の穣家訪問のタイミングを悩み……
眉間に皺を寄せ考え込んでいた。
今度は悩まし気な俺を又、観ていた優は……
「……英二……初恋をしてる、JKみたいだね。笑ったり…悩んだり…ハハハッ。面白いわっ!お前。」
腹を抱えて笑い出した。
「な…何だよ、それっ!今更この歳で、は…初恋って…ハハハッ。笑わせるなよー。」
観られていた事に…真っ赤になりながら、俺も笑い出していた。
そこから、夜中までスケジュール通りにこなし…
朝の会見で満足したのか…?仕事終わりに、スタジオ前にマスコミが押し寄せて居る事も無くなった。
自宅に帰り着き、コーヒーを落としながら、風呂を入れ…
LINEを打とうとして…
ああ、普通の人は寝ている時間?…と、思う。
何時まで起きてるか、穣に訊いておけば良かったかな…ってか、何を言おうとしてるの?俺。
やたら連絡し無いって約束したじゃん!
ああ……詰まらないな……って…何が……?
腹減ったな…ロケ弁有るけど……
穣のご飯…旨かったな。出来たてで…ホカホカの物ばっかりで…肉じゃが食べたいなー。
「駄目だって!さあー。風呂、風呂!」
俺は、声に出し…独り言を言って、思いを断ち切った。
と…リンロンッ。LINEの音がした。
どうせ、マネージャーか、グループの奴だとは思ったが…
それでも、俺は慌てて携帯に駈け寄り開いていた。
携帯には、あぶらすましがいた…
「まだ、頑張ってるのかな?お休みー。英。」
穣からの短いお休みコールだった。
俺は、携帯を片手にクルクル回り…
「ハハハッ。あぶらすましだよ。ハハハッ。」
高笑いをしながら踊りだし…ハッとして…夜中だ…
「返事しなきゃっ。ハハ。」
自分の行動に照れながら…
「仕事終わって、さっき家に着いたよ。今から風呂入って、一人で冷たいロケ弁当食べます…(涙)…俺、穣のご飯が食べたい!」
と…考えてた事を送信した。
「お疲れ様!ハハ。嬉しい事を言って貰い、恐縮です。又、一緒に食べようね。疲れたでしょ?早く、寝なよー。お休みー。英。」
「うん!絶対に又、一緒に食べさせてねッ!約束だからねっ。穣も早く寝ろよー。お休みー!又ね。」
俺は意味も無くニヤニヤしながらLINEを返し…
一日の疲れが一気に吹き飛び…元気に風呂に向かってスキップしていた……
普段は寝付きの悪い俺が…その日は穣とのLINEを何回も読み返しているウチに、スーッと眠りに着いていた。
そのせいか…翌日は、自然に目が覚めて。
ベッドで微睡みながら携帯を見ると…穣から、モーニングコールが入っていて、飛び起きた!
「おはよう。英!って、まだ寝てるよね?ハハ。私は、朝から魚を焼いてのガッツリ朝飯食べて、行って来まーす。今日も一日頑張ろうね。」
グゥー…焼き魚の朝飯に俺の腹が反応して…
良いなぁー…穣のご飯が食べたいな…
穣に逢いたいなー…駄目かな…
何故か、そんな事を考えて…「うわーっ」って、なりそうだったから…
俺は、穣にLINEを返した…
「お早う!穣。今、起きて…穣のLINE読んだら、朝飯が旨そうで「うわーっ」て、なった…だから今夜、又、行って良いかな?穣、居る?」
穣は、「うわーっ」ってなったら、来て良いって言ったもんな!
俺は、今、「うわーっ」ってなったんだから、良いんだよな。
などと、自分自身に言い訳をしてみたりしていた…
リンロンッ。
穣から、返事が来た!
「ハハハッ。「うわーっ」って意味が違わないかい?勿論。良いけどさ!じゃあ、夕飯を用意しておくからね。適当で良いよね?ってか、我が家では文句言わせないけどね!ハハッ。」
穣が気持ち良く、来て良いって言ってくれたのが嬉しかった。
「やったー!文句なんか絶対に言わないよ。俺、8時過ぎには終わると思うけど…遅れたらゴメンね。」
何が有るか解らないのがこの業界の常だ…
「仕事だもん、仕方ないよ。私、先に食べてるからさ、おかずは減るかもね…嘘だよ!一緒に食べようね。ハハッ。じゃあ、後でねー。」
「えー!俺の分、マジで食べないでよね!ってか…絶対に、一緒に食べようね?俺、穣と食べたい!じゃあ、後でねー。」
「英。くれぐれも気を付けて来てね。もう、来れない…なんて、ならない様に。注意して。楽しみにしてるね!」
穣のLINEにハッとした…
浮かれてばかりは居られない。
今、穣の家に行けなくなる事は、俺にとって最悪の事態だ……ん?…そこまでか…?
しかも、一般人の穣に迷惑を掛けるのだけは有ってはならない事…
「だよね…マジで注意する。穣に迷惑は掛けたくないからね…。俺の方が凄い楽しみにしてるよ。待ち遠しいな!」
「そんなに楽しみにされても…ある意味プレッシャーだわっ。なんてね…ハハッ。後で!」
俺は、異様に浮かれて…ハハハッ。ハハハッ。
何故か、笑って…携帯にキスをしていた…
何だ?俺?
今日はバラエティーの撮影が一本入っていて、その中で「今、一番楽しみな事は何ですか?」と言う質問が有った。
メンバーが次々に答えていく…
「眠る事ですー!」
「オフにゲームをやる事かなー?」
「俺も同じです!」
「プランターで、家庭菜園やってます!」
俺の番が来た…
「食事…かな?今日の夕飯を食べる事です。ハハハッ。」
会場からも笑いが起こり…
「随分、リアルな楽しみですねー。ハハッ。」
MCも、笑って言う。
俺は、心の中で…
又、穣が聞いたら「プレッシャーだわっ。」って怒るかな…?何て考えながら笑っていた。
穣がテレビを見る事は先ず無いから大丈夫だ。
収録を終え、ダンスのレッスンに向かう車中で優が又、絡んでくる…
「英二。さっきの何さ?今夜、誰かと飯?何、何?」
俺は…
「いや、何も無いから適当に答えた。」
と、携帯を見る振りをしながら、表情を読まれない様に答えた。
「そうかな…本当に楽しみそうだったよ。まあ、英二が楽しきゃ良いけどさ。」
と、優は俺が喋りそうも無いので、諦めた様だ。
あっ!穣から、LINEが入ってる!
「英、昼は何食べるの?夕飯がカブるとイケないから、又、教えてねー!」
俺は、慌てて…
「カレー食べたけど、カブっても大丈夫だよ。穣の料理は別物だからさっ!」
と、返信をしておいた。
あぶらすましのアイコンを見て、又、ニヤニヤしてしまい…
何気に優の視線を感じ…真顔に戻った。
「怪しいな…」
優は呟き、こっちを見ながら首を振っている。
俺は目を閉じて寝ている振りをした。
又、ニヤニヤしてしまいそうだったからね…
レッスンが終わり、解散となった。
俺がご機嫌なのは、もう一つ理由が有って、明日は久々のオフなのだ。
皆もご機嫌で早々に帰る支度をしていた。
俺は全員が帰るのをウロウロして待ち、レッスンスタジオから出た。
キャップとフードを目深にかぶり、マスクを付け…さっと辺りを見回した後、足早に歩き出した…
途中、一度走ってみて、誰も付けて来ない事を確認してみたりした…O.K.かな…?
速度を落とし、一端、穣のマンションを素通りしてから、クルリと向きを変え、エントランスに入る。
良し、誰も居ない…
俺は、穣の部屋の番号を押しエレベーターで向かった。
穣から、預かった鍵を取り出してニヤニヤしながら開ける。
玄関で、一息つき…
「穣ー!ただいまーっ。来たよー!」
と、奥に向かって声を掛ける。
「ハーイ!英。お帰りー。上がって来て!」
穣の声が聞こえて来た。
「お邪魔しまーす。」
と、部屋に入る。
料理の良いニオイが充満している部屋で、エプロン姿の穣は振り返り…
「英、お疲れ様!下からインターホン鳴らせば、鍵開けたのに…。適当に座って。もう直ぐ、出来るからね。」
と、作業を続けながら言った。
「うん。何かね…穣から貰った鍵をサ、使ってみたかったんだ。」
「ハハハッ。英、変なの。」
「だよね…俺もそう思う。ハハッ。」
「さー。適当飯の出来上がり!食べようね。」
「腹ペコだー。旨そう!……突然で迷惑だった…?」
「全然!その代わり相変わらず、気は使わなかったからね。はい。炊き立てご飯。」
「うわー。頂きます!」
野菜の彩りサラダ、キノコの餡掛けの揚げ出し豆腐に、焼き魚は鯖の味噌漬け、ジャガイモとキャベツの味噌汁だった。
少し濃い目の味付けに…
「やっぱり、最高!旨い!穣のご飯が食べたくて食べたくて…旨いなー!」
モグモグと、食べながら俺は、言う。
濃くいれたお茶を配りながら、穣が…
「ハハッ。大袈裟だなー。英は。何所でも食べられる物ばっかりじゃん?頂きます!」
と、言い自分もモグモグ食べ始める。
「ううん、俺。穣の味が良い。しかも、美味しそうに食べる穣と向かい合って、ここで食べるのが美味しいんだよ。本当に旨い…」
「そう?それは、嬉しいね。迷惑なんて思わないからいつでもどうぞ。」
「本当に?仕事終わりに帰ってから料理して…大変でしょ?疲れてる時は断ってね?俺、何か飯、買って来るから。」
「えーっ?わざわざご飯を買ってまで、ここに来るんかい?ハハッ。」
「来るよ!ここは俺の聖地だからね!」
「何だそれ?本当に変な奴。ハハハッ。」
「あぶらすましも居るしね。ハハハッ。あの…お代わり!」
「はいよ。私も!」
「俺、お茶入れるね。あー。お茶も旨いなー。」
「お茶、有難う。英ってお酒は?飲まないの?」
ホカホカご飯をガッツリ盛りながら穣が訊く。
「いや、飲むよ。オフの前の日とかならね…穣は?」
お茶を配りながら俺は答え、訊いた。
「飲むよ。でも…余り飲まない方かな?ご飯前に飲みながらつまむよりは、ガッツリご飯派だな。その後、風呂上がりとかに軽いつまみで、ビールを飲む程度かな…」
穣が答える。
俺はホカホカご飯を頬張りながら…
「同じ。俺もそっち派だな。ねえ、穣、休みは?日曜日…では無いよね?」
と、続けて訊いた。
明日はオフだし……ちょっと、穣の店が見たいな…なんて、無謀な事を考えたりしてた。
「うーん。基本は水曜にしてるけど、買付でアジア行っちゃうと一週間とか休みにしちゃう。だから、明日はお休み。今日、例え英が遅くなっても、ゆっくり出来るし、調度良かったよ。」
お茶を飲み、頷きながら穣が言う。
「えーっ…何だ…」
少しガッカリして俺が言うと…
「え?何?何だ…って?」
穣は俺の反応に勿論?マークで訊き返す。
うーん。突然行って驚かせたい気持ちが少し有ったけど…店も解らないし、お客さんが居てマズイ事になる可能性も有る訳で……
「実は俺ね…穣の店を見たくて…明日、本当に久々のオフだからさ、突然行って驚かせたり…何て、考えてた訳。ハハハッ。」
と、まんま答えた。
「へーっ。英も明日がお休みか。店って…普通の小さなアジア雑貨屋だよ。でも、見たいなら明日連れてくよ。」
「えっ!穣、本当に?良いの?見たい!見たい!」
俺は喜んで、身を乗り出して言った。
「だからサ…英。リアクションがプレッシャーだってば…貴重なオフ潰してまで見る様な店じゃ無いと思いますが…でも、休みの日の方が安全だよね?たまには、お客さん居るしね。ハハッ。」
穣は、首を振りながら言い、続けて……
「じゃあ、英。今夜、泊っちゃう?」
と、自然に、恐ろしく凄い事をサラリと言った。
「ええーっ!良いの?泊まっても?俺が?ここに?今夜泊まって良いの?」
目を剥き、穣の提案に驚いたが…
もっと驚いたのは…
えーっ……?俺も可笑しいだろ?
「それは、悪いよ。」とか。
「いやいや、流石にマズイだろ?」とかサ…
これじゃあ、「泊まりたいです。」みたいじゃん?
と、自分の発した言葉に自分でツッコミを入れて驚いていたが…
穣は極、普通に…
「だってさー。危険な思いして、ここから帰って。明日又、昼間中に益々危険な思いして、ここに来てから店に行くよりは、直接行った方がマシじゃ?」
と、又、お茶をすすり…
「まあ、英が疲れなきゃだけどね…人の家ってサ…枕が変わると眠れないとか、有るじゃん?しかも…国民的アイドルを泊める様な家でも無いんだけどね。ハハッ。」
と、続けた。
「……国民的アイドルって…穣には、そんな事言って欲しくない!ここでは、ただの「英」だろ?穣が良いなら、俺は是非、泊まりたい!正直。今、既にワクワクしてるんだ。ハハハッ。」
そうなんだ…俺は、ワクワクしてる。
こんな気持ちって…そう!遠足気分かな?
「ハハハッ。ワクワクか?英って変だわ。ああ…ちなみに着替えは……」
「持ってるよ!」
くいぎみに…大きめのバックを上げて見せてしまってから…
「い…いやっ!ち…違うよッ!俺、泊まる予定でいたとかじゃなくてッ!ダンスのレッスンが有る時は、二着は持ち歩くんだよ!穣。本当だよ?」
俺は、かなり慌てて言い訳をした。
「イヤ…英が泊まるつもりでいたとか、流石にそんな、自分が魅力的みたいな図々しい事は考え無いわ…一応、ウチにも鏡は有るよ…ハハハッ。あー。ウケるわ!英。ハハッ。」
穣は腹を抱えて笑い出した。
「そんな事無いよッ!穣は魅力的で可愛い。俺、穣に彼氏居たら…居なくても、今日にでも出来たらどうしよう?って考えてさー。「鍵返してね。もう、来ないで。」何て言われたらどうしよう?って思っててさー。」
俺は、何故かムキになって…
「穣にLINEで今日来て良いか訊くのも、正直、怖かった…ここに来るまでも心配した…鍵くれたから彼氏いないよな?解らないか…デートとかでキャンセルになったらイヤだなって…色々考えてね…」
と…。本当に考えていた事を一気に言っていた…
「あのねー。そんな事が起きそうなら、初めから鍵なんか渡さないでしょ?しかも、いつでもどうぞ。って言ったじゃん?怖がりながら、LINE打つ必要なんか無い。誰も来ないってば。」
穣は、呆れた様に言い……
「だって…「うわーっ」ってなりそうな時しか来られないかと思ったし…この前…ってか、一昨日、来たばっかりだしさぁ…悪いと思った…いつでもなんて言われると…毎日…来たいんだ…よ。」
と、言う俺に…
「うーん。不思議だな…何でそこまで英がここに来たいのかは理解出来ないし…確かに、私は人嫌いで一人で居るのが好きなんだけど…何故か、英は居ても気にならないんだよねー。」
穣は立ち上がり自分の茶碗を持ちながら、手を出し、俺にもお代わりを促し、喋り続けた…
「何故かねー?ぶっちゃけ、人を泊めるなんて…何年ぶり?って感じだよ。」
と、今度は軽めに盛ったご飯を配り、又首を振る。
「凄いね…俺もなんだ。オフ日に人と会うとかも有り得ないし…付き合ってる人とでも、泊まりとか…考えられない…疲れるからさ。でも…穣はアリなんだ…何でここにやたらと来たいのかも…自分自身が解らないんだけどね…」
俺は立ち上がり、自分で味噌汁のお代わりをしに行きながら喋った。
「言えよ。私がやるのに…じゃあ、私にもね。」
と、振り返り穣も味噌汁椀を俺に渡し…
「居るんだね…極々、稀にサ…波長の合う人?」
盛って渡した味噌汁をすすり、穣は言った。
俺は魚の骨を外しながら…
「少なくとも…俺は、今まで居なかったよ。穣みたいな存在の人はね…ああ!婆ちゃん?」
と、答え。又、魚とホカホカご飯を頬張った。
「ちょっとねぇ…婆ちゃん?ってか。微妙に…人を年寄り扱いかっ?……ハハハッ。」
「違うよッ。本当に婆ちゃんとは、凄い気が合ってサ、無言で居ても心地良かったんだ…居るだけで嬉しい存在……唯一無二…みたいな?」
「へーっ。素敵だね。唯一無二か…良い言葉。」
「俺にとって…それが今は穣なんだよ。年寄り扱いじゃない。本当に心地良い時間。だけど…穣は、迷惑かな?」
「いや、光栄だよ。英が国民的アイドルだからじゃ無くてね。二人と居ない存在が私って…それ、凄い事じゃん?」
「良かった。じゃあ…遠慮無く、泊めて貰おう!明日も穣のご飯が食べられる。やったー!」
「ハハハッ。変なの。じゃあ、片付けてコーヒー煎れるよ。お風呂も入れて…英、適当に休んでて。」
「俺がコーヒーは煎れるよ。穣は、片付け宜しく。本当に美味しかった!ご馳走様。」
「二人で食べるの美味しいね。まあ、それも英だからなんだろうけどね。んじゃ、コーヒー宜しく。ご馳走様でした。」
俺は穣の言葉が妙に嬉しくて…
「英だからなんだろうけどね。」って…?えー…。
と、照れながらニヤニヤしたりして…
優の…「初恋をしてるJKみたいだね。」って言葉を思い出したりしていたんだ。
初恋か…?ハハハッ。無いわー。
なんて…穣みたいに、首を振りながらコーヒーを落としていた。
穣は手早く片付けをして、お風呂を入れに行って…
「ねえ、英。どれにする?」
入浴剤の沢山、入ったカゴを持ち帰って来た。
「うわー。凄っ!えーっ……迷うな…えーと…」
俺はごそごそとカゴをあさって…
「穣のお勧めは?筋肉とか解れる感じのヤツで…」
と、穣に訊いた。
「じゃあ…これだね。」
と、穣は何だか岩塩みたいなザクザクした入浴剤を取り出した。
「じゃあ、それで…穣も良い?」
「おけっ。」
穣はカゴを置きに風呂に戻って行き。
俺はコーヒーを配ってから、「あぶらすまし」の所に行き、カタカタと「あぶらすまし」を揺らしながら…
「有難う御座います。楽しいです。明日も宜しくお願い致します。」
と、頭を下げたりしていた。
穣が戻って来たので…
「コーヒー出来たよ。飲も?」
と、声を掛ける。
「うん。有難う。ハハハッ。英。「あぶらすまし」に挨拶してたの?」
笑い言う。
「うん。もう、良い事有ったから。お礼。ハハッ。」
俺も笑って言った。
「あ…美味しい。人が煎れると家のコーヒーも美味しいや…ねっ?」
穣がニッコリ笑う。
あ…可愛い。良い顔するよな…穣って…
なんて…少しの間、目が離せなくて…慌てて…
「本当に?じゃあ、これからは俺が煎れる。ねっ。」
と、微笑み返した。
「ほう。ふーん。なるほどねー。」
又、穣は首を振りながら呟く…これ、癖かな?
「何が?なるほどねー。って?」
「イヤね。私って…周りの人に言わせると…男を…男の顔を見る目がないそうなのだよ。ハハッ。」
穣は、突然に訳の解らない事を言い出して…
「要はメンクイじゃあ無いんだと。まあさ、顔で付き合う人は選ばないからね。」
と、コーヒーをすすり、続けた…
「でも、今、微笑む英を見て…ああ。こう言う顔がカッコいい人なんだ。流石、沢山の人に好かれる訳だな…。何て思ってさー。」
と、照れ臭くて、本人を前に言葉にしない様な事を真顔で言い出した。
「ハハハッ。穣こそ変なの!ハハッ。何だよそれ。あー。可笑しい!」
「イヤイヤ、英、キラキラ笑顔だったよ。ハハッ。」
「穣だってキラキラ笑顔だよ。しかも俺、アイドルやってる時はもっと気取った笑顔するしっ!一応、プロだからね。ハハッ。」
俺は、穣もキラキラ笑顔だったよ。って言っちゃった事が…
穣の笑顔に魅入ってしまった事が思いだされ…
少し照れ臭くて、笑いながら言った。
「そうなの?今のままで充分カッコいいのにな。じゃあ、この笑顔は…私だけのアイドルかな…ハハッ。贅沢だ。」
穣は頬杖をつき、俺を見つめ言った。
「イヤイヤ、やめてってば。穣ってこっちが照れる様な事、平気で言うよね!」
久々にマジで照れて顔を手で隠していた…
「えーっ?英はそんな言葉聞き慣れてるでしょ?なのに照れるんだ?ハハハッ。」
俺は、コーヒーをがぶ飲みしながら…
「あのねー。ファンの人達と穣は、全然別だよ?英二の俺なら照れないかな…?いや…穣に言われれば照れるかな?」
「そうか…ゴメン。英はここに普通を求めて来てるのに…そんな言葉聞きたく無いよね?私の前ではカッコ良くても悪くても、君が誰でも…全然構わないんだよ…ただの英のままでいな。ゴメン。」
穣は自分を反省した様に謝る…
「違うんだ!いや…違わないか…穣の今、言ってくれた言葉は一番、俺が欲しい言葉だと思う。」
カッコ良くても悪くても君が誰でも構わない…俺が欲しい言葉は…これだと思う…けど…
「でもねっ!穣が俺をカッコいいって思ってくれた事は凄い嬉しいんだ。本当にね。ただ、口にしないで心で思ってよー。柄にも無く…凄い照れる。」
俺は、頭を搔きながら…
「いや…でも、カッコいいって穣の口から聞きたい気もするなー…いや…照れるか…?えー…」
自分が何を言いたいのか解らなくなってきた…
「面倒くさい男だなーっ。一体、どっちなの?ハハハッ。英、やっぱり変なヤツ!」
穣は、又、笑い…
「良し!私も英の前では普通を通すよ。思った事は口にするし。それで英が照れようが、笑おうが、怒ろうが自由にしなよ。お互い自由にしてようね。」
と、言い……
「そうじゃなきゃ、英がここに来る意味ないし…長続きしないよ。私も英が来るの楽しいもん。続けたいじゃん?」
首を少し傾げ訊いてきた。
その言葉が堪らなく嬉しくて…その穣の仕草が堪らなく可愛くて…
「可愛い。穣、凄い可愛いって思う。俺が来るの楽しいって言ってくれたの…凄い嬉しい。俺もずーっと続けたい。これが今、俺が思った事だよ。自由に言った。」
俺も頬杖をつき、穣を見つめて言った。
「ハハハッ。英。目、大丈夫?ハハッ。」
ピーピー。
「あっ。お風呂沸いた!英、先にどうぞ。私、色々準備有るからさ。狭いけど、ゆっくりして。こっちだよ。」
と、俺を風呂に連れて行き、バスタオルなどの説明をしてくれた。
「有難う。わーっ。入浴剤、良い香!じゃあ、遠慮無く…お先に。」
「大き目のジャージ出しておくからサ、パジャマ代わりに着なよ。さあ、どうぞ。」
俺は又、訳の解らないワクワクが押し寄せ…
服を一気に脱ぎ捨て、風呂に入った。
不思議な感じのメンソール…ハッカが混ざった香…深緑と青が混ざった…深い海の様な色のお湯に浸かりながら…
「ああ。これ、気持ちいいなー。効きそう。」
独り言がこぼれ出す。
人の家でこんなに寛いで居られるなんてね…変だな…
ひょっとしたら自分の家より落ち着く?ハハッ。
と…「おーい。英。ジャージここに置くね!」
穣の声がした。
「ハーイ。有難う。穣この入浴剤、超気持ちいい。如何にも効きそうだ。」
「ハハッ。そりゃ良かったよ。ゆっくり浸かって。」
「有難う。余りゆっくりだと眠りそうだけど…」
「ハハッ。溺れたら助けに来るよ。じゃあね。」
と、恐ろしい言葉を残し…穣が出て行った。
た…助けに来るなよーっ!
ダンスレッスンの後、シャワーを浴びたけど…
俺は、穣の使っている、これ又、不思議な柄の瓶に入ったシャンプーを使ってみたくて、体と頭をもう一度洗った。
日本の物では無い濃い香に…ああ。初めて穣に助けを求めて駈け寄った時にした香だ…なんて…
思い出して…自分の体を嗅いで、薄ら笑いを浮かべていた。
そんな変態っぽい…自分が恥ずかしくて…
咳払いなどして、真顔に戻す。
が、結局…風呂から上がり、穣に借りた少し寸足らずのジャージを着て、又、ニヤニヤしつつ部屋に戻る…とっ……
ローテーブルに旨そうなおつまみが何品か用意されていた。
「えーっ。穣、今これ作ったの?凄いね。」
俺は驚いて訊いた。
「そうだよ。簡単な物ばかりだけどね。英、先に飲んでる?」
穣は風呂に行く準備をしながら言った。
「いや、穣と一緒に飲むよ。まだお腹一杯だし…初めての飲みだもん、穣と乾杯したい!」
「ハハハッ。私って…何故か、英に随分と気に入られてるよねー。ハハッ。」
「そーなんだよ。超気に入ってるんだ!だって、この家って自宅より寛げるんだもん。穣の居る空間って…癒やされる。」
「そっか。それは良かったね。じゃあ、直ぐに入ってくるよ。」
「ああ、ゆっくりで良いからね。俺、適当してる。」
「ああっ!そうだっ!携帯なってたよっ!ゴメン。言い忘れてた。」
「あっそ。どうせたいした用事じゃないから大丈夫だよ。事務所かメンバーだ。」
「そっ?じゃあ、入るよ。」
と、穣がお風呂に行った。
俺はバックから携帯を取り出し、実家からの着信に顔をしかめた…
仕方なく…リダイヤルして…
「もしもし…英です。ご無沙汰してすみません…はい…解りました…出来るだけ、顔だけでも出せる様にします。はい…」
ふぅー。相変わらず疲れる…
電話の内容は父の誕生日祝いのパーティーに顔だけでも出せとの事だった。
実は俺、ボンボンだったりする。
慶應義塾幼稚舎からの生粋の慶応ボーイだったり…
俺以外の家族は皆、まともな…?外務省勤めだったり大学教授だったり医者だったりね…
だから…小さい頃から、俺は婆ちゃん意外に余り馴染めずにいた。
今でも、家族の集まりは苦手分野だ。
少し憂鬱になり…何気にテーブルに有った、こんがりと焼けた一口サイズで薄焼き風の物をつまんで口に運んでいた…
「旨っ!」
一気に憂鬱から解き放たれる。
カリカリのチーズが香ばしい…何だ?これ?
俺は口をモグモグさせ…お風呂に行き…
「ねえっ!穣。この美味しい物って、何?」
と、風呂場に声を掛ける。
「えーっ?」
シャワーを止め、穣が聞き返す。
「あ…ゴメン。チーズ焼いたみたいなのが余りに旨くてサ…」
磨り硝子を通して薄らと穣の裸体が見え、慌てて背中を向けて赤くなった…中坊かよっ…
「ああ、ジャガイモだよ。チーズとジャガイモを少しの小麦粉と、ブラックペッパーで焼いてみただけだよ。ハハッ。」
穣の声が響く…
「ジャガイモかー。ゴメン。後ろ向いてるからね。」
言い訳がましく俺は言った。
「ハハッ。良いよそんなの。来たついでに背中でも流して貰うかっ?ハハッ。」
笑い声が響く…
「うっ。ゲホッゲホッ。ば…ば…馬鹿じゃないのっ穣っ!俺、戻るからね。穣の馬鹿ッ!」
俺はむせ込みながら、風呂のドアを「バンッ」と叩き、足早に部屋に向かった。
「ハハハッ。ハハハッ。」
穣の笑い声が追い掛けた…
「全くッ!何なの?何気に泊まってく?だの。カッコいいだの。自然体過ぎるんだよ穣はっ!…背中って…あああーっ。早く、ビールくれっ!」
俺は頭を掻きむしり…実家の憂鬱をすっかり忘れてしまっていた…
って言うか、穣の背中を頭から消し去る事に全神経を費やしていた…ふぅー…
やっと落ち着いた頃、穣が部屋に戻った…
「英。お待たせーっ。さあ、ビールで良い?喉、渇いたでしょ?」
と、湯上がりの赤い顔で訊く。
「ええ。お陰様で…」
「えっ?」
「いや…何でも無い。早く乾杯しよっ。」
「うん。喉カラカラッ。」
と、穣は冷蔵庫からこれ又、見慣れないビールを二本持って来た。
「タイのビール。美味しいよ。日本のも有るけど?」
「いやいや、タイのが飲んでみたいよ。」
「そう?ねえ、英は缶派?グラスに移す派?」
「缶派。穣は?」
「缶派!やっぱり同じだねっ。」
ビールを配り、俺の隣に腰を降ろして…
「じゃあ、初の飲みに乾杯っ!」
「ハハッ。初の飲みに乾杯。」
と、缶を二人で開けて合わせ…一気に飲む。
「あー。旨いっ!フルーティーだね。冷たくて美味しいや。」
「気に入った?良かった。旨いねッ。ハハッ。」
穣は野菜をスティック状に切った物をカリカリ食べながら…
「ねえ…英さー。何で今、ここに居るの?何してるの…俺?って感じじゃない?絶対に可笑しいよねっ。これ。ハハハッ。」
と、自分のジャージを着た俺を見て笑う。
「だよねーッ。それよりも…飯食べて、風呂入って酒まで飲んで…泊まらせてまで貰ってる、図々しい自分に呆れてる。ハハハッ。しかも、何も遠慮しないでね…こんなの本当に有り得ない自分だよ。」
俺は、意外と遠慮がちな人間だと、自分で思ってたんだけどなぁ…
「ハハッ。何の遠慮も要らないって私が言ってるんだから良いじゃん。英のワクワクする。じゃないけど…こんなんも愉しいねっ?」
「本当に?穣も愉しい?俺は「楽しい」を通り超して「愉しい」けどさ。穣は、折角の休日前を潰されてペース狂ったりしてない?」
やる事とか有ったんじゃないだろうか?
「あらっ。ペースが乱れるから、それが愉しいんじゃない?新鮮?ってヤツ?」
穣はビールを一口飲んで…
「ああ、携帯…用事、大丈夫だったの?」
と、続けた。
「ああ……大丈夫だけど…少し憂鬱かな…これ。美味し過ぎて忘れてた。」
と、俺は又、ジャガイモのつまみを口に運び…
「穣は料理がマジで上手いね。感心するよ。」
「はあ?こんなの誰でも出来るし。でも、褒めれて嬉しいけどね。」
穣はピスタチオの硬い殻に奮闘しながら…
「えーと…憂鬱の内容は…英にとって私が、訊いた方が良い?話したくない?どっちかな?」
と、顔を上げ俺を見て訊いた。
俺は父の誕生日の事を考えたくは無いけど…穣に愚痴りたかったから…
「詰まらない事なんだけど…愚痴って良い?」
と、話し始めた…
「へぇー。そうなんだ…うーん。微妙…お父さん元気で誕生日迎えたなら、祝おうよ。って思うし…もしね…パーティーにいらしたゲストの体面上だけで…英も顔を揃えろって言う意味なら…憂鬱だね。って私は答えるかな。」
穣は真剣な顔で腕を組み答える。
「くだらない話しでゴメンね。そう…体面上だよ。俺の仕事を家族は…歓迎してないからね…初めから出て、ゲストと余計な話しをされるよりは…本当に顔だけ出せって感じなんだ。」
ビールを飲みながら俺は自嘲気味に言った。
「くだらなくはないよ。例え家族でも解り合えない人間は居るよね。家族だから、それが余計にやり切れない……でも、英の仕事は素晴らしい仕事じゃない?人々に夢を与えている。与えられている人にとっては…それこそ、英は唯一無二だよ。英自身も休みもろくに無く、その努力を一生懸命にしている。でしょ?」
穣もビールを飲みながら…
「だったら、胸張って参加しなよ。別に…俺は有名人だ。って威張れって言うんじゃ無くて…ただの「英」で参加すれば良い。自分の仕事を家族に対して卑下する事は、全然、要らないっしょ?」
と、俺に微笑む。
ああ…
俺は、この答えを他に言ってくれる人が居ないと思った。
穣の言葉が体に染みこんで…フッと泣けてきた…
慌てて、顔を背けたが…
「えっ?えーっ!私、イケない事を言った…?えっ?ゴメン。…かな?」
穣は慌て不為いて…俺を覗き込もうとしていた。
そうか、穣の前では自然体で良いんだった…
俺は泣き顔のままで穣の方を向き…
「違うんだ。余りにも本当に余りにも欲しい言葉を穣が行ってくれたから…体に…ここに…すーっと響いて、涙が出た。」
と、心臓を押さえ、俺は涙が流れるままに…
微笑んで言った。
「はぁ…焦った。ババアの説経がキツかったかと思ったよ。焦らすなっ。ハハッ。」
穣は俺の頭をクシャクシャ撫でて笑う。
「何だよそれ。ハハッ。穣…甘えついでに、お願いしても良い?」
「えー。何?嫌だな…簡単な事ならね。」
「えっと。ぎゅっとハグ欲しいんだけど…駄目かな?」
「はぁ?意味解らない。けど…」
と、穣は俺の方を向き…両手で抱きしめた。
「……」
自分の心臓の音が耳に響く…ドクンドクン…て。
「はい。これで良いの?」
「うん。有難う。これで自信を持ってパーティーに行ける。」
「えーっ?益々、意味不明。あのさー、普通は男性がハグしてくれる方じゃないの?こんなの聞いたら事無いんですがっ?」
穣は又、首を振り言った。
「今度。今度からは俺がハグする。今のは特別。俺が穣から、勇気の魔法を掛けて貰ったんだ。」
「ハハッ。魔法の効力が有ると良いけど。私じゃねぇ…レベル低くそう。ハハハッ。」
「いや。一撃必殺級だよ。穣じゃなきゃ駄目だ。俺には唯一無二だよ。ハハッ。」
「そりゃー凄いね。じゃあ、もう憂鬱じゃない?」
「憂鬱どころか、ご機嫌。本当に有難う。助けて貰ってばっかだな…俺。」
「多分、違う場所では英が人を助けているんだよ。だから、ここは英が助けられて良い場所なのかもよ。私的には、助けているつもりなんか、全然無いんだけどねー。」
穣の言葉は…俺の気持ちを軽くする…
俺もこんな人で有りたい…と、強く思わせる。
「しかしね…何となーく、英が良い所の坊ちゃんかな?とは思っていたけど…」
「えー。何で?」
「ああ、食事…?食べ方かな。」
「はぁ…そうなの?」
「うん。箸の運びや、魚とかの食べ方がね…美しいんだよね。」
「それ、褒めてるの?」
「勿論!素晴らしい事だよ。昨日今日じゃ出来ない事。日々の繰り返しから身に付く事。」
「じゃあ、良かった。穣は…?聞いて良いのかな?ウチの事。」
「ああ、全然、構わない。ウチは…自由人の塊。ハハハッ。私は、一人っ子。父はね一応、画家。母は趣味半分でフラの…フラダンスの講師。お互いがお互いのやってる分野に興味無し。干渉もしない…だから、私も結婚もせずに、好きな商売してられるって訳。ハハハッ。」
穣は立ち上がり…
「英も、もう一本飲むでしょ?」
と、冷蔵庫に向かう。
「有難う。へー。余りにも穣から感じるまんまで…逆に驚きだよ。」
「えーっ?何それ?」
ビールを配り、俺に訊く。
「うーん。何故か…芸術的な環境で育った様な…感性…?を感じる。明確な理由は無いんだけどね…」
「それは…?英君。褒め言葉か?自由人過ぎるって苦情かい?ハハハッ。」
穣はビールを開けて上げ乾杯の仕草をしながら俺に訊いた。
「勿論。褒めてる。俺、穣の自由人な所が最高に気に入ってるんだ。ただ…いきなり、泊まる?だの、背中流せだのって…自然体過ぎてドキッとさせられるけどね。ハハッ。」
俺もビールを上げて、飲みながら言った。
「ハハッ。そう?」
「いやいや、あの時、俺がもし、「はいよー。」って、風呂に入って行ったらどーするんだよ。」
「えー。勿論、背中流して貰う?」
「なっ…なっ…流して貰う?じゃないよっ!なっ…」
「ハハハッ。英、からかうの楽しいねっ。ハハッ。」
「からかってたのっ?酷いなーっ!もーっ!」
「いやいや、「はいよー。」って、言う人なんか居ないでしょ?ハハッ。英、可笑しいよねっ。」
「居ないけどさーっ。背中流せって言う人も居ないよっ!可笑しいのは穣だっ!もおーっ。」
俺は剥れて、野菜スティックをガシガシかじった。
「さて、明日…もう今日だけど…起きられなくなるから、そろそろお開きにして、寝ようか?」
穣はビールを飲み干して…
「えーっと。ベッド、一応、ダブルサイズだからさ二人で眠れるよね。それで良いかな?」
と、又、末恐ろしい事をサラリと言う。
「えーっ!俺、ソファーで良いよ!」
「うーん。英君、それは…一緒に人が居ると眠れないから?それとも…もしかして私に遠慮?」
「勿論、遠慮だよ。他の人なら駄目だけど、穣と一緒なら、返って良く眠れそうだしね。ハハッ。」
「ハハハッ。じゃあ、そういうの要らなくない?英と私には、誰がソファーで…とかって遣り取りも要らないでしょ?一緒に寝よ。ねっ?」
「…ハハハッ。だよね。要らなかった…穣と一緒に寝るッ。やったーっ!」
「いやいや、「やったーっ!」も意味不明だけど…」
「だね……ハハハッ。」
意味不明だね……自分自身が…「やったーっ!」ね…
穣の癖がうつったのか…俺も首を振りながら…
「片付け、手伝うよ。」
と、ビールの余りを飲み干した。
「有難う。英…。最初はグー…」
えっ?と、思いつつ…グーを出していた。
「じゃんけんーポン!」
穣がグーで俺がパーだった…頭じゃ無いよっ。
頭も怪しい感じだけどね……
でも、俺が勝った!やったーっ…けど…
「穣。何なの?何じゃんけん?」
俺は穣に訊く。
「英。ベッドどっち側?右?左?」
「えーっと、右側。」
「やっぱり…ほらねっ。同じだと思ったからさ。ちぇッ。今回は譲るよ。」
穣は、手を広げ肩を竦めた。
「えーっ…そんなの、勿論、俺が譲るよーっ。」
「いや、それも二人には必要…」
「……無いねっ。やったーっ。今日は、俺の勝ちだね。ヤッホー!ハハッ。」
「何気にムカつくッ。ヤッホーってのっ!」
片付けをしながら、くだらない遣り取りをする…
無意味に笑い出したくなる様な愉快な気持ちをどれだけ長く感じて無かったかな…
学生の時以来かも…なんて考えていた。
「何でも愉しいねっ。こんなに愉しいの学生の時以来かも…あの頃は箸が転んでも可笑しい歳だったけどさー。」
「怖っ!怖いよ、穣。俺、今、今だよ。マジで全く同じ事、考えて…学生の時以来って…怖っ!」
「ハハハッ。夫婦は考える事が似るって言うけど…前世で夫婦だったか?私達…ハハハッ。」
「マジで…かもね…ああ、鳥肌たったわ。ハハッ。」
「さっ、終わり。夫よ、歯を磨こう。ハハハッ。」
「なんだよそれー。ハハハッ。磨こうか?妻よ。」
又、馬鹿な遣り取りをして、洗面所に向かう。
「ねえ、英、又、泊まりに来るでしょ?」
「来るっ!来たい。来るよ。」
「来た時…とか、続きそうだね…ハハッ。じゃあ、簡易じゃない、まともな歯ブラシ用意するね。えーっと…私とかぶらない色…はい。」
と、紫の歯ブラシを手渡した。
「有難う。俺の歯ブラシだ…やったーっ!」
「いやいや、だから、「やったーっ!」の意味が解ららないから…」
ゴシゴシと歯を磨き…穣は又、首を振る。
「良いのっ。ハハッ。」
俺もゴシゴシしながら言った。
コップに穣が歯ブラシを立てる…
「俺のも立てといて良い?」
「勿論。」
「やったー。」
カランと穣の歯ブラシの横に立てる。
「又、やったー。かよ…」
穣は勿論。首を振る……
その後、俺はベッドの右に入り…穣は左に入って…
柄にも無く少しドキドキしていた俺に…
「ねえ、英…」
と、穣が真剣な顔になり…低い押さえた声で囁き…
俺の目を見つめる…
えっ?まさか…穣…良いの…?
「……まさか、寝相悪く無いでしょうね?ベッドから落とされるなんて勘弁だよ?私。大丈夫?」
……えーっ!そんな落ちかよっ!
ってか、何?何を考えた?俺っ!
「…ああ、あ…っと…どうかな?ぶん殴ったら…ゴメン。」
今、自分の頭をね…ハハ…
「えーっ!マジかっ?」
「嘘だよっ!嘘。大丈夫だよ。普段通り大人しいって…ハハ…」
「んっ?大人しいかーっ?いいや、私も絶対的な自信が有る訳じゃ無いから、真ん中に二人で寄って寝ようよ。ほら…英も、こっち来て。」
「うん。そうだね…」
と、二人でゴソゴソ中央に寄って…
「ハハッ…この方が温かいねっ。今日、寒くない?」
と、穣が言った。
「寒くなって来たよね…本当に温かいや、穣。」
「ハハッ。英も温かいよ。二人でカイロがわりになって寝よう。」
と、二人で一本足りない川の字になったが…
「でも…」
俺が言いかける…と、穣は…
「うん。解るよ…言いたい事、多分、一緒。」
二人で…
「横向かないと眠れないっ!ハハハッ。」
と、言って笑う。
「ねえ、英。どっち向き?せーの。左。」
「右。…あれーっ!そこ、違うんだ…ハハハッ。」
俺は続けて…
「ハハハッ。向かい合わせかよー。どうせ寒いからさ、俺が穣をハグして寝て良い?」
と、俺は、穣が乗り移った様な…恐ろしい事をサラリと口にしていた。
が、穣は…ブルブル震えるて…
「良い、良い。そうしよう。温かいもん。あっ!しかも、殴られる心配が無い。ハハッ。」
普通に言う。
「俺も、落ちる心配が無い。ハハハッ。」
俺は穣をハグした…穣は…
「……いやいや、これ…明らか可笑しいよねっ?…もう、何でも有りだね。お休み、英。」
今更、気付くんかい…
「うん。確かに可笑しい。俺が泊まってる事自体がね…ハハハッ。何でも有りだ。お休み、穣。」
結局は、そのまま、何でも有り状態で…
二人はまるで当たり前の様に顔を寄せ合い…
眠りに着いた…
はしゃぎすぎて疲れたのか…眠れない筈の俺は、穣の寝息につられて…直ぐにスヤスヤ眠っていた…
本当に深く…良い眠りだった…
俺は、南国…アジアの夢をみていた気がする…
部屋に漂うお香のせいかな…
カチャカチャ…微かな音と…鼻孔を刺激するスープの良い匂いに反応して目覚める…
穣がキッチンで立ち働いていた…
「あーあ…気持ち良いなぁ…うーん…」
呟きながら…伸びをする。
「あっ。ゴメン。起こしちゃった?」
と、穣が振り返り、訊く。
「お早う。穣。違うよ。良い匂いで自然に目が覚めたんだ。ハハッ。」
「そう?お早う。英。ちゃんと眠れた?」
「普段より良く眠れたッ。体が軽い。穣は?俺、暴れなかったかな?眠れた?」
「うん。大丈夫。2、3発殴られた程度。」
「えっ!マジ?」
「嘘。ハハハッ。普段より温かくて、グッスリ眠れたよ。英は良いカイロだね。ハハッ。」
「ちょっとーっ。酷いなーっ!俺、マジ焦った!しかも、何だよ良いカイロって…ハハッ。穣だって温かかったよ。良いカイロ!疲れが吹っ飛んだよ。癖になりそうだ。」
「ハハッ。疲れが取れるなら、いつでもどうぞ。」
穣はテーブルにサラダとバケットサンド…スクランブルエッグが乗った大きなプレートと、具沢山のミネストローネの入ったスープカップを配り…言う。
「そんな事、軽々しく言うと…住み着くよ。俺。明日、大きな段ボール箱、届いたりして…ハハッ。」
本当に、そうしたいな…俺は思った…
「開けたら、英が出て来るの?怖っ。ハハハッ。えーと、メニュー的に先にコーヒーで後でお茶にしよう。それで、おけっ?」
「おけっ。俺、コーヒー煎れる!うわー。美味そう!朝から豪華。幸せだ!」
俺は走り寄り、コーヒーを落とし…お腹が鳴った。
「出たよ…英は大袈裟なんだから…でも、喜ぶ人が居ると作るの楽しいね。」
「大袈裟じゃないよ。昨日から、本当に幸せなんだよ。俺。コーヒー出来た!」
「幸せねぇ…それは良かったね。さあ、食べよう。」
今日も朝から穣は首を振っていた。
「うんっ!頂きます。」
俺は、ニコニコと、コーヒーを配り…
席に着き言った。
「和食が良かったかな?私、バケットサンド食べたくて…」
と、大きな口でバケットにかじりつき穣が言う。
ハハッ。可愛いな…
穣の口元を見つめていて…ハッとして。
「穣の食べたい物で良いんだ。穣の料理は何でも美味しいから。うんっ。スープも美味しい…」
今度は穣が口をモグモグしながら、俺を見つめ…
「本当に美味しそうに食べるねーっ。英は。幸せだって言うのが嘘に感じない…」
「だって…本当に昨日から幸せだもん。久々、リア充って感じだよ。旨いッ。ハハッ。」
「変わってるわ……ねえ?リア充って…彼女が居て、幸せな人が使うんじゃないの?」
穣は俺のスープのお代わりをしながら言う。
「充実してりゃ、リア充だよ。恋愛がリアルの全てじゃ無いだろ?時には、恋愛より幸せを感じる事が存在するって事を、穣と居て知ったね。俺は。うんうん。スープ有難う。」
今度は、自分のスープカップを持ち…
「ちょっとーっ。英君。それ…恋愛を引退した年寄りが言う言葉じゃん?君が言うのはちょっと早くないかい?言い方もねっ……ハハハッ。」
と、大笑いして腰を下ろした。
「はあーっ?失礼なっ!どっちか言うと、哲学的って言ってよねっ!腹立つわッ。穣。」
「哲学かっ?ハハハッ。それは失礼。英、私にコーヒーのお代わり。」
コーヒーカップを俺に差し出す。
「はいよー。俺も。」
と、俺は立ち上がりサーバーを持って来てコーヒーを注ぐ。
「いやいや…可笑しいよねー。この長年連れ添ったカップルの様な連携プレー…コーヒーを頼んだ自分にも、些か呆れるよ。私。」
又々、穣の首振りが始まった。
「だよねーっ。今、動きが自分の家と化してたよ…怖っ。俺。」
俺もマネして首を振り…
「ハハハッ。ハハハッ。」
二人で笑い出した。
「この、アボカドのバケットサンド美味しいねっ!卵と…マッシュポテト?普通のエビとかよりボリューム有って…最高!」
俺は、大きな口を開けて食べながら言う。
「それは良かったよ。可愛いなーっ。英。大きな口開けて!ハハハッ。」
俺はもう、同じ事を考えても驚かなかった…
「ハハッ。俺の勝ちだな。」
「はあー?何が…?」
「今、穣が言った事を俺は穣が一つ目のバケットサンドを頬張った時に思ったのッ。大きな口開けて可愛いなーってね。だから、俺の勝ちだ。」
「それ、勝ち負けの問題じゃ無くねぇ?ってか、見てたんかい…」
と、俺を睨んだ。そして続けて…
「あのさー、英が私をやたら「可愛い」って言うからさー。昨日から、自分は可愛いのか?って勘違いが始まりそうだわ。言われ慣れて無いからさー。ハハハハッ。」
と、大笑いした。
「いや、可愛いよ。俺は穣が可愛いって思うんだ。だから言った。穣は可愛い。うん。」
「はいっ。もう…有難う。英の気持ちが今、解った気がするよ。私も柄にも無く照れるわーっ。出来れば、心で思ってくれっ。ハハッ。」
穣は少し赤くなり、今度は珍しく…手を振った。
「ちょっとーっ。それ、汚くねぇ?自分は思った事を自由に言うって言ってさー。ハハハッ。穣、照れるの?可愛いー。ハハッ。」
俺は穣をからかえて満足だった。
やられっぱなしじゃ敵わない。
「いやいや、朝っぱらから…お互いの事を可愛い。可愛いって…どこぞのバカップルかい?ハハハッ。ウケるわー。遂に、英につられて私も変になって来たかな…。」
やはり、首を振り…失礼な事を言う。
「バカップル!ハハハッ。ウケるわ。だよね。英につられて…って、穣の方が変だよっ。俺から言わせると。」
本当に変な人だよ。
人嫌い…?そんな人がここまで俺を受け入れるか?
「英だからなんだろうけど。」
又、穣の言葉を思い出し…ニコニコと、スープを掻き回し…訳も無く、愉快になっていた。
「……無駄に楽しそうだね。英君。」
それを穣に見られていて…恥ずかしくて赤くなり…
「うん。無駄に楽しくて仕方ない…何でかねー?」
首を振る俺に…
「こっちが訊きたいね……さあ、支度しな。私、片付けしてからお茶入れるから。飲んだら、店に行こうね。」
「ハーイ。」
俺は元気に手を上げた。
「良いお返事だ事…」
穣が呆れて、やはり…首を振る。
俺が洗面所で支度を終え部屋に戻ると…えーっ!
穣は白のブラウスに黒のワンピース…だが…
やたらと豪華にフリルがあしらってある服を着ていた…ペチコートもフリルだらけで…
「……何か…穣…感じが違わない?…って、明らかに違うよねー。ゴスロリ?」
「いや…ゴスロリ程、大袈裟じゃないけど。そっち系だよね。ハハハッ。」
「めっちゃ可愛いけど…突然…なんで?しかも、そんな服…なんで持ってるの?」
「えーっ。前は大好きだったのよ。私、思ったんだけどさ、普通の格好より…こんな服装の人と英が歩いてるとは絶対に思わないじゃん?あっ…まさか、過去にゴスロリの子と付き合ってないよね?」
「な…無いよ。」
「でしょ?人の思い込みって…無いと思うとさ、英だって思っても、似てる人?で終わるじゃん?民族衣装も着てみたけど…流石に目立つから…んで、これにしたんだよ。英、一緒に歩きたく無いかい?ハハハッ。」
と、フリル満載の服でクルリと回って見せた。
「いや。正直、似合ってて驚いてる。へー。好きだったんだゴスロリ。むしろ、一緒に歩きたい位だよ。堂々とね。」
「この程度はゴスロリとは言えないよ。頭も何も無いし、一緒に歩きたいって…英、ゴスロリ好き?」
「いやいや、ゴスロリ好きじゃないけど…穣が可愛いからさ、堂々と歩けたら楽しいだろうな…と…」
不思議な穣の雰囲気に…驚く程、自然にフリルの服が似合ってて、可愛い。
まるで秋葉のメイドさんみたいな穣が渋い緑茶を配る…ハハッ。ギャップが可笑しい。
「さあ、立ちっ茶飲んで…」
「えっ?立ちっ茶?」
「ああ、家を出る前にお茶を飲んで落ち着いてから出掛ける的な…言い回しかな…まあ、焦るとろくな事が無いって事だね。」
「へー。確かに…お茶を飲んでる間に忘れ物とか、思い出しそうだもんね。」
「えーっと、作戦会議か?まず、エレベーターが怖いね…だけど…切りが無いし…いっそ堂々としてた方がバレないかもね。どーよ?」
穣はお茶をすすりながら訊く。
「キャップとフードで顔は殆ど見えないとは思うんだ…そこにマスクとサングラスじゃ…返ってヤバい人だよね?キャップ、フードだけで…普通のカップル風に行こうか?」
俺もお茶をすすり、答えた。
「おけっ。そうしよう。余り遠くないし、大丈夫。」
穣が大丈夫って言うと、本当にそうなりそうな気がしてくる。
「うん。」
でも、一応…ここから先の事も考え合わせて、俺は付け加えた。
「ねえ。穣。一応…先に言っておきたいんだけど。万が一、今日じゃ無くても、ここから先でも…穣との事がバレて騒ぎになったら…確実に穣に迷惑が掛かる。そうなったら本当にゴメンね。」
俺は、一口お茶を飲んで続けて…
「だったら、もう来るなって思うなら、正直に言ってね。…でも、そう言われても…迷惑が掛かるって解ってても…俺はここに来たい気持ちが押さえられ無いんだ。バレて大問題になった後でも…必ず又、来ちゃうと思う。穣に会いたくて来ちゃう…そうなる事が怖いから…初めに言うね。迷惑かな?」
俺はマスコミの怖さを知らない穣に、ここから起きるかも知れない事を言っておくべきだと思った…
本当は言いたく無かった…
穣の答えが怖かったから…
「そっか。ふーん。大問題になった後でも英はここに戻って来るのね?」
「うん。ゴメンね。来ちゃうと思うんだ…いや、来たいんだ。直ぐには無理でも…きっと…戻っちゃうよ…やっぱり、駄目?」
「いや。問題が起きて自分の立場とかヤバいのに…それでも英がここに来るのなら…それまでして来たいなら、私も覚悟するよ。問題が起きたら、はい。バイバイ。って言うなら、今直ぐに出てけって言うけどサ。ハハッ。英が戻る気なら良いよ。」
「良いの?問題が起きても又、来て良いの?マスコミって…怖いよ。良いの?穣。」
「一応、私でもマスコミの怖さ位は解るよ。凄い騒ぎになるんだろうね…」
穣は頷き…
「でもさ、英。考え方一つじゃん?」
「考え方?」
「普通のOLさんなら、会社に押し掛けられて…とか有るけど、私は個人店。しかも、押し掛けられたら返って店の宣伝になる位だよ。ハハッ。」
穣は笑って続けた…
「普通のお宅なら、実家に押し掛けられて、両親が色々訊かれて困るんだろうけど…英、ゴメンね。多分…ウチの両親も君の事を知らないと思うんだ…だから、マスコミが騒いでも…あの両親じゃあ、話しにならないと思う。ハハッ。」
又、笑って…
「要するに、他の子よりは私の方が大問題に発展しても安心だよ。って事さ。以上。さて、英。話しはそれだけ?」
俺は少しの間、呆れてポカンとしていた…
「それだけ…だけど…穣って…凄い考え方だね…両親もテレビ見ないんだ…へー…」
「英には…ちょっと考えられ無い世界の住人なの、ウチの家族。ハハッ。ああ、ちなみに私と母が携帯持ったのもつい最近。父なんか、未だに持って無い!ハハハッ。だからLINEを英と初めて、私も現代人の仲間入りか?って、意外と楽しくてさー。やたらと打ってるけど…もしかして…迷惑してる?」
携帯を持って無い…怖っ…そんな世捨て人みたいな人って居るの…?
穣の話しに呆然としていて…ハッと我に返った…
「全然!全然!むしろ、穣のLINEが仕事中の唯一の楽しみなのっ!開けて…あぶらすましが居ると嬉しくてさー。俺…穣とLINE交換してから、携帯が気になって…気になってさー。こんなに携帯を気にしたの初めてだよ。ハハッ。」
やっぱり…移ったか?首を振りながら答えていた。
「えー…私、大した事、打たないじゃん?何が楽しいんだか…?英は…変人だな…。さて、じゃあ、行ってみようかッ?英氏。」
穣は又、クルリと回り、スカートを両手で広げて見せた。
「英氏…ヲタですか…ハハハッ。参ろうか、穣氏。」
と……又、馬鹿な遣り取りをして、俺達は戦場に乗り出した……?
エントランスまで無事に着き…
マンションの扉の前で穣が手を差し出した。
俺は、自然にその手を取り…
少しチグハグなファッションだけど…
仲の良いカップルらしく二人は手を繋ぎ…
堂々と道に出て、普通に歩き出した。
「良い天気!気持ち良いね!英。」
繫いだ手を大きく振りながら、穣は空を見上げる。
「ねっ。空気が気持ち良いや。ああーっ!キャップとりたーい。」
「ハハハッ。そりゃ、流石に駄目だ。」
自分のした話しに穣が覚悟してくれるって聞いたせいで俺的には、安心した。
そりゃ、問題は起きないに越した事は無いが…
穣は万が一の後でも家に来て良いって言ってくれたんだ。
その事が俺には嬉しかった。
実際、マスコミに追い回されてみたら…穣がどうなるかは、考えても仕方の無い事だと思える。
俺は…自分が穣の家に行く事を諦めないと伝えておきたかったんだ。
ん…?もしや…俺が今、考えてる事が穣に伝わったのかな…?
「ねえ……英さー?さっきの…」
穣が俺を見て話し掛ける…
「ハハッ。もしかして…何で俺が、バレた後も穣のウチに行くか?…でしょ?」
俺は逆に訊いてやった。
「フフッ。そう。やっぱり考えてたか。ハハッ。」
穣は相変わらず首を振り笑う。
「禁断症状だよ。自分自身…理由も解らず、理屈も無い。ただね…穣に会いたい。穣のウチに行きたい。って禁断症状が出るだろう事は、ハッキリと俺には解ってるから。」
「ふーん。まだ2回しか会った事もないし…来た事のない私のウチにそこまで執着するのもどうかと思うよ。でもね。英が…禁断症状が必ず出るって言い切るなら…余り長く、英が来られなきゃ…私が英に会いに行くから大丈夫だよ。ハハッ。」
「そうだよねッ!穣に俺のウチも教えておきたい!今度はウチに来る?」
「いや…待て、それは駄目だな。英のマンションは常にマスコミに張られてると思った方が良いよ。それに…あぶらすましが居ないでしょ…ハハハッ。」
「ハハッ。だよね。って言うか、俺は…穣のウチが落ち着くんだ。出来れば穣のウチに行きたいさ。じゃあ、一応の為に住所書いていくよ。ねっ?」
俺より穣の方が考え深いじゃん?
浮かれ過ぎ…?しっかりしろよ。俺っ。
「本当に、会いに来てくれる?いや…来てね。約束だよ。穣。」
「そうだね。住所聞いておこう。それが良いねっ。さー、着いたよーっ。英。」
穣は手を離して、鍵を取り出し店を開けた…
「ウワーッ。カッコいい…素敵な店だ……」
俺は入口からキョロキョロしながら…少しづつ足を進めた……
まるでアジアにトリップした様な…複雑で…何故か懐かしい様な香…
そして独特な…色とりどりのアジア雑貨に魅入っていた…
穣は扉を閉じ、鍵を掛けて…
「まあ、実際の生活に絶対必要な物は何も無いけどね…ハハッ。」
「いや…店全体が…穣で溢れてる…」
俺はフードとキャップを外し、改めて一つ一つを眺める…
穣はレジカウンターの奥の椅子に腰を下ろし…
「…英の言葉は、綺麗な響きの言葉ばかりだね。お褒めに預かり、光栄です。」
と、微笑み言った。
「ゆっくり見ても良い?」
「勿論。英に時間が有ればね。大丈夫なの?」
穣に訊かれて…
「えっ?俺的には、夜まで穣と一緒に過ごすつもり満載なんですが…駄目かな?穣、用事有る?」
「えーっ?貴重なオフをずっと私と過ごすの?超変人だなー。ハハハッ。でも、英がそうしたければ勿論、良いよ。」
呆れた様に穣は…続けて…
「私は暇だから。じゃあ、この後は又、ウチに戻って二人でマッタリ過ごそうね。ハハッ。」
と、嬉しい事を言った。
「うん。うん。二人でマッタリ過ごす!やったー。」
「又、理解不能な、やったー。が出たよ。」
「ねえ、穣。これは…全部、民族衣装なの?現地の人でも…普段からは着てないよね?冠婚葬祭とかに着るの?」
俺は綺麗な生地の服を指し…訊く。
「うーん。地域によるよね。インドでは、サリーを着ている女性は多いし…タイやマレーシアの若い人達は流行りのカッコしてるけど…山岳民族は、民族衣装の人も多いしね。」
穣は歩いて来て…
「この辺は…正装。やっぱり冠婚葬祭とかに着る…ねえ?英、折角だから、何か着てみたい…?スタイル良いから、ロンジーとか似合いそうだけど…?」
穣は、俺を見回して言う。
「えーっ。良いの?着てみたい!ロンジー…だか、ガンジーだか…俺には解らないからさ、穣がチョイスして着せてよ。ねっ?」
「…オヤジギャグかよ…ロンジーだよっ。ガンジー…じゃねぇって…はいはい。じゃあねぇ…そこのフィッティングで服を脱いで。ああ、パンツ一丁になっちゃってね。」
又、穣流のサラリと凄い事を言うのが始まった…
が、考えたら脱がなきゃ…着れない…
デスヨね…。しかも、そんな事、いつでもスタイリストさんの前ではしてるじゃん…
「お…おう。」
何だか、男らしい返事をして、俺は服を脱いだ…
穣は少し悩んだ後…服を持って来て…
「じゃあねぇ、ロンジーから着せるね。」
と、俺の裸に照れもせず…普通に言う。
「はいっ。」
今度は妙に礼儀正しく返事をした…
穣は、俺をクルクル回しながら作業をする…
最後に少し離れて、遠巻きに俺を眺め…
「うん。やっぱり…カッコ良いねっ!はい、これを上に着て…」
と、シャツを渡す…
「うん…これで良いのかな…」
上着のシャツを着た…
穣が仕上げに服を直して…
「はいっ。出来上がりっ。見て!カッコ良いよ。」
と、俺をクルリと鏡の方に向ける。
「ウワーッ。凄い!カッコ良いねっ!えーっ。これは…カッコ良いねっ…」
自分で言うのもなんだが…
深い紫の綺麗な刺繍が施されたロングスカートの様なロンジーと…無地にやはり細かな刺繍が施された上着が、自分に妙に似合っていて…思わず口からカッコ良いなどと、自画自賛が……。
「ハハハッ。自画自賛かよっ!でも、マジで似合うよねー?違和感なさ過ぎ…似合うとは思ったけど、やっぱりカッコ良いねっ。英。」
穣は、はしゃぐ俺を笑って…褒めた。
「ねえねえ、記念に写メ取って良い?」
俺は穣が褒めたこの姿を残したくて、言った…
「ハハッ。じゃあ、私が撮るよ!」
と、言う、穣に…
「ねえっ!穣も着てよ!二人で撮りたい。お願い!」
せがんだ。
「えーっ?私も着ろってか!マジで?」
「お願い!記念に。ねえ、お願い!穣。」
終いには、手を合わせて懇願していた…
一旦、思い始めると穣の民族衣装姿がどーしても見たい!
似合うに決まってると思った。思うと益々…
どーしても、一緒に写った写メを残したくなった。
「あのねー。この今、着てる服って、脱ぐの超面倒なんですが!しかもさぁ…私、写真写りが…」
ブツブツと、文句を言う穣に…
「駄目か…?」
しょんぼりする俺を見て穣は…
「はぁぁーっ。面倒臭い男だなっ!もーっ!着りゃあ良いんでしょ?着ますよ!待っててねっ。もーっ。寒いしッ。」
と、やけ気味に言い、服を選びに行く。
「やったー。待つ。待つっ!やったー。ハハッ。」
と、俺はロンジー姿で回ってはしゃぐ…
待つ間、雑貨を又、眺めていると…
「はい…お待たせ。」
穣がフィッティングから出て来た…
無地の濃い緑でシンプルな形のブラウスに、深紅のロンジーには、綺麗な花の刺繍が施されていて…
「はあー……穣。素敵だね…今まで見てきた中でも一番…綺麗…」
俺は、はしゃぐ事も忘れて…
言葉も上手く出ずに…ポツポツと…褒めた。
「ちょっと…それ、何気に…今までの私をディスって無い?ハハッ。酷っ!ハハッ。」
穣は冗談ぽく怒り、笑い出した。
「いや…違うよーっ!でも、余りにも似合ってて…言葉が出なくなった。穣が綺麗だから。」
俺は穣に魅入り…答える。
「いやいや、可愛い攻撃の次は綺麗かよ……もう、目より頭が変だな英君。」
穣は、相変わらず首を振り…
「よし。早く写メ…?撮ろう…寒いじゃん?英に風邪でも引かせたら大変だよ。」
「穣、寒いの?ゴメン。じゃあ、急ぐよ!俺、寒さ忘れてた。興奮して…ハハッ。」
俺は急いで、携帯を設置して…
「穣…こっち来て……えーっと…普通は…肩組む?腕組む?」
「うーん…私が腕組む…かな…?ってかさ…別に結婚写真じゃ有るまいし。英の好きにすれば良いよ。ハハハッ。」
「うーん…結婚写真か…じゃあ、全部ねっ。」
「はあー?…もう、何でも有りだな…どうぞ。」
俺が穣に色々と注文して、二人でチェスの駒の様に動き回り…写メをバシバシ撮った。
「有難う!じゃあ、穣から着替えて!俺、寒く無いからさ。」
「うーん…じゃあ、急いで着替えるねっ。」
と、穣は又、フィッティングに入って行った。
俺は今、撮った写メを早速に見直して…お似合いのカップルだなー。なんて…悦に入っていた…
「穣ー。凄い良く撮れてるよ!ウワーッ。これ、穣の笑顔、良いなーっ!ハハッ。お似合いな感じ!」
着替え中の穣が…
「えーっ?私…いつも、写真写り最悪なんだけど…英の話は当てにならないからなー。後で見せてよね。酷いのは、消してくれるわっ。ハハッ。」
「駄目ー!絶対に駄目!全部、永久保存版!危ないから、保護しとこっと。ハハハッ。」
穣がフィッティングから出て来て…
「はい。馬鹿な事言ってないで。早く、英も着替えて。マジで風邪引くよ?はいはい。」
と、俺の背中を押す。
「はーい。」
素直に俺は着替えて…
「じゃあ、もう良いかな?帰ろうか?」
穣がカウンターの椅子から立ち…俺に訊く。
「ああ、待って。これ。これを買わせて。」
俺は、店を見ていて見つけた、穣が使っているのと同じターコイズの付いたシルバーキーホルダーと、パッと目に入って欲しくなったミサンガを一本持って行った。
「えー…英。そんな、気を遣わなくても良いんだよー。馬鹿だなぁ。ハハハッ。」
穣が言ったが…
「いやいや、気を遣ってる訳じゃないよ。穣と同じキーホルダーを使いたいんだ。俺のお守りにするんだよ。後…このミサンガは、パッと見で…欲しいって思ったんだ。なんか…願いが叶いそうな気がするんだ。本当に欲しいから。」
俺は穣に言い…
「ハハッ。休みなのに…普段より良い売り上げだ。有難う御座います。お客さん!」
と、穣は頭を下げる。
「ハハッ。こちらこそ。俺一人の為にお店を開けて貰って…お得意様扱い、有難う。」
と、お会計をしながら俺は笑った。
「ねえ、英。お昼に食べたい物は…有る?」
穣が訊く。
「穣。休みなのに疲れるでしょ?その辺で適当に買って帰ろうよ。」
俺が居る事で穣が疲れて嫌だと思うのが怖くて…
そう、提案したが…
「えー。英。買った物なんか…いつでも食べられるでしょう?料理は疲れないから大丈夫だよー。夕飯はご飯にするから…軽めの物で。例えばパスタとか、うどんとか…どうよ?」
穣が言った。
「本当に、疲れない?俺が居るせいで疲れさせるのは嫌だからさー。」
「いやいや、一人で居ても昼は作って食べるよ。英が居るから気を遣うんじゃないから。」
「本当?じゃあー。うどん!本当は今、うどんって言われて超食べたくなっちゃった。」
「おけっ。ねえ、けんちん汁風うどんで良いかな?」
「ゴクンッ。聞いただけで旨そうなんですが。それって…どんな…?」
「えーっと…けんちん汁のうどん入り…かな?英、里芋とか平気?それとも…普通のあっさりしたうどんの方が良いかな?」
「いやいや、普通のうどんはいつでも食べらるよ。けんちん汁風が良いよ!ちなみに里芋、大好きだから。沢山入れてねっ。」
「よかった!具沢山だから、一人で作るのも面倒でサ。たまには食べたいなーって思ってたの。じゃあ、付き合ってね。ハハッ。」
「里芋…いつ振りだろう?嬉しいな。やったー。早く帰ろうよ!楽しみッ。」
「ハハッ。英のやったー。が、出たかっ。じゃあ、裏の商店街だけ寄らせて。スーパーよりは安全だから。良いかな?」
「へー。裏に商店街有るの?楽しそう。行こう!」
俺は又、ワクワクし始めて…
「ちょっと…英氏。キャップとフード!はい。気を引き締めて。じゃあ、出陣ね。」
「ラジャーッ。」
と、何所まで真面目か解らない遣り取りを又、しながら店を後にし…
手を繫いで、裏路地に歩いて行く。
「へー…こんなにお店が有ったんだ…」
俺は、顔を隠しつつも…キョロキョロしていた。
「まずは、そこの肉屋さんね。夜は、又、お魚にしようね。英、お魚不足らしいからさ。」
穣は、夜のメニューまで考えながら言った。
「そうそう、穣。これで適当に要る物を買ってよ。俺、ずーっとご馳走になってて…食べ辛いから。」
と、自分の財布を渡した。
「えーっ。そんなの……だね。うん。ずーっとの事だもんね。じゃあ、ゴチになりまーす。ハハッ。やったー。おっ。この財布の厚みなら、1ランク上の肉を買うかっ!ハハハッ。嘘だよ。」
と、言い。俺の財布を受け取った。
「ハハハッ。無駄に使う時間さえ俺には無いんだ。今日、必要な物意外にも、多目に買ってよ。だって…もしかしたら明日、段ボールで俺が届くかも知れないしねっ!ハハハッ。」
「怖っ。冗談に聞こえ無いから余計に、怖っ。」
馬鹿な会話をしながら、肉屋さんに着いた。
「こんにちはー。鳥もも肉一枚ね。後、シュウマイもねっ!」
「おっ。穣ちゃん。服が昔に戻ったね!彼氏君の趣味かい?あれ…?へー…ハハハッ。」
「そうなのよー。参っちゃうね?ハハッ。有難う。」
いやいや…違うだろっ!嫌いじゃ無いけどさ…
二人で歩き出して…
「穣…俺が反論出来ないからって!言いたい放題だよなーっ!参っちゃうね?って、何だよッ。」
俺は苦情を言った。
「ハハッ。だってー。皆に歳バレてるのに、恥ずかしいじゃん?これ。ハハハッ。」
と、自分のワンピースの裾をつまむ。
「次は、八百屋さんね。」
繫いだ手をブンブン振って、穣は笑う。
「穣って、一体何歳なの?ああ、俺は25歳。」
「ちょっとー。昨日、訊いてよ!ハハッ。何てね。実は今日で32歳だよ。」
「えーっ!えーっ?今日…今日が誕生日なの?え?マジでっ?」
俺は驚き過ぎて、思わず大声を上げた!
「ちょっと…目立ち過ぎッ。ハハッ。そうだよ。」
サラリと穣は答える。
俺は慌てて声を抑えて…
「ちょっ…ちょっとさーっ。言っておいてよ。何で…何で昨日、家に行く前に教えてくれなかったのっさ!プレゼント用意したかったよ…」
立ち止まったまま、苦情を言った。
「はぁー?そんなの…英が今夜行って良い?って訊いた時。明日は私の誕生日ですが…って言うの?嫌だよ。言える訳が無いじゃん?それって…まるで催促じゃんかー。ハハハッ。変な奴ー。」
穣の言う事はごもっともだが…
「だってー。俺。お祝いしたかったよ。いつも、迷惑掛けたり助けて貰ってばっかりなのにさー!」
まだ立ち止まったまま、ブツブツ言う俺に…
「ハハッ。充分だよ。英が来て…昨日の夜も充分楽しかったし…温かく眠って。今日も楽しいッ。もう、充分に英からプレゼント貰ってる。こんな、特別な時間をねっ?スリルのオマケ付きで…ハハハッ。ほら、八百屋さんに行くよ。早く、ウチでマッタリしようよ。」
と、穣は言い…俺の手を引く。
「いやいや…昨日も今日も…俺が癒やされてるだけで…穣は返って大変なだけじゃん…参ったな…」
トボトボと、手を引かれ歩く俺を見ていて穣は…
「ふぅ…全く…。英氏。プレゼントは当日以外も受け付けておりますので…ハハハッ。」
仕方ないなぁー。と、聞こえて来そうな言い方で言い…勿論。首を振る。
「だよねっ!そうだよ。うん。理解っ!ハハッ。」
俺は、元気に手を振って歩き出す。
「……何なの…?又、無駄に元気になったな…。」
穣の首は振りっぱなしになった。
八百屋さんに着き…
「こんにちはー。えっと…里芋と大根、牛蒡…玉ねぎに…人参もね。え?」
「椎茸も食べたい…」
俺は穣を突きそっと言う。
「ああ、椎茸もね。」
「あら、穣ちゃん、お洒落してー。デート?良いわね。ハハッ。あら…?そう…ハハッ。」
「うん。誕生日デート。良いでしょう?ハハッ。」
「ハハッ。じゃあ、二人で食べて。」
と、八百屋さんが美味しそうな葡萄をくれた。
「うわー。催促したみたい!ハハッ。有難う。」
俺も慌てて、顔を伏せ気味に…
「ご馳走様です。」
と、頭を下げた。
「後は…魚屋さんで終わりだからね。葡萄、ラッキー。ハハッ。」
「ラッキーだね。ちょっと、御礼言うの怖かったけど…ハハッ。」
「えー。英…幸せ者だねー…?気付いて無いのか?皆、解ってるみたいだよ。君の事。ハハハッ。いやいや、驚いた。本当に有名人なんだねー?」
「う…うぇぇーっ!マジッ?マジでっ?」
俺は又、足が止まった。
「うん。だって皆、あれ…?って言ってたじゃん。」
「な…じゃあ、何で、何も言わないの…?」
「ハハッ。英がフード被ってる時点で、バレたく無いんだなー。って解るからだよ。」
「そうなの…」
「そうなの。良い人ばっかりなの。ここは…ねっ。」
「ハハッ…凄いな…最高だな…本当、凄いや…」
俺は何だか感動していた…
プライベートを大切にして貰った事に…素晴らしい人達に会った事に…感動さえした。
「ハハッ。だから…魚は英、好きなの選びなよ。大丈夫だから。さ、着いた。こんにちはー。」
「おっ。穣ちゃん!珍しい!旦那連れかい?おっ。あれ…?ハハッ。」
「うん。ちょっと待ってね。今日は旦那が魚を選ぶからさ。ハハハッ。」
穣が俺を旦那って…嫌だなーもーっ。ハハハッ。
喜んでる場合じゃ無い…俺は魚を選んで…
「えーっと…じゃあ、銀ダラのカス漬けで!」
「はいよ。銀ダラな。じゃあ、一番大きいの選ぶからなっ!ハハッ。」
「有難う。嬉しいです。ハハッ。」
俺は嬉しくて…普通に御礼を言い、笑った。
「私のも大きいのねっ。ハハッ。」
と、穣も笑う。
その後は、穣がコンビニに一人で入って…冷凍うどんと、豆腐を買った。
「さーっ。帰って、チャッチャと作るよ。」
「腹ペコ!手伝うよ。俺。」
「いや。英は少し寝てな。少しでも、躰を休めて。」
穣が珍しく真顔で言う。
「大丈夫だよ。元気過ぎる位に元気だ。ハハッ。」
「駄目。だって…次の休みは?いつ?」
「えーっと…三カ月後…位かな…?」
俺が答えると…
「えーっ!マジかッ。考えられん!駄目。駄目。直ぐに自宅に帰りなさいって言う所だけど…英がウチに居たいなら、せめて休んでて!昼寝の後は、美味しい…かな?…うどんが出来てるからさ。頼むから言う事聞いて。ねっ?」
もっと真顔で首を振りながら言う。
「…うん。穣…言う事聞くから……帰れって言わないでね。気を遣ってくれて、有難う。」
俺も真顔で言った。
「最後のは…二人の間では要らないなー。気なんか遣って無いよ。ハハッ。」
「ねえ。うどん出来たら、絶ー対に。起こしてよ。寝てても起こしてよね?一人で食べたりしないでね。俺、穣と二人で食べるんだから…ねっ?」
「はいはい。くすぐって起こしてやるよ。ハハッ。」
「えーっ!それヤバい。凄い苦手なんだ。俺。」
顔をしかめて言った。
「ハハハッ。良い事聞いたなー。ハハッ。さあ、無事に帰宅だっ!」
穣がオートロックを解除し、エレベーターを確認してから…二人で乗り込んだ…
「ただいまーッ。」
俺が鍵を開け、先に入って言う。
「ああ、良かった…ただいまー。」
穣も靴を脱ぎ…言った。
先ずは、二人で楽なカッコに着替え…
「じゃあ、英。ベッドで寝てなよ。」
「えー。ラグで良いよ。穣が見える所が良い。」
「えー?そんなんで、休まるのかい?まあ、英の好きな所で良いけどさ。」
「うん。ここが良いのッ。」
と、エプロン姿でうどんを作り出した穣を目で追い、ラグの上でゴロゴロしていた。
日差しが部屋に差し込み…程良く温かくて…
今では大好きになったお香の香が心地良くて…
興奮で眠れる訳が無いと思ってたのに…
俺はいつしか微睡んでいたらしい…
フワフワした記憶の中で穣の声が聞こえる…
俺の名前を呼び…「英。好きだよ。」
と…微笑む。
「俺も…穣が大好きだよ…」
俺も微笑み返して言った……と、……
「ブッ。ハハハッ。英…最高っ!ハハハッ。」
突然の、リアルな笑い声に…俺は目を覚ました…
穣が腹を抱えて笑っていた。
「え…ああ、寝てたんだ…んっ…?穣、何笑ってるの?え…?」
俺は寝ぼけていたが…突如として、今の夢を思い出したっ!
「えーっ!俺、もしかして今、何か言った?えっ?いやいや…夢を見てて…」
まだ腹を抱えて穣は笑って言う…
「ハハハッ。私がさー。「英、うどん出来たよ。」って言ったらさーっ。ハハハッ。32年間生きて来ても寝言でコクられたの初めてだわっ。ハハハハッ。」
涙を流す勢いで穣は笑って…
「英がさーっ。起きないから、くすぐろうとしたら…「俺も、穣が大好きだよ。」って……ハハハッ。えーっ!何なのー?って…ハハハッ。」
笑い、それでも激しく首を振り…言った。
「えーっ!口に出してたのっ!俺?超恥ずかしいじゃん!えーっ?ハハッ。」
俺は真っ赤になりながら…
「いやね…夢で穣がさーっ。「英、好きだよ。」って言ったんだ…だから…俺…ハハハッ。ウケるッ!ハハハッ。そりゃ、穣、驚くよな?うどん出来たって言って…いきなりコクられたんじゃねぇー。ハハハッ。馬鹿じゃん、俺…駄目だ可笑しい…ハハッ。」
俺は恥ずかしいやら可笑しいやら…
「ああ、久々に泣く程、笑ったよ。さあ、笑ってお腹空いた!けんちん汁風うどん食べよ。ああ、私も大好きだよ。英。以上。ハハッ。」
穣は又、サラリと凄い一撃を放ち…俺をピヨらせておいて…以上…って…。さっさとキッチンに行く。
「……俺の方が好きだな。寝言で言う位だもんね。ハハッ。お腹空いたー!良い匂い!」
俺は何とか立ち直り、負けじと言った後…照れて笑いながらキッチンに向かった…
具沢山のけんちん汁風うどんが配られ…
「凄い旨そう!早速、頂きます!」
と、フーフーして、一口食べた。
「どうぞ、召し上がれ。私も頂きます!」
穣はお茶を配り、座って言う。
「旨ッ!とっても美味しい…里芋、最高。へー。初めて食べるよ。お豆腐を崩したの…?うどんと合うよねー。マジで旨っ…」
フーフー言い、うどんをすすり…夢中で食べた。
「ハハッ。良かった。お代わり有るからね。火傷に気を付けてね。」
と、穣もほっぺを膨らませ…フーフーと食べて…
「英は何を作っても…駄目出しをしないからな…」
と、熱そうに、上を見上げ…口をハフハフする…
「違う!本当に本当に、穣の味が好きなんだよ。俺の好みにピッタリなんだ。こんなに好みの味はなかなか無い。うん。旨い。」
俺は、普段余り食べられない根菜をたっぷり食べられるこのうどんがすっかり気に入った!
「そうか。毎回。お褒めに預かり光栄です。あっ。夜さーっ。シュウマイも食べようね。あの肉屋さんのシュウマイ美味しいんだよ。フフッ。」
嬉しそうな顔で穣は言った。
「へー。それは楽しみッ。あの商店街は…良く行くから、皆、穣の事知ってるの?」
訊くと…
「ああ、私が幼い頃、両親が近くに住んでてね。小さい頃から皆、知ってるの。」
穣は、答える。
「ああ。そうなんだ…何所に行っても声が掛かってたから…何でかな?って思ってさ。驚いた。」
「ハハッ。だよねー。私、お代わり!」
穣が立ち上がる。
「俺も!俺もお代わりー!ここに居ると太りそうだな…旨くて。ハハッ。」
「それは…マズいな。メタボのアイドル…?要らねぇー。ハハハッ。」
「ハハハッ。良いよ。そしたら、穣のお婿さんにして貰う。さっき、旦那って言われたし!ハハッ。」
俺は、魚屋さんで言われた事を思い出し…言った。
「ハハハッ。言われてたよねー。魚屋さんもやっぱり英を知ってたしね。」
と、又、首を振る…
二人は暫く夢中で、熱々のうどんと格闘していた。
「ふー。食べた。食べた。」
「ふー。お腹いっぱい!穣、俺がコーヒー煎れるから、座ってて。飲むでしょ?」
「うん。私が…って言わないね。英の担当だもん。」
「ハハッ。そう。俺の仕事、取らないでよ。」
俺は、立ち上がり、コーヒーを煎れに行く。
穣は、うどんのお碗を片付けて…
「ねえ、テーブルで飲もう。それで…さっき撮ったの見せてー。嫌なの消すから!」
「へへーん、もう、保護して有るもん。消せないよ。見せてはあげるけどね。」
「…なんか…ムカつく。上からかよっ?ハハハッ。」
穣は作業を終え、ラグの上で寝そべっていた。
俺は、コーヒーを持ちテーブルに置いた。
「はい。コーヒーお待たせー。」
穣は起き上がり…
「有難う…ああ…やっぱり英に煎れて貰うとひと味違うな…美味しい。」
と、コーヒーをすすり言う。
「ハハッ。この位しか出来ないからね。俺は。でも光栄です。ハハッ。」
穣の横に腰を下ろして…
「見よう!本当に良く撮れててさーっ。携帯…携帯」
と、バックから携帯を取り出したが…
携帯を開くと…例のマスコミに追い掛け回された時に付き合っていた、元カノの女優からLINEが入っていた。
「はぁー?意味解らねぇ…」
と…思わず口に出していた…
「ん…?えっ?まさか…問題発生?」
穣がコーヒーを飲む手を止めて、訊く。
「いや…問題発生じゃ無いけど…訳が解らないLINEが入っててさ…ちょっと、返しちゃうね。」
LINEには…「昨日、家に帰らなかったんだね。私、やっぱり英二にしようと思って…」
と、書いて有り…
俺は…正直に言うと…「付き合う?」と言われたから、何となく付き合って…
「なんか…違ったみたい…他の人と付き合うから、別れよ。」 と、言われたから、何となく別れた…
喜びも悲しみも余り無い、疲れただけの付き合いだったから…当然…未練も無く…
「ゴメンなさい。俺はもう付き合えない。もう、会わない。」
と、返信してから…
「ゴメン。見よう!これこれ…ほら。」
穣の店で撮った写メを穣に見せる。
「え…もう良いの?」
穣は少しだけ心配そうに訊いて…
「うん。もう、終わったよ。穣。見て見て…」
俺は答えて…写メを穣に見せた。
「へー。綺麗に撮れるんだねー。英。本当に似合ってたよねー。カッコ良いよ。これ…私って要らなくない?ハハハッ。」
穣は俺の横から覗き込み…写メを見ながら言う。
あ…又、穣のシャンプーの香がした…
って…俺も今日は、この香なんだよな。フフッ。
などと、余計な事を考えつつも…
「穣が居なきゃ駄目だよ。マジで綺麗だった。流石に着慣れてる感じ…でも、俺には新鮮でさ…これ…待ってね…この穣の表情がね。特に気に入ってるんだ…」
俺は写メをスライドしていった…
「えーっ。気に入ってるって…どれよ…?」
穣が訊いた…と…
リンロン。
LINEが入って来た…
「あっ…しつこいなぁ…別にいいや…これこれ!」
俺は、俺の腕に穣が少しはにかみ腕を組み…微笑む写メをアップにした。
「良いよねっ。穣、超可愛い顔!ああ、やっぱりこれが一番良い。ねっ?」
俺は頷き…穣を見た。
「はぁ…。そうなの?私には、笑顔がぎこちない感じにしか見えないけど…ハハッ。」
穣は照れ臭そうに言った。
「英は慣れてるだろうけど…私、普段から…滅多に写真にすら写らない様にしてるんだから。」
「いやいや…普段とは俺の顔も全然違う。緊張してるよ。ハハッ。」
本当に…何で?普段から撮影が主でしょ…?
って自分に訊きたくなる程…顔が緊張してる…
穣と居ると…ただの英になるんだな…
「でもね…ここまで着こなせる人はやっぱり少ないんだよ。マジでね。」
何回も頷き穣は言った。
「いやね…穣にロンジー…?着せて貰ってる間、自分的に違和感だらけだったのよ。で、鏡見たら…自分で言うのも本当に何だけど…似合ってて驚いたんだよ…多分、穣のチョイスが良かったんだな。」
「始めから似合うだろうとは思ったけど…想像以上だったよ。ねえ…LINE良いの?」
「うん。後で良いや。ねえ、穣は?どれが好き?こっちから送るよ。」
「えー。英、一人のが欲しいんだけどなぁ…」
「えぇぇ。それじゃあ、駄目だよ。二人で写ってるから良いんだよーっ!」
「ハハハッ。それ、英が決めるんかい?じゃあ…これ。この英の表情が好きっ。」
「ふーん。俺が思うのとは違うんだ…へぇー…これねぇー?はい。送信したよー。」
リンロン。
「あっ。来た来た。ハハッ。有難う。」
穣は写メを見直しながらコーヒーをすする。
俺もコーヒーをすすり…穣に隠し事をしていると思われたくなかったので…
「LINE、返しちゃうね。」
言い、LINEを見た…
「もう一度だけ…会いたい。」
と…入っていた。
今までの俺なら…もう一度会って、考えれば良いか……「りょっ。(了解)」
で、終わった話しだった…が…今の俺は……
この数日間で何か考え方が変わったのかな…?
今まで自分が恋愛だと思い…いや、思おうとしていたのかも…してきた付き合いが、如何に自分を相手に対して偽り、又、自身をも疲れさせていたのかを思い知った……
付き合った相手にしてからが…俺の容姿以外の何を見てくれていたのかも、解らない…
いや、相手のせいにしてはいけない…か…?
そもそも…俺が解り合おうとか、知っていこうと言う真摯な気持ちで付き合った事など、有ったのだろうか…無いな。
ずーっと一緒に歩んでいきたい。などとは、始めから思わずに…
今、付き合ってる人も居ないし…とか、直ぐに別れるだろうな…?なんて気持ちでいたよな…
だから、相手だって…真摯に向き合う訳も無く…
俺は…素の自分を出さないどころか、出来るだけ、素の自分を隠して…
言いたい事が有っても面倒だから言わずに…
仕事の時と同じく…良い顔だけをし続けて来た。
従って、疲れる。疲れるから、会うのが億劫になるし、出来るだけ短時間に抑えたくなる…
はあぁー…俺って奴は…考えれば考える程…相手に対して失礼だった。
そんな事に気付いた今だから…
俺は「もう一度だけ会いたい。」に対して、眉間に皺を寄せて考え込んでしまった…
フッと視線を感じ…携帯から目を上げると…
穣と目が合った…自然な顔だ…って表現は変かな…
普通の…?人なら…俺に入ったLINEを少しは気にして何が有ったかを聞きたいと思うだろうに…
穣の顔は……「英が話したかったら聞くよ。」
と、言っている様で…押し付けも、興味本位の気持ちも感じられず…そう…自然な顔だった。
だから…俺は…
「あのね。穣…俺…今まで間違ってたみたいでさ…」
と、話し始めた。
穣は何故かクッションを二つ持って…
「うん。聞くかい?楽な体制でね。ハハッ。」
ラグの上に寝っ転がり…ポンポンと隣を叩いて、俺にも横になれと促した。
俺は穣の隣に寝っ転がって…今までの恋愛事情を話し、さっき考えてた事も話した…
「だから…もう一度だけ会いたい。って言われてもさ…今までみたいな軽い気持ちで、一度で良いなら的に…会いたくは無いんだよね…」
と、俺は言って…
「こんな軽い奴で…穣。軽蔑した…?呆れた…?」
話し終えても穣の表現は変わらず…
どう思ったのかが怖くて…訊いた。
穣はクッションを枕に…俺を見ながら言う…
「いや、若いウチはそんなもんじゃないのかな…ただ…今、英が…こんなの違うな。って、せっかく気付けたんなら…今から止めるべきだとは思うけどね。あくまでも…その元カノとやり直す気がまるで無いのならの話しだけどさ。」
俺も穣と同じ体制で向き合い…
「うん。言い方が悪いかもしれないけど…まるっきりその気にはなれない…会っちゃいけない…としか思えないんだ。その気持ちをなんて返したら…彼女を傷付けずに断れるのかな…」
俺は言ったが…穣は…
「そりゃ無理だよ。英。軽くても重くても…人との別れで傷つく事が無いってのは有り得ない。」
首をいつもと違う意味で振り…
「英がどんなに上手く繕って断った所で、会うのを拒否られた事だけが彼女にとっての結果だよ。繕おうとする事は…結局まだ、英が自分を悪く思って欲しくないって思う保身だよ。」
穣は起き上がり…コーヒーを一口飲み…
「キツい様だけど…さっき言った…真摯に向き合うってやつ…本当に英が思うなら…自分も傷付き相手も傷付ける覚悟で…付き合ったのが軽はずみだった事からを伝えるべきだね。怨まれる事も、自分の責任の取り方だと思うよ。」
言い。一息ついて…
「ただ…これは、あくまでも私の考え。英の話しでは…別れを始めに切り出した彼女の方にも勿論。非は有ると思うから…私の意見に従う事は無いんだよ。当人同士…いや。英自身が考えて決める事だからさ。」
と、言い。
「いやいや…語っちゃったなー!ババアの話しは長くていかんねっ。ハハハッ。」
穣は真剣に考え語った自分に照れた様に笑う。
「…凄いな…穣は。俺は穣に出逢えて良かった。有難う。」
「意味不明。」
「ハハハッ。良いのっ。これは俺にしか解らない事だからさ。LINE返すね。」
穣の言う事だから従うんじゃない…
保身だよ。と、言われた時…正直、ビクッとした…
真摯に…なんてカッコだけで言った自分を恥じた。
「そう?英の言葉でね。」
穣はいつもと変わりない穏やかな表情で言った。
「うん。正直な気持ちを言うよ。」
俺は…始めに入った彼女のLINEを見た時に感じた、勝手な事を…とか!面倒臭い…とか、しつこいなぁ…などと思ってしまった気持ちとは違う、落ち着いた精神状態になり…
「もう、会う事は出来ない。真剣に向き合うつもりが無いままに、付き合ってしまった事に気が付いたから…やり直す事も考えられない。いい加減でゴメン。今度はお互いに本気で好きになる人と出逢い、付き合えると良いね。」
と、LINEを返す…
暫くして…リンロン。LINEが入った。
「何それ。真剣になっちゃって馬鹿みたい。そんな一般人みたいな重い英二はこっちがお断りだよ。詰まらない男になったね。バイバイ。」
ハハッ。詰まらない男か…俺は、普段から面白味の有る人間では無かったと思うけどなぁー。
うんうん。一般人みたい…ね。
俺達は別に偉い訳でも特別な訳でも無いんだ。
ファンの人々に支えられてるだけの存在だよ。
一般人って言われた事が逆に嬉しかった。
俺は、この職業を選んでからも、普通の感覚を忘れたくは無いと常日頃から思ってもいたが…
家族に対して自分の仕事を卑屈に思ったり…
騒がれ…少しは有頂天になり…俺は特別なのかな?
なんて、思ってしまう様になっていたんだな…
この…穣との数日で、普通で有る事の幸せを改めて感じた。
ともあれ、自分の意思を伝える事が出来、安心した。
穣に相談して良かったな。
伝えられた事とお礼を言おうと、穣を見ると…
携帯を持ったまま…寝落ちしていた。
可愛い寝顔でスヤスヤ眠っている…と続く所だが…
半目で、白目が見えていた!
吹き出しそうになり、慌てて口を抑えた。
ハハハッ。ハハハッ。流石は穣だ。
自分で少しは大人になれたのかも…なんて、穏やかな気持ちで居た俺に…
「自己満足だな。それ。良い自分に酔ってないか?」
と、考える時間を与えてくれた…
ハハッ。いや、実際は疲れて…お腹が一杯で、日差しが温かく眠ってしまっただけだろうが。俺にはそう感じたんだ…
穣。俺、まだまだ未熟だけど、少しづつ、良い男になれる努力をするからね。待っててね…
ん?何を?
うーん。可笑しいよなー?今のは、可笑しい。
まるっきり…そう…プロポーズだ!
寝言の告白の次は…心の中のプロポーズかよっ?
ハハハッ。又、意味も無く…愉快になり…
一人、首を振りながら…ベッドのタオルケットを持って来て穣に掛けて、自分も横になり…
穣の寝顔に又、吹き出しそうになった。
携帯を取り出し…ロンジー姿の二人の写メを見る…
普段の自分なら、自分が気に入った穣の写メを見るのだが…
今の俺は、穣が好きだと言った写メを見つめて…
自分が果たしてどんな表情をしているかを研究…?していた。
穣に好かれたくて……
そっと…タオルケットに入り、穣に寄り添って…
かく言う俺も、満腹と、温かい日差しにやられ…気持ち良く、眠りに落ちていた。
「ウワーッ!な…ハハハッ。止めてっ…ハハハッ。くすぐったいよ…み…穣っ!止めてーっ!」
俺は、屈んでくすぐっている穣を引き寄せ胸に抱いて手を止めさせた。
「ハハハッ。ハハハッ。」
俺の胸に抱き着く形で穣がゲラゲラ笑う。
「ちょっとさーっ!心臓に悪いよッ。酷いなー!」
俺は覆い被さった穣の胸の弾力を感じ…
あっ…なんて思いながらも苦情を言った。
「じゃあさ、先に一人で食べて良かったの?後で英は一人で食べるの?」
近すぎる程…俺の顔の近くで、穣は俺を見上げて…訊く。
「そ…それは駄目だよ!一緒に食べるッ。でもさ…」
まだ、ブツブツと言う俺に…
穣は少し伸び上がり、キスをして……キスをっ!
「はい。ご飯、出来てるから。ほら、食べるよッ。」
と、起き上がりサッサとキッチンに向かった。
「え……えーっ!み…穣、今…えーっ?」
俺は金縛りに有った様に固まった姿勢で…
天井に向かって叫んでいた…
放置プレイかよっ!
「頂きまーす。シュウマイ全部食べちゃうぞー。」
穣が一人で食べ始める。
俺は飛び起き…
「駄目だよ!俺も食べるよッ。」
駈け寄って、慌てて席に着いた…
「頂きまーす。はぁぁ、美味しそう!」
味噌汁を一口すすり…
「あー…やっぱり旨いな。穣の味噌汁は。ほー。本当にシュウマイ美味しそうだ。」
「私は辛子酢醤油だけど…英は?」
「俺も、勿論、辛子酢醤油だよ。一緒だね。」
二人で、シュウマイに箸を伸ばし…同じシュウマイを取ってしまった…
「あーっ!英はそっちから食べてよっ!」
穣が顎で逆のシュウマイを指す。
「いやいや、普通はゴメンね。って穣が箸をどけるだろう?」
俺は箸に力を入れ、首を振る。
「はぁぁ?誰がそんな事、決めたのさ!もーっ!子供なんだからっ!英はっ!」
「いやいや、穣にだけは言われたくないし!もーっ!じゃあ…はい。」
俺はシュウマイを半分に割り…片方を取った。
「えーっ?…うんっ!ハハハッ。」
穣も取り…
「旨っ!うーんッ。美味しいねー?ハハハッ。」
と、同時に言い笑い合った。
「…俺が今まで知り合った人はさー。箸をどけて、自分は違うシュウマイを食べたよ…」
「…私の今まで知り合った人はさー、私に譲った…シュウマイを二つに割った人は居ないよ…」
「ハハハッ。ハハハッ。」
二人は、真顔で馬鹿な話しをして笑う。
そして俺は……
「穣…余り俺に意地悪しない方が身の為だよ。実は俺…凄い物を持ってるんだよ。フッ。」
と、含み笑いをした。
「はぁー?ランチャーでも持ち歩いてるのかい?英氏。それとも…タイ剣…」
「…いやいや、何でそっちになるかなー?でも…有る意味…破壊力は…それ以上かもねー。」
「ほぉー。それ、見せてみ?…私、お代わり。」
「あっ。俺もッ。」
と、茶碗を出す俺に…
「見せたらね。」
と、自分だけお代わりをする。
「はぁー?それは…酷いなー!」
「あら?始めに脅迫したのは、そっちじゃん。早く見せてみ。」
「もーっ!言わなきゃ良かったよっ!」
穣が聞かなそうなので、俺は渋々と立ち上がり携帯を持って来た。
実は、さっき穣の半目を写メに残してあったんだ…
「ハハハッ。駄目だ。ハハハッ。」
写メを出し…一人で又、笑ってしまい…
「何なのッ。何気に腹立つわー。」
もくもくと食べながら言う穣に、写メを見せた。
「うッ。ゲホッゲホッ…ハハハッ。何?ハハッ。えーっ!酷っ。ハハハッ。ウケる!」
「ハハハッ。ねぇー!ウケるよねー!穣。可愛いよねー?ハハハッ。ハハ……」
俺は一緒に笑っていたが…
いつしか穣は、真顔になっていて…
「消しなさい。英君。今直ぐに、消しなさいな。」
と、言った。
「えーっ。嫌だよ!これ貴重映像だよー?」
俺は携帯を背中に隠し…反抗した。
「そうか…残念だ…お代わり所か、出禁だな。君。」
穣はボソッと言う。
「えーっ……嫌だ!嫌だ!お代わりするよ!出禁なんて、駄目だよ!嫌だーっ!今…今すぐ消すよ。ほら…穣、見てて、見て!ねっ?消したよー!ねっ?消えただろ?お代わり!」
「フフッ。良し。お代わりね。」
不適な笑みを浮かべ…俺の茶碗を持ちご飯を盛ってきて…
勝ち誇った様子で俺の前に置いた。
「なんか…妙にムカつくッ!」
穣は、置きかけた俺の茶碗を又、持った…
「いやいや、ムカつくのは…自分にデスよ…はい。スミマセン…頂きます…はい。」
慌てて茶碗を押さえ…俺は言った。
「フッ…ハハハッ。英。ウケる!ハハッ。」
席にやっと着き、穣が笑い出す。
「もーっ!食べた後にすれば良かったっ!…ハハッ」
俺も笑い出す。
「あーあ。しかし、あんな姿を見られていたとは…一生の不覚だッ。私も、英が寝言でコクったの録音しておきたかったわーっ!ハハッ。」
「ワーッ!ワーッ!それ、言わないでよー。穣も忘れて!」
「あら?忘れないよ。嬉しかったもん。ハハハッ。」
「え…?いやね…実は俺も穣が好きって言ってくれたのが嬉しかったんだ…でも…寝言はさ…え…」
箸をモジモジさせながら言う俺に…
「あー。面倒臭い男だなー。ほら…英が選んだ銀ダラも美味しよ。早く食べなよ。」
穣はパクパク魚を食べ、言った。
「うんっ。…旨っ!油が乗り乗りだっ。旨っ。」
俺も食べた。
自分で選んで穣が焼いてくれた銀ダラは、今まで中で一番位に美味しかった。
「たった数日でさー。ここまで、恥じをさらし合うのも珍しいよね…呆れるの通り越して…英に対して怖い物無しになって来たよ。私。」
「本当にね…今まで俺…誰にどんな寝言…言ってたのか…ゾッとするわ…」
「いや…半目よりはマシだろう…」
「…ハハハッ。ハハハッ。」
二人で、口一杯のご飯を頬ばる顔を見合わせて…
又、大笑いしていた。
「ああ。穣、さっきは有難う。俺、キチンとLINEで気持ちを伝えたよ。」
俺は思い出し報告する。
「そう。」
「うん。一般人みたい…詰まらない男になったね。って言われた。ハハハッ。俺、只の一般人なんだけどねー。しかも、普段からメンバーに面白味が無い奴だって言われてるし…ハハッ。」
「ハハッ。一般人ね…何を指してかね…?面白い男が良いなら…漫才師とか選ぶのかね…?彼女は。」
「漫才師さん?ハハハッ。だよねー。でも、スッキリして良かったよ。」
「そうか。なら、良かったね。そうだ…ねえ、英。三ヶ月間休みが無いって事は、これから三ヶ月間来れないって事かな?」
穣も思い出した様に訊く。
「えーっ!そんなの嫌だよ…普通の時間に終わって次の日が午後出とかの日に、又、来ちゃ駄目?」
三ヶ月間も穣に会えないなんて…考えただけで憂鬱になる…
「ハハッ。本当に英が疲れないなら、いつ来ても構わないよ。」
「本当に?良かったーっ。穣に会えないなんて考えただけで…そっちの方が疲れるよ。俺。」
「はぁ?又、意味不明。でも、三ヶ月間、英が来ないのは私も寂しいかなー。なんて考えたのよ。」
「ねえ…穣。明日って、何時に家出るの?」
「いつも…9時位かな…」
「調度良いな…」
「は?調度良い?」
「あのさ…今日も泊まっちゃ駄目?明日、穣と一緒に出るからさ。時間も調度良いんだ。穣…疲れちゃう…?駄目…かな?」
俺は帰りたくなくて…今日も穣と…
「ハハッ。本当に住み着くつもりかい?全然、私は良いよ。又、英カイロで眠れるしね。でも…着替え…どーする?」
「あっ…明日も、ダンスレッスン入ってるんだったな…そうかぁ…さっき何処かで買えば良かった…あーあ。帰らなきゃ駄目か…チェッ。」
俺は、穣と同じ事を考えていたんだ…
今日も穣カイロでポカポカ眠れる。って…
着替え、沢山持ってくれば良かったのにな…
まさか泊まるとも思わなかったしね…あーあー…
心底ガッカリしていた。
「はぁ…そんな悲しそうな顔するなら…服、買う?」
「えっ?ロンジーを…?」
「いやいや…ロンジーでは…ウチの店の服では流石に無理だ!ハハッ。今…6時半過ぎか…ちょっと待って…」
穣は、箸を置き…携帯で電話をした…
「もしもし?秀ちゃん?穣だよー。ハハッ。久しぶり。店に居る?良かったーっ!服買いに行きたいの。ハハハッ。そう。ちょっと…訳有り。おけっ?じゃあ、連れてくから…宜しくね。」
話し終わり…携帯を切る。
「おけっ!サッサと食べて、服買いに行こう。」
「え…マジでっ?やったーっ!早く穣も食べちゃって…やったーっ!お泊まり出来るっ!ハハッ。」
「出たよ…英の、やったーっ!だ。ああ、ちなみに知り合いの店だから、大丈夫だよ。秀ちゃんなら、多分、上手くやってくれる。下着は私がコンビニで買って来るから。ブリーフ派?トランクス派?」
穣は、セッセと食べ…醤油?ソース?みたいに…サラリと訊く。
「あの…トランクス派デス。スミマセン…」
俺は何故か謝り…照れて…
「あの…サ…。まさか、秀ちゃんは…穣の彼氏…とかじゃないよね?」
急いで食べながら…恐る恐る訊いた。
「はあぁぁ?私が自分の彼氏の店に、自宅に男を泊める為の服を買いに連れて行くんかい?ハハッ。」
穣は呆れた様に笑う。
「あっ…だよねー。ハハハッ。馬鹿だ!俺。」
「はい。ご馳走様。英。お代わりは?」
「いやいや、店、閉まっちゃうと困る!ご馳走様!片付け後で…早く行こう!迷惑掛けるとイケないからさ。俺、着替える。」
「ああ、そうか…私も着替える!」
二人は慌てて支度をした…終えると…
「はい。英。お茶。」
「ええー?」
「こう言う急いでいる時こそ、落ち着いて、お茶を飲む。焦っちゃ駄目だ。ろくな事が無い。」
「そ…そうだよな。うん。」
それでも二人は普段よりは勢いよく…フーフーしながらお茶を飲む。
玄関で…
「キャップ、フード良し。財布良し。うん。」
「さー。行くよ。ウチの店の近くだからね。」
今度はバティック柄のワンピースで…普段通りの穣は、そっと玄関を開け…様子を窺った…
エレベーターに乗ると…下の階で人が乗って来た!
俺は予め後ろを向いて居たので…おけッ。
1階に着き、人が降りて行く。
「はあー…焦ったね!ハハハッ。」
二人で顔を合わせ…溜息と共に笑う。
穣が手を出し…二人は手を繫いで、通りに出て歩き出す…
「秀ちゃんはね。同級生…幼なじみってやつ。信用出来るから。ねっ。」
「へー。幼なじみか。うん。穣の知り合いなら、俺も信用出来る。」
足早に歩きながら、俺は…幼なじみか…良かった…
と、別の意味で…訳も無く、安心していた。
「ここだよ。気に入ったのが有ると良いけど…」
「ねえ、穣が選んでよ。」
「えーっ!嫌だよ。英の趣味がまだ解らないもん。」
「良いのッ。穣の趣味でツーパターン選んでね。一つは、ダンスレッスン用ね。ジャージ系。早く、入ろう。」
「はぁー…全く…」
穣は又、首を振り…
「今晩は!秀ちゃん、ゴメンねー!」
と、俺と手を繫いだまま、店に入って行った。
「おう。穣!久しぶり!あー?ああ…ハハッ。こりゃー、本当に訳有りだ。ハハッ。今晩は!良かったよ。一応、従業員返したから俺しか居ない。ちょっと待って…店、閉めちゃうね。」
と、秀ちゃんは店を閉め、ブラインドまで下げてくれた。
「やっぱり、秀ちゃんも知ってるんだ…。閉めさせてゴメンね。」
「ハハッ。いいさ、もう閉める所だったんだ。知ってるって…彼の事か?」
「うん。何故か、商店街の人達もね。皆、英を知ってたんだよ。全員だよ…」
「ハハハッ。当たり前だろー。知らない人居るの?」
「えー…私だけ?なの?」
「マジでっ!ハハハッ。流石は穣だわ。ねーっ?」
と、秀ちゃんは俺に振った…
「ハハッ。本当にスミマセン…御迷惑お掛けして。」
俺は…照れ笑いをしながら…言った。
「英。本当に私が選ぶの?」
「うん。穣が選んでよ。」
「はあー…マジか!はいはい…え…良く解らないんだよな…DCブランドなんか…うーん。」
穣はブツブツ言いながら…
店内を見て回る。
「あー。このティーシャツ可愛いね!買おうかな…」
「いやいや…穣。速やかに…俺のを選んでね!」
「解ってるよ!全く、面倒臭い男だなー!英はっ!」
「なっ…もーっ!」
俺は剥れてカウンターにもたれていた。
「良かったら…座ろ。」
想像以上にイケメンだった秀ちゃんは…椅子を持って来てくれ…
「…穣。良いヤツでしょ?」
と、俺に話し掛ける。
「有難う御座います。」
俺は椅子に腰掛けながら…礼を言い…
「俺にとっては…凄い人…?です。穣と居ると、事ある毎に…自分の未熟さを思い知らされる…そして…俺もこんな人間で有りたい…と思うんです。穣は本当に、凄い人です。俺にとっては…掛け替えの無い人…うん。唯一無二の存在です。ハハッ。」
「…へー…。穣は幸せ者だな。そんな風に見てくれる人が居るんだから。ハハッ。」
「いや…穣と出逢えた俺が…幸せ者です。ハハッ。」
「ふーん…」
秀ちゃんは何とも言えない目で…俺を見ていた…
「ちょっとー。英。これを…先ずは着てみて。」
「はい。穣。もう1パターンね。じゃあ、フィッティングお借りします。」
秀ちゃんに言い。フィッティングに向かう。
「はいはい。先ずはそれ、着てみてからね。」
穣は、俺が座っていた椅子に腰掛けた…
「あー。こんなお洒落な服…良く解らないや…ハハッ。秀ちゃん帰り遅くなってゴメンね。」
「いやいや…売り上げ協力感謝致します!ハハハッ。俺も流石に…びっくりしたけどね…でも、良いヤツで安心した。」
「へー…びっくりする程…そんなに有名人なの?」
「ハハッ。まあ、国民の殆どと…アジア全土の若者は全員知ってるかな。」
「えーっ!アジア全土の若者まで…マジか…そうなんだ…イヤね。全然、そんな感じじゃ無いんだよ。私の前だと。普通の…ガキ?」
「良いんだよ。穣は…そのままでいれば良いんだ。今、彼と話して解ったよ。」
「えー…何?何話したの?気になるじゃん。」
「いや…秘密。ハハハッ。」
秀ちゃんの笑う声がした…
「ねえ、穣。着れたよー。どうかなー?」
俺は…フィッティングを出て、穣達に見せた…
秀ちゃんは…
「はあぁー。流石だね…カッコ良いや。穣。なかなか、ナイスチョイスな組合せだよ。」
感心した様に言い…
「本当、良いね。ナイスチョイスってかさー。英って…何着ても、似合っちゃうんじゃない?」
「いや…彼を引き立てる色使いだと思うよ。」
「ねーっ。穣が選ぶと…自分でさえも…良いね!なんて思っちゃうんだ。ハハッ。恥ずッ…自画自賛だな。ハハッ。脱ぐから…穣。次の持って来てね。」
俺はフィッティングに戻って……
「えーっ!じゃあ、急いで選ぶよ。えーっと…」
穣は又、店内を見始めた…
「じゃあ、俺は脱いだ服をたたむから…えっ…」
俺は秀ちゃんに手招きをして。
「さっき、穣が可愛いって言ったティーシャツもお願いします。誕生日なのに知らなくて…」
と、囁いた。
「へーっ!了解。」
秀ちゃんも驚いて…囁いた。
「英。これなら…ダンスレッスン平気かな?」
穣が服を持って来て…
カウンターで作業をしていた秀ちゃんが…
「俺、ちょっと出てくるから…直ぐに戻るね。」
バックヤードから出て行き…
「穣。動き易いよ。おけっ!どうかな…?」
「うん。やっぱりこの色、似合うね。」
「じゃあ、これにしよう。着替える!」
俺が服を脱いだ所で…
「ただいまー。」
秀ちゃんが帰った。
「これ、お願いします。」
俺が服を渡し、自分の服を着て…カウンターに行くと…秀ちゃんは、妙に慎重に服を袋に入れて…
店内を見ていた穣をチラッと見ながら…
「これ、プレゼント風にしておいたからね。後、一番下にケーキ二つ入れて有るから、二人で食べて祝ってやってよ。」
と、俺に囁いた。
「えーっ!ウワーッ。有難う御座います…凄い…」
俺もお礼を囁いて…お会計を済ませる…
「穣。終わったよーっ。帰ろう?」
穣に声を掛けた。
「うん。秀ちゃん有難うね。助かった。」
俺と手を繋ぎ、穣は言った。
「おう。いつでも困ったら電話して。助けるから。」
「本当に、有難う御座います。凄い心強いな。」
俺は、もう一度深々と頭を下げた。
穣と二人で店を出て、細心の注意を払いながらウチまで帰り着いた。
楽なカッコに着替えた俺は、夕飯の後片付けをしている穣に…
「穣。俺、コーヒー煎れる。飲むでしょ?」
と、訊いた。
「うん。有難う。飲む飲む!貰った葡萄も食べよ!」
「うん。」
返事をしながら俺は急いでコーヒーを落とし…
駆け足で、ケーキと誕生日プレゼントの袋をテーブルに用意した。
何とか間に合った…ハァ…
「ハアハア…穣、コーヒー出来たよー。」
俺は穣に声を掛けた。
「はーい。」
穣がキッチンから葡萄を持って来て…
「え…えーっ!何?何?どうしたの?」
テーブルのケーキとプレゼントに驚きの声をあげ…
「ハハハッ。秀ちゃんがねっ。ケーキを買ってくれたんだよ。俺も知らなくて驚いたんだ。それと…これはプレゼント一号ねっ。」
俺は説明をした。
「凄いなー。秀ちゃんが…いつの間にそんな話ししてたの…?プレゼント…?ハハッ。最高の誕生日になっちゃった!」
穣は、キッチンから皿とフォークを持って来て…
「ねえ、開けて良いの?」
今度はプレゼントを持ち上げ…大忙しだ…
「勿論!」
言いながら…俺はケーキを皿に出す…
一つのケーキには、「ハッピーバースデー」の板チョコが乗っていた。
ハハッ。最高だなー。秀ちゃん、感謝デス。
「ウワーッ。これさっき、欲しかったヤツだ!有難う。英。嬉しいよっ!ハハッ。」
はしゃぎ、ティーシャツを胸に当ててみたりしている穣に…
「良かった。ねえ、凄いよ、穣。ケーキ見て!」
と、ケーキを差し出した。
「えーっ!ハッピーバースデーだー。ハハッ。凄いねー。秀ちゃんにもお礼言わなきゃだな…」
俺は…ハッピーバースデーを静かに歌い…
拍手をして…
「明日は仕事だから…コーヒーで乾杯しよ。」
と…穣を見ると…涙ぐんでいた…
「ハハッ。流石に歌、上手いなー。英。感動しちゃったよ。有難う!コーヒーで乾杯だ。」
笑って言った。
二人で乾杯して…ケーキを食べる。
「美味しねー。穣。あの近くのケーキ屋さん?」
「うん。やっぱり、同級生がやってるのっ!美味しいよね?ここのケーキ。」
「へーっ。穣の同級生は皆、凄いねー。」
「ああ、葡萄も甘くて美味しいよ…食べて。」
「ハハッ。穣の人徳だね。貰った物ばっかりだ。ああ、甘くて美味しい。」
穣の周りは良い人ばっかりだな…今日一日で俺は…皆から幸せな気持ちを沢山貰った。
あんな人達が世の中には居るんだな…人の気持ちを思いやれる素晴らしい人達が…
「ああ、幸せな一日だった。英は…あぶらすましが私にくれたプレゼントかな…?ねっ。」
穣が俺の隣で微笑む。
「俺が…俺が貰ったプレゼントになっちゃうよ。本当に今日一日、幸せだった。穣と、素敵な人達と…素晴らしい、一日だった。」
俺も穣に微笑み返し…
穣をハグして…キスをした。
「ハハハッ。英。ケーキの味のキスだ!これもプレゼントかな?」
穣は驚く事も無く…訊く。
「いや…あぶらすましが俺にくれたチャンスだよ。誕生日のドサクサに紛れて、穣にキス出来た。やったー!」
実は俺、凄い照れていたから…戯けてみせた。
「えーっ?キスならさっきもしたじゃん?しかも、私とキスして、やったー!なの?ハハッ。英は変わってるね。」
又、穣は首を振り出す。
「さっきのはさー。穣がしたキスじゃん?俺がするのとでは…全然、違うよ。やったー!に変わりは無いけどさ。ハハッ。ねえ、どうしてさっき、俺にキスしたの?」
俺は真意を測り兼ねて…ストレートに訊いていた。
「はぁー。英君、これまで生きて来て…なんでキスしたのかを訪ねられたのは初めてだよ。私。」
「いや…俺も初めて…訪ねたよ。」
「ハハハッ。ハハハッ。」
二人で笑い出し…
「英を見てたら…突然、キスしたくなった。だからしたの。以上。さー。お風呂入れるから、今日は、速やかに入って寝よう。ねっ?」
穣は、立ち上がり…お皿とコーヒーカップを持ってキッチンに向かった…
「何で?ねえ、何でキスしたくなったのー。ねえ?」
俺も自分の分を持ち…穣を追い掛けた…
「面倒臭い男だなー。しかし。」
穣は、洗い物をしながら…首を振り…
「寝顔がねっ。可愛かったの!んで、くすぐったら寝ぼけた顔でゲラゲラ笑って、可愛くてキスしました!はい。以上。」
以上。が又、出たよ…
「えー…可愛かった?そうなの?…俺も、穣の寝顔が可愛かったよ。消されちゃったけどさ…」
俺は、ニヤニヤしながらデレて言った。
「はあー?あの半目が可愛いんかいっ?怖いわっ!さては…英。馬鹿にしてるんだな?又、くすぐって起こしてやるからなっ。覚えとけよー。ハハッ。」
穣は笑いながら俺を睨んで言った。
「本当だよ!無防備で可愛かったの!駄目だよ。もう、くすぐらないでよっ!」
「ハハッ。どうかなー?はい。お風呂入れるから、入浴剤を選んで。」
「うん…ねえねえ、くすぐらないでよ!」
俺はまだ言い続け…又、穣の後を着いて行った…
まるで、生まれたての雛状態だ…
「今日は?英。どんな気分?」
入浴剤のカゴを出し…穣は訊いた。
「うーん。リラックスする感じの?」
これ以上、リラックスするんかい?…俺。
「じゃあ、ハーブ系の…これだな。」
「うん。それだな。」
穣の後を又ついて行き部屋に戻った。
穣は、お茶を入れにキッチンに向かい…
着いて歩くのを流石に止めた俺は…携帯を一応チェックして…アラームを掛けた…
又、写メを出し…見ながら…
「あーあ。穣と映ってる写メ、待ち受けにしたいけどな…危ないよな…」
と、ぼやいた…
お茶を配りながら…
「はあー?どんだけ私が好きだよ。しかし…何が英をそこまで私に執着させるかねー?しかも、普通の人は…彼女とか、ペットを待ち受けにしない?」
「だから、穣を待ち受けにしたいんじゃん。」
「はあ…?私は英の彼女なの?え…えーっ!まさかペットの方かっ?」
「違うよっ!彼女の方だよっ!」
「えーっ!そうなの?いやいや…可笑しいだろ?」
「うん。可笑しい。だって、何でも有り。だろ?俺はねー。どんだけ、って測れない位、無限に穣が好きなのッ。大大大好きなんだ。」
「はぁ…言うねぇ…。本当に。何でも有り。だな。」
「ねえねえ、今日さー。俺、商店街の皆さんや秀ちゃんに穣の彼氏だと思われたかなー?」
俺はそうだと良いな…なんて考えていた。
「うーん…普通はそう思うよね。手、繫いで一緒に買い物してたら…彼氏じゃなきゃ…何?って話しだよ?それこそ…旦那か?ハハハッ。」
穣は笑った。
「良いねッ。そっちが良い。旦那か…」
俺は天井を仰ぎ…一人で、別世界に行っていた…
「いやいや…それ、思わないから。皆、英の事を知ってるんだよ。勿論、独身だって事も。旦那って思わないし…ハハハッ。」
別世界に行っていた俺は…戻って来て…
「そうか…だよね。チェーッ。」
と、唇を尖らせた…
「いや、そのチェーッ。も、意味不明。」
「不明じゃ無い。穣。プロポーズだよ。」
「意味不明どころか…理解不能になってきたよ。マジで何でも有りだな。英君。」
ピーピーッ。
「あっ。お風呂沸いた。英は、熱い風呂より…水のシャワーでも浴びて…頭を冷やした方が良いけどねぇ…ハハハッ。さー。入って!」
いやいや…俺は何を言った…?
プロポーズは、いくら何でも早いだろ…?早い…?
えーっ!マジかッ。俺?
「マジで…頭冷やしてくる…ハハハッ。お先…。」
グルグルした頭でヨロヨロと…風呂に向かった…
「何だ?ありゃ…?」
と、穣の声が聞こえた…多分、首を振ってるな。
今日は…ハーブの爽やかな香りがする、赤ワインカラーのお風呂だった。
ああ…これも、又、気持ち良いな…
少し、落ち着き…平常心に戻りつつあった…と…
「英?」
穣が声を掛けて来た…
「はいっ!」
妙にハキハキとした返事になって…
「私も一緒に入って良い?」
「え…えーっ!えーっ!」
「なーんてっね。ハハハッ。ここにジャージの着替え置くね。ハハハッ。ごゆっくり。」
「……穣の…馬鹿っ!」
「ハハハッ。ハハハッ。英は可笑しいなー。」
歩きながら言う…穣の声が遠のいていった…
「…馬鹿っ!馬鹿っ!」
俺は、バシャバシャ湯船の中で暴れ…
ツルリと滑って…溺れた…
「穣。上がったよ…ああ…疲れた…」
俺は又、ヨロヨロと部屋に戻り…言った。
「はぁー?入浴剤、良く無かった?お風呂で疲れたの?」
穣は、携帯を持ち…訊く。
「いや…入浴剤は凄い良かったよ…穣が驚かせさえしなければね…」
「えーっ?ハハハッ。驚く方が可笑しいっしょ?さて、私も入ってくるね。ああ、冷蔵庫にペリエとか入ってるから、自由に飲んでね。ハハッ。」
穣は笑いながら言って、お風呂に向かった…
「有難う…」
俺は冷蔵庫に向かって…ペリエを持ってきた。
ラグに腰を下ろし…一気に飲んで…
「はぁぁ……参った……」 と、独り言が漏れる…
そう…参っていた。
お風呂で溺れた後、ずっと考えていた…
多分…いや、きっと、明日からの仕事を俺が頑張ろうと思える先には…穣が居るんだ。
俺が、仕事関係でも、家族とでも、人に対して真摯に向き合おうと思える先にも…やっぱり、穣が居るんだ。
全ては、穣に対して誇れる人間で有ろうと思い。人として穣を魅了したいと思って行動するで有ろう自分がいる。
うーん。問題は…穣が居ないと困るって事で…
ましてや、人に取られた…なんて事になったら…それこそ…大惨事だ…
穣を何処かに…監禁するか?
いやいや…それ犯罪だろう!頼むよ、自分。
何も頑張れない、廃人の自分にならない為にも…ここは慎重に…なる必要が果たして有るのか?
俺と穣なら…
「穣。俺と結婚してよ。」
「英がそうしたいなら良いよ。」
で、終わるんじゃないかな?
無い無い!流石の穣でも、そりゃー無いだろうな…
「はあー…」
深い溜息をつき…頭を抱え、首を振る。
と…風呂場から戻った穣が…
「やっぱり…疲れたんじゃない…帰った方が無難だったんじゃ?」
心配そうに真顔で訊く。
ああっ!そうか!簡単な事だ。いつもの通り、穣に話して相談しよう。
「違うよ!穣。もう少し、話してて良いかな?」
穣は冷蔵庫に向かい…ペリエを持って来て…
「ええ?まだ9時だもん。勿論。良いけど…疲れないの?ってか…昼寝しちゃったし…ぶっちゃけ、眠く無いし…眠れないよねー?」
そう言ってペリエを飲んだ。
「疲れないし。俺も眠く無い。しかも、急ぎの用件なんだよ。」
真剣な俺を見て…
「えー。何か、聞くのが怖いなー。ハハッ。じゃあさ、待ってね。温かい上着を着て、ほうじ茶でも飲むか。ねっ?」
「うん。ほうじ茶、嬉しい!飲む!やったー!」
「ハハハッ。普段の英に戻ったな。」
穣が準備をして…
二人は先ず、ほうじ茶を一口すすった。
「美味しい…懐かしい味…」
「フフッ。婆ちゃんと飲んだ?」
「うん。夕方からは、ほうじ茶だった。ハハッ。」
「そうか。さて、話して、聞くよ。」
穣が言い…
俺は、正座をして、話し始めた…
「俺ね…」
と、仕事や人付き合いの話しを始め。
「全ての頑張る先には…穣が居るんだ。穣にね、認めて貰いたいんじゃ無くて…穣が自然に俺を好きになって欲しいから…」
俺は、渇く喉をほうじ茶で潤し…続けた…
「ただ好きになって欲しいんじゃないな…今のは…少し、逃げだった。一生一緒に居たいと思わせたいから。だな。」
自分で納得して、頷き…
「問題はね。穣が居ないと、何も始まらないって事で…ましてや、他の人に取られるなんて大惨事が起きちゃ困るんだよ。俺。それでね…さっき、頭を抱えてた。」
やたらと、喉が渇いて…又、ほうじ茶をすすり…
「悩んだ末に思ったんだ。そうか、普段通り、正直に穣に話すのが一番だってね。以上。」
全て話し終わり…恐る恐る…穣の様子を窺った。
穣は、おもむろに立ち上がり…ほうじ茶のお代わりを持って戻り…二人の湯呑みに注いで…
俺の横に腰を下ろした…そして…
「マジで結婚しようか?」
穣は言った。
「うん。する。」
俺は速攻で答える。
「だよね。」
ほうじ茶をすすり、穣は頷く。
「だよ。する。」
俺もほうじ茶をすすった。
「何でか、こうなるって解ってたよね。違う?」
穣が訊いた。
「違わない。解ってたと思う。ただ…俺の想像…理想…かな…逆だったよ。俺が結婚しよう。って先に言って…穣がそうだね。って言う感じだけどね…」
俺は答えた。
「私もね…30も過ぎて、しかも自分の誕生日に、プロポーズされるんじゃ無くて…する。なんて事になるとは…思いも寄らなかったよ…」
穣が言い。
「俺も、まさか、プロポーズされる側になるとは…思いも寄らなかったよ…」
俺も言い。
「しかも、二回しか会ってないのに…」
と、同時に言って、二人は首を振った。
「ハ…ハハハッ。ハハハッ。」
二人は腹を抱えてた笑っていた…笑ってる場合じゃ無いと思うから、余計に可笑しくて…
笑い終わり…?俺は穣に言った。
「有難う。穣。俺と結婚してくれるって言ってくれて。これから起きる問題が、俺の方側だけに山積みだって事は自覚した上で、もう一度、言っておきたいんだけど…絶対に、俺は穣と結婚する。」
「うん。知ってる。」
「これから俺が話す事は…本当は…穣の気が変わったら困るから言いたく無いんだけど…避けられない事だから…言うね。」
「訊いておいた方が良さそうだね。」
「うん。」
俺はそこから、これから起こるで有ろう事を穣に話した…
「大問題は二つ有る。」
「二つね。」
穣は姿勢を正して、頷いた。
「一番、大きな問題は…万が一、穣の店がバレた時の事、悲しい話し…心無いマスコミやファンの人達が…迷惑を掛けると思う。かなり…酷い目に合う…最悪、店が滅茶苦茶にされる事も無いとは言い切れない…」
「もう一つは?」
穣の表情は変わらず…俺は続けた…
「次は、俺の家族の事…悪くは言いたく無いけど…穣にイヤな思いをさせる事も有るのかと思う。」
「この二つね。」
穣が頷いた。
「俺が一つ目について初めに考えた事は、結婚を公表しない…でも、俺は嫌なんだ。隠す事じゃ無いって言い切れるから。で、入口にガードマンを置くとか、夜対策のシャッターを付ける…強化ガラスに代える…穣にボディーガードを付ける…色々考えたんだけど…」
「はあー…」
「二つ目は…どうやっても、避けられない…でも、二つとも、出来る限り…いや、甘いな…絶対に俺が守るから。本気で守るから。穣、結婚をやめるって言わないで欲しいんだ。」
俺は懇願していた。
「うん。やめないよ。流石の私もね、半端な気持ちでプロポーズはしないよ。ここから先、英以上に生活を共に出来ると思える人が現れるとは思えないから、決めた事だしね。」
穣は今の話し…理解してるのかな…
「問題その1について、店のドアは強化どころか、防弾ガラス、セキュリティー会社も2社で万全。私、一時期アメリカに居たから、その辺の事はウルサいの。ボディーガードの必要もガードマンの必要も無い。何故なら私、空手師範代なの。」
穣は、凄い事を又、サラリと言って…
「問題その2は…家族になる人達だから、出来れば気に入って貰えれば嬉しいけど…人間同士だから…好き嫌い、合う合わないは仕方ない。従って、考えても仕方ない!だから気にしない。以上。」
以上。…ね。
「…ハハハッ。参りました。穣は全く…どこまでも凄いや。ハハハッ。」
俺一人の取り越し苦労だった様だ…
「英。私の問題も有るよ。」
「そうか、ゴメンね。自分の事ばっかりで…ダメダメだな…俺。聞きます。」
俺が今度は姿勢を正した。
「私は一人っ子、両親の面倒は見させてね。老後って意味だけじゃなくてね…全く…浮世離れした人達だから…お呼ばれしたパーティーとかも、私が着いて行かないと、話しにならないのよ。はぁー。」
穣は深い溜息をつき…続ける…
「後、店は…出来る限りで続けたい。それと…幾ら忙しくても一日一回は英と話したい。以上。」
緊張して聞いていた俺は…自分に出来そうな事ばかりだったので安心し…
「オールでおけっ。はあー…良かった。可能な事ばっかりで。」
胸をなで下ろす。
「そう。じゃあ、結婚可能って事で…後は、徐々に詰めよう。今日は、ここまで!」
穣は、湯呑みを片付けながら言った。
「えー。俺は明日にでも結婚したいんだけどな。あのさ、仕事終わりが夜中になったりしない日は…穣がよければ…来て良いかな?俺。」
俺は一日でも、穣と離れていたくなかった…
「英が疲れないなら、勿論。良いよ。絶対に無理は駄目だよ。おけっ?」
「うん。おけっ。」
「ああ、金曜日は…両親に付き添ってパーティーらしいから…少しの時間、留守にする。」
「あっ。俺も金曜日は…はぁー。例の実家の用事だ。ああ、その時に、結婚の話しをするよ。会うにしろ…どうしても、俺のスケジュールに合わせて貰う様になっちゃうけど…ゴメンね。穣。」
「そんなの、当たり前でしょ?私は、自営…社長だもん。どうにでもなるよ。ハハッ。私も両親に話すよ。次の日には忘れてるだろうけどね。」
娘の結婚を忘れるんかい…こりゃ…穣より変わってるかもな…?
キッチンで、手早く洗い物をして、穣は笑い…
「さあ、歯を磨いて、寝よう。」
「うん。歯を磨いて、寝よう。」
俺は又、鳥の雛の様に穣に着いて行った。
並んで歯を磨き、コップに二本の歯ブラシを立て…又、穣の後を着いて部屋に戻って、俺は…
「穣、ジャンケンだね?」 と、言った…が…
「ああ、良いよ。ジャンケンは無し。」
穣は答える。
「え?何で?」
昨日、あれ程悔しがってたのに…?
「ほー。英。良いの?私が勝ったら、背中合わせで寝る事になるんだよ?」
「…ああっ!駄目、駄目!俺、穣をハグして寝たいんだ。それは駄目!」
そうだよーっ。逆向きになるじゃんっ。
「ハハッ。はいはい。そうやって騒ぐと思ってさ。昨日、左でも平気だったから。良いよ。」
苦笑いの穣は言った。
「騒ぐって…俺、子供みたいじゃんっ。でも…やっぱり…そうして欲しいな。有難う。穣。ハハッ。」
二人でベッドに入り…中央に寄って、俺は穣をハグした…穣が俺を見て…
「そう言えば、問題はまだ有るね?」
と、言い出した。
「ええーっ。何?何?」 俺は、焦って訊く。
「二人の問題。まだ、私達って、寝てもいないじゃん?体の相性も結婚には、大切な問題だよね?まあ、追々ね。オヤスミ。英。」 チュッ。
「……」
穣は……穣は…又、凄い…凄い事をサラリと言い…
しかも、又、勝手に…?キスをして…
穣の言葉に驚き…興奮して…バッチリ目が覚めてしまった俺を置き去りに…スヤスヤと、寝息を立て始めた…又、放置プレイかよ…
「ちょっ。待てよっ!」 思わず…某俳優のセリフを口走りそうになったよ…俺。
その後も…「追々ね…うん。追々だな。」ブツブツと心の中で繰り返しながら…穣をもっと引き寄せて…
その温かさにやられ、眠りについていた…
「お早う!英。おーいっ!」
「うん。追々ね…追々…」
「はぁ?起きろ!くすぐるぞーっ。」
穣の声が聞こえ…
「あ…お、起きます!」
俺は一気に目が覚めた。
「お早う。英。何が追々なの?ハハハッ。」
穣が笑ってキスをする。
「な…何だろうね…ハハ…お早う。穣。」
俺は又、寝言を言ったらしい…本気で怖っ。
下手な事は考えられないな…何を言うか解ったもんじゃ無い…
なんて、考えながら…穣にキスを返した。
「ハハッ。ご飯だよ。食べよ。」
「やったーっ。腹ペコだ。食べよ。」
二人でキッチンに向かい…
「頂きます!」
サラダ、お漬物、焼き鮭と切り干し大根と具沢山のお味噌汁…ホカホカご飯で、朝食をとる。
「朝から幸せだな…旨いよ!」
「ハハッ。良かったね。沢山食べてね。」
と、穣がお茶を配った。
「有難う。後で俺、コーヒー煎れるね。」
「うん!」
二人でお代わりをしてご飯を食べ終わり…
俺はコーヒーを落とし…穣は片付けをしていた。
「コーヒー入ったよ!」
俺はコーヒーを配り…
「ねえ、穣。今日、結婚の事を事務所の方に言おうと思ったけど…情報が先行すると厄介だから…家の人に話してからにするね。」
俺は直ぐに行動を起こしたかったが…先にテレビなどで騒がれたら厄介だと思い言った。
「うん。その辺の事情、私には解らないからさ、英の都合でやってよ。」
穣はコーヒーをすすり言う。
「うん。今日、又、連絡するけど…来れたら来ても良いの?」
「勿論。でも、連絡はしてね。軽く何か作るし。」
「有難う。連絡するよ。じゃあ、着替えるね。穣が選んだ服、楽しみなんだ。ハハッ。」
俺は、コーヒーカップを片付け、仕度をした。
穣も仕度を済ませ…
「うん。やっぱり似合ってるよ。」 穣は言った。
「有難う!穣が選ぶ服は最高だな。ハハハッ。」
俺は浮かれてキスをした。
二人で又、用心深くマンションを出て…
お互いに出勤した。
「お早う御座いまーす。」
事務所に入った俺に…メンバーが…
「お早う。何か、今日…感じが違わない…?英。しかも…いや…。」
「お早う。今日、珍しい色、着てる…良いね!」
などと、言われ…ニヤニヤし…相変わらず…優が…
「何?何?彼女チョイス?えー?」
などと冷やかして来た…
「ハハハッ。そうだよっ。」
俺はサラリと言ってのけた…どうやら…穣が乗り移ったらしい…
「えーっ!突然、認めるのっ!何?何で?」
優が興奮して、騒ぎ出す。
「ああ…。又、話すよ。少し、待って。ハハッ。」
俺は、笑って答えた。
その日は、ロケが押し…穣の家に行く事は出来なかった…
12時を回り…家に帰り着く…昼間、穣に連絡をした時、帰ったら電話をすると予め話して有ったので、急いで電話を掛けた…
お互いに今日、有ったの事を話し…
「じゃあ、明日は私、両親と出掛けるから、英。万が一、来るなら入っててね。」
と、穣が言い…
「ああ、俺も実家に顔出すから…そんなに早く無いと思う…」
俺は、答えた。
又、明日も連絡を取り合う約束をして…
「会えなくて寂しいよ…早く会いたい。穣とご飯が食べたいよ。オヤスミ、穣。」
「うん。私も、オヤスミ、英。」
と、ラブラブな電話を切った。
次の日は…仕事が嫌味な位に順調で…夕方には全てが終わった…ゲーッ。早く実家に行けてしまうよ…
昼の時間、俺は、事務所より先ず、メンバーに話しをしておきたくて…全員揃ってロケ弁を食べている所で…
「ねえ、俺、結婚するんだ。」
と、恐ろしくアッサリと言った。
やはり、穣が乗り移ってるらしい…
「ブッ。ゲホッゲホッゲホッ…」
全員が吹き出し…むせ込み…一斉にペットボトルのお茶を手にした…実に息が合っている。
ダンスレッスンもこうだと良いな…などと、くだらない事を考えた…
やっぱり、先ずは優が…
「け…結婚!結婚って…あの、結婚?」
と、訳の解らない事を言い出す。
「あの、結婚だよ。きっと、皆に迷惑が掛かるからさ、事務所より先に言っておきたかったんだ。事務所には、明日、報告するから、明日までは言わないでね。ああ、ちなみに一般女性だから、皆は知らないよ。以上。さあ、ご飯、食べちゃおう。」
唖然とする皆を前に…俺は穣節で言った。
昨日の朝、俺の服を鋭く指摘したメンバーは…
「一昨日、泊まっただろー?服の感じもだけど…英二、シャンプーの匂いが違ったからね…そうだと思ったよ!」
犬かよ…。全く…無駄に鋭い奴だ…。
「ハハハッ。バレた?」
と、戯けて見せた。
仕事が終わり、俺は一旦、家に帰ってタキシードに着替えた…パーティーは、少し憂鬱だが…
今日は、結婚の報告が有るんだから…機嫌良く行こう。それに…穣が胸を張って行けと言ってくれたんだ…うん。そうしよう。
俺は呼んだハイヤーに乗り込み実家に向かった…
実家に着き…家族に挨拶…?をして、父におめでとうを言って…後で話しが有ると、伝えた…
相変わらず…不機嫌そうな父は…
「後にしろ。」 と、一言。
俺がいっそ、今、言ってしまおうとした時…
「貴方。桧山画伯がいらしたわよ。私の先生…奥様とお嬢さんも、一緒に…」
と、母が声を掛け…父が…
「これは、これは…恐縮です…」
俺をすり抜け…珍しく愛想良く声を掛ける…
へー。世界的に有名な画伯だよな…
俺も一応、挨拶をしようと、振り返り…
「はぁーっ?な…えーっ!はぁぁーっ?」
思わず…デカい声をあげていた…
深紅のドレスに身を包んだ穣が居る…居る…?
「あーっ!英だー。ハハッ。超ウケるんですけどっ!ハハハッ。」
穣は普段と、まるで変わらず…笑いながら手を振ったりした…
「えっ?知り合いか…英?」
父も流石に驚き…俺を見て訊く。
「お…俺の婚約者…?えーっ?何で…?」
俺は…頭がグルグルしていて…
「あらっ。さっき結婚って…穣ちゃんが話してたのが、こちらの坊ちゃん?ハハハッ。偶然?」
穣のお母さんらしき人が笑って言った。
「あ…その笑い声…ああっ!優子ちゃん…?優子ちゃんじゃないかい?」
父が本当に珍しく、興奮して…大きな声で驚く…
「え…まあっ!もしかして、秀樹君?あらっ!ハハッ。懐かしいわッ。優子ちゃんだなんて!懐かしいわねっ。貴方、東大の時の同級生よっ!」
「まあ!先生。主人の同級生でらしたの?凄い偶然ですわねー。貴方。先生は、フラダンスでも優秀で、とても有名な方なのよ!」
母も乱入した…フラダンスの有名な先生…
先生で優子ちゃんで穣のお母さんが…
「貴方。こちらが私のフラダンスの生徒さん。秀樹君の奥様でらしたのね?聖子さん。ああ…そう言えば名字が…中宗根さんだものね…」
納得した様に一人で頷き、桧山画伯に言い…
「ハハッ。凄い偶然ですな…ウチの穣がお宅の坊ちゃんと結婚するんだとか…?」
穣の父親で…桧山画伯がやっと、口を挟んだが…
あの…俺はまだ家族に何も話して無いんですが…
「はぁ…そうなのか?英?」
「まあ!そうなの?英?」
父と母が俺を見る…全員の視線が集まり…
「いや…さっき、話しが有るって行ったのが…その事だったんですが…何だか…おかしな事になってしまって…そうです。お嬢さんと…結婚を…」
俺がしどろもどろに言い掛けると…穣が…
「初めまして。桧山穣と申します。英さんと、結婚する事になりました。宜しくお願い致します。」
と…俺の両親に頭を下げる。
そこに…騒ぎに気付いた兄が何事かと…
寄って来て…穣の言葉に…
「桧山穣?桧山!おい。桧山じゃないか!俺だよ、中宗根だよ。中宗根英也。スタンフォードで一緒だった英也だよ!懐かしいなー。おい。」
穣がスタンフォード…もう…俺、何が何だか…
「えーっ!英也?ハハッ。日本に戻ってたの?てっきり、変人だらけの研究室に、今も籠もってるかと思ってた!ハハッ。懐かしい…よりも…老けてて解らなかったわ!ハハッ。ウケるっ!」
穣は…本当、常に変わらないな…
それ、本人は、ウケないだろ…?
「相変わらずの口の悪さだな!ハハッ。えー。英と結婚するの?こんなのと?」
兄は俺を馬鹿にして言って…
「桧山は、俺が唯一、抜けなかった主席の秀才じゃないか…研究室に残らなかった挙げ句に…英と結婚かい?」
そんな兄に穣は…変わらず、首を振り…
「駄目だなー。そんな歳まで生きて来てまだ解らないの?人間、IQよりEQだよ。私の英はねー。EQの高さでは誰にも負けないんだから。ハハハッ。」
と、笑い、言って除けた…
「ハハハッ。一本、取られたな、英也。いや、穣さん、ふつつかな息子ですが、宜しくお願い致しますね。桧山画伯と優子ちゃんが着いていてくれれば安心だよ。なっ。母さん。」
「ええ、貴方。フフフッ。穣さん、英を宜しくね。」
俺は…こんなに楽しそうな…普通の人…?の様な家族を見るのは…初めてだと…感じていた…
今まで、俺が…卑屈に考え…構えて接していただけなのか…?
父や母…兄までもが桧山家…穣のペースだ…
「こちらこそ…ふつつかな娘ですが、宜しくお願い致します。ハハッ。」
桧山画伯が頭を下げる。
「何も、躾けずにここまで来てしまったもので…英君、穣を宜しくね。」
と、穣の母親も俺に頭を下げる。
「こ…こちらこそ、宜しくお願い致します。」
慌てて、頭を深々と下げた。
「英…浮気はするなよ。桧山はな、空手の師範代なんだ…セクハラで有名な教授を背負い投げして、大学で一躍、ヒロイン…?いや…ヒーローになった奴なんだ。怖いぞー…ハハハッ。」
兄が、生まれてから接した中で唯一と言える…冗談を言った。
「ちょっとーっ。それ、今、バラすかなー!英也、覚えてろよーっ。ハハハッ。」
穣が怒って…
「勇ましいなーっ。英、大変だぞ。ハハハッ。」
父が…父が笑っている…
「ハハハッ。ハハハッ。」
皆で大笑いになった。
幸せ過ぎて…笑いながら…俺は涙ぐんでいた…
後は、ゲストも交え、談笑のウチに父の誕生日会がお開きになった。
俺は、勿論。穣の後を雛の様に着いて歩いていた…
「英。後でね。」 穣が帰り。
「後でね。穣。」
俺も実家を出て、着替えを取りに家に向かった…
ハイヤーの中で…今、起きた事を思いだし…
穣は…世界的に有名な画伯の娘で…お母さんが東大卒で有名なフラダンスの先生…自分がスタンフォード卒で空手の師範代ね…ふーん。腹が立ってきた…
何なのっ!一体においてさーっ。穣は言ったよな?
父は一応…一応だよ!画家で…とか言ってさー!超有名画伯じゃん!
母は、趣味で…趣味でだよ!フラダンスの先生って言ってさー!有名な先生だった!しかもだ、しかも東大だよっ!
自分だって、研究室に残る話しが出る様なレベルのスタンフォードの主席だよっ!
何なのっ!詐欺だよ!穣の詐欺氏めっ!
これだから…これだからサ…穣には…敵わない…。
皆が…桧山家のペースになる訳だわ…
不快を通り超し愉快になってきて…ハハハッ。
凄いや…穣は…ハハハッ。俺の嫁さんは世界一だ!
なんて…怒ったり笑ったりの百面相をしていたら…ドライバーさんに…「あの…着いてますが…」
と、言われてしまった…
問題の一つが、思い掛けない形で片付いて…
益々、穣の家に出来るだけ行こう!と、考えた俺は、一番大きなトランクにセッセと着替えを詰め込んだ…
必要な物の全てを準備して…これは…流石に目立つな…と、ハイヤーを再度呼んだ…
キャップにフードを目深に被り…
穣のマンションの前に着けた…トランクを持ち、気を付けながらもイソイソと部屋に向かう。
穣はまだ帰って居ないらしい…鍵を開け、部屋でトランクの中を出していた…
「ただいま!ゴメーン。英。早かったね!」
玄関で穣の声がする…
俺は、留守を任されていた犬のごとく…服を投げだして…玄関に走り出ていた。
「穣!お帰りーっ。」
と、飛び付き…キスをした。
「ハハハッ。犬かよ!ハハハッ。ただいま。」
穣がキスを返し…
「英。余り食べてなかったからさ…帰りに…軽食とケーキを母に買って貰ったの。作りたいけど時間が遅いからね…」
部屋に行きながら、穣が言って…
「有難う!実は、腹ペコ。ハハッ。俺、コーヒー煎れるから。」
俺を見ていてくれた穣に感謝しつつ…言った。
「結構…食べてたけど…私も!ハハッ。」
二人でピザやパスタを取り分けて食べながら…
「しかし…今日は流石の私も驚いたよ。」
穣がモグモグしながら言う。
「いやいや、あれで驚いてたの…?俺の方が余程、驚いたって…あの…振り返って、穣が居た時の驚きったら…腰が抜けなかったのが不思議な位にね…」
パスタを巻きながら、首を振り…俺は言う。
「どんだけーって感じだね…ここまで縁が有ると、結婚するべくして…って思うわ…凄いループだよね…親から…兄弟からさ…」
穣も勿論。首を振る。
「俺から言わせると、実に幸先が良い。今日さ、グループには言ったんだ。明日、事務所に言うね。事務所の判断をあおいでから…マスコミ発表なり…する様になったら連絡するよ。」
コーヒーをすすり言った。
「フフフッ。グループの方達、驚いてた?」
穣は訊く。
「ハハハッ。半端なくね。そりゃ、そうだよっ。付き合ってる話しも無いままに…結婚だからね。食事中にゴメン…全員同時に、ご飯を吹き出して…同時に、お茶を慌てて飲んでたよ…愉快だった。」
「ハハハッ。気持ち解る!人が驚くのって愉しいよねー!ハハッ。」
「うん。ハハッ。でもね…穣。事務所とか、社長の驚きは…別物だと思うんだ…先ず、今は結婚を止めてくれないか…?的な事から言われるな。今が絶頂期っぽいからね…俺達。」
俺は…少し憂鬱だった…
「あら、英。ご家族の事だって、悪くばかり考えてたじゃない?結果は呆気ない程のトントン拍子!奇跡って意外と起きるのよッ。英には、あぶらすましが着いてるじゃない?それに、私もねっ。」
穣が無敵の笑みで言う。
「だよなっ。穣が居れば怖い物無しだよな。あぶらすましもいるしねっ。ハハハッ。ああ、後でお願いしよっと。」
俺も大概、めでたい人間だ。
穣の言葉で、一気に明日が楽しみに変わった。
しかも、尻込みした所で、結婚の意思は絶対に変える気は無いんだから。
「ケーキ食べて、お風呂に入ろう!明日の決戦に備えて、早く寝ないとね。今日は?どんな気分?」
ケーキを準備しながら、穣が訊く。
「うん。今日はね…フルーティーな気分かな?」
俺はケーキをモグモグしながら答えた。
「じゃあ、トロピカルの入浴剤にしよう!」
「うん。トロピカルか…楽しみ!」
片付けを二人で済ませ…
「英。先に入ってね。私はこのボックスに服を入れておくよ。しかし…随分、持って来たね…狭い部屋が…益々、狭い…」
「へへ…毎日来る気満々。だってー。穣に会えると疲れが吹き飛ぶからさー。じゃあ、お先に。」
「うん。ああ、洗濯はカゴに入れてね。」
「有難う…」
俺は、突然…穣をからかいたい衝動に駆られ…
「穣。一緒に入る?」
と、声を掛けた…
「うん。私もそう思ったけどさ。ウチの風呂は狭いからねー。又、別の所で、追々ね。」
しれっと…恐ろしい返事が返ってきた…
えーっ!一緒にって…思ったんかいっ!
「う…うん。そうだね。お…追々ね。ハハ…ハハ…」
返り討ちのバズーカを食らった俺は…
言うんじゃ無かった…穣をからかうなどと100年早い事をした自分を呪いながら…追々ね…入るのね…
ヨロヨロと風呂に向かった…
無意識に服を脱ぎ…指定の洗濯カゴに入れ…
甘ーい香で満たされた、濃いオレンジ色の何やらヌルヌルするお湯に浸かり…
先日、溺れた事を思い出す…この湯は実に危ない…
落ち着け…俺。暴れちゃ…駄目だ。
うん。穣は一緒に入ろうと思ったんだな。
うん。別の所で…って一体…何処だ…?ウチか?
うん。とにかく、追々だな。うん。追々だ…
昨日から、「追々」に呪われそうだ…
などと、取り留めも無い事を考えていた。
二人で風呂上がりに、穣の入れたほうじ茶を飲み…
「英。私、来週ちょっと、タイに買い付け…行くけど…良いかな?」
穣は訊いた。
「勿論。えーっと、じゃあ、こっちでの動きを随時報告するって事で…良いかな?」
俺は答え…続けて…
「うーん。実際、明日次第で全てが決まるだろうから…何が起きるやら…検討もつかないんだ…たださ、今って規制がウルサいから…一般女性の穣には、マスコミも余り手は出せないだろうと思うんだけどね…ゴメンね。厄介で…」
と、続ける。
「全然。何が起きるか愉しみだよねっ?秀ちゃんの言った事からすると…日本国民の殆どと…アジア全土の若者の全てを驚かせられるんでしょ?ハハハッ。今までとは規模が違う。愉しみっ!」
穣は…本当に愉しそう…に言い…
「まあ、その反応…私も家族も…知らないで居るんだろうけどね。ハハハッ。号外とか出たりしてね!なーんて…ハハハッ。」
と、笑った。
「うん。出るよ。多分、号外。」
俺は当たり前の様に答えたが…
「えーっ!マジでっ?私、冗談で言ったんだけど…天皇家や…政治経済以外で号外って出るの?びっくりだなーっ!英!号外出たら、記念に貰って、私に見せてねっ!ハハッ。凄いなー。私の亭主はっ!」
と、目を丸くして…大はしゃぎだが…
「いや…。良く書かれるとは言い切れないよ…」
俺は…穣が万が一、悪く書かれていたら…嫌だったから…言ったが…
「ハハッ。そんなの関係なく無い?人の考えなんか10人10色。英と私は悪い事はしてない!なんて書かれ様が記念だよ!ああ、出ると良いな!ハハッ。」
「だよねっ!ハハッ。出たら貰って来るよ。」
と、答えたが…俺は…解っていた…穣はミーハーに喜んでいるんじゃ無いんだ…
俺が商売柄、余りにも…穣に迷惑を掛けて済まないと思っているから…俺に「ゴメンね。」を言わせない様に…「愉しんでいる」と、伝えてくれているんだ…
俺は…感謝を口にした…
「穣。有難う。穣が…楽しんでいる振りをしてくれてるの…解ってるからね。俺は…幸せ者だね。」
首を振り…言う俺に…
「英君。君は私が神か何かかと思っているのかい?甘いな…こうなりゃ…本音を言うね。私はあまくみてたの…」
と、ほうじ茶を又、すすり…
「余りにも英が普通だったからさ…初めて泊まった日に…英なら、一緒に居られるなー。なんて気持ちになっちゃってて…二人で居るのが楽しくてね…」
立ち上がって、お茶のお代わりを配りながら…
「さあ、次の日だ。細心の注意をしながらも…きっと、大袈裟に考え無くても大丈夫だ。位に…私は、まだ考えてたのよ。店を出て、商店街に行ってからだよ…平静を装ってたけど…行く店、行く店…皆が英を知ってるじゃん?本当に全員がね。叔母ちゃん、叔父ちゃんまで…ハハ…」
苦笑いをしながら…穣は続ける…
「こりゃ…かなりヤバい人じゃん…?って思い出したの。んで、秀ちゃんの店で国民どころか…アジア全土の若者までもが英を知ってるって聞いて…初めて、その時、驚いた。休みを聞いたら、三ヶ月後って言われて…一緒には…居られないレベルの人なんだなーこの人は…って感じた。」
大きく息を着き…又、続けて…
「なのに…英は変わらず、私に執着するし…大好きだって言う。やたらと一緒に居たがる。挙げ句の果てに…プロポーズだ。」
首を普段の倍は振り…
「で、風呂上がりに英の話しを聞いて…自分からプロポーズをしたでしょ?そう。あの時に、覚悟したのっ。もうね…ここまでの人と結婚するなら…何でも来いやっ!てね。ハハ…挙げ句に、英が事ある毎に、酷い目に合う的な事を言うしさー。もう、どうせ色々な問題が限り無く起こるのなら、全ー部っ。端から楽しんでくれるわ!って。」
穣は、笑いを含んだ顔で…
「でも、まさか…号外までなんてっ!英と出会ってから、驚き過ぎていて…終いにゃー、私、マジで…愉快になって来たって訳だ。半分は…ヤケでね!以上。ハハッ。」
と、笑い出して…以上。でしめた。
「そうだったの…?穣は、常に変わらないから…そんなに驚いてるなんて…思いもしなかったよ。」
俺は逆に驚いていた…そして…
「俺も…同じ。穣と出会ってから、事ある毎に、穣は凄いな…って思わされ続けた。俺もこんな人でありたい…って思う半面。何をやっても勝てない自分が情けなかったりしてね…」
俺もほうじ茶をすすり、続け…
「それで…今日だよ。お父さんが世界的画伯で、お母さんが有名な先生で東大卒。終いにゃー。穣が空手の師範代で兄貴と同じスタンフォードの主席って知ったでしょ?その時、ああ…もう、ここまで来りゃ、どうでも良いわっ!ってね。愉快になった。同じだよ。半分はヤケでね。以上。ハハッ。」
俺も笑い出して、以上。でしめた。
「ハハハッ。お互いに半分はヤケかよっ。ハハッ。」
同時に二人は言い、笑っていた。
この感覚が堪らない…何が有っても、結局は最後に二人で笑い合えるなら、他に何がいるだろう!
「さー。遅くなったね!仲良く、歯を磨いて、寝ようね!英。」
「うん。仲良く磨いて、寝よう!」
又、俺は鳥の雛になり…洗面所に向かった…
ベッドに入る前に…
「穣。ちょっと、このミサンガ足に縛って。」
穣の店で買ったミサンガを取り出し…言う。
「えー?私が?普通は、自分で願掛けしながら着けるんだよ。」
穣は言った。
「良いんだ。明日、問題なく上手く行くように…穣と幸せに暮らせるように…俺が選んだのを穣に着けて欲しいんだ。」
俺は言い…
「買った時は、穣とずーっと一緒に居られるようにお願いしようとしてたんだ。なのに…ハハッ。買っただけで…願いが叶っちゃったからさ、幸せに暮らせるように…って、変更したよ。」
と、続けた。
「ハハッ。凄いミサンガだね。買っただけで願いが叶うってか?宣伝に使うかな…ハハッ。良し、じゃあ、着けるよ。」
と、穣は俺の足首にミサンガを結わえた。
その後、二人でオヤスミのキスをして…
今日は「追々ね。」に悩まされず…穣の寝息を感じながら…眠りについた。
朝、キチンと、立ちっ茶を飲み…落ち付いて。
穣のウチを出た…さあ、出陣だ…
「お早う御座います。」
俺は、早めに事務所に行き、担当さんとマネージャーを捕まえて、話しが有ると伝えた。
「英二ちゃん、何?休みは無理だよ。」
マネージャーが真っ先に言う。
「嫌な予感…聞きたくないね。」
と、担当さんが顔をしかめる…
「俺、結婚しました。」
穣と考えた末に、過去形をとる事にした。
これは、朝食の席で穣が出した案で…
俺は又、凄いな…穣は。と、感心させられ、起用させて貰う事にした。
「はっ?」
「へっ?」
唖然と言う言葉がこれ程似合うリアクションも無いだろう…と、思える二人に被せて…
「ご報告遅れて申し訳ございません。今後の事を話したいので、社長に連絡お願い致します。以上。」
と、又、穣節で言った。
その後、慌てふためく二人は…社長を呼び出した。
社長が来た…俺は思わず…足首のミサンガを触っていた。
「結婚の事聞いたよ。移動中に考えた。今、お前達の人気は、ピークだ。」
ほらな…出たよ…次の言葉は…伏せておけ。かな?
「良いタイミングだ。」
はっ?
「ここから先、このピークを保つには…極、普通の人達と変わりない「身近だ」と、思わせる要素が必要になる。中途半端に付き合っただ、別れただと言うより、結婚の方が誠実さを感じられる。」
社長は身を乗り出して…指を立て…
「ましてや、綺麗な女優さんじゃ「身近だ」は無い。やっぱりね。で終わるだけ。それが、相手は一般女性だ!うん。実に良い!「もしかして、私も…」と、ファンは思うんだ。そして、グループに親近感を覚えるだろう?」
又、椅子にもたれて…
「ああ、遅くなったが、おめでとう、英二。良くやった。早速、記者会見だ。ハハッ。」
と、笑った…
普通の一般女性じゃ…無いけどね…と思いつつも…
「有難う御座います。」
平静を装って頭を下げて居たが…
えーっ!マジ?ねえ、マジ?穣!これは、ミサンガの奇跡だよ!
ああ、有難う。あぶらすまし!ヒャッホーッ。
心の中では…こんな感じだった。
今朝、出掛けに願を掛け鳴らした、あぶらすましの笑い顔が思い出された。
社長は又、続けて…
「今のお前なら、俺は何も規制しないよ。質問には好きに答えろ。以上。」
穣かよ…。
「はい。有難う御座います。」
俺は頭を下げて、慌てて押さえた記者会見場に移動した…
その間に…穣に慌ててLINEを打つ。
「これから記者会見。問題が有ったら又、連絡するよ。号外出るか楽しみだね!」 と…
リンロンッ。
あぶらすましのアイコンが来た…
「へー!早かったね?頑張って。ハハッ。号外出ろー!マジ楽しみッ。ハハハッ。」
穣の笑い顔が目に浮かぶ様だ…
こうなりゃ、もう。号外に出て貰わなきゃ…困るんですが…ハハ…
「ちょっと…それ、プレッシャーだわ。ハハハッ。行って来ます!」
「ハハハッ。勿論。プレッシャーだよ。嘘。行ってらっしゃいっ!旦那様!ハハハッ。」
旦那様…そうか…旦那様か…へへへ…
デレデレと…あぶらすましを見ていると…
「おいっ!英二!始めるぞっ。全く…。ニヤニヤしやがって…仕事も押してるからな!宜しく!」
マネージャーに葉っぱを掛けられ…。
「りょっ!」
俺はもう一度、ミサンガを触り…戦場に向かった。
この短時間…実際は…何分かで何処から…沸いて出たの?
と、訊きたくなる程の報道陣の数だった。
今までの会見の比じゃあ無い…人。人。人…
会場一杯の人で…温度が5度くらい上がってそう…
「突然の結婚発表で驚きましたが…」
予め…決められていた、一番の人が言う。
「当人の俺が一番…驚いています。ハハッ。」
緊張していた会場に…笑いが渦巻く…
「一般女性と言う事ですが…結婚を決めた理由は?」
次の質問が飛ぶ…
「この先、何をするにも…その先に見えるのが彼女だったからです。彼女の為になら、頑張れると…」
会場中が今度は何回も頷いた。
「月並みですが…プロポーズの言葉は?」
ハハッ。だよな…
「いや、ウチ…彼女に…月並みは余り無いんです。彼女が…「マジで結婚しようか?」って訊いて…俺が…「うん。する。」って答えまして…ハハッ。」
頭を搔き、続けて俺は言う。
「まさか…プロポーズされる側とはね…って俺が言い、彼女がプロポーズする側とはね…って。」
会場は一瞬の驚きの間の後…やはり笑いの渦だ。
「月並みじゃ無い…彼女はどんな感じの方ですか?」
戸惑い顔で訊いてくる…
「全てに、凄い人。その一言です。例えば…ああ、一番、解り易いのが…初めて会った時、俺の職業を知りませんでしたね。参った…ハハハッ。」
俺は戯けて、肩を竦めて見せる。
「えーっ!」と、会場が一斉にざわめく…
「知らない振りとか…じゃなくて?」
騙されているんじゃ…?的な訊き方だが…
疑っても…仕方ないよな。
「疑いますよね?実は…その時、前の人と別れたばかりで…マスコミのカメラマンさんに追われている俺に…「君は。何者なの?政府要人には見えないけど…」って、終いには…「借金取りにでも追われてるの?」って訊かれまして。ハハハッ。」
又、会場はマジ笑いで埋め尽くされた…
「でも、ファンの方にとってはショックですよね?」
訊かれ…そうだろうな…
「うーん…質問の答えになるかは…解りませんが…人の考え方は10人10色で…100人いれば100通りの考え方が有ると思うんです。俺のファンの方々なら解ってくれる。などと、綺麗事を言うつもりは有りません。祝ってくれる方も…短い交際での結婚に否定的な方も勿論いると存じます。ファンの方々にとっては、確かにショックを与えたのかもしれませんが…ただ…俺は、公表する事しか始めから考えませんでした。隠そうなどとは…一度も考えなかった…それは、一番には、隠したく無かったからですが…公表がファンの方々と、これからも真摯に向き合う事だと考えたからです。これも…俺が彼女から教わった事の一つです。」
「ほー…」と、それこそ、10人10色の思いが渦巻く…
その後も、次々に細かい質問が続き…
やっと最後の人だ…
「最後なのに…月並みですが、ハハッ。英二さんにとって彼女の存在とは?」
と、訊かれ…
「常に…こんな人で在りたい。と思わせられる人。唯一無二の存在です。」
俺は秀ちゃんに言った事を答え…会見を無事に…?終了させた。
同行し、袖…?にいた社長が…
「うん。良い会見だったぞ。英二!」
と、俺の肩を力一杯バシッと叩き…ご機嫌だった。
ジンジンする肩に手を置きながら…
「社長…号外出ますかね?」 訊いていた。
「はあ?当たり前だろ?何でそんな事を気にする?」
当惑し、社長は聞き返す。
「ハハハッ。女房が愉しみにしてるんで。」
俺が答えた…
「ハハハッ。本当に月並みじゃないなー。ハハッ。」
手を振り…笑いながら帰って行った。
その後、どうやったら…こんなに直ぐに…?
と、訊きたくなる程、直ぐに…号外が配られた…
マネージャーが社長に言われ、持ってきてくれた。
「英二、電撃婚!お相手は…唯一無二の存在!」と、大きく刷られた見出しの向こうには…照れて頭を搔く…俺の笑顔があった。
撮影の合間に、穣にLINEを打つ…
「やっぱ、号外、出たよ!ハハッ。穣のお土産に持って帰るね。」
直ぐに、あぶらすましが来た…
「はあーっ!マジでか?号外ね…本当に、英は凄いんだねー。楽しみにしてるよ!ハハッ。」
満足して…LINEを閉じる…
閉じた携帯の待ち受けには…はにかむ穣と、緊張顔の俺がロンジー姿で現れる…
ツーショットに魅入って…フッと顔を上げると…
メンバー全員がニヤニヤと、俺を見ていた…
そして…やはり優が…
「特攻隊長!感謝デス。これで俺達もいつでも結婚出来るしっ!ハハッ。」
と、言う。
もう一人が…
「イヤね。俺、久々に感動した。何?あの和やかな会見は?俺の時も、あんなに上手くいくかな…?」
もう一人も…
「俺も!感動した。何?あの最後のカッコいい決めゼリフは?俺…あんな事、言えるのかな…?」
もう一人は…
「俺も感動しちゃった。これさ…優が言うのと逆でさ、益々、次がやりづらくねぇ…?参ったな…」
と、締めくくり…
「ハハハッ。ハハハッ。」
俺も混ざって、全員で笑い出す。
最後に全員が「本当におめでとう!英二!」
と、言ってくれたんだ…
俺の方こそ…感動した。
「ただいまー!穣。」
俺は元気良く声を掛けたが…
「えー?英!今日は大騒ぎで来れないと思ってた…」
と、着替えを済ませていない穣が驚いて…
「いや、商店街の食堂にご飯でも食べに行こうかと思ってたのよ…」
「えー。号外、お土産に持ってくって…」
「いやいや…流石に…今日じゃないと思ってたよ。良しッ。じゃあ、一緒に食べに行こうよ!だって、もう、人に見られても良いんでしょ?」
穣はバックを手に言った。
「うん!そうじゃん。行こうよ!ハハハッ。ねえ、そのお店、何が美味しいの?楽しみッ。」
俺もテンション上げ上げで…訊いた。
「何でも美味しいよー!英は、何系?麺?ご飯?」
「まずは、穣。」
と、穣にキスをした…
「新婚かよっ。」
「新婚だよ。」
「あっ。そうだね。…ハハハッ。」
又、馬鹿な遣り取りをしながら玄関を出た…
下の階でエレベーターに女性が乗って来た。
顔見知りらしく…穣が…
「今晩は。」 と、声を掛けた…
「ああ、今晩…キャッ。」
今はもう、キャップもフードも無しの俺を見て…
一瞬、挨拶の言葉が止まる…一息ついて…
「あー。驚いた…ハハッ。今晩は。」
「今晩は。ハハッ。」
俺も挨拶をして頭を下げた。
「ゴメンね。驚かせたよね。ハハッ。」
穣が笑い言う。
1階に付き、二人で手を繋ぎ、商店街に向かい…
「ああ。穣。はい、号外。なんか、見られるのハズいけどねー。」
と、穣に号外を渡した。
「ええー!見せて!」
手をほどき…穣は号外を手にした…
「本当に…号外だよ…。」
「ハハハッ。嘘なんかつかないよ。」
「いやいや…号外だよ?自分の事で号外が出るってさー。私って…何者?」
穣は普段の4倍…首を振る。
「えー。何者?って…俺の奥さん?」
「だよね…。ウワーッ。新聞に…英がアップで写ってるよ!ウワーッ。どうしよう。」
「はあ?どうしようって…?」
「リアルになったら、今更、恐ろしくなってきた!誰?英二って、誰?ウワーッ。」
穣は、実物を見て…パニック状態だ…
「いや…俺だよ。多分ね。」
いや、多分じゃねーよ。確実に俺だよ。
俺までつられて可笑しくなった…
「唯一無二の存在…」
「勿論。穣の事だよ。」
突然、穣は、号外をバタンッと閉じた。
バックにしまい込み…
俺の手をとった…
「えー?見ないの?穣?」
ブルブルと、犬並みに首を振り…
「とても、道端で気軽に読める気がしない…読んだら…尻込みして、こうして歩いて居られなくなるからさ…何気に…皆、見てるし…」
確かに…流石に見られてはいるが…
俺は立ち止まり…穣の両手を持った。
「ねえ!今、俺は英でしょ?穣はさ、号外が出るの楽しみだって言ったじゃん?こうやって、道行く人を驚かすのも…穣、楽しむんでしょ?」
「ああっ。だよねッ。初めて、英のメディアに乗ってるの見たからさ。思わず、私、普通の人になってたわ。」
繫いだ手を大きく振り…首も振り…続けて…
「だよねー。こんなじゃ、この先、身が持たんわ。止めた。ハハハッ。でも、号外は後で英をじっくりと、冷やかしながら見るよ。ハハッ。楽しみッ!」
穣はようやく、普段通りのブラック穣に戻った…
「な…何だよ、それっ!」
俺は…早くも…戻さなきゃ良かった…と後悔して…
「俺もまだ読んでないんだ…何を書かれてるかな…まさか…穣…勿論。会見なんて見てないよね…?」
今、思うと…恥ずかしい位にノロケた…会見を思い出して、思わず…訊いた。
「ん?何?何よ。観られていちゃマズい会見をしてくれたんかい?英君。」
穣が俺を睨んだ。
「ち…違うよっ!俺…穣を…自慢し過ぎたから…」
どうせ、号外でバレるんだ…正直に言う。
「えーっ!自慢っ?何処をだよ?本当に…どんだけ好きだよ!ハハハッ。でも、嬉しいな。」
「堪らなく、好きだよ!ハハッ。」
「うーん。やっぱり…明らかに観られてるよなー…どうする?私…どうせなら、美智子様みたいに、手でも振るかなー?…ハハハッ。」
「ハハハッ。皇室かよー!穣。ウケるわ!でも…俺、思ったよ。返って、堂々と顔出ししてた方が騒がれないってね。」
「多分。驚いてるウチに、通り過ぎるからかな…?それか…グループは人気が有っても…英は余り人気が無いとか…?」
いやいや、自分で言いたく無いけど一番人気だよ…
「穣!禁句っ!ハハッ。傷付くわー!」
「ハハッ。良いじゃん?英。私だけのアイドルでもさっ。ねっ?」
「うん。良い!うん。ハハハッ。やったー!」
俺は、空いている手を上に上げ、はしゃぐ。
「久々に出たよ…英の、やったー。が…」
穣は、はしゃぐ俺を見て…勿論。首を振る…
二人で騒いで歩くうちに食堂に着いた…
「ここだよ!」
穣が立ち止まり言う。
「へー。たたずまいに…味があるねー?」
言う俺に…
「いやいや…単に古いって…言えよ。流石…英。良い所の坊ちゃんだわ。ハハハッ。」
笑いながら、穣はドアを開け…
「大将!今晩はー。」
と、入って行く…
「おう。穣!久しぶりじゃん。全然、来ないからさっ…え…ええーッ?」
穣と手を繫いでいるんだから…自然に後から俺は…店に入って…
「今晩は…。」
遠慮がちに言ったが…大将の「ええーッ!」に掻き消されていた…
しかも…店内の全員がこっちを見た…
「ああ…そうかい…うん。いらっしゃいっ!そうかい…うん。うん。ハハッ」
何かに…多分、彼女が俺の職業を知らなかったと、俺が会見で言った言葉だと思うが…非常に納得して、大将は頷く。
会見を観ていないし…号外も見て無い、穣は…
「何?それ?ハハッ。」
首を振り…笑って席に着いた。
俺も向かいに座ろうとして…
「ああ!先日は…有難う御座いました。本当に助かりました!」
奥の席に秀ちゃんを見つけ…声を掛ける。
「あーっ!秀ちゃん。この前は有難う。ケーキ、感動した!嬉しかったよ!」
穣も振り向き、言った。
笑顔で秀ちゃんが手を上げ…
「ハハハッ。今日は又、おめでとう!だな?超早くてビビったよ…流石は穣だ!早技…ハハハッ。」
と、言う…
「何かさー!それだと、まるで私が獲物を仕留めたマタギ的に聞こえるんデスがっ!」
穣は苦情混じりで言った…
「ハハッ。マタギってか。だって、そうだろ?穣がプロポーズしたんだからさー。」
秀ちゃんっ!それは…まだ…ヤバいっす!
「はっ?はぁぁーあ?秀ちゃんが何で知ってるの?英ーッ!てめえっ!何を…喋ったんだい?国民の皆、皆様の前でッ!えー?おいっ!」
穣は興奮して、立ち上がり…俺を問い詰める。
「ハハ…何って…ねぇ…ハハ…色々とさ、質問をされて…ちょっとぉ!頼みますよー!秀ちゃんッ!」
俺は秀ちゃんに振った。すると…大将が…
「おう。穣は観て無いんか?俺はね…「セカチュー」を観た時振りに、感動してよー。泣いて観てたよ!ハハハッ。」
と、言い出し…秀ちゃんも…
「セカチュー…古っ。でもな、穣。あれは…観るべきだったな。本人の前だけど…殆どの国民も感動したと思える位、良い会見だった!マジでね…」
秀ちゃんは真顔で言い…
聞き耳を立ててた…であろう、知り合い同士でも何でも無い…店中のお客が…一斉に、頷く…そう…
ウェーブの様な…変な現象が店中に起きた…
「へー…セカチューって…ポケモンか?感動…?した…?そうなの?本当に…?へー。」
穣は、誰に訊くとも無く…店内を見回し…取り敢えず、座る。
セカチューだよ…穣。ピカチュウとは、別物だ。
全員が思っていたのだろう…首を横に振ってる。
俺は…自分の会見に照れて、恥ずかしさに…
「た…大将。俺、鯖の味噌煮定食にラーメンも、お願い致します。ハハ…恥ずッ。」
と、注文を始めた…
「ああ、私、炒飯と味噌ラーメン…英。餃子、二人で食べる?」
「食べるッ!」
穣も注文を済ませた。
「食べるねーッ!ハハ…流石は穣の旦那だ。」
大将は、首を振り俺に言う。この街の風習か…?
「いや、何だか…会見で体力を消耗して…ハハ…」
俺は、頭を搔いて…言った。
「ハハハッ。今夜も消耗するしなっ!ハハッ。」
今時…言わない様な冗談を言い…大将が笑う。
「古っ。ちょっとー。若者を揶揄わないでよ大将!」
穣が言い…又、店の全員が含み笑いで頷く。
俺は…
「本当に…そうなら良いんだけど。追々、だそうですぅ…ハハハッ。」
店全体に広がる不思議な連帯感に…思わず、愉快になり…笑って言った。
「追々って…勿体振ってるなー!穣。ハハハッ。」
秀ちゃんが突っ込み…
何故か…又、皆がコクコクと、頷いていた…
「ちょっとさー。皆、聞き耳立ててるの、バレバレじゃん!何?この感じッ!可笑しいっしょ?もーっ!…ハハハッ。」
終いには、穣まで…渋々、笑い出して言い…
「でも…英は普段から食べるよ。家でも三杯お代わりする位に食べるよ。ねー?」
突然、振られた俺は思わず…
「穣もね。」
と、呟き…
「ハハハッ。ハハハッ。」
店内中が今度は、遂に…声を出し笑った…
「ちょっとー!黙って、お座りしてろっ!英!」
穣が怒り出す…店内が笑い出す…俺は舌を出す…
変な韻を踏んだ…ラップ状態…?だった…ハハ…
「はい。先ずは餃子ねっ。」
大将が餃子を出した…
「ワーッ。美味そう!頂きます。」
「ねー!頂きます。」
と、二人で言い…又だよ…同じ餃子を取る…
「だからさー。穣。今までの俺の知り合いはさ…ゴメンね。って、箸をどけて譲ったってばっ!」
俺は箸に又、力を入れ言う。
「だからさー。英。私の今までの知り合いは…どうぞって、自分は違う餃子を食べたってば!」
やはり、穣も譲る気は無いらしい…
「もーっ!シュウマイとは違って餃子の半分こは…ムズいよっ。全くッ!」
俺は、箸に力を入れ餃子を割った…
「はい。…ああ…旨っ。」
「うん。美味しいねっ。」
「ハハハッ。」
又、二人で笑い出す…
ハタと気付くと…店内の全員が呆れた様に見物していた…
秀ちゃんが…
「仲良しかよっ!」 と、言い…
「まるで、子供の喧嘩だな…?穣はともかく…相手まで同じ性格かよっ?ハハハッ。」
笑い出した…
だからさ…可笑しいって…穣の性格を知らない客まで…笑いながら…コクコクと、頷いている。
「英がね。子供なんだよ。しかも…頑固なね。」
穣が言い…
だからさ…可笑しいって…俺の性格を知らない客まで…又、笑いながら…コクコクし始めた。
「いやいや…これ、絶対に可笑しいだろ…?聞き耳立てすぎだよ。皆さんっ!」
と、俺が言い…
秀ちゃんが…
「いや…皆、思ってるさ…テレビに出てる時のクールガイは…誰だ?ってね。昼間の感動が台無しだな…英。」
やはり、首を振り…言い…
「……ハハハッ。ハハハッ。」
それこそ、全員で穣も一緒に笑い出していた。
俺だけが苦笑いだった…
楽しくて、美味しい食事を終え…ウチに着いた。
着替え終え、俺はコーヒーを煎れ…
穣はラグに座って、洗濯物を畳んだりしていた…
「穣。コーヒー入ったよ。飲も?」
声を掛けた。
「ほーい。有難う。お風呂入れてくるね。今日は?」
「穣の一番好きなヤツ。」
「えー?一番は、初めて英が泊まった時のだよ。」
「じゃあ、又、それで。調度、躰の懲りもほぐしたいしね。あの…メンソールと言うよりは…ハッカって感じの香がノスタルジックで俺も好きなんだ。」
「そう!良いようね。ノスタルジックな香ね…詩人だねー。英は。じゃあ、入れて来ちゃう。」
「詩人?ハハ…有難う。」
部屋に穣が戻り…
「さーて、英。号外を見よう!」
穣は俺と並んで…正座をした。
二人で、コーヒーをすすりながら、号外を広げた…
穣が読み上げる…が…途中、途中で…
「英を知らなかった事、バラしたんかい!」 とか…
「彼女に余り月並みは無いんです。なんだい?これは、英君。」 とか…チャチャが入った…
全てを読み終わり…俺は誹謗中傷が無くてよかったな…と思っていた。
穣は…静かに号外を閉じ…
「これ…大切にしておこう。私、初めて…テレビを観れば良かった…って思った。英…有難うね。私をこんなに…大切に思ってくれて。」
と、言い…俺にキスをした…
「俺ね。言葉を選んだり…取り繕う事も…カッコをつける事も無く、記者の質問にスラスラ言葉が口から出ちゃったんだ。こんな会見、初めてだった…」
俺はコーヒーを一口すすり…
「穣と初めて会った時、マスコミをまきながら…人はどうやって特別な人と出会うのか?特別だってどうやって解るのか?…なんて、考えてたんだよ。」
足首のミサンガを眺め…続ける…
「この会見で…他人から質問されて、解った気がした。穣の事を訊かれるのが嬉しくて堪らないんだ。人に話したくて…自慢したくて…言葉が止まらなかった。今までは…自分の事にしても、隠そう…隠そうって考えてたのにね。これは、穣が俺にとって、特別な人だからなんだな…ってね。」
本当に…躊躇無く、自然に穣を語れる。
もう、自分の一部に穣がいるから、気取らない言葉になる。
笑い合い、楽しい時を穣と過ごしている、自分の幸せを人に自慢したくなるんだ。
今まで、俺の会見がどんな物だったのか?…思い出す事も出来ない…では無い…
別物なんだ…穣を語る俺は…今までの言葉を選び…出来事の事後報告をするだけの俺ではない…
今を穣と生き、未来に続く思いを語れる。
やっぱり、それも穣が俺には、特別な人だからなんだろう。
「そう。自分でも…良く解らなかったんだけど…私が初めて英に会った日に、鍵を渡したじゃない?あれって…今、考えてみると…考えられない事なんだよね…」
穣はコーヒーカップを回しながら…
「何でなのか…この子の抱えてるストレスを少しでも減らしてあげたい。喜ぶ顔を見ていたい…って思ってさ、やっぱり…私にとっても、始めから英は、特別だったのかな…?」
思い出す様に言った…
そうだよな…初めて会った人に鍵は渡さないよな…
「あの時…正直、驚いた。普段の俺なら…新興宗教の勧誘?とか、盗撮されてる?とか…考えて、悪いから…とかって断るんだ…」
俺は首を傾げ…
「なのに…何故かな…?良いの?って言ってた。ここに来たい!って直ぐに思ってた。」
穣はやはり首を振り…
「不思議だよね…二人が始めから信用しあってたんだから…もしかしたら…こういう相手は…誰にでもいるのかもしれないよね?ただ、巡り会えるかどうかの差でさ…」
「うん。そう思う。だから俺は穣に出逢えて、幸せ者だって、秀ちゃんにも言ったんだ。ハハッ。」
「秀ちゃんにそんな事、話してたの?また何で?」
穣は少し戸惑い訊く。
「うーん…穣が服を選んでる時、秀ちゃんが話し掛けてきた。「穣、良い奴だろ。」って…その言い方が…穣を騙すなよ…って言ってる様に、俺には感じたんだ…秀ちゃんが嫌な奴だからとかじゃ無いんだよ。商売柄…どうしても、女性関係が派手だと…見られがちなんだよね。俺達は…」
俺は首を振り…続けて…
「彼が疑っても仕方ない事。穣の事以外ならそう思って何も言わなかったと思う。でも…穣の事を心配をする秀ちゃんの気持ちと真摯に向き合って…本当に理解して貰いたいって…思った。だから…会見で最後に言った事を秀ちゃんには、もう、先に伝えて有ったんだよ。唯一無二の存在…って。」
又、俺はミサンガに目を落とし…
「そうしたら…秀ちゃんが、穣は幸せ者だな。そんな風に見てくれる人がいて…って言ったんだ。だから…穣に出逢えた俺が幸せ者です。って俺は言ったんだよ。本当に、そう思っていたからねっ。」
と、話した。
「そうなんだ…あの時…秀ちゃんに、何を話してたの?って訊いたらね…秘密って言われたんだよ。そんな素敵な話しなら、言えば良いのにね…」
穣は不思議そうにしている。
「ハハ…多分、俺が穣に伝える前に、自分が言っちゃあいけない。って思ってくれたんだよ。」
ミサンガに触れる俺の手を見ながら…
「英。ミサンガの効き目は有ったって事だね?」
穣が訊く。
「凄い効果だよ!俺…社長に話す前も…会見前にもね、ずーっと、ミサンガに触れてた。全部が上手くいった。本当に凄い!あれだけ有る中で…「これっ!」って直ぐに思ったんだ。凄いよね?俺。」
ドヤ顔で言う…
「ハハハッ。俺が凄いんかいッ!でも…きっと…ミサンガが英を呼んだんだね…私ね、アジアの雑貨には…何かを起こす力が有る様に思うんだ。神々の国だからかな?私が思うだけだけどね。ハハッ。」
穣は言った。
「うん。そう思うよ。この部屋に有る沢山のアジア雑貨の中からさ、俺があぶらすましに惹かれたのも、何かを感じた様に思う。穣のアイコンに使って…LINEの遣り取りがあったから、1回、お邪魔しただけの関係で終わらなかったんだしね…」
「来週、一週間も英に会えなくて…寂しいな。」
穣が言い…
「えっ?えーっ!一週間ッ?一週間も居ないの?穣って。えーっ!」
「ええーッ。私、英にタイに買い付け行くって言ったよね?」
「言ったよ…俺達って…公演が有っても、トンボ帰りだからサ…てっきり、3日位かと…」
「いやいや…国内線で各地をまわるからさ…英。後生の別れじゃあるまいし…そんな、情けない顔しないでよー。ウケるじゃん。ハハハッ。」
「全ー然ッ!全然、ウケないよっ!一週間も穣に会えないなんて…嫌だ!嫌だ!でも…仕事だしな…仕方ないって知ってるけど…嫌だ!でもな…」
ウダウダ言って…
「英…しっかし…面…」
穣が言い掛けるのを遮り…
「面倒臭い男!だろ?自分でも解ってるよっ!でもね。普段の俺は、皆から、物わかりが良いヤツって言われてるんだ!穣の事だけだよ。こんな…えーっ!一週間も…嫌なんですがっ!」
もう…駄々っ子だな…俺。
「ハハハッ。英君。コンサート?って始まると…長く、会えなくなったりするんでしょ?今回は、予行練習だよ。それとも…一週間会えないと気持ちが冷めるのかい?君は?」
穣は言う…
「冷めないよっ!俺。一生、熱湯のままだよっ!」
俺は訳の解らない事を言い出して…
「じゃあ、安心して行ってくるね。ハハッ。さー!熱湯じゃないけど…英。お風呂に入って。」
穣が促す…
「うん…一週間も…はぁぁ。駄目だ…はぁぁ…」
又、ヨロヨロとお風呂に向かった。
見送る穣は…勿論。首を振っていた…
穣は月曜日の朝、日本を発ったのだが…
それまで…仕事以外、全ての時間を穣に張り付いて過ごし…呆れたさせた…
御飯を作る穣の後ろに張り付いいて…
「ちょっと…英!包丁…危ないよ!」
と、怒鳴られ…
食事をしては…
「あのさー…英。見過ぎッ!御飯を見て食べろっ!」
と、怒られ…
鳥の雛程の感覚を空けるのも嫌で…べったり貼り付いて歩く俺に、穣は…
「英君。動物に取りついたノミの様だね。君…」
呆れ顔で…失礼な事を言った。
ベッドでは…穣をキツく抱き締め過ぎ…
「ちょっ…英!ギブ…ギブ!ロープッ!」
言われ…カンカンカンとゴングを鳴らした…?
そんな繰り返しで…
遂に、出発の朝を迎えてしまった。
玄関で…
「着いたら連絡、入れておくね。英。ちゃんと食べて、寝て、元気に過ごす様に。」
穣が言う。
「うん…絶対にLINEしてよ。毎日だよ!俺も毎日、連絡するからね。はぁぁ…大丈夫かな…俺。」
俺はヨロヨロと壁にもたれる…
「英は…本当に大袈裟だなー!普通は、こっちの事は大丈夫だから心配しないで頑張って来て。って言うんじゃないのかい?全くッ。」
穣は気合いをいれたが…
「今までの俺ならそう言ったよ!でも、穣は居ないと嫌なんだもん!」
相変わらず…駄々っ子状態だ。
「だもん!じゃ無いっ!はい。」
トランクを置き…両手を広げた。
「うん。」
俺は速攻で穣に飛び付きキスをした。
穣は俺の頭を撫で…いつもと違う…長ーい…ディープキスをした。
驚きに…棒状に固まる俺に…
「続きは、帰ってのお楽しみだねッ。以上。ハハハッ。行って来まーす!英。」
と、玄関を出て行く…
又の放置プレイに…数秒後ハッとした俺は、パジャマのままで玄関に飛び出し…ドアを大きく開き…
エレベーターに乗り込む穣に…
「いってらっしゃい!穣。俺、大丈夫だからっ!」
と、手を振り…乗っていた人を驚かせた…
自分で言うのもなんだが…つくづく…めでたいな。
きっと…穣はエレベーターの中で、首を振り…
「驚かせて…スミマセン…」
と、謝って居るんだろうな…なんて考え笑った…
玄関内に戻った俺は裸足に気付いて…足の裏を払いながら…
「続きは帰ってのお楽しみ…だな…嫌だなー…穣。帰ってのお楽しみ…だなんて…もーっ。…」
独り言をブツブツ言い…ニタニタしながら…
今度はフラフラと足を洗いに風呂に向かった。
ああ…話しを少し戻すが…会見後も、俺の結婚に対する報道は続いていた。
流石は百戦錬磨…社長の言う事は正しかった。
世間の人々は、一般女性を選んだ俺を高評価した…
結婚会見後、号外に沸く、街の人々にインタビューを各社が行っていたらしいが…
「会見、感動したー!もっと、軽い人だと思ったら…英二を見直した。」
「私達にも可能性が有るって…夢を与えられた。有難う!英二。」
「私、英二の追っかけだったんだ…ショック受けたけどさ…相手の人が素敵な人だって伝わってきたから良いや!納得した。仲良くね。」
「ウチもそうだけど、尊敬しあえる仲なんだねー。きっと、素敵な夫婦になるんじゃないかな?」
「俺、結婚に興味無かったけど…英二みたいに言える人が現れないかな?なんて初めて考えた!」
「お相手の方、カッコ良い!私も彼にプロポーズしようかなっ?ハハッ。」
など…老若男女問わず、好印象の言葉が殆どだったそうで…
結婚ブーム…しかも、女性からのプロポーズが流行るんじゃないか?なんて…騒がれているらしい…
「社長が超ご機嫌だよ。英二のファンもうなぎ登りだ。何故か…男性が増えてるね。」
と、俺の担当さんが伝えに来てくれた。
今の所は、穣の素性が知られる事も無かった様だ。
出演したミュージック番組では…
「英二さん。新婚生活は如何ですか?」
と、質問され…
「もう最高ですっ!でも今…ちょっとの間、彼女が留守なので…俺、マジ寂しくて…ハハ…」
照れながら答えると…メンバーが…
「出たッ!デレだよ!英二。」
「うわー…甘えた…かっ?」
「ワーッ。メンバーの私情…聞きたくねぇー!」
「ってか、そこまで聞いてねぇーっ!」
などと、チャチャを入れ、司会者や会場の笑いをとって盛り上げる…
寂しさに沈む暇も無く、時間は過ぎていった…
それにはもう一つ理由があり…穣からは約束通り、到着の連絡から始まり…毎日LINEが…あぶらすましが…入って来た。
俺が教えておいたので、写メも付けてくる。
それで、寂しさが少し和らぐ…
秋の気配が濃い日本と比べて、バリバリに暑そうなタイで少し日焼けした穣は元気そうだった。
美味しそうな食べ物や…素敵な笑顔の現地の人々と一緒に写る穣の写真が毎日、何回か送られて来て…
俺を楽しませ、元気づけていた。
俺も、メンバーに断り…楽屋の様子などを随時送ったり、日々の報告をした。
穣が帰国する次の日、俺のウチに泊まりに来る事が決まっている。
出国前夜に婚姻届は提出した…穣は一人娘だ。
穣はそれまで言わなかったが…桧山になる事を言い出した俺に…
「良いのっ?英!私、流石に言い出し辛くてさ…」
と、驚いて、言い…
「一人娘だって聞いた時から思ってたんだ。だって俺の家は3人男だからね。ウチの両親も、そう思ってたし…早く、俺が言うべきだったね。ゴメン…」
と、俺は謝って言う。
「わーっ。私、両親に電話するね。もっとも…余り興味は無いだろうけど…それでも、喜ぶよ。」
と、言うことで…
俺が「桧山英」になった。
そこまでしか追いつかず…住居の話しはまだ済んでいなかった。
穣が住んでいる、素敵な人々に囲まれた街で、もう少し大きなマンションを借りて暮らしても良いな…
なんて俺は考えていたが…
一応、俺が生活をしてきたマンションも穣に見せたかったのも有り、泊まりの話しが決まったのだ。
意味は無いが…ウチの風呂は…大きいんだよな…
いやいや…意味は無い…よ…嫌だな…ハハ…
それと、穣の帰国の日には、俺が空港に迎えに行く事が決まっている。
その日は、ロケ終了が早い日で…俺がどうしても、迎えに行きたくて、穣に提案した。
「えー。英、躰休めなくて大丈夫なの?直ぐに、ウチで会えるのに…」
と、呆れ顔で言う…
「大丈夫だよっ!迎えに行きたいんだ。一分一秒でも早く穣に会うんだっ。」
駄々っ子状態の俺は言い返す。
「はぁー。ご自由に…」 諦めムードの穣と…
「うん。」 満面の笑みで頷く俺の…
話しは決まった。
そんなで…明日は、穣が帰って来る…
早朝ロケが有った為、俺は、夕方に仕事を終えた。先日買った、秀ちゃんの店のジャージが動き易く、シルエットも気に入ったので、色違いを購入したくなり店に向かった。
閉店間際の時間だ…余り混んではいないだろう…
到着し、店内を覗いて見た…カウンターに秀ちゃんが立ち、向かい合わせに椅子を出し…男性が座っていた。
他にお客の姿は見えない…良かった…
会見後、すっかり気が楽になった俺は…
キャップもフードも無い…素の…?状態だった。
一人位なら…大丈夫だよな?迷惑掛からないよな?
「今晩はー…」
それでも、恐る恐る…俺は声を掛け入る…
「ああ。英。いらっしゃい…かな?」
と、秀ちゃんが言い…
椅子に座っていた男性が振り返り…
「う…うぉぉーっ!え…英二…えーっ!何これ…」
立ち上がって驚いた…
アポ無しは…マズかったかな…?と、思った俺に…
「寛貴、騒ぐな。お客さんなんだ。えーっと、英。これ…俺の彼氏だから、大丈夫だ。ハハハッ。」
と、これ又、秀ちゃんに負けず劣らずカッコ良い、彼を親指で指し言った。
「ああ、良かった。迷惑掛けたかと…」
俺は言い…続けて…
「今晩はー。驚かせて、スミマセン。」
と、寛貴さんに頭を下げた。
「いえ…今晩は…」
寛貴さんも頭を下げて…秀ちゃんを振り返り、見ていた。
「ハハ…英。こっちが、驚かせたんじゃない?」
秀ちゃんが俺に訊く。
「はっ?いや、全然。お客さんをパニックにしたらマズいと思ったけど…秀ちゃんの彼なら、信用出来る。安心しました。ハハッ。」
俺は普通に答え…
「この前、頂いたジャージが動き易くて…もう1本か…色違いを欲しいと思って寄りました。」
と、続けた。
「……。」
彼氏は、何とも言えない目で、俺と秀ちゃんを交互に見ている…
「そう。有難うね。ああ、寛貴、英…ってか、英二か…?は、俺の幼なじみ…ほら、アジア雑貨店の穣の旦那なんだ。」
秀ちゃんが説明をして…
「ああ!穣ちゃんねっ!結婚って…穣ちゃんか!」
「ハハッ。びっくりするだろ?」
「そりゃー。何繋がりよッ?って思ってさ、驚いてたよ。でも、もう…大丈夫。ハハハッ。そっか…」
寛貴さんは納得した様に頷く。
「英も、安心して、コイツ、口硬いから、大丈夫。」
秀ちゃんが被せて言う。
「ハハッ。初めから、心配してません。穣の周りには良い人しか居ないから…その人の周りも、きっと良い人だらけ!ハハハッ。」
俺は思った事を言って笑った。
「…英…俺さー。コイツと結婚しようと思ってね。今さ、一緒に暮らさないか?って話してた所。」
突然、秀ちゃんが言い出し…
「秀、そんな事…人前で…」
寛貴さんは…言って良いのか?と、言いたそうにしたが…
「へーっ!凄いお似合いだっ!おめでとう御座いますっ!ってか、大切な話し中に…タイミング悪っ!俺。ハハッ。」
と、笑い、頭を搔いた…
「まだ…おめでたく無いんだ。寛貴が…まださ、イエスの返事をしないんだ。コイツは…俺達が世間的に間違ってるって思ってるからね…ハハ…」
秀ちゃんは苦笑いで言う。
「えーっ。古っ。寛貴さん、古いです。今は、男も女も無い。皆…地球人ですよ?しかも、秀ちゃんは外見も、中身も、「良い男」だ。早くツバを付けた方が良いと存じます。なんて…ハハハッ。」
俺は寛貴さんに言い…
「掛け替えの無い人って…余り、現れないもんじゃないですか?そんな人が現れたら…世間体なんかは、関係ない!ツバを付けた者勝ちでしょ?」
秀ちゃんが俺を見て…
「ツバを付けるって…存じます…ってさ…お前が古いよ…英…ハハハッ。」
笑い出した。
俺達の遣り取りを見ていた寛貴さんは…
一つ、大きく、息をつき…
「ふぅーっ。解ったよ。秀…結婚して一緒に暮らそう!…古い人間になりたくないからね…しかもだ、今、渦中の国民的アイドルが味方じゃ…敵わない…ツバを付けるわっ。俺。ハハハッ。」
寛貴さんも手を広げ、笑い出した。
「やったねっ!秀ちゃんっ!ハハハッ。めでたい!」
俺は愉しくなって、万歳をした。
「おうっ!やったなっ!後で何を言っても承認付きだ!やったーっ!ハハハッ。」
普段はクールな秀ちゃんもはしゃぐ…
「俺…罠に掛かった獲物の気持ちだよ…ハハハッ。」
「マタギかよ!俺…穣と同じか…」
「ハハハッ。ハハハッ。」
寛貴さんの絶妙な言葉と秀ちゃんの絶妙なウケに…全員で笑い出していた。
その後、ジャージを購入し…
「明日、穣が帰って来るんです。先日、買って貰ったケーキ屋さんで焼き菓子でも買って帰りたいんですが…場所を教えて頂けますか?」
俺は秀ちゃんに訊いた。
「ああ、じゃあ…一緒に行こう。俺達もこれで帰るし…祝いのケーキでも買おう。なっ?」
秀ちゃんが寛貴さんに振る…
「ああ、同級生の店?」
寛貴さんが訊いた。
「うん。美咲の店ね。じゃあ、行こう。」
と、秀ちゃんが店を閉め…三人で美咲さんのケーキ屋さんに向かった。
流石に、目立つ…三人のイケメン…(自分で言うか…俺。)が並んで歩くのを道行く人が驚いて見る…
「英。やっぱり見られるな…」
秀ちゃんが言った。
「当たり前だろ?秀。英二だよ?皆、見るさ。」
寛貴さんも言った。
「いやいや…一人の時はこんなに見られなかったデス。ハハ…二人が一緒で…余計、目立つみたい…」
苦笑いで俺は言った。
「ここだよ。待ってて。」
秀ちゃんは俺を制して、店内を覗いた。
「おけッ。誰も居ない。行こう。おーい。美咲…」
と、扉を開けて入る。
寛貴さんに促され、頭を下げ…先に俺も入った…
「ようこそっ!いらっしゃいませ。穣から聞いてたけどね…マジだったか。ハハハッ。」
美咲さんは、俺を見て、やはり…首を振り…
「今晩はー。スミマセン…」
俺は意味も無く、取り敢えず…謝った…?
「そんな冗談、穣が言うかよ!マジだよ。ああ、美咲、俺の連れ合いね。寛貴だ。
と、秀ちゃんは、寛貴さんの肩を抱く。
「連れ合い?って事は…決まったの?秀ちゃん?」
美咲さんは訊き…
「やっとな。今、実は英の力を借りて決まった。」
秀ちゃんは言った。
「そう!おめでとう!長い道のりだったね…秀ちゃん!ハハッ。英…が助けたの?流石!穣が選んだだけあるねっ!」
美咲さんも嬉しそうに言った。
寛貴さんは…少し、照れ臭そうにしていた。
秀ちゃんと、寛貴さんは笑い合いながら、楽しそうに仲良くケーキを選んでいた…
俺は焼き菓子を選びながら…無性に穣に会いたくなってしまった。
秀ちゃん達が選んだケーキに美咲さんは…
「おまけ付きだよっ!」
と、「ハッピーウエディング」の板チョコを乗せて微笑む。
俺は自然にパチパチと拍手をした…
美咲さんは少し驚き…一緒に拍手をして…
「うん。うん。穣の旦那だな…」
と、呟く。
「有難うっ…俺…うぅぅ…」
秀ちゃんが男泣きだ…
「なんだよ。止めろよ、秀…」
寛貴さんも、もらい泣き…
俺も美咲さんも…目がウルウルしてしまい…
「止めてよー!営業中なんだからっ!ハハッ。」
美咲さんが泣き笑いで苦情を言う…
「ハハ…ハズっ…俺、泣いたりして…ハハッ。」
秀ちゃんが照れ笑いをした…
「そうだよ!秀…勘弁しろよなー!ハハッ。」
寛貴さんも、照れ笑いだ…
「ううん。良い涙!凄い素敵な涙です!ハハッ。」
言う…俺の頬に一筋…涙が落ちた。
秀ちゃん達のケーキは、俺が買わせて貰った。
悪いと言う二人に…
穣のバースデーケーキのお返しだと、俺は言った。
三人で美咲さんの店を出て…
「じゃあ、又な。穣に宜しく言って。ご馳走様な。」
秀ちゃんが言い…
「有難うね。英二…じゃ無いな…英。又ね。」
寛貴さんも言う。
「又、穣と店に行きます!お幸せに!」
手を繋ぐ二人に、元気に手を振り別れた。
ああーっ!穣に早く会いたいよー!俺も穣と手を繫ぎたいっ!早くぅー!
頭の中で騒ぎながら…帰路に着く…
翌朝も早朝ロケが有ったが…
昨日の幸せな出来事を穣には、早速LINEした。
夜中のはずの穣も速攻でLINEを帰してきた。
「そう!素敵な事に立ち会えて良かったね。英。」
嬉しそうな顔が目に浮かぶ様だった。
「うん。二人を見ていたら、無性に穣に会いたくなっちゃった…俺。明日が待ち遠しい!」
俺は返した。
「私も英に会いたいよッ。明日、待っててね。」
と、ラブラブLINEを終えた。
お昼の休憩中に携帯を開くと…あぶらすましが…
「秀ちゃんや美咲から電話が来たよ。随分と御活躍だった様だね?皆が英を褒めまくってた。お前には勿体ない旦那だな。って言ってね…ハハハッ。帰って詳しく聞かせて貰うよ。英君。」
と、入っている…
「俺?詳しくも何も…何も活躍してないよ。穣が俺には勿体ない女房だよ!」
もう機内だろうが…慌ててLINEしておいた。
大概、穣が英君って呼ぶのは…良くない兆候だ…
何を言ってくれた?頼むよ!秀ちゃん、美咲さん!
なんて事が起きつつも、仕事は恙なく進み…
遂に、穣を迎えに行く時間になった。
最後のロケ現場の局からハイヤーで空港に向かう。
夕方のラッシュに掛かり…ギリギリの時間だ。
慌てて、空港に飛び込み…到着ゲートに走る…
すれ違う人々が素の俺に驚き、撮影か…?と、振り返っていた…
遠目から見ても解る様な荷物の山を押し…
穣が歩いて来た…
自分が思っていた以上に…会いたかった様だ…
俺は穣を見た瞬間に…自分の立ち位置も人目も全てを忘れていた…大声で…
「穣ーっ!」
と、両手を振り回し…叫んで、駈け寄った。
「えーっ!」 「キャー!」 「あーっ!」
など、周りから、上がった声にも気づかずに…
「穣ー!」
と、又、叫んで…抱き着いてキスをした。
キャーッ!歓声が上がる…
「お…おいっ!英。ここは日本国だ!落ち着け。しかも、公衆の面前だ!おいっ。おーいっ!落ち着けって!一旦、離れなさいっ!もしもーし…英君?」
穣は、周りに人が集まる騒ぎに気付き…言うが…
俺は、首を激しく振り…離れなかった。
周りに人垣ができ…ドラマのロケ現場状態だ。
益々、キャーキャー!と、湧き上がる歓声…張り付く俺を離そうとする穣の言葉に、笑いまで起き…
俺に抱き着かれたままの穣は…
「スミマセンね。なんだか…驚かせて…ハハッ。」
と、大声で…又、皆に謝る。
「ハハハッ。ハハッ。」 益々、笑いが起き…
誰が始めたのか…拍手喝采になってしまった。
「ほらっ!英も頭を下げなさい。」
と、言い、穣が俺の背中をポンポンと叩いた…
俺はハタと我に返り…取り敢えず、穣から離れ…
振り向き…半端なく出来た人垣に…
「え…えーっ!マジーッ?」
と、叫んで…目を剥いた…俺のリアクションに…
「ハハハッ。ハハハッ。」
皆が大笑いした…
「ハハ…スミマセンね。ほらっ。」
穣は俺の頭に手を置いて…俺は…
「スミマセン…本当…お騒がせして…ハハ…」
頭を下げる。
「ハハハッ。」
笑いと同時に又、拍手が起きた。
穣のカートを押し…俺は真っ赤になり照れながら…
何回も右に左に頭を下げていた…
穣は…流石だ…こんな騒ぎの中でも、変わらぬ笑顔で頭を下げている。
まるでアーチ状の拍手の中を二人で抜けて行った…
ハイヤーに乗り込むと…途端に…
「はぁぁー。恐ろしい目に合ったー!マジかーっ。今の…何だったの?あの凄い数の皆様が…英を知ってるんだね?」
穣が言い…
「ハハハッ。知らない人を探すの無理でしょう。」
ハイヤーのドライバーさんが乱入する。…又だよ…
「はぁ…左様ですか…はぁ…。左様で…」
穣が呟く。
「ゴメン。穣。だって…穣が見えたらさー、頭が真っ白になっちゃったんだ。嬉しくてさ…」
号外を見たとはいえ…現実に取り囲まれた事の無い穣からしたら驚くだろう。
俺は穣に謝った。
「ハハッ。いやいや、未知の世界に驚いただけ!いやー!あんな大勢に拍手されたんじゃ…英。離婚も出来ないなー?私達。ハハハッ。」
穣は早くも立ち直り…笑って言った。
「ハハハッ。」
いやいや…ドライバーさん…笑い事じゃ無いよ!
「えーっ!離婚なんてしないよっ!絶対に嫌だ!変な事言わないでよ!穣。もーっ!」
俺は剥れて言った。
「ハハハッ。冗談じゃん。ねー?」
穣が笑い…
「ねー?ハハハッ。」
ドライバーさんが笑って同調する。いやいや…
「ねー?じゃ無いよッ!……ハハハッ。」
俺は…なんで穣と居ると…皆が乱入してくる…?
と、可笑しくなってきて…笑っていた…
穣のマンションに着き…
トランクから、荷物を下ろしたドライバーさんは…
「素敵な奥様ですね。お幸せに…」
と、頭を下げ…言ってくれた。
「有難う御座います。ハハハッ。」
俺も頭を下げる。
「有難う御座いましたー。ハハッ。お気を付けて。」
穣も手を振った。
俺は穣を見て…人徳…なんて言葉が頭をよぎった。
「ただいまーッ。やれやれ…久しぶりの我が家だ!」
荷物を家に運び入れ…穣は言う。
「ただいまーッ。はぁ…凄い荷物だね…?」
荷物を下ろし…俺も言った。
「だってさー。今までなら、気楽に何回も足を運んだけど…私が長期の留守すると、誰かさんがブーブー言って寂しがるからさー。今回は、欲張って買い付けてきたのよ…ハハッ。」
穣が俺を横目で見ながら言う。
「フンッ。何言われても良いんだっ。だって、寂しいんだもん。穣が一緒じゃなきゃ、嫌だもーん。」
俺は穣に抱き着き、顔中にキスをした。
「解った解った!取り敢えず…夕飯!腹ペコだよ。」
穣が言い…
「俺もッ。腹ペコだー!穣のご飯が食べたいけど…今日は、デリバリーにしよっ?穣。久々の日本だし…お寿司はどう?」
と、訊いた。
「うん。冷蔵庫が空だしね…お寿司良いね!知ってる所で良い?私、お握りも頼みたいし。」
と、穣は答え言う。
「えーっ!お寿司屋さんでお握り…も頼めるの?なんだか…凄い旨そうだねっ?」
驚いて訊いた…
「うん。刻み梅が混ぜてあって俵形ので、美味しいの!英も食べるよね?」
穣が言うと益々、旨そうで…
「食べるっ!やったーっ!」
「出た…意味不明の「やったーっ!」だ…ハハッ。じゃあ、頼むからね。」
と、穣は携帯で電話を掛ける…
「もしもし…サブちゃん?穣だよ。出前出来る?えーと、特上二人前と…例のお握りも、6つお願いします。私さ、腹ペコなの。ハハッ。速攻ね!」
電話を切り。
「速攻で作るってさ。近所だから直ぐだよ!着替えて…お茶飲もう。日本茶が飲みたいや!」
「うん。飲みたい!一人で飲んだけど…美味しくなかった…穣、思い出して…悲しくなるしさ…」
俺は言い…
二人で楽なカッコに着替えた。
お茶を入れる穣に、又ピッタリと張り付き…
「こらっ!商売道具、火傷したら困るでしょ!」
怒られる…
お茶を配り…穣は…一口すする。
「ああ、美味しい!やっぱり、これだな…」
と、言った後…
「ねえ、先ずは秀ちゃんから電話があって、穣。有難う!英と結婚してくれて!って言い出して…俺もマタギだよ。って…?お前の旦那、本当に最高だよ。お前にゃ勿体ない!ともかく、感謝!じゃあ又なっ。って勝手に電話を切った…これ…何?」
俺に訊く。
「いや…なんだろう…?」
お茶をすすり…言い…
「秀ちゃんの事…驚かなかった?」
穣は訊いた。
「全然。珍しい事でも無いし。恋愛に変わりは無いよ。秀ちゃん…イケメンなのに、穣から彼女の話しもでない…そうだと思ってたんだ。それでさ…」
と、秀ちゃんの店であった事の全てを話した…
「俺…自分で思った事を寛貴さんに言っただけで…感謝される様な事。何もしてないよ。ハハ…」
俺は首を傾げる。
穣は…頷き…
「そう…うん。英だね…」
と、呟き…お茶を又、すする…
「でねっ。切れて直ぐに…美咲が電話してきて、英が店に来たよ!あんた、良い旦那捕まえたねっ!って…いきなり言って…ありゃ、良い男だわっ。あんたにゃー勿体ない!って言って、…又連れてきな。じゃあね。って勝手に電話切った…何…これ?」
穣は…又、訊く。
俺は…
「いや…なんだろう?」
と、又繰り返し…美咲さんの店での出来事を穣に聞かせた。
「俺…拍手して感動しただけで…何もしてない…」
答え…首を振る。
「そっか…。二人の電話を何となく…理解した。英は自覚無しの癒し系だからな。ハハッ。流石は、私の旦那だ!そうか、そうか。」
穣はなんだか…一人で理解し…何回も頷く。
ピンポーン!
「あっ!英お寿司だよっ!」
と、穣に言われ…エレベーターを解除する。
又、ベルが鳴り…
玄関に行き…
「はーい!」
と、鍵を開けて扉を開いた…
「あ…ええーっ!あ…間違え…ました…?」
サブちゃんが後ろに下がって行き…
「いやっ…違ってな…」
と、言う俺に被せ…穣が走り出て来て…
「違わないっ!サブちゃん、帰らないで!ハハッ。だよね。忘れてた!ゴメン。驚かせたわ!私の旦那なんだ。本当、ゴメン。」
と、慌てて言った。
「またまた…穣ちゃん冗談キツいっ…ええーっ!」
サブちゃんは又、後退る…
「スミマセン…ハハ…」
俺は頭を搔きながら…又、意味も無く、謝った…?
「いや…あの…じゃあ、これ…」
と、今度は及び腰で…手を一杯に伸ばし、寿司を差し出した…
「いやいや、サブちゃん。怖がらなくても、英は噛みつきやしない。ちゃんと躾けてある。ハハッ。」
猛獣かよっ!俺。
「ハハッ。いや…俺、驚いちゃって…。穣ちゃんの旦那さんだったのかー!ああ、納得っ!ハハッ。」
サブちゃんは、玄関に入り…寿司を置いた。
「納得?何、それっ?あーっ。会見の事でしょ?全く!英のせいですっかり変人扱いだよっ!」
穣が俺に苦情を言い…
「いや…俺は素直なだけで…事実を…」
「はぁぁ?自分で素直って言うんかいっ!」
遣り取りを聞いていたサブちゃんは…
「ワハハハッ。何?この普通感…?天下のアイドルさえもが、穣ちゃんには…やっぱり、勝てないんだねー!ハハッ。ウケる。」
だからさ…ウケないよっ!どいつもこいつも…
「いやいや、その言い方…私が余程、強いみたいじゃんっ?」
穣は顔をしかめた。
「強いじゃん。」
俺が呟く。
「うん。強いよね…」
サブちゃんも呟き…続けて…
「ハハハッ。今度は店にも是非、遊びに来て下さいね。有難う御座いました。」
と、帰って行った。
俺と穣は、手を振り送り出す。
「サブちゃんはね、私の行ってた道場の後輩。」
「ああ…強いって言う訳だ…ハハッ。」
「食べよう!新しいお茶とお吸い物用意するね。」
「有難う。わーい!食べよ。お握りも美味しそう。」
穣が準備している間に俺はラップを剥がし、お寿司を用意した。
「この街は…美味しい物と素敵な人ばかりだね?来る度に、出会う度に愉しい気持ちになる。」
寿司を配りながら俺は穣の背中に…言う。
穣はお吸い物を持って来て…
「この感覚解るかな…?海外でも、日本でも、初めて来たのに…スーッと馴染めて又、来たいと強く思う場所とさ…」
今度はお茶を持って配り、席に着き…
「二度と来たく無いとは思わないまでも…ああ、行ったな…で、終わる場所がある。又、来たいと思う場所には、何回でも足を運んじゃう!解る?」
俺も腰を下ろし…
「うーん。言ってる感覚は解るけど…今まで、ここのウチ以外に感じた事は無かったな…もう一度、来たいって強く思う場所。」
と、答えた。
「さあ、食べながら話そう!頂きます!」
「うん!頂きます!」
二人で言い…
「右。」
穣が突然…言った…
「は?」
「腹ペコだから、ジャンケン無しで、私が右。」
「はぁ…?」
お握りから食べようと手を伸ばし掛けた俺は動きが止まった。
「お握り…私、右から食べるから。海苔があって半分は難しいからさ…ハハハッ。」
「ああっ…全くね!右から取ろうとしてた…あぶねぇ…ハハッ。じゃあ、俺が左から食べるね!」
「うん。有難う。」
二人で両端からお握りを取り、かぶりつく…
「旨っ!海苔と少し酸っぱい梅が…ああ、旨い!」
俺はモグモグと食べ…言った。
「良かった。サッパリしてて、癖になるのよ、これが。…ただねー、ネックは…寿司を頼む時にしか食べられない。流石に、これだけでは…悪くて注文出来ないからねー…ハハッ。」
穣は残念そうに、笑って言った。
「全くねーっ!ちょっと…これだけじゃ…頼め無いよね…寿司屋だもん…ハハッ。」
俺も笑って…頷いた。
「いや、勿論。お寿司も美味しいんだよ。でも…これ食べ始めると…止まらなくてね…」
「うん。うん。解る…無限ループ行けそうだ…」
「ハハハッ。」 又、二人で笑い合う。
「幸せッ。穣が居ると俺…幸せだ。穣と食べると幸せ。穣と眠ると幸せ。穣と笑い合うのが一番の幸せ。穣が居るだけで…幸せが溢れてくる。」
俺は、穣のお握りで膨らんだほっぺを見ながらニコニコして言った。
「…その、英の幸せそうな顔が皆の理解を呼んだんだのかなー?普通はね、何でもそうだけど、半数位は反対派が居るのがセオリーだ。なのに…空港であれだけの数の人が祝福してくれた…これはきっと、英の人徳かね?」
又、同じ様な事を考えてたか…ハハ…
「いや、俺は空港でも、帰りのハイヤーでも、今まで行動した全ての場で、俺が皆に穏やかに受け入れられたのは、穣のかもし出す雰囲気と人徳だと思ったけどね。穣の周りは…いつも笑いに満ちてる。良い人達で満ちてる…凄いな…って思うよ。」
俺はお吸い物を一口すすり…
「あー。なんだか…懐かしい味。付いてきても、いつも飲まないから…美味しい…」
言った。
「そう。良かった。私も!英と食べると、何でも美味しく感じる。美味しい、美味しいって幸せそうだから…つられるね。ハハッ。でも、本当…久々でお吸い物、美味しいね。」
穣もお吸い物をすすって言った。
「さっきの…場所の話しだけどさ…俺、穣が留守の間もここに帰って来ちゃってたんだ…穣を少しでも感じて居たいってのも有ったけど…1回目にお泊まりした日から…ウチよりここが…この街が落ち着くんだよね…」
俺は又、お握りに手を伸ばし…
「秀ちゃんの店も、穣が選んだジャージ、気に入っちゃってさ。仕事が早く終わるって解って…ああ、フラフラ行ってみよう。穣の好きなケーキ屋さんにも行きたいな。って…」
見ると穣も二つ目の半分まで食べ進めている…
俺は、お握りを慌ててモグモグしながら…
「街をフラフラ歩きたい…なんて事、今まで無かったな…解っただろ?空港でさ…ああなるのが面倒…ってか、迷惑掛かるからね…何でも家に届く様にしてたけど…秀ちゃんなら大丈夫。美咲さんの店なら大丈夫。って…行きたくなっちゃって…」
と、話した…穣は、3個目のお握りを取り…
「驚いたよ。てっきり、自分の家に帰って、大人しくしてるとばかり思ってたら…まさか、秀ちゃんの店や美咲の店にまで出没してるとは…ハハッ。」
俺も最後のお握りを慌てて取り…
「穣のさっき言った通り。足が向いちゃってさ…だから…ねえ、穣、明日ウチに来るでしょ?」
穣はお握りをお茶で流し込み…
「うん!こう見えて以外と楽しみにしてるんだよ。」
と、言う。
「うん。俺もそれは、楽しみなんだ。でも、ウチを見てからで良いけど…俺的には、やっぱり、この近くで、マンションか家を買ったらどうだろうか?と考えてたんだ。」
お茶を一口すすって…喉を潤し…
「各局も事務所も遠くない。穣も店が近い。空港も遠くない。買い物も不便は無いし…ってね。穣は、どんな考えでいた?」
お握りにかじり付き…訊く。
「うん。英の好きにすれば良いかなって。明らかに…ここの広さではムリだって事は考えてたけど、英の家は広いだろうから…そこに移るのかな…?位の考えだった。」
穣は、早くもお寿司に取り掛かり…パクパクと食べて…答えた…
「一応、三LDKだけど…ね。」
俺もお寿司に取り掛かり…言う。
「広っ!そこで充分だね…でもさ、始めの話しだ…英が何かこの街に惹かれて、住みたいのなら私は勿論、嬉しいよ。買い物もし易いし…英と行動するにしても、やっぱり、知り合いだらけだと、気が楽だしね。ハハッ。」
穣が言う。
「多分…いや、どうせ…不動産屋さんにも知り合いがいるんだろ?穣。ハハッ。」
俺は、じゃあ…って穣が電話をする姿が目に見えた様で…訊く。
「ハハッ。勿論。居る…ハハッ。」
穣は…当然!と言わんばかりに言った。
「ハハッ。やっぱりね!はい。俺の休みなんか待ってたら、ずーっと先になっちゃうし、穣の使い易いキッチンとかが一番重要だから…任せて悪いけど…穣が候補をいくつか選んでくれるかな?これ、誕生日のプレゼント第2弾だから、好きに選んでよ。」
俺は言った。
「マジでか?凄い…プレゼントだねー。じゃあ、明日にでも、電話して…いくつか選んで、英が早上がりの時、一緒に見に行こう。何か…そっちの条件や希望は?有る?」
穣が逆に訊いた。
「俺は別に、あっ…お…お風呂はさ…ひ…広い方が良いよね?だって…ねぇ…?」
モジモジと…寿司の上で箸を動かし…ブツブツ言う俺に…
「ああ、英。嫌いなネタ有るなら私、食べてやる!その、中トロ嫌いなの?」
見ると、穣はもう、完食していて…
「え…えーっ!違うよ。嫌いな物無いしっ!中トロ?楽しみに、最後に食べるんだ。駄目だよ!」
俺は寿司桶を慌てて、手前に引き寄せ言った。
「ハハハッ。楽しみに最後って…小学生かっ!英は、可愛いなー。うん。解ってるよっ。二人で入れる位、大きなお風呂にして、背中、流してくれるんでしょ?ハハハッ。」
急いでイカを食べていた俺は…
「う…グッ…ゲホッゲホッ…」
余り噛まずに飲み込んで、ドンドンと…胸を叩き…
慌てて、お茶をあおり飲んだ…
「ハハハッ。英。大丈夫?落ち着けよー。」
見ていた穣は、笑って言う。
「み…穣!殺す気っ!直ぐに揶揄うっ!もーっ!」
苦情を言う俺に…
「あら?違うの?二人で入れるお風呂じゃなくても良いんだ?ふーん。残念。そー。」
「いやいや、はいっ。その通りです!是非!是非。二人で入れるお風呂を、お願い致しますッ。」
俺は又慌てて、お願いをした。
「ハハハッ。英。ウケる!だってさ…広い間取りのマンションや家でお風呂だけは狭くして下さい。って方がムズいっしょ?必然的に広いと思うし。」
いや、だから、ウケないってばっ!
「もーっ!穣の馬鹿っ!嫌いだっ!」
「私は英、好きっ。」
ニッコリ微笑む穣を見てしまい…
「あれだな?俺だけが穣を好き過ぎるから行けないんだな?うん。だから、揶揄われるんだな。」
俺は笑顔の穣に魅入った後…残りの寿司を食べ…ブツブツ言った。
「えーっ!私もかなり好きだよ。空港で英を見た時に実感した。ああ、会いたかったんだな。って。英がキスしてなきゃ、多分、私がしてたよ。私も一緒に入れるお風呂が良いしねっ!以上。早く食べちゃいな。一人用のお風呂入れて来るから!ハハッ。」
と、立ち上がり…サッサとお風呂に向かう…
無装備の俺は又、一撃必殺の技を食らい…
上のネタが桶に落っこちたのにも気付かずに、サビ付のシャリだけを口に運び食べていた…
私も一緒に…?私も一緒…か…?一緒ね…
と、頭で繰り返しながら…
会いたくて堪らなかった穣をハグして、大満足でポカポカ眠り…
「じゃあ、穣。夕方迎えに来るね!」
「うん。楽しみに、待ってる。今日はお店で品出ししてるからさ、いつでも連絡して。」
と、キスを交わして又、大満足で仕事に向かった…
事務所に着いた俺を…メンバーが全員で指差し、大笑いする。
「はっ?え…何?」
訳の解らない俺は…ぼうぜんと立ち尽くす…
マネージャーが出て来て…笑い…
「ああっ。お騒がせ男のお出ましかっ。ハハッ。」
担当さんも出て来て…
「来たな。大炎上だよ。英二君。ハハッ。」
と、笑う。
「何が有ったの?俺?」
俺は訊く。
「昨日の成田。」
全員で口を揃え言う。
「あ…ああっ!迷惑…掛けました?スミマセン…余り覚えてなくて…俺。ハハ…」
俺は言ったが…
マネージャーが始めに…
「お前が猿の子の様に彼女に抱き着いてキスをしている一部始終がブログに上がってだね、その場にいた人達が、奥さんが困る程の猛烈な愛妻家だ!だってさ。」
続いてメンバーが…次々に…
「奥さんの超困り顔と、英二のデレデレに照れた顔に萌えた。とさ。」
「素敵なシーンを見せて貰った、自然に皆が祝いたくなる素敵な夫婦だった。とさ。」
「奥さん、超ウケるっ!アイドルやってる英二より断然、カッコ良いっ。てさ。」
「我を忘れる位、好きになれるのも好かれるのも羨ましいとさ。」
「何故か…ハイヤーのドライバーまで、参戦だよ。全然、飾らない凄い素敵な奥さんでお前が夢中になるのも無理ない。ってさ。」
最後に担当さんが…
「はぁー。又、好感度上がりまくりだ。ファンが増え続けている。社長は、映像を見て腹を抱えて笑ってたよ。それ以外の笑いも止まらない…CM依頼が来まくりだ。家電、洗剤、ラーメン、家庭関係ばっかりなっ!」
と…言い…続けて…
「しかし、どんだけ…あげまんだよ。お前の嫁さんはっ?一体…何者だよ。これだけ人に好印象って…逆に怖いわっ!ハハ…」
と、続けて言った。
メンバー達も…
「本当!次のヤツの嫁さん…超やりずれーっ!マジ、何者だよ?凄ーよ…ハハッ」
と、騒ぎ立てる。
「ハハ…だからさー。会見で言っておいたじゃん?月並みじゃ無いんだ…凄い人なんだよ。俺なんか、何一つ勝てないんだから。ああっ。一つだけ勝ってるか…俺の方が好きだわ。」
「……。」
「はーい。仕事、仕事。」
「聞きたくねぇー。」
「訊いてもいねぇー。」
全員が仕度を始めた……
「ちょっ。待てよっ!訊いたよねー?皆が訊いたよねー?えーっ?」
遂に、某セリフを言い…俺も仕度を始めた…
朝、そんなコミュニケーションが有ったせいか…
仕事はいつも以上にすんなりと進み、終了した。
先程の画像では…穣の顔を隠して有ったが…何か起きていないとも限らない…
俺は急いで穣のウチに向かった。
「ただいまー!穣。」
「お帰りー。英、取り敢えず入ってー。」
穣は奥から叫んだ…
「はーい。」
俺は、走り込み…キッチンの穣に抱き着いて…
「おいっ!落ち着くんだ。お茶を入れてる…」
又、怒られたが…キスをした…
「はい、はい。お帰り。」
穣は苦笑いでキスを返して…
「閉まると困るから、不動産屋さんに電話だけしてから、英の家に行こうよ。」
「うん。じゃあ…」
お茶を配り、席に着いた穣の携帯をスピーカーにして、不動産屋さんに電話をした。プルプル…
「へー…凄いね…こんな事出来るんだ…あっ!もしもし、穣だよ。良かった、義男が居て。」
「ああ、穣か?久しぶり!何?珍しいじゃん。」
「うん。私、マンションか…家を欲しいんだ。」
「いやいや、菓子買うんじゃないぜ?欲しいって…」
「私、結婚してさー。マジで家を探してるの。」
「えーっ!結婚したの?へーっ!どの位の?」
「私のマンション付近で…三LDKと、私の家の荷物が全て収まる位の広さだから…四LDKか?で…風呂がデカい程良くて…キッチンの充実してる…」
「おい…おいっ。待てよ、穣。賃貸じゃ無くて…買うんだろ?マンションにしろ…家にしろ…土地でもだけどさ…かなりの金額だぜ?」
義男さんが躊躇した様に言う。
「そうだね。待って…」
と、俺を見る穣に…
「良いよ。」
答えて…
「ああ、良いんだってさ。幾つか選んでよ。見に行くからさ。」
「はぁ。何者よ…お前の旦那。お前みたいなヤツと結婚するのがそんなに金持ちなのかー?それ、不思議だろっ?」
「プッ…」
俺は思わず吹き出した…穣は睨んで…
「ああ、物件見に行く時に、多分、義男も驚く事になるから、予め言うわ。えーと…」
「英二…だよ。」
「ああ、英二だって。英二と結婚したの。私。」
「はい、はい。穣、旬の話題は良いからさ、冗談はさておき…本当に買うんだな?」
「いやいや、義男…本当の話しなんだけど。」
「あのねー?俺、そこまで暇じゃ…」
「あー。本当です。えっと、英二です。俺が結婚したのは穣です。後で驚かせてもいけないんで…」
「はっ?え…英二…?ええーっ!」
「ちょっと…ウルサいよ!義男。だからさー。選んでおいて。明日、店に行く。」
「はいっ。あ…有難う御座います…」
「何だ?それ?態度違いすぎっ!ハハハッ。」
「ハハハッ。宜しくお願い致します!」
俺も笑って言い…
「ハハ…ハハ…」
まだ、半分は信じてない様子の義男さんも…一応、笑って…穣は電話を切った。
「全くっ!失礼なヤツ!驚くと悪いと思って親切で言ったのにっ!…ハハハッ。あの態度!ハハッ。」
「あれは、見ない限り信じないな?ハハハッ。」
二人で笑い…お茶を飲んで、俺の家に出発した。
「あそこだよ。」
俺は見えて来た高層マンションを指差して言う。
俗に言うタレントマンションってヤツだ…
「へー…流石に立派なマンションだねー?」
穣は、勿論…首を振り言った。
「わー…。そこの植え込み…カメラマンがいるよ…どうしようかな…?」
穣と手を繋ぎ、片手には穣が作ってくれた夕飯を持った俺は、戸惑い言った…
「ん?何が?」
穣が不思議そうに訊く。
「だって…穣。撮られるよ…嫌だろ?」
「全然。私、美智子様になるっ!行こ。ハハハッ。」
どこまで冗談か解ららない言葉を発し…
穣は俺の手を引いた。
カメラマンの前まで行くと…
穣は、突然…立ち止まり、空いている手をカメラマンに向かい、満面の笑みで振って見せた!
マジかーっ!何故か、俺まで慌てて…笑顔で、夕飯を持った…手を振っていた…
「ご苦労様です!」
今度は叫んで、頭を深々と下げる。
鳥の雛の俺は…無意識にマネをして頭を下げる…
二人に手を振られ…泡を食って、飛び出して来て…
シャッターを切っていたカメラマンも…
穣につられて…頭を下げ返してきた…
もう…何が何だか…
穣は、又、手を軽く振り…マンションの入り口に入る…俺も勿論。マネをしていた…
エントランスの受付嬢達にも、足を止め、穣は丁寧に頭を下げて…
「今晩は!」
と言い…俺までつられて…
「今晩は!ハハハッ。」
と、言い…笑い出していた。
びっくりして…「こ…今晩は…」 と、慌てて頭を再度下げ、唖然としている受付嬢を後に、穣はスタスタと歩き出し…
俺は、穣に手を引かれ…
「ハハハッ。ハハハッ。ウケるー!穣。」
もう、穣の行動と人々の反応に大笑いの俺に…
「ちょっとー。英が先に行かなきゃ、入れないじゃんか?えー。何、笑ってるの?そんなにも、楽しいのかい?英君?」 と、言い。
「楽しいっ!本当…穣だなー!楽しいよ!ハハッ。」
「そりゃー良かったな。早く、開けとくれっ!」
「はい、はい。ハハハッ。」
俺達の遣り取りが聞こえている、受付嬢達も…
下を向いて…何故か…笑いを堪えている…
「はあーっ!凄い所にお住まいだねー。ウチに入り浸る意味が解らんよ…」
部屋に入った穣は…キョロキョロと見渡し言った…
「そうかな…ねえ、俺、腹ペコ!穣の作ってくれたもの出して良い?」
「ああ、私も腹ペコ!出そう。」
俺は適当な皿を幾つか取り出した。
「ねえ、私、お味噌汁を作っちゃうね。キッチン借りるよ。」
「うん。自由にして…ワーッ!凄いッ。茶碗蒸しだっ!大好物!やったー!ワーッ!炊き込みご飯!大好物!やったー!えー。酢豚かな?」
「いや、肉団子と野菜の甘酢あんだよ。しかし、何でも大好物だな?やったー!が出過ぎ…」
穣は味噌汁を温めながら振り返り言う。
「だってさ、本当の事だし…久しぶりの穣の料理が嬉しくて!ああ、お味噌汁も良い匂いだ…」
俺は、テンションが上がり…はしゃぐ。
「さあ、出来た。そっちも出来た?じゃあ、食べようか?むぎ茶を水筒で持って来たよ。ハハッ。」
穣はお味噌汁とむぎ茶を用意する。
「ハハッ。遠足みたい。むぎ茶も超久々だ!」
「んーん…キッチンも流石に使い易いな…はい。頂きます。」
穣は言い…
「わーい。頂きます!」
俺も言って食べ始める。
「ああー…これ、これ。旨い!穣のお味噌汁、久々で旨いよ。やっぱり、全部が旨い!」
プルプルの茶碗蒸しをすくい…
「んーん!旨っ。穣は天才だね!」
「どんだけ幸せだよ…英。ハハッ。良かった。」
穣は呆れた様な顔で、ニコニコしている俺を見て笑い…言った。
「うん。幸せ。実は今日さー。成田での事がバレててね…」
俺はその場に居た人達のコメントを穣に伝え…
「好印象だらけのコメントにね。皆に、お前の嫁さん何者だよ?って言われたよ。」
と、話して聞かせた…
「怖っ!あれをもう…しかも動画で…見られてるのか?参ったな。これからは…常に…イブニングドレスでも着て歩くかな?なんて…ハハハッ。」
「いやいや、それ、余計目立つし…不自然過ぎっ!ハハハッ。」
又、二人で笑い合い…ご飯をモグモグ食べる…
食後、片付けを終え…コーヒーの準備をする俺に…
穣は…
「ねえ?英。荷物の量を見ても良い?今日、結局、義男の不動産屋さん行かなかったんだよ。電話だけしてさ、だって…荷物を見ないと決められないし…私達の一番の問題は…衣類の量だよね。クローゼットが半端なく必要だなって思ってさ…後、お風呂とかも見せて貰って良いかな?」
エプロンを外しながら部屋を見回して言う。
「勿論。待ってね…案内…は大袈裟だけど…ハハ…するからさ。」
と、俺はコーヒーをセットして言った。
穣を伴い、先ずは、服の部屋を見せた…
「ウワッ。だよね…靴も服も半端ないな…人の事、余り言えないけど…桁違いだな!了解…」
「穣も服、多いしね…」
次に寝室に行き…
「ウワッ。このベッドと、オーディオだけで…一部屋だな。了解…」
「そうだね…」
次にゲストルーム…
「ウワッ。まだ、ベッド有るんかっ!しかも…こっちも…キングサイズかよっ!」
「別にこれは…メンバーが泊まった時用だから、ぶっちゃけ…もう、要らないよね…」
「そうだね…後は…さっきのダイニングの物ね。」
俺はバスルームに穣を誘い…
「これで最後!」
「ウワッ。タオル量っ!おい…半端ないな…一体…何人でお住まいデスか?」
穣は後ずさり…驚く…
「仕事詰まって、何も出来ない時、朝晩のシャワーで…半端なく、消費するんだよね…ハハ…」
「ウワッ。お風呂…デカっ!ウワッ。ジャグジーかよっ!だよね…」
「そう…かな…?ハハ…」
「はぁ…了解!ハイッ!英。コーヒー飲んで、話しを詰めるよっ!」
「ハイッ!」
俺は又、穣の後を着いて行った…
コーヒーを配る間、穣はノートを出してブツブツと独り言を言っていた…
「どう?」
穣の横に腰を下ろして俺は訊く。
「良しッ。」
大きな声を出し…驚く俺に…
「ねえ、秀ちゃんは寛貴と一緒に暮らすって言ったんだね?」
と、突然、訊いた。
「うん。二人で住むってさ。」
言う、俺に…
「あのさ、例えば…冷蔵庫、洗濯機…キッチン用品でも、二つは要らない物が多すぎるよね?ある程度は仕方が無いとしても…捨てるのは…忍びない。まだ、全然、古く無いしね。」
「だよね…」
「今、秀ちゃんが住んでるのはね。家電付物件なのよ。って事は…寛貴も、もし家電付物件なら、新しい住居には、全てを買い揃える様になるよね?」
「だよね…」
「今、秀ちゃんに電話して、もし、要る様ならあげちゃうって、どうよ?」
穣は俺に訊く。
「凄いっ。良いよ!それなら、最高!捨てるのは良くないよね。要ると良いな…穣!早く、電話してみて!買っちゃったら、勿体ない!」
俺は穣を急かせた。
「ハハハッ。今、掛けるよ。スピーカーね?」
プルプル…
「あっ。秀ちゃん?穣だよ。先日はウチの坊ちゃんがお世話様ね!ハハハッ。今さー…」
と、話しをした。
「マシでっ!最高の結婚祝いだなっ!調度、寛貴とさ、金掛かるな…って話してた所だよ。」
「わー。良かった…」
俺が言うと…
「あっ!英も、居るの?」
「今晩は!先日は有難う御座います。」
「な…俺が有難うだよ!今日も又、有難うだ。ハハハッ。おう…寛貴に変わる…」
「今晩は!本当に助かります。あ…英も居るの?先日は、本当に有難う。今、幸せだよ。」
「良かったです!俺は何もして無いけど…」
「こっちもスピーカーにした。英、穣、何から何まで…サンキューなっ!」
「いやいや、お古で悪いけど…こっちも助かるよ。じゃあ、今度、時間つくって取り来て!」
「おけっ。直ぐに行かせて貰うよ!ハハハッ。」
「俺も、一緒に行きます。ハハッ。」
「うん。多分、英は居られないから、男手が必要だしね。是非、ツーショットで!ハハッ。」
「えーっ!えーっ!待った!俺だけ仲間ハズレじゃん。嫌だよー!えーっ。」
「仕方ないでしょ?仕事有るんだから…又、直ぐに会えるよねー?この駄々っ子に言ってくれっ!」
「ハハハッ。又、直ぐに会えるよ。英。寛貴も会いたがってるし。なっ?」
「ハハッ。直ぐに会えるよ!いや…皆で会おうな!」
「えーっ!絶対に?約束ね?」
「あのねー。狭い街に住んでりゃ、嫌でも、会うわっ!全く…」
「嫌でもって、何だよ!穣。」
「ハハハッ。ハハハッ。」
皆で笑い出して、電話を切った。
話しが決まり…二人でコーヒーをすすり…
「俺、お風呂入れて来る…よ?」
「ああ、入浴剤持って来たんだ。泡のヤツ!」
「へーっ!泡?楽しそうっ。わーい。」
「うーん。あのデカさなら、二つだな…はい。」
「これを始めに入れるんだね?おけっ。」
俺は…一緒?一緒かな?いや…新居でだよな…
でも…もしかして…いや…そんな感じじゃ無かったよな…今日は無理か…
取り留めの無い事を又、ブツブツ考えていた…
風呂を入れリビングに帰ると…
穣は自分のパジャマを出したりしていたが…
立ち上がり、キッチンに行く…
「私、明日の朝食の下準備を軽くしちゃうからさ、英、ちょっと先に入ってね。」
デスヨね…
「うん。明日の朝なんて、外でもコンビニでも良いんだよ…穣。疲れない?人のウチで…」
「全然!立派なキッチンで、凄い楽しいよ。もう直ぐに終わるからさ。」
ピーピーッ。お風呂が沸いた…
「そう?穣が楽しいなら…良いけどさ…じゃあ…俺、先に入るね。」
俺は準備をして、お風呂に向かった。
うん。今日は、まだだよな…追々だからさ…
追々ね…うん。
まだ、ブツブツ考えて…風呂に入ると…
「うわーっ!凄い泡だっ…ハハハッ。良い香!」
一気に楽しくなり、泡に飛び込む…
「ハハハッ。ふわふわだっ!気持ち良い。」
「そう。良かったー。」
突然、穣の声がして…
「ワーッ!お…驚いた!穣、終わったの?」
「うん。終わったー。今、入るよっ!」
と…え…聞き間違い?
「入るの?…穣が?」
「はあー?私、以外居ないよな?誰か隠れてるの?」
「…えーっ!」
「えーっ?何?余り聞こえない…」
ガチャ…ドアが開いてきた…
「何を騒いでたの?英君。じゃあ、お邪魔します。」
「待って!穣!心臓に悪いよっ!いや…えーっ!」
「心臓に悪いよって…化け物かよ…私。ハハハッ。凄い泡だっ!良いでしょ?これ…って…ちょっとはさ、除けてよ、入れないじゃんか…おいっ!英?ガン見するなっ!おーい。寒いってばっ!」
は…裸の穣がいきなり…裸の…
「あ…ああ、どうぞ…」
俺はソロソロと…まだ、ガン見をやめないままで…
凄い端に寄って行った…
「ああ…気持ち良いねっ!これが、2番目に好きなの。私。英、気に入った?」
俺は無言でカクカクと…壊れたサルのおもちゃの様に…頷き続けた…
「ハハハッ。何?その顔?瞳孔が開き掛かってるじゃんか。ハハハッ。ほれっ。」
穣が俺の鼻に泡を付けた…
「あっ。な…何するのさっ!ほれっ。」
俺は段々に状況を理解し…マネをした…
「あーっ。ほれっ!」
「あーっ。ほれっ。ほれっ。」
二人で泡まみれになり…戦い…
「ハハハッ。」 笑い出す。
「穣。俺、今まで中で一番、驚いたよ。心臓、止まり書けた…綺麗で…目が…離せなくなった…」
俺は落ち着き、言った。
「はあー?相変わらず大袈裟な男だな?英なんか、もっと綺麗な人見てるだろうに…」
穣は風呂でも、やはり…首を振る。
「穣は…全てが俺にとって特別なんだ。他と比べられる事なんか…一つも無い…どうせ全て、穣が一番なんだから。」
俺も、首を振る。
「ハハハッ。世界一の幸せ者かっ?私。」
と、裸の俺を引き寄せ…キスをした…
「いや、無理だ。世界一は…俺だから。穣は…世界二番目だと良いけどな。」
滑らかな泡を纏う穣の肌を感じ…とろけそうな気持ちで俺は言い…キスを返す。
「大きいお風呂…気持ち良いな…やっぱり、二人で入れるお風呂にしようね?旦那様。ハハッ。」
穣は、体を擦り…言った。
「する。するっ!それだけは、絶対だ。部屋は狭くても…風呂は、二人用でねっ!奥様…ハハ…」
又、カクカク頷き続け、言う。
「何だよ、それっ?ハハッ。風呂がメインって…探すの大変だわっ。」
「ハハッ。だよね…二人で入れれば、良いんだ。二人で入れればね。うん。」
「でも、狭きゃ…もっと、くっついて入れるよ。こんな風に…なーんて、挑発したりっ。ハハッ。はい。英から、洗って、私はジャグジーを堪能してるからさっ!ほれっ。」
穣が…裸の胸を…体を…俺にピッタリと…付けて…
石の様に固まった俺の…お尻を叩いた…?
「う…ウオーッ!ヤバいっ!ヤバいって!穣!それは禁じ手だよっ!俺、上がれない…今、無理だ。ヤバいって…」
完全に出られない状態になった俺は…騒いだ…
「えー?あっ…本当だ。ハハハッ。流石に、若いなー!英。ハハハッ。出ても、大丈夫。驚きやしないよ。そんな歳じゃないわっ。ハハハッ。」
穣が…えーっ!俺の…何を…確かめた…?
えーっ!
「ちょ…ちょっとっ!み…穣っ!さ…触ったね?」
「うん。だって、上がれないって言うから、上がってるのかな?って…ねっ?」
と、首を傾げる。
「あ…がっ…上がってるって!ねっ?じゃ無いよ!と…取り返しが…」
「ああ、面倒臭い男だなー!早く、シャンプーしなさい!風邪でも引いたらどうするのっ?時間も無くなるよ。良いの?次に行かなくて。」
又、恐ろしく凄い事をサラリと言われたが…
是非っ!是非とも次に行きたい俺は…
「ハイッ!急ぎます。凄い、急ぎます。次に是非とも、行きます。ハイッ!」
と…えらい状態のままで…シャンプーを始めた…
「ハハハッ。ウケるわ!英。ああ、気持ち良いな…ジャグジー…うん。ジャグジーにしよう。」
ウケないけど…急ぐ俺は…反論もせずに作業を進めていた。
洗い終わり…偉い状態も、終わって風呂に入った…
「じゃあ、私も洗っちゃうね?」
と、穣が風呂から出て…シャンプーを始めた…
俺は…無意識にソヨソヨと風呂の縁に寄って顎を乗せ…穣の裸体に魅入っていた。クッ。ヤバい…
余りのガン見に…視線に気付いた穣がシャンプーだらけの頭で振り返り…
「おいっ!見られて威張れる歳は過ぎてるんだからねっ。少しは遠慮しろよ!しかも、又、ヤバいって騒ぎ出しても知らないぞっ!英!」
はい…その通りデス…もう…はい。
「もう…手遅れデス。だって…見たいんだもんっ!」
俺はバレる事だから…自白した…
「もんっ!じゃ無いっ!既に…ヤバいんかい…」
穣はシャワーの中でも、首を振っていた。
「穣がいけないんだよ。挑発したから。一生懸命我慢してたのにさっ。穣がいけないんだよ。そんなに…綺麗な体見たら…ヤバくなるよ。」
まだまだ、ガン見を続け…ウダウダ言った…
「はい。終わった!って…まだ見てたんかいっ!はい、はい。英はシャワー浴びて、先に上がってベッドで待っててねっ。」
そうか…ベッドでね…はい…ベッドね…
「おーいっ!英。」
目の前で裸の穣のどアップに手を振られて…
「ウワッ。ハ…ハイッ!ベッドに行かせて頂くでありますっ!」
意味の解らない言葉使いになり…焦ってシャワーを浴び…風呂場を飛び出した。
一応…軽く服を着るべきか…いや、直ぐに脱ぐ…いやいや、穣の事だ…トラップかもしれない…
いや…ベッドで待ってと言われたからには…
もし…穣が裸で来て…俺が着ていたら…恥ずかしい思いをさせたり…いや…
「ハ…ハクションッ。」
「はあーっ?こらーっ!まだそこに居るのかいっ?何をしてるんかな?英君は!」
又、怒られ…ソロソロとドアを開け…
「いや…服を着るべきか…と…」
「はぁ…ちょっと、来て。もう一度一緒に温まる!ほれっ。」
と、穣が横に除ける。
「はい…」
俺はソロソロと風呂に入っていった…
穣が、俺を後ろから抱きしめた…穣の胸を肌を…背中に感じる…
「英。これは、これから毎日…とは言わないけど…ずーっとの事でしょ?そんなに色々考え無くても良い。英と私なら…きっと寝るのも楽しいよ。二人なら…笑っていられるに違いない。違う?」
俺は穣の方に振り返り…キスをした…
「うん。きっとそうだね。うん。俺、ベッドで待ってる!楽しみだっ。やったー!」
と、又、穣にキスをして…シャワーを浴びた。
「ハハハッ。やっと、やったー!が出たなー!」
穣が人々を和ませる笑顔で笑っていた…
暫くして、穣がバスタオル一枚でベッドに来た。
俺達は甘い…長い…キスを繰り返し…お互いの肌を確かめる様に…愛撫を繰り返し…一つになった…
「ハァハァ…気持ち…良い…穣。最高ッ!」
「ハハッ。ハァハァ…気持ち良いねっ!」
「ハハハッ。ハハハッ。」 二人で訳も無く笑った…
「ねえ、穣。子供みたいな事を言っても良い?今更なんだけど…俺はね…もう少しだけ…穣と二人きりで過ごしたいんだけど…今日って…」
俺はもう少しだけ…穣を独り占めして居たかった…
子供が欲しく無いのではないが…もう少しだけ…
「だよねっ!良かったー。私もね。そう考えてたのよ。やっぱり同じ事を考えるね…うん。今日は安全日。大丈夫。ハハッ。」
穣は答えた。
「そうかっ。穣が考えて…良い時期にしようね。でも…今は、穣を独り占めしたいっ!ねぇ…」
俺は言い…安全日のウチに、二度目を…
「ええーっ?若いな…。新婚初夜だしねー。特別大サービスする…?ハハ…」
穣は苦笑いで訊く。
「するっ。大大大サービスしてよっ。新婚初夜だからさ、1回は可哀想だよっ!ねっ?ハハハッ。」
「そうかっ。可哀想かっ?ハハハッ。」
そこから…俺は2連チャンで…
「ハァハァ…あのさー…英君…」
穣が荒い息で言いかけて…
「ハァハァ…はい。存じております…」
俺は荒い息で…くいぎみに…言った。
「ハァハァ…存じてましたか…」
穣は呆れた口調で言う。
「ハァハァ…ハハハッ。ハハハッ。」
二人で又、笑い出して…
「明日、英。仕事になるの?」
「ハハッ。待ちに待った…願いが叶ったんだ。普段の100倍頑張れるよっ!」
「ハハッ。若っ。ハハハッ。」
その後、お風呂で又、ふざけながら温まり…
広いベッドの真ん中で抱き合い…
心地の良い…眠りに着いた…
「おっはよー御座いまーすっ!」
美味しい朝飯を食べて、穣のキスに送り出された俺は、これ以上無い位にご機嫌で…事務所に入って行った…
担当さんとマネージャーが居た。
まだ、メンバーは誰も来てなかった。
「おはよう。英二。これは暫く…続くのかい?」
担当さんがいきなり言った。
「は?何が?続く…?」
訳の解らない俺に…
マネージャーが本日発売の女性週刊誌を開き…
「余程の大物らしいね…奥さん。」
と、言った。
「あーっ!もう?もう乗ってるのか…」
その週刊誌は…とかく、誹謗中傷が多い事で知られていて…俺達、芸能人には…余り歓迎されない雑誌のトップだった…
今まで…俺の結婚には良い記事が…多すぎた。
そろそろ、駄目出しがくる予感がしていた…そこにもってきて、この週刊誌だ…不安に駆られた…
「本気でな。1回だけ、会わせてくれ。不思議な、お前の嫁さんに心からっ!会いたいよ。俺はっ!」
担当さんが大声で騒ぐ。
「お早う御座いますぅ…」
メンバーが次々に出社して…
「何…?問題…なの…?」
不安気に、皆で寄ってきた…
「えー?又かよ…」
そこで、皆と一緒に記事を見た…
俺と手を繋ぎ…笑顔で手を振る穣の目だけを隠した写真がどアップで乗っている…
「えーっ!英二をしのぐ大物振り…だって…」
その下には、穣が頭を下げている写真も乗り…
「えー…。わざわざ足を止め、満面の笑みで、手を振ってくれた…はぁぁ…」
「えー…。「ご苦労様です」と、元気な声で言い…丁寧に頭を下げられ…つられて、頭を下げていた。だって…えぇぇ…」
「英二を追っているはずの自分が…英二をしのぐ大物振りに、彼女から目が離せなくなっていた。だって…よ…」
最後に担当さんが…
「又、軽く手を振り、彼らが立ち去った後、声を上げて笑っている自分がいた。こんなに爽やかな気分の仕事はいつ振りか?…だよっ。ふー。」
「……。ハハハッ。ハハハッ。英二、ウケるわ!」
メンバーが笑い出す。
「いや…俺が…ウケるわ!ハハッ。影、薄っ!俺。」
「なっ。もう…これ…異常だろ?話題が英二からどんどんズレてる…彼女ばかりが取り上げられる。なのに…英二の株が上がるんだよ。ファンが増える…仕事が入る…。内助の功にも、程があるよ…」
担当さんが身を乗り出して語り。
「俺はね。プライベートには立ち入らない主義なんだ。その俺が…初めてっ。心からっ!生の本人に会いたいと思った。」
と、首を振り…俺に訴えた…
「ハハハッ。このままだよ。本当に…このままの人だよ。ああ、ちなみにね。この後、エントランスの受付嬢にも挨拶をしてね、笑わせてた。ハハッ。」
「マジか…何者…?」 皆が呆れ…
マネージャーが…
「でも…ここまで有名になっちゃうと…危険も有るよね…熱狂的なファンとか…」
と、心配顔で言う。
「ああ、大丈夫。穣は、空手師範代だし。ハハッ。」
「……だからっ!何者だよっ!それ!」
目を剥き言う皆に…
「俺の奥さんだよ。好き以外、何一つ勝てないって何回も言ってるだろ?以上。ハハ…ウケるねッ。」
俺が穣節で言ったが…
「ウケねぇーしっ!あああーっ!会わせろーっ!」
皆が騒ぎ出す。
「さあ、仕事、仕事。仕度するよーっ。」
取り合わずに…俺は仕度を始めた。
昼休憩に、イソイソと携帯を開けると…あぶらすましが届いていた。
「不動産屋行ったよ。良い中古物件の一軒家が有ったの。マンションと迷ってる。PS.義男の馬鹿。まだ信じてないんだよ。腹立つわーっ!」
ハハハッ。見るまで信じないんだな…
「中古物件で良いの?何時までやってるかな?でも、暗くなったら見れないよね?俺…今日は、夜中まで掛かりそう…明日は早朝ロケだから、夕方にはあがれるよ。」
打つと…直ぐに、あぶらすましが届いた…
「中古物件って言っても殆ど、使わないで、海外に行ったんだってさ…義男が、明るいうちは何時でも良いってさ。じゃあ、明日、見に行こうね。今日は…英、来られないんだね…寂しいなー。」
ぐ…っ。寂しいなー。って…堪らん。
「俺は行きたいんだよ。会いたいんだ。でも…夜中に行って、朝が早いんじゃ、穣に迷惑だから…」
俺は書いたが…
「ねえ、英。これから一緒に暮らせば、それが当たり前になるんだよ。それをサポートするのが奥さんの仕事でしょ?私、出来る限りで店は続けるって言ったよね?明日、店休むから大丈夫。英が疲れないならそうしよ。どっちに居れば良い?」
ああ、そうか…結婚したんだ…
穣の言葉で、俺は初めて結婚を実感していた。
「そうかっ。穣の家に帰るね。やったー!」
「意味不明…だけど、待ってるねっ!」
奥さんって…嫌だな…穣ったら…ん?奥さんだよ。
午後一番はクイズ番組の収録だった。
終わると…担当さんが社長が週刊誌の記事を読み…ご機嫌で踊り出しそうだ。と、伝えに来ていて…
「英二。俺だけじゃ無かったよ…社長も、生で見てみたいとさっ!ほらみろっ。」
と、言った…ほらみろっ。の意味が解らない…
「ハハ…そうですか…」
適当に答えた。
「しかし、英二。流石は慶応ボーイだな。ガチのクイズ番組パーフェクトは凄いぞ!頭では、奥さんに勝てるなっ!ハハハッ。」
担当さんが言い…
「ああ、そうだ!良かったねー。英二。ハハハッ。」
メンバーが頷き…笑う。
「いや…甘い…。もう一度だけ言うよ、穣…女房はね月並みじゃないんだよ。好き以外は…何一つ穣には勝てないよ。何一つね。」
俺は首を振った。
「え…?」
全員が?顔だ。
「彼女はスタンフォードの主席だったんだよ…。偶然に知った。何しろ、兄の同級生ときたもんだ。俺も流石に、呆れたね。何がって…全然っ。そんな風に見せない所がスゴいんだ。ハハハッ。」
俺はてを広げ言った。
「……だから…何者だよっ!もう、怖ーよっ!」
メンバーが口を揃え…怒鳴る…
「ハハ…何かい?お父さんは東大か?ハハ…」
マネージャーが呆れ…冗談交じりで言う。
「いやいや。」
俺は真顔で首を振った。
「いや…やだなー。冗談だよ。ハハ…」
マネージャーが、一人で笑う。
「いや。お義父さんじゃなく、お義母さんが、東大卒です。ハハハッ。父の同級生。ウケるねっ!」
俺は肩を竦めた。
「…ウケねぇーよっ!だからっ。何者だよっ!」
「いや、一度だけっ。生で見せれっ!」
「だから、怖いって!何者だよ!」
皆がギャーギャー騒ぎ立て俺を追いかけた…
「あーっ!有ったっ!有ったよ。」
俺はピタリと、立ち止まって振り返る。
「えっ!」
全員が俺の行動につられて、立ち止まる。
「もう一つ、勝てる物が有った!携帯の使い方だ!穣にLINEを教えたのも、スピーカーのやり方を教えたのも、俺だよ。ハハハッ。良しッ。」
俺は威張って言い…ドヤ顔で皆に頷いた。
「……お前…それ、言わない方が良かったよ…」
担当さんが言い…
「残念感が、増しましたねぇ…」
マネージャーが言う。
「英二…」
メンバーが気の毒そうに俺を見た…
次の日の夕方…俺は仕事を終え急いで穣のマンションへ向かった。
まだ、日が落ちるには早く、明るい…
「ただいまー!」
玄関を入ると…穣が立って居た。
「ウワッ。びっくりしたー!」
「おかえり、英。明るいウチに行こう。」
「待って!」
と…穣にキスをする。
「…ラブラブかよっ。ハハッ。」
「ラブラブだよっ!ハハッ。行こう。」
手を繋ぎ、歩きながら…
「キャップは…もう、良いのかい?英。」
「ハハハッ。カメラマンに手まで振ったら…怖い物無しだよ。ああ、ちなみに…先日の手を振ってる穣がもう、今日の週刊誌に乗ったよ。ハハハッ。」
「はあーっ?マジかッ?はぁ…、何でも有りだな。」
「今や、渦中の人は俺じゃ無いよ。穣だ。ハハッ。」
「私なんか載せて、何が楽しいんだか…」
又、首を振って言う。
「ハハッ。楽しいみたいだよ。俺の周りも、穣が生で見たいって超ウルサいんだ。ハハ…」
勿論。俺も…首を振った。
「世の中、変人だらけだな…生って…私は魚かい?減る物じゃ無し、いくらでも、お会いしますが?」
「駄目っ!減るからっ!」
「ハハハッ。何だ?それ。消しゴムかい?私は。」
「あのねー。俺は秀ちゃんを見た時も、こんなイケメンが穣の近くに居て、今まで…取られなくて良かったな…って思ったんだよ。メンバーに会わせるなんて…他の人に見られると減るから駄目っ!」
「はぁ…どんだけ…幸せな思考回路だい?英君…意味が解らん。ほれ。着いたよ。」
「ああ。えーと…俺、外で待つ?」
「えー?大丈夫じゃないのかな?外の方が、返ってヤバいっしょ?店から出て来たら、英が減ってたら困るし…ハハハッ。」
穣は笑って言った。
俺は店に背中を向けて居たが…
「ああ、穣か?誰が、店の前で大声で笑ってるかと思ったら…やっぱりお前か…」
義男さんらしき人が出て来た…
俺は振り返り…なっ。だろ?そうだと思ったよっ。
やっぱり、長身の爽やか系イケメンだよ…
この街は…一体、なんなんだよっ!イケメンしかいねぇよ!腹立つわっ!
心の中で愚痴りながら…
「お騒がせして…スミマセン…ハハッ。」
と、頭を下げた。
「ああ、義男。待たせてゴメンね。行こう。あっ。知って…るよね?マ・ジ・で。私の旦那だよ。」
「ハハッ。お手数お掛け致します。」
俺は何にだが知らないが…負けちゃいけない!と、爽やかに微笑み…頭を下げた。
「少々…お待ち…下さい…。」
鍵でも取りに行ったのか…義男さんは、フラフラと店に戻って行った。
「何だ?あれは…?変な奴。」
「ハハ…やっぱり、驚かせたかな…?」
と、店から義男さんが…女の人を連れて戻った…
「穣…プライベートだって事は百も承知なんだ…だけど…彼女…彼の大大大ファンなんだ…握手だけでも…いやっ!迷惑なのは解るっ!商売上やっちゃいけないのも承知なんだ!でも、頼むっ!」
それこそ、必死に言う義男さんと…
それこそ、瞳孔が開きかかっていそうな女の人に…
「いやいや、こっちも時間外に無理なお願いをしてるんですから。ウィンウィンです。ハハッ。」
俺は気軽に言い。
「ハハハッ。義男、大袈裟!良いよねっ?英。」
穣が義男さんを叩く。
「じゃあ。」
俺は、彼女に近寄り…手を取って握手をした…
彼女は…呆然と俺を見ていたが…
その頬に…ポロポロと涙が落ちてきた…
「良かったなー!ミッチャン!おい…そんなに泣くなよ!ハハ…」
義男さんが言い…
「…有難う御座います…私、死んでも良い…」
と、彼女が言った。
「…いや…死なれちゃ…英が困るよ…」
穣が驚きながら…呟き…
「ハハッ。だよなーっ?ほら、皆、困ってるだろ!」
何故か…義男さんまで涙ぐむ。
義男さんは…きっとミッチャンが好きなんだな…
「ハハ…ゴメンなさい。驚き過ぎて…」
彼女が涙を拭きながら笑おうとして…
「ハハ…喜んで貰えたなら、光栄です。」
俺は頭を下げた。
「ミッチャン、勿論。これは、自分の胸だけに納めておいてね。穣達には、迷惑掛けられない…大口のお客様だからねっ!ハハハッ。」
義男さんが言い…
「勿論です!勿体なくて…人になんか喋れない!幸せが減っちゃうもん。」
彼女が言った。
だよな…やっぱり、減るよな。うん、解る。
「…あー…びっくりした…」
穣が胸に手を当て…呟く。
「はあ?何でお前がびっくりするの?びっくりさせた方だろ?腰抜けるかと思ったよ。いや、抜け掛かってたよ。俺。」
義男さんが穣の言葉に言い返す。
「私なんか…もう…心臓が危なかった…」
彼女も胸に手を当てる…
「ハハハッ。スミマセン…驚かせない様に、前もって言ったんですが…ね…」
俺は皆の反応が可笑しくなってきて、笑って言う。
「聞きましたけど…普通、信じませんよね…?穣ですよ…?てっきり…揶揄われてるって思った…」
「なんか…穣ですよ…?ってのが、微妙ーに、腹立つわーっ!ハハハ。」
穣の目が笑って無かった…
「ですね…穣ですもんねー?何か罠が有ると思いますよねー!ハハハッ。ハハ…」
俺は義男さんの気持ちが解り…笑って…
睨む穣と目が合い…笑いを止めた…
「はい、はいっ。物件行くよーっ!英君。後で覚えてろよっ!…ハハハッ。」
「ハハハッ。ハハハッ。」
やはり…穣のいる場だ…最後は…皆が笑っていた…
物件を見て回り…どれかに決めると義男さんに言って、二人で帰路に着く…
明らかに…おかしい…穣が大人しい…何…?
「穣…?大丈夫…疲れたの?夕飯、大変なら何か買って帰ろうか?」
俺は穣をのぞき込み…訊いた。
「いや、大丈夫…今日、私ね…カルチャーショックを受けまして…」
穣は繫いだ手を揺らし言う…
「物件に?問題でも?」
「いやいや…昔から良く言われてる言葉に…女房焼くほど亭主モテもせず。って有るのよ。」
「うん。聞いた事は有るよ?」
「ウチの亭主は…違うんだな…ってね。英と握手をしただけで…あんな綺麗な…涙が流れる人が沢山いるんだな…。本当にスゴいんだなーっ英は…って…目の前で見せられて痛感したんだよ。」
穣は自分で納得した様に頷き。
「びっくりした…って言ったのは、そういう意味だったの。カルチャーショックだよ。私は…羨ましがられてるんだな…って…英を凄く好きな人が居る事を初めて不安に思った。英の気持ちが離れたら…ってね。ハハ…」
珍しく…下を向いて言う。
「俺だって、羨ましがられてるよ。俺の周り中が穣に夢中だ。焼き餅焼くほどにねっ。さっきも、思ってた。義男さんが又、又、イケメンだから…何でこの街には…穣の周りにはイケメンしかいないのっ!危なくて仕方ないよっ!てね…終いにゃ、腹まで立ったてきたよ…ハハハッ。」
俺は穣に言った。
「ハハハッ。秀ちゃんも義男もイケメンだと思った事は一度も無いな。良いヤツだけどね。男としては見ないよ…もっとも…あっちも、私を女としては見てはいないな…ハハッ。私は英が心配する意味が解らんよ。逆ならともかくねっ。」
穣は、今度は俺をしっかり見て微笑み…言った。
俺は首を振り…
「俺の方が解らないよ…ここまで俺を骨抜きにしてさ…穣、穣って一日中言ってる俺の気持ちが離れる訳が無いじゃん。穣の気持ちが例え離れても、俺はね…絶対に穣を離さないよ。いや…離れない。ああ…マネージャーに…猿の子供って言われたよ。俺が穣に張り付いてるの観てね…ハハハッ。」
と、言って…穣を又見た。
「うーん、良い比喩だ。正に猿の子。ハハハッ。あっ。明日は私、父の用事で出掛けるからね。夕方には帰るけどさ。」
「うん。了解!明日もそんなに早くは帰れないと思うんだ…事務所が改装工事しててさ…荷物の移動が有るとか言ってた。」
「おけっ。じゃあ、早く帰って家の話しを詰めようかね?秀ちゃんが早く早くってウルサくて…」
「秀ちゃんはね。寛貴さんの気が変わるのが怖いんだよ…早くしてあげよう!」
帰宅後の食事中に話しを詰め、中庭が素敵な…しかも一番お風呂が広かった一軒家に決めた。
次の日…朝からダンスレッスンが有り、次の夕方の撮影までの間、事務所の移動をする為に一旦、戻る事になっていた。
「ただいまー!」
言う俺達と、マネージャーに担当さんが…
「お帰り。移動はちょっと、待てだ。」
と、言い。
「新しい衣装のデザイナーさんを社長が今、下に向かえに行ってるから。何でも…お前達の雰囲気と、体型を見てから考えたいそうだ。今度は外国のデザイナーさんだから、衣装のイメージが変わるかもしれないな。」
と、続けた。
マネージャーは…
「えーと。このままのカッコで良いのかな?」
と、レッスン後の俺達を指差す。
「体型見るんだから良いだろう…。遅いな…もう、上がって来るだろう。見た後は社長室に行くから、そこから荷物の移動を始めよう。」
担当さんが言い…
「はーい。」
メンバー全員が返事をする。
「ハハハッ。」
笑い声が聞こえ…ドアが開く。
社長と、大柄な…外人さんが入って来て…後から…
「…ブッ。はあーっ?な…な…み…み…」
俺は…跳ね上がり…思わず指を指して…いた…
「あーっ!又、英だーっ!ここの人だったの?ハハハッ。ウケるんだけどー!ハハハッ。」
み…み…穣…はあー?
「ま…待って!取り敢えず。ウケないよっ!何?何?何なの?えーっ!ここ…何処…?」
俺は大パニックになった…
穣は何やらフランス語だな…?で話していた…
「おーっ!」
と、外人さんが俺に寄って来て…握手をした。
俺は、ブンブン手を振り回され。
バシッと背中を叩かれた…
「え…えっ。何なの?穣。状況説明…プリーズ…」
俺は何故か最後に英語を使い…訊いた。
「何っ?プリーズって…ハハハッ。英。ウケるっ!私は父の絵を社長さんに頼まれてる関係で呼ばれて来たんだー。少し早く着いちゃって…ん?」
穣は、何やら…デザイナーさんに言いながら…
「そうしたら、下で、社長さんとデザイナーさんが困っていて…通訳さんが突然の腹痛で、運ばれちゃったんだって…盲腸みたいだってさ。だから、私が通訳さんになったのだよ。ハハハッ。」
穣は笑い、腰に手を当て…言った。
「えーと…?何故、英二が…?桧山画伯のお嬢さんと知り合いなんだい?」
社長もポカーンとしていたが、我に返り訊く。
「はあ…。もう…ハハハッ。何でも有りだな。知り合い所の話しじゃ無い。ハハッ。俺の女房です。本当に…ウケるねっ!穣。」
「ハハハッ。ハハハッ。」
俺と穣は、指を指し合い笑って…デザイナーさんが参戦して笑っていたが…
「はああーっ!女房っ!はああーっ?」
社長も他の全員、笑う所まで追いついていなくて…
目を剥いて、叫んでいた。
「ハハハッ。英。何?この皆の反応…超ウケるんですけどっ!初めまして、英…あ…」
「だからー、英二だよっ!」 俺は穣に言った。
「そう、それそれ。私、英二の妻の穣です。宜しくお願い致します。ハハハッ。」
と、ゲラゲラ笑いながら頭を下げて、言い…
又、デザイナーさんと話している。
「ハハハッ。」 又、デザイナーさんが笑った…
多分、亭主の芸名を忘れた話しをしたんだろう…
流石に社長が一番乗りで…?立ち直り…
「ハハハッ。英二の嫁さんが大物だとは…日々の報道で感じておりましたが…桧山画伯のお嬢様だったとは…いやー。本当に今日は、助かりました。有難う。英二を宜しくお願い致しますね。ハハッ。英二、衣装の打ち合わせ中、お嫁さんを借りるぞ。ハハハッ。そうか…ハハハッ。」
と…無闇に納得し…笑った。
「本人が楽しそうなので、どーぞ。穣。通訳さん、頑張ってね!早速、俺達は何をしたら良い?訊いて指示してよ。ハハハッ。」
「うん。楽しいっ!久々にフランス語なんか話したよ。覚えてるもんだねー。雀100まで踊り忘れずだな。ハハッ。じゃあ、訊いて伝えるよ。」
と、話しが進む間…
まだ、乗り遅れた船員…?達が…
「……。」 目を剥きっぱなしになっている。
社長は、穣とデザイナーさんが話しているのを穣から聞いて…?ややこしい…話し合っていた。
穣達が話し合いをしている間に…
やっと、普通の目に戻った…?優が…
「あ…挨拶もするの忘れてた…ゴメン。英二。」
と、言い…「…ゴメン…」と、皆が言う。
「いや、無理ない。驚くよね。全く。いつもこうなんだよ。穣とは…ハハハッ。ウケるねっ!」
「いや…全然ッ。ウケないってっ!」
マネージャーが代表して言った。
「生だ…生…。やっぱり、ただ者じゃ無かった…生だよ…やっぱりな…」
担当さんは…ヤバい事になっていた。
「じゃあねえ…英。」
穣が話し掛けて来た。
「英二!挨拶、させて!」
優が、俺を突いて言う。
「あ…ああ、社長。皆が穣に挨拶をしてくれると…良いですか?…じゃあ、穣、デザイナーさんにも待って下さい。って伝えて。」
と、言い。メンバーが言いだしっぺの優から、挨拶をして…次にマネージャーさんと担当さんが挨拶をした。
皆が、会いたかったと、口々に言い。
担当さんが…「私は貴方の大ファンです。」
と、訳の解らない事まで言い出し…
「俺も!俺もだ!」と、皆が言い出した。
「いや、俺が1号だろっ!」
担当さんが騒ぐ…
「ハハハッ。光栄です。宜しくお願い致します。ハハハッ。ファンって…ウケるんですけどっ!ハハッ。」
と、やっぱり穣は、普段と変わらない…
そこから、指示に従い…後を向いたり…座ったり…暫く動き回り…
デザイナーさんが話し掛け…
「はい。終了だそうです。」
穣が社長に伝えて。
「じゃあ、我々は、社長室に移ろう。」
と、言い…出て行く…
「じゃあ。英。後でね!では、失礼致しますっ!」
と、皆に向かい…深々と頭を下げた。
「はい。失礼致しますっ!」
マネージャーや担当さんと皆がつられて…
一列になり…深々と頭を下げた。
「ハハハッ。何それ?マジでウケるわっ!」
俺は、笑い出していた。
事務所の移動が始まった…動き回りながら…
「なあ、英二…あれは確かに…何一つ勝てないわ。」
担当さんが言う。
「ねっ。でしょ?」
「ここの人だったの?って…結婚しても…知らなかったの?ウチの事務所って…結構…有名だよね?」
マネージャーが言った。
「ねっ。訊かないし…言っても知らないよ。多分じゃない。きっとだ。」
俺は答える。
「社長や皆を前に1ミリも臆さない…あの大物振りは…凄いオーラを感じたね…」
優が、言った。
「ねっ。常にそうだよ。態度が人によって変わるって事…穣には無いんだ。」
俺は言う。
「あのさ…フランス語なんて久しぶりに話した…って…じゃあ…後、何カ国語を話せるんですか?って話しだよな…?」
メンバーが訊く。
「ねっ。怖くて、そんな事、訊きたくないよ。」
俺は首を振る。
「桧山画伯って…勿論。あの…桧山画伯だろ?」
他のメンバーが訊く。
「ねっ。俺も最近知った。穣からは…父は一応、画家なの。って聞いてた。一応だよ。」
俺は言った。
「英二って名前…覚えてなかったけど…結婚会見とか…テレビ見ないの?」
もう一人のメンバーが訊く。
「ねっ。穣の家にテレビは無い。音が嫌いなんだって。興味も無いらしい。テレビが無いんだよ…」
俺は又、首を振る。
「フランス語が話せて、携帯が何故、使えない?」
担当さんに戻った…
「ねっ。最近持ったんだって。通話以外した事がなかったんだ。ああ、ちなみに、桧山画伯は、まだ持って無いってよ。携帯をだよ…」
壊れた様に首を振り続けた。
「一緒に歩いてて、空港みたいに騒がれるだろ?それでも、驚かないの?」
マネージャーの番…?だ。
「ねっ。何故か、キャップやフードで隠さなくなったら、騒がれなくなったんだ。先日、穣に…グループは有名でも英は…ああ、俺ね。人気無いんじゃない?って言われたよ…ハハ…」
俺は苦笑いした。
「才女って…家事をしない、イメージだけど…」
優の順番になる…
「ねっ。穣の飯は和洋中、全て、最高に美味いよ。しかも…普段の穣は、才女って感じまるでない。」
俺は料理を自慢した。
「周りの人に英二を自慢したりしないの?」
メンバーの番だ。
「ねっ。一切、しない。スターとしての俺の事は自慢でもなんでも無いんじゃないかな?自慢…あっ。1回だけ兄に俺のEQの高さを自慢した位だね。しかも、穣の周りの男達はイケメンだらけ、いい加減、腹立つ位ね…」
俺は又首を振り出す…
「じゃあ、勿論。自分の載った週刊誌も見てない?」
他のメンバーの番だ。
「ねっ。当然。見ない。私を載せて何が楽しいんだか、世の中、変人だらけだな。ってさ。」
まだ、首を振り続ける。
「号外…出ても知らないでいるの?」
もう一人のメンバーの番だ。
「ねっ。号外が出るかもって予告したら、皇室と政治経済以外でも、号外が出るのを初めて知って、目を剥いてたよ。出た号外をね…お土産に持って帰ってあげたよ。俺。」
「じゃあ…」
担当さんが言い掛け…
「ちょっとさー。興味持ち過ぎじゃねぇ?ハハッ。だからね、穣は、月並みじゃ無くて、凄い人。としか言い様が無いんだってばっ!しかもだ。自分の凄い事は一切、喋らないし威張らない。だから、セカチューとピカチュウの区別もつかないのに、突然、フランス語を話されてみろよ。穣の学歴を知らない俺は、驚くだろ?熱狂的なファンに何かされたら…って、俺が心配すりゃー、ああ、私、空手師範代だからってサラリと言われて見ろよ。驚くだろ?それこそ毎日、全てがそんな事の繰り返しなんだよ。穣との生活ってのはね。皆の質問に答えてたら切りが無いんだってばっ!以上。ハハハッ。」
一気に言い…ゼイゼイしながら穣節で締めくくり、俺は又、笑い出してしまった。
いや、笑うしかなくなった。
「じゃあ…最後に一言だけ言わせてくれよ。」
優が真顔で言い出す…
「俺…結婚は…当ー分しないわ。」
メンバーが全員でカクカクと頷き…
「いや…出来ねーよっ!」
「ってか…何者を連れてこいって…?」
「お前だけじゃない…俺達の彼女も勝てないわ…」
口々に言い出し…
担当さんが…
「俺も一言だけ…」 と、言い…
「英二…お前にさえ、勿体ない嫁さんだ。」
と、締めくくる。流石…穣の大ファン1号だ…
引越しをするにあたって、俺の家の荷物はゲスト用のベッド以外は、持って行く事になり…
穣の私物以外の物は、秀ちゃん達にあげた。
ゲスト用のベッドも秀ちゃん行きになり…
「これで…一部屋は…埋まるよな。秀…」
と、寛貴さんが呆れていたらしい…ハハ…
買った中古物件は今、クローゼットなどを手直しの改装中だ…
一時は、穣と俺のマンションで過ごす事になった。
俺はそこから直ぐに、地方公演が一つ有り…数日の間、留守にした。
帰宅の日…
穣の店で待ち合わせをした俺は、又、ベッタリ穣に張り付きながら…一緒にマンションに向かった…
マンションの付近で穣は…「英。待ってて。」
と、言い…紙袋を手に植え込みに駈け寄って…
例の雑誌のカメラマンと、楽しげに笑い…話しをしてから戻って来た。
俺と手を繋ぎ、振り返って、手を振った…
勿論。俺も唖然としつつ…合わせて手を振った…
カメラマンは…頭を下げて、手を振った…!
「穣。何…事かな…?」 俺は訊いた。
「ん。差し入れ!ハハッ。美咲の所に寄ったから、マドレーヌの差し入れ。ああ、英のも有るからね。心配しないで!ハハッ。」
いや…心配はしないけど…差し入れ…?
エントランスに入り…
今度は、受付嬢達に手を振り出した…!
「今晩はー。はい、これ差し入れ!ハハハッ。じゃあね。頑張って!」
「今晩は。ウワー!有難う御座います!頂きます。」 受付嬢達が、笑顔で頭を下げた…
俺にも頭を下げ…俺も慌てて…
「今晩は。ハハ…」
と、訳が解らず…頭を下げ…言った。
「さあ、英。帰るよー。」
と、穣は俺の手を引き…スタスタ歩いて行った。
家に入り…
「穣。数日の間に…随分、皆と…仲良くなったんだね…。ハハ…」
俺は、呆れて訊いた。
「うん。毎日、朝に晩に会ってたから、色々と話しをしててね。仲良くなった。ハハッ。」
穣は、答え、笑った。
やっぱり、何処に居ても穣は…穣だな…
「そうか。ハハハッ。楽しかった?」
「うん。一方的に私が訊いてばっかりだったけど…知らない世界の話しって楽しいよね?見聞が広がるってやつ。ハハッ。」
それ以上、見聞をお広げになられるのデスか…?
「それに…英が居ない寂しさが少し紛れた。ずっと一緒に居ると、一日居なくても寂しいね。そんな事も言ってられないけどさ!ハハッ。」
俺は…穣が皆と仲良くなった事が、穣らしいと…喜びながらも、自分だけが会えなくて寂しかったのかと…などと考えてもいたので…
今の穣の言葉が嬉しくて…
「穣!俺も寂しかった!穣に会いたくて…。前までは、一人で眠るのが当たり前だし良く眠れるって思っていたのに…こんなにも、つまらないなんて…ってさ。久々に、眠れ無かったんだ。」
俺は喜びながら言った。
「本当にね。今まで、一人で何を食べてたっけ…?なんて、考えちゃったよ。ハハッ。ほんの少し前の事なのにね。不思議だね。」
穣も言い…微笑んだ…クッ…
「ねえ…穣ぃ…」
俺は、時間が少し早かった事もあり…穣にねだって夕飯前に二人でお風呂に入り…ベッドに誘った…
「若いなぁ…。ハハッ。」
穣は首を振りながらも承知してくれた。
数日が過ぎ…
引越の朝…作業の全ては業者に任せて…
午後からの撮影なので、穣と一緒に新居に向かう。
エントランスで受付嬢達に穣は…
「短い間だったけど、有難う御座いました。楽しかった!ハハハッ。」
と、丁寧に頭を下げた。
俺も…
「有難う御座いました。ハハッ。」
頭を下げた。
受付嬢達は…
「寂しくなります…絶対に、お店に遊びに行きますから。忘れないで下さいね!」
と、口々に穣との別れを惜しんで言った…
俺の事は余り惜しんでいなかったがね…フン。
「ハハハッ。忘れないよー!待ってるね。じゃあね。又。」
穣は言い…手を振った…
俺は、もう一度、頭を下げ…手を振った。
次に穣は、カメラマンに手を振り…
「又、新居の方でっ!ハハハッ。」
と、笑って大声で言った…
俺も…頭を下げ…。一緒に手を振った…
「有難う御座います!又、ハハハッ。」
頭を下げ…シャッターを切り…手を振り返す。
二人でブラブラと、手を繋ぎ…歩き出す。
「ああ、こんにちは!今日、もう引越しか…寂しくなるね…」
マンション隣の住宅のお手伝いさんが声を掛ける…
「こんにちは!今日なんだよ…又、遊びに来るね!」
穣は、手を振り言う。
俺は又、一応、頭を下げた。
「ワンワンッ。」
前から、犬を何頭も連れて…若い男が手を振る…
俺は思わず…後を振り返るが…
隣の穣が手を振り返していたよ…
「あっ…こんにちは…」
若者は、先ず、俺に頭を下げて…
「こんにちは!今日、引越しか…寂しくなります…」
と、穣の方を向き…言った。
犬が穣に戯れ付いて…穣は…頭を順番に撫で…
「ハハハッ。よしよしっ。うん。そうなんだ…又、遊びに来るからねー。」
と、犬と若者に言って…手を振る。
そんな事が一歩進む度に…は、大袈裟だが…
次々に続いて…俺は唯々…頭を下げたが…
俺に驚いたり…色々と言ってくる人は居なかった…
ただ、穣が引っ越すのを寂しがる声を掛ける…
一体、この短い間に…どうやったら、これだけの人々に「寂しくなります…」と、思わせられるのか…
「…ねぇ…穣…凄いね…進まない…」
「うん。毎日、道草をしすぎて…店を開けるのが遅くなってたよ。ハハハッ。」
「引っ越すのを話してあったの?俺の事も…?」
「引っ越すのは、話してあった。短い間だけどってね。英の事は、向こうが知ってたよ。雑誌を見たって言われた。」
注!まだまだ続きますが…謝って公開を押してしまいました。
新しくあげますので、引き続き、お読み頂けたら幸いです。
「えーっ!やっぱり、穣だってバレてるの?店のお客様とかにも?」
俺は焦って訊いた。
「いや、店では全然。この辺の人達だけ、しかも、もしかして…って訊かれて、はい。って答えた後は、何も訊かれないよ。井戸端会議的な話しをしてただけ。」
何故だ?何故、穣の周りに集まる人々は下世話なプライベートに入り込む様な話しをしないんだ…?
俺が芸能界にどっぷり浸かり過ぎて人を信用出来なくなっているだけなのか…?
いや、違う。俺もそうだった…穣と話してみて、穣の人柄にどんどん惹かれていくんだ…
そこに、誰の奥さんとか、そんな事は全然関係無くなっていく…穣、自身に魅力を感じるだけだ…
「余りにも色々な人が穣に声を掛けるから…俺、焼き餅焼いちゃったよ。穣が本当に減ったらどうしようってね。俺への愛は減らさないでねっ。」
俺は繫いだ手に力を入れる。
「ハハッ。私の何百倍も多くの人から愛されてる英が言うんかい?減る訳が無いでしょ?ハハッ。」
穣は、サッと周りを見回して…俺のほっぺにキスをした。
「えー。嫌だな…穣。誰も居ないけど…公衆の面前だよ…え…もー。嫌だな…」
俺は、すっかりご機嫌になり…体をクネクネさせ、マネをして…穣にキスをした。
運悪く…曲がり角から出て来た人々が…
キャーキャーと口々に騒ぎ出す。
穣は、頭を下げながら…俺の頭に手を置き…
「英君。君はもっと、状況判断と言う物を身につけた方が良いな…」
と、俺にも頭を下げさせた…が…
「ハハハッ。ハハハッ。」
結局は二人で笑い出してしまった。
新居での快適な生活がスタートした…
あぶらすましの置物もダイニングで笑っている。
俺の仕事終わりが早い日は、穣と二人で商店街に買い物に出掛けた。
「この前、シュウマイの取り合いになったよ。」
穣は、肉屋さんに愚痴を言う。
「穣がね…頑固なんです…」
俺は首を振り言った。
「おや…結婚前に知らなかったのかい?穣ちゃんは昔から頑固だよ…ハハハッ。」
肉屋さんに言われ…思わず笑い…睨まれた。
「おばちゃん、この前の葡萄が美味しかったから、ちょうだいな。」
穣が言う。
「先日は、ご馳走様でした。甘くて美味しかった。」
俺は頭を下げ言った。
「ハハッ。良い男にそんな事を言われちゃ、今日はオレンジをサービスしとくかっ!」
八百屋さんが言い…
「毎回、英を連れて来るよ…」
穣が呟いた。
「おっ!旦那!今日は何にする?」
魚屋さんが俺に訊く。
「ハハッ。今日は…ブリにします!」
俺が答え…
「勿論。二つとも、大きなヤツね!ハハッ。」
穣が付け足して言った。
秀ちゃんの店にも遊びに行って…寛貴さんも来てくれた。
「英にも会って、お礼を言いたかったんだ。一部屋…潰れたけど…ベッドが広くて快適だよ。コイツ、半端ない寝相でさ…ハハハッ。」
秀ちゃんを睨み…笑う。
これで…仲間はずれも帳消しになり、満足した…
仕事も益々順調で…新しい俺達のドラマロケも始まった。
そんなある日…
「あれ…?ここってさ…」
外ロケの準備をしていた俺達に、マネージャーが近寄り…
「英二の家の近くだよね…?このロケ地?」
と、訊いてきた。
「えー。あーっ!いつも買い物をしている商店街だよ!へーっ!あそこ使うんだ…」
俺は驚いて言った。
「今や、商店街は少ないからね…。やっぱり、そうなんだ…じゃあ、行きますか?」
マネージャーが言う。
「へーっ!英二の家の近くか。」
メンバーが口々に言い…ロケに向かった。
ロケ現場には、もう大勢のファンが詰め掛けて…撮影スタッフがばたばたっとと人員整理に追われている…
車を降りた俺達は、黄色い歓声の中…歩き出す。
「おっ。英君だったのかい?ハハッ。まるで、スターみたいで解らなかったぜっ。しかし、凄い騒ぎだな。がんばれよ!」
肉屋さんに声を掛けられ…
「スミマセンね。騒がしくして…スターみたい。って…一応…ハハハッ。」
照れながら、頭を下げて…笑う。
「はあーっ!仕事の時は、一層カッコ良いじゃないっ!別人かと、思ったよー。ハハハッ。」
八百屋さんにも言われた。
「肉屋さんにも、別人って言われましたー。ハハハッ。お騒がせ致します。」
俺は又、頭を下げ、笑った。
「あーっ!旦那達の撮影かい?いや…普段からは、想像出来ない姿だなー?ハハハッ。」
魚屋さんも…言った。
「ハハハッ。そんなに違うかなー?皆さんに言われまして…今日はお騒がせ致します。」
俺は普段、皆にどう映ってるのか…些か、心配にさえなりながら、頭を下げ…可笑しくなってきた…
俺が頭を下げる度に…一緒に頭を下げていたメンバー達が、遂に…耐え切れず…
「ハハハッ。ちょっとー。英二!頼むよー。いつものお前って…何なの…ハハハッ。」
皆で、腹を抱えて笑い出して…
「キャーッ。笑顔、最高っ!」 ファンが益々、湧く…
撮影が終わり…速やかに撤収作業が進む中、俺達は車に向かい歩き出す…
「あーっ!…おいっ!穣ちゃんだっ!ハハハッ。」
優がブンブンと手を振った…
肉屋さんに向かう穣が振り返り…
「あーっ!英達だー。ハハハッ。ウケるっ!」
と、軽く手を振り返して…いや、ウケないって!
「えーっ?何?皆で遊びに来たの?ウチにも寄る?」
と、普通に訊いた…
「いや…穣。遊んでない。ウチにも寄らないよ…撮影があったんだよ。ハハッ。一応…仕事。」
俺が言い…
「ああ、撮影なのか…秋祭りかと思ってたよ。凄い数の人出でさ。ハハハッ。仕事ね。それはそれは、ご苦労様です。」
穣はメンバーに頭を下げ言った…その言動に…
「ハハハッ。ハハハッ。秋祭りっ!ウケるー!流石、穣ちゃんだわっ!ハハハッ。」
メンバーが耐えきれずに又、腹を抱えて笑い出してしまった…
ファンの人々が…俺達の笑顔より…
「わーっ!生の穣ちゃんだ…凄いっ!」
「あれ、英二の奥さんだよね?例の…わーっ!」
「穣ちゃんじゃない!あれっ。」
ざわざわと騒ぎ出した…
「キャーッ。穣ちゃーんっ!」
誰かが大声で叫び…手を振り出した。
それが引き金になって…「穣ちゃーん!」
観衆が口々に叫び…手を振る…
「ええーっ?英。何?これっ!超ーウケるんですけど!ハハッ。マジで、可笑しいって!ハハハッ。」
穣の笑い声に…ファンが皆がつられて、笑い出してしまった…
「いやー。参ったな…お騒がせ致しました。」
穣は、四方八方に頭を下げ…手を振り返して…
「じゃあ、私、肉屋さんに行くから。以上。」
と、普通にスタスタ歩き出した。
又、その行動に大笑いをするファンと…
今、目の前で起きた「穣コール」に唖然とする俺達を残し…本人は…速やかに立ち去った…
「ハハ…。俺達より人気者じゃんかっ!」
メンバーの一人が言い…
ファンが又…笑い出す。
これだよ…穣が居るだけで、この笑いだ…
穣が、漫才師になれば良かったのにっ…!フンッ。
半分、やけくそ…失礼…で俺は…
「ハハハッ。これだよ。こっちが、参るよねッ。ハハハッ。」
やっぱり、笑い出してしまった…
「今夜は、肉だねー?英二。ハハハッ。」
誰かが叫び…皆が笑う…もう、何でも有りだなっ!
俺はその声の方に向かって…
「いやいや、その後で八百屋さんに行って、魚屋さんに寄るんだよ。果たして、どっちになるかねー?今夜は!楽しみッ。ハハハッ。」
と、大声で言い…笑った…
「超…リアルじゃん!ハハハッ。」
又、誰かが言い…ファンと、メンバーまでもが…
大爆笑になった。
俺は頭を下げ…手を振り…つられたメンバーも…
頭を下げ…手を振った。
やっと、車に乗り込み…
「はぁぁーっ!なっ?いつもこうなんだよっ。今回で良ーく解っただろ?俺には何も訊くなよなっ!」
俺は、又質問攻めに会わぬ様に…速攻で釘を刺す…
「…言う事は無いよ…いや、言葉も無い…」
「本当の人間…だよね?彼女…?」
「あれでしょ…?徳を積んだお坊様とか…?」
メンバーが次々に呟き…
「一体…優がいけないんだ。穣を発見して…いや…発見しても声を掛けなきゃさ…」
俺は言ったが…
「いや、確かに!声を掛けた俺がいけなかったッ。でも…声を掛けた時の彼女の反応に興味が有り過ぎてさ…」
優が首を振りながら…
「自分が押さえられなかった。皆だって同じだろ?見たかっただろ?まあ…予想の上をいく反応だったけど…遊びに来たの?って…。商店街に遊びにだよ…しかも…秋祭りだぜっ…ハハハッ。思い出しても…可笑しいっ…ハハハッ。」
「ハハハッ。ハハハッ。駄目だ…秋祭り…ハハッ。」
優とメンバーがまだ笑い続ける…
実際…秋祭りには、俺も参った…
「遊びにって…俺、休み無いって言ってあるから!しかも、地域の秋祭りに男だけでだよ…?小中学生かよっ!ハハハッ。」
と、笑い出してしまった。
優がまだまだ笑いながら…
「まあさ…一番、予想の上をいったのは、ファンの人達の反応だったよ…何?あの人気は…ハハハッ。本人より俺が…超ウケるんですけどっ!」
「何だよー。穣ちゃんのマネかよ!ハハッ。」
「あぁ…。笑った…こんなロケって初めてだねっ?ファンの人気をさらわれて…本当に勝てないっ!英の言った事は本当だったと痛感したよ。以上。」
メンバーまでが…穣節になる…
「ハハッ。あの、最後の「以上。」が堪んないねっ!」
そうなんだよ…話しを打ち切る「以上。」が俺達の中で流行りそう…?
マネージャーは…撮影から今まで、存在感が無い程黙っていたが…突然…話し出した。
「…俺はね…この歳になるまで結構…色々なグループの世話もしてきた、その中でも一番位に君達は仲良しで…やりやすいメンバーなんだよ。」
軽く頷き、続けて…
「でも…結婚やスキャンダルを期に変わったりする事も有るんだけどさ…勿論。大概は悪い方にね…こんな…相乗効果が有る事は、初めてなんだ…」
俺達は、普段は余り話しをしないマネージャーがブツブツと話し続けるのを…真剣に…ではなく…呆れて聞いていた。
「穣ちゃんは、本当に…凄い人だよ。それは文句無しに認める。でも…俺が本当に凄いと思うのは…あの、何にも執着しなそうな彼女が、自分のフリーなライフスタイルが変わるかもしれないリスクを冒してまで、30を過ぎて自分から、プロポーズしてまで、一緒に居よう。と…選ばれた、英二だよ。」
うん。うん。と、頷き…
「英二、お前は俺が、普段からも凄いと思っているより…以上に…凄い人間なのかもしれないな…と、商店街の人達の反応も見ていて…つくづく…今日は思ったよ。はぁぁ…えー…と、以上。ハハッ。」
やはり、穣節で締めくくる。
「ああ…言われてみれば…穣ちゃんがインパクト有り過ぎて…忘れてたけど…」
「英二って…選ばれたんだよな。あの人に…テレビ嫌いな穣ちゃんが選んだのが、皮肉な事に…業界人の英二だなんてね…」
「今まで…あの感性の人に選ばれる人間は、存在しなかったんだもんな…」
メンバーが次々に呟き…最後に優が…
「極、たまーに…鋭い事も言うね。マネージャー…」
と、言った。優…それ…褒めてないよ…
「いやいや…俺は凄い人間じゃ無い。穣の周りにはね、自立した凄い人間が多いんだよ。いや、そんな人しか居ない。だから…逆に穣、穣って騒いで、ベタベタ付き纏う俺を…放っておけないな…って思ったのかもね…ハハッ。」
俺は凄いなんて言われて…謙遜したりした…
次のスタジオ収録まで一旦、事務所に戻ったが…
「えーっ!穣ちゃんが来たのかっ?えーっ!なんで俺が居ない時に限ってっ!ああーッ。なんで着いて行かなかったのー!俺っ!グワーッ!なんで…」
ロケ事件を聞いた担当さんは…この世の終わりの様に嘆いた…
それを聞いて、マネージャーが…
「カメラマンが来ていたし、明日発売の雑誌に載るでしょう。まぁ、あれは…生で見ていないとねぇ…あの興奮は解らないかなー?ハハハッ。」
何故か、自分の手柄のように言った。
「なんか…ムカつくッ。」
担当さんが呟く…
「なんか…解る…」 皆が…頷く。
「英二っ!出版社から依頼が来てるよ、本を出さないかって…嫁さんの話しを書いてくれとさ。一体において、その話しで俺は出掛けてて…クッソー!」
担当さんが嘆きながら言い…
「はぁぁ…本?…ですか…」
俺はもう…呆れて…言った。
「お前なら、ゴーストなしでいけるだろ?馴れ初めから、結婚や生活の事を書いて欲しいって言われてるけど…時間の余裕がね…キツいよな…?でも…まだ、本は誰も出して無いだろ?これを切っ掛けにさ、他のメンバーの出版仕事に絡むかもしれないしねー?どう思う?」
担当さんは…きっと…もうOKの返事をしてきたに、違いない…
「はあー…俺だけの判断では…穣に訊いてみて…」
俺はこれ以上…休みが無くなるのも勘弁だったし、穣の事を書く訳だから…言い掛けた…と、
「そうだなっ!そうだよ。英二の判断だけじゃー、駄目だ!本人の了承がないとなっ。よしっ!解った!俺が今日、話しに行くよっ!後、一本で終わりだろ?一緒に帰ろうっ。家に寄らせて貰って、俺が穣ちゃんにお願いするよっ!うん。そうだなっ!それが一番だ。」
えー…。一番かな…?まあね、穣は常々…
「皆をウチに呼ばなくて良いの?英の新居なのに…前のウチには泊まりに来てたんでしょ?結婚してから付き合い悪くなった。なんて、粋じゃ無い事は嫌だよ。私。」
と、言っていたが…粋じゃ無いって…江戸っ子か?
ああ…そうだよ。穣…江戸っ子だ。
「はあー。そうですか…」 俺は解せない返事をし…
マネージャーが…
「じゃあ、私も着いて行かないとっ!」
と、何故か…張り切って言う…
「はあー。そうですか…」 益々、解せない…
優が…
「…俺も…今後の為に俺も参加しちゃ駄目?」
一応、遠慮がちに…来る気、満々で言う。
「…足並みは…揃えた方が…ねっ…」
メンバーも次々に言う…
「おいっ!どんだけ暇だよっ。皆っ。もーっ!俺、穣に電話するからっ!」
俺はヤケクソで言う。
「いや、明日は朝からロケだ、酒は遠慮しよう。英二、軽く飯を用意して頂く程度で…」
担当さんが…言う…
はあーっ?おい…お茶だけじゃないんかいっ?
「いや、寿司とかは、まるで必要は無いですよ。普段から食べてる手料理で…」
マネージャーが…言う…
はあーっ?出前より、手料理が良いってかっ?
「いや、食べたら直ぐに帰るよ。泊まりやしないって。着替えとかも無いしねぇ…?」
優が言い…メンバーが何度も頷く。
あ…当たり前だろっ!
俺は…返す言葉も無く…穣に電話をした…
「ハハハッ。やっぱり寄るの?ウケるっ!全然、構わないよー。祭みたいで楽しいねっ?で…?皆、泊まっていくの?」
穣はやっぱり、普通に訊いた。
「いやいやっ!祭りじゃなくて…仕事の話しだからね?穣。泊まらないよっ!泊まらないからねっ!いや、泊まれ無いだろ?6人もっ!」
俺は…穣の友達から、直ぐに…布団でも届いたら困るので、強く断った。
「じゃあ、待ってるね!ハハハッ。」
電話を切った…途端。
会話に耳を澄ませていた全員が…大笑いで…
「ブハハハッ。祭りみたいって…泊まるのって…ブハハハッ。ウケるんですけどっ!」
全然…全然!ウケないよっ!
「…ハハハッ。待ってるそうです。以上。」
俺は笑い出し、言ってやった。
「穣。ただいまー!皆、来たよー。」
「はーい。お帰りなさい!どうぞー。上がって下さい。お疲れ様でした。」
穣がエプロン姿で出て来た。
「いやー。スミマセン。突然、お邪魔しちゃ悪いって言ったんですがね…」
担当さんが言い。えーっ…。
思わず、全員で顔を見てしまった…
「ハハハッ。疲れてるんだからっ。そー言うの抜きでっ!ご飯にしましょう!」
穣は言い…
「はい。上がる順に好き嫌いがあれば言って下さい。じゃあ、担当さんから。」
と、仕切り出した。
「ブッ。ハハハッ。はい。担当さんから。」
俺もマネして言い…先に上がった。
「はい。無いであります。」
変な返事をして…担当さんが上がる。
次々に…
「セロリです…」
優が小さな声で呟く…
「何も無いです!」
「俺も!」
「昆虫とか以外は、無いです!」
昆虫…出さないわっ!いや…出せないわ…
メンバーも次々に言い。
「ピーマンです…」
マネージャーが最後にやはり小さく呟く…
「はい。了解!」
穣が頷き、キッチンに向かう。
皆がカルガモの子の様にぞろぞろと、穣の後に続いて行く。
腰を下ろした順にキョロキョロと、部屋を見回し…
俺は、穣を手伝って…出来た物をテーブルに出していった。
準備が整い…
「はい。モナペティッ。」
穣の掛け声と共に…「頂きますっ!」
全員が食べ始める…
「んーんっ。ドレッシングが…爽やかで美味しいです…えーっと…」
担当さんが言い口をモグモグさせ…考える。
「ハハッ。有難う御座います。マヨネーズベースにレモンとセロリをジューサーにかけた物を混ぜて有ります。気に入って良かった。」
穣が言った…
「…俺の…色が違う…?」
優が隣を見渡し…自分のサラダを見た。
「ああ、だって…セロリ駄目なんでしょ?ただの市販の和風ドレッシングに変えたよ。」
穣が「ただの」を強調する様に言い…
「…ねぇ?美味しいの?ねぇ?」
隣のメンバーに訊いた。
「最高!爽やかで、幾らでもいけそう!」
と、メンバーは、親指を立てる。
「…一口だけ…ちょうだい。」
「えーっ!嫌だよ。自分のただの和風、食っとけ。」
優とメンバーの遣り取りをきいていた穣が…
立ち上がり…小さなサラダを持ってきた。
予め、用意されてたみたいだ…
「はい。食べてみる?駄目ならやめて良いからね。」
と、優に渡した。
「え…有難う御座います。」
受け取り、恐る恐る…口に運んだ…
「ん…ん?うんっ!美味しいです!レモンで…セロリが気にならない!旨っ!」
優が驚いて、言った。
「ハハハッ。偉いなっ!食べられたねっ。」
穣がパチパチと、手を鳴らした。
「偉いって…小学生かよっ!ハハッ。」
俺は苦笑いで言った…半分は…優が褒められた事への嫉妬だったが…
「いや、英二。小学生振りに食べられたんだ…スゴいな。美味しい…少しでも…好き嫌い無くさなきゃならないし…あ。ハハ…」
優は首を振り…感慨深げに言い。訳の解らない事を呟いた…
「うん…そうか…そうだね。」
穣も真剣に頷く。…ん?
「…」
今度は、マネージャーがキョロキョロ隣を見渡し…
「ねぇ、美味しいの?ピーマンの味…するよね…」
と、隣のメンバーを突いて訊いている…
「いや…ピーマンの肉詰めだから…ピーマンの味はしますよ。しなきゃ嫌だし…超旨いっすよ。」
「ピーマンの食感と苦みが堪らないよねっ!」
「旨っ!え…この…シャキシャキは…?」
次々に皆が言い…
「ハハハッ。中に干し椎茸と、蓮根の微塵切りを入れて有るよ。ああ、マネージャーのは、ただの肉団子の香味ソース掛けだけどね。だって…ピーマン駄目だもんねー?」
と、穣は今度は、「ただの」を強調し…モクモク食べながら言う。
「…あのー。…」
マネージャーが言い掛け…
「もしかして…食べてみる?ピーマンの味はするから…半分に切ってきてあげるよ?」
穣は又、やはり、用意されてたらしい物をキッチンから持って戻った。
「はぁ…エイッ。」
訳の解らぬ掛け声と共に…マネージャーが、口に入れた…
「…あれ…?あれ…?好きな味かも…なんで…。美味しいです…美味しいですっ!」
大声で騒ぐ…
「ハハッ。不思議な物で年齢で味覚って…変わったりするのよっ。」
穣は一口、お茶をすすり…
「でも、駄目だと思っている物は口にしない…こういう機会に、人につられて食べてみたら…あれ?食べられたっ。てね。好物になったりね。ハハッ。」
笑い…
「良かったねっ!一生、食べないで損する所だったよね?口にした、勇気が偉いっ!ハハッ。」
と、又、拍手をした。
「有難う御座います。本当に損する所だった…」
マネージャーも首を振る。
「あの…おかわり…を…」
メンバーが言い…俺も!俺も!と、口々に言った。
「あの…私は…けんちん汁を…」
と、担当さんが言い…俺も!俺も!…
「いやー。けんちん汁の根菜が美味しくて…本当…料理まで、万能なんですね…羨ましい…」
「この…卵豆腐みたいな物が、スッゴい旨いっ!」
メンバーが目を丸くして言う。
「そう、そう!激うま!何だろう?この味…」
他のメンバーも言い出した。
「俺も好きなんだ。当ててみてっ!」
俺は自慢気に言った。
「いやいや、英君?君も解らなかったよねー?当ててみてっ?じゃねーし…。」
と、穣が呆れ顔で言い…
「ハハハッ。ダッセー!英二!ハハハッ。」
皆が笑い出す…
「俺、解るよ。えのきだよね?穣ちゃん。」
優が言った。
「おおっ。大正解。ハハッ。」
穣が又、拍手を送った。チェッ。
「俺、ダイエットしてた時にキノコばっかり食べてたから…解るんだ。なーんて言うのは、嘘で…偶然さっき、えのきの頭…?が有ったから。ハハッ。」
優が笑い。
「なんだよ!優。焦ったー。グルメ王かよっ!って思っちゃったし!」
グルメ王…? メンバーが言う。
「はあーっ!この、銀ダラ。旨っ!わっ。旨っ…」
他のメンバーが言い出す。
「だよなっ!これ、俺のお勧めっ!」
俺が今度は本当の事だから、威張って言った。
「うん。それは本当だね。英、一番好きだもんね。」
穣が頷く。
「この…漬け物も、穣ちゃんが…ご自分で?」
マネージャーが穣に訊いた。
「ハハハッ。ただの即席漬け。八百屋さんがね、皆が来るって話したら、柚子と葡萄をおまけしてくれたんだ。だから、柚子入れて漬けてみたの。」
穣が説明した。
「とても…美味しいです。サラダみたいだ…」
マネージャーはシャクシャクと食べて…言った。
「英二が…真っ直ぐに飛んで帰る訳だ。こんな美味しい料理が食べられるんだもんね?初めて…結婚って良いな…なんて、考えちゃったよ。」
メンバーが首を振り、言った。
「だよな…」 優が妙に…真剣に呟く。
「穣は特別だよ。料理も出来過ぎるからねっ!」
俺が…自慢気プラス威張って言うと…
「はい。それは、ご馳走様。そして…本当に、穣ちゃん。ご馳走様でした。」
担当さんが言った。
「ハハハッ。全く!ご馳走様。そして、ご馳走様でした。本当に美味しかったです!」
笑いながら、口々に皆が言った。
「お口に合って良かった!お粗末様でした。」
穣は頭を下げ言って…
「ウチのコーヒー奉行がコーヒーを煎れるので…ソファーの方で話しましょう。八百屋さんの葡萄と友達のケーキ屋さんのケーキが出ます。小さくて、甘さ控えめだから、大丈夫だよ。」
穣が又、仕切った…
「ハハハッ。英二がコーヒー奉行か?」
皆が笑う…
「そうだよっ!この位しか約に立たないんだもん!」
俺は拗ねて言った。
「英はね、居るだけで、癒されるから良いんだよ。家では私だけのアイドルだからねっ。ハハッ。」
穣が言い…
「えー…。癒される…?そお…?俺…?」
モジモジと喜ぶ俺に…
「デレるなよっ!キモっ。英二っ!」
「ファンに見せたいわっ!この締まらない顔っ!」
「いやいや、空港とかで、もう見られてるしっ!」
「…ハハハッ。ハハハッ。」
キモがっていたメンバーが笑い出す。
「英二。お前は正真正銘…世界一の幸せ者だ。」
担当さんが真顔で言い…
「穣ちゃん…姉妹は居ますかね…?」
マネージャーが真剣に訊いた。
「ああ、穣は一人っ子だよ。以上。」
俺はマネージャーにとどめを刺した。
皆でワイワイと美咲さんのケーキを選び…
葡萄も摘まみながら、本当の目的の話しをした。
「はあー?私との話…?そんな詰まらない物…何処の物好きが買うの?」
穣もやはり…呆れ顔で訊く。
「ねー。俺も流石に呆れたけど…」
俺も言った。
「いやいや、今や、英二は穣ちゃん無しじゃ語れない存在になってるんです。その二人の馴れ初めは皆、気になる話しで…爆売れ、間違い無しです。」
担当さんが押す。
「私は全然、構いませんが…売れなくても知りませんからね!英は?書きたい?」
穣が俺に訊き。
「うーん。仕事なら…頑張ってやるよ…ゴースト無しじゃ…売れなくても知らないけどねっ!」
と、答える。
「絶対…絶対というのが無い業界ですが…必ず、売れる。私は、賭けても良いです!」
担当さんが言い…
「私も、売れる。に賭けても良いです!」
「俺も、売れるに一票。このケーキ…旨っ。」
優が口を挟む。
「なー。旨いよな?ケーキ。俺も、売れる。」
「この、ショコラの最高!あ…俺もね。」
「いや、シンプルなショートが凄い軽くて旨いっ。ああ、売れない訳が無いっしょ?」
と、ケーキの感想を交えて…言い出す。
「ケーキ、まだ有るよ。お代わりの…」
「ハイッ。ハイッ。」
メンバーが全員で手を元気にあげた…
穣を前にすると…俺もだが…「遠慮」という言葉を忘れる様だ…
「これは…英二が出版する事は…この先、例えばメンバーの趣味の域とかの本も出せるかもしれないチャンスでも有るのです。」
担当さんが最後に押し…
「へぇー。じゃあ、受けるよね?英は、皆が大好きだからねっ!ハハハッ。」
穣が言って…
「私も穣ちゃんが大好きです。」
「私も大好きです。」
「俺達だって、大好きだよなっ?」
な…何を…いやいや、ドサクサに紛れて話しが俺からそれてるしっ!
「ハハハッ。英。コクられたよ!私。ハハッ。超ウケるんですけど!」
ぜ…全然っ!まるでっ!ウケないよっ!今まで中で一番っ!ウケないよっ!
「俺がだよっ!俺が皆を好きな事と、穣は関係無いだろっ!もうっ、本当、何でも有りなんだからっ!穣。今のは全然、ウケないけどっ!出版の話しは、受けるよっ!全く…」
俺は怒って洒落を言い…?半分ヤケで受けた…
「いやー。有難う御座います。遅くまでお邪魔しまして…さー。皆、おいとましよう。」
担当さんが言い…
「ああ、じゃあ、お茶を入れて来ます。」
穣が立ち上がり…キッチンに向かう。
「いやいや、もう…」
担当さんが言い掛けた…
「いや、立ちっ茶ですから。」
俺は担当さんを遮った。
「えっ?何?立ちっぱ?嫌だな…何が?」
担当さんが微妙な顔で訊き返してきた…
「いやいや…立ちっ茶。穣は朝の出掛けや、俺が急いでいる時、必ずお茶を入れるんです。」
一息つき…
「慌てちゃ駄目だ。立ちっ茶飲んでからだよ。って言って…お茶を飲んでいる間に、忘れてた事や、忘れ物を思い出す…落ち着いてって事らしい…」
俺は担当さんに話した。
「…英二。俺が今、真剣に考えてる事を話そう。もし、生まれ変わったら…絶ー対に、穣ちゃんと結婚する。」
「はぁ…無理ですね…俺が生まれ変わっても、穣と結婚するんで。以上。」
俺はサラリと言ってやった。
「はーい。お茶だよ。遅いから…ほうじ茶にした。」
穣がお茶を配りながら言った。
「立ちっ茶。頂きます!」
担当さんが頭を下げ…言い…
「頂きます!」
全員が頭を下げた。
お茶をすすっていると…
「ああっ!明日の早朝ロケっ!中止だ…いやいや、夕飯が美味しくて…興奮して忘れてた!スタジオのダブルブッキングらしい。」
担当さんが思い出し、言う。
「やったーっ!それ、超大切な事じゃん!」
メンバーが首を振って苦情を言う。
「良かったー!立ちっ茶を飲んで!穣ちゃん、有難う御座います。」
又、担当さんが頭を下げる。
「…あれ…俺…携帯が無い…さっきまで、有った…」
優がポケットを押さえ…言い出した。
「落ち着いて。鳴らないって事は、まだ何も連絡は入ってきてないよ。良し。じゃあ、先ずは…キッチンテーブルかな…」
穣が探しに行き…
「じゃあ、俺、鳴らすから…どうしたの?優?今日は、ヤケに携帯…気にしてるね…?彼女?」
「…いや…」 優が曖昧に言う。
首をかしげ…俺は優の携帯を鳴らした…ジャカジャカジャ…
俺達の曲が流れた…
「キャーっ!びっくりしたーっ!椅子の上に有ったけど…」
穣が携帯電話を優に渡して…
「英。今の音…どういう事…驚いたー!」
まだ目を丸くしたまま、穣は訊いた。
「ハハッ。穣。携帯電話の音は変えられるんだよ。」
俺は少し…ドヤ顔で穣に教えた。
「へーっ!凄いんだねーっ!びっくりしたよ。」
穣が感心して俺に言ったが…
「ブッ。ハハハッ。最高!見た?英二の顔っ!」
「お前が発明者か?って話しだなッ。ハハッ。」
全員で笑い出し…
「ウルサいよっ!もう、忘れた事や物が無いか、静かに考えながら飲むのっ。立ちっ茶はっ!」
俺は照れて…真っ赤になり、怒鳴った…
「英君。君がウルサいよ…」
穣が首を振り言って…
「ハハハッ。ハハッ。」
皆が笑う…
「マジで、立ちっ茶。半端ねぇ…明日から俺もお茶飲んでから出掛けるよ。穣ちゃん、本当に助かった。有難う。」
優が言った。
「いえいえ。連絡、入ってないでしょ?大丈夫?」
穣が訊く。
「…うん。大丈夫だよ…有難う。」
優が…ぼんやりと穣を見て…言った。
「うん。立ちっ茶。俺もマネしよう。」
担当さんが、深く頷き…
「じゃあ、明日は午後出って事で。宜しく。以上。」
と、穣節で…締めくくる。
「ご馳走様でした。お邪魔しました!」
「又、こんなご飯で良ければ、いらして下さいな。お休みなさ…」
穣が言い掛け…
「是非っ!」
全員がくいぎみに答えた…。
「本当に…直ぐに、又、来るかも…」
優が真顔で言い…
「本当に…どうぞっ。ねっ?」 穣も真顔で言った。
はぁぁ…?
皆が、やっと。やっと帰り、俺は夕飯の片づけを手伝いながら…
「今日は、突然でゴメンね。穣。」
言った。
「そういうの、要らないでしょ?私は、英の奥さんなんだから、会社の同僚が新居に来るのは当たり前、おもてなしするのも当たり前。でしょ?」
穣はサラリと言った。
「うん。でも…有難う。穣のお陰で俺の株が上がり放題で、怖いやッ。ハハッ。本も、考えないと…」
俺は言ったが…
「考える?うーん。担当さんの話し的にも、ノンフィクションで良いんじゃない?英と私の出逢いから、今現在の楽しい生活。英が大好きな、周りの素晴らしい人々との出逢いも…英が私と知り合ってから、感じたままを書けば良いんじゃないの?」
穣は首をかしげ言った。
「ああ、そうか…ノンフィクションで良いんだね。又…穣の自慢だけになりそうだけど…」
俺は納得し、言う。
「だからっ!褒められるの…プレッシャーだって!」
穣が顔を顰める。
「ハハッ。穣、俺お風呂入れてくる。」
「いや…ちょっと…待って。」
「えっ?何で…何か有る…」
俺が訊きかけた時… ピンポンッ。
「あっ。はーい。待ってね。」
洗い物を終わらせて…穣が走って玄関に行く…
えっ…誰か来る予定が有ったのかな…
玄関から…
「スミマセン…遅いのに…」
「ハハッ。良いんだよ。来るって解ってたし。」
「えっ…何で…」
と、言いながら…優が入って来た。
「コーヒー担当さん…うーん。カフェオレお願い致します。さっ。座って。」
穣が俺に言い…穣の口調に何かを感じた俺は…
「おう。今、入れるから、座れよ、優。」
と、言った。
穣は、俺に微笑み。
「で…連絡は、有ったの?」
と、優に訊いた。
「あの…何で…そんな事が解るの?穣ちゃんは…」
優が戸惑い…訊いた。
「ああ、歳。君達とは経験値が違うから。そんな私の話しは良いよ。…ああ、有難う。じゃあ、英も座ってよ。」
カフェオレを配った俺は…優の前に座る。
「…ゴメンね。英二…」 優が言い…
「それも、要らないよ。ただ、私が居ない方が良いか?居た方が良いかだけ…遠慮無しに言って。」
穣が俺の変わりに答える。
「居て!二人に話したい…から…」
「りょっ。じゃあ、聞くよ。」
「うん。聞くよ。」
俺も事態のただ事じゃ無い雰囲気に直ぐに言った。
「俺の彼女…女優の大川里奈。穣ちゃんは知らないだろうから…」
「えっ!」 俺は思わず…口をついて言葉が出た…
「しーっ。理解したいから、先ずは全部、聞こう。」
「う…うん。ゴメンね。優。」
「いや…英二が驚くのは無理無いんです。彼女は…業界ではベテランの女優で、40歳。有名な独身主義者です。生涯…結婚はしない。って言い切ってる人なんです。」
優が穣に説明した。
「オフの日に…偶然、道で会ったのを切っ掛けに…付き合い始めました。もう…三年になります。彼女は自分の売りで有る…独身を守りたくて…結婚の意思はないって付き合い始めから言われてた。」
優は、カフェオレをすすり…
「俺はそれを尊重していて…でも、彼女から先日、生理がこないんだ…って聞いて…良く有る事よ。って彼女は言って笑ってた。今日、一応、医者に行くって言ってたから…俺は、他の病気も心配で、電話を気にしてたんだ。」
カフェオレを一口すすり…一息入れた優は続けて…
「さっき…この家を出た後に、電話が有ったんだ。妊娠…二カ月だって。彼女の年齢からして…最後の妊娠かもしれない…でも…仕事の事もあるし…どうしたら良いのか…全然…解らなくて…俺。気付いたら…ここに…来てた。」
優は話し終え…穣と俺を見た。
俺は…
「ねえ、優…彼女を思う気持ちが嘘だとは言わないよ。でもね。優は逃げてるよね?彼女を尊重するっていう裏には…自分が世間から…どう思われるか?って心配は本当になかったって言い切れる?以前は俺もそんな…逃げてる人間だった。勿論。俺も業界人だから…グループに属して居る身だし…他に迷惑を掛けるかもって尻込みする気持ちも解るよ。」
俺は…一息つき…
「でもね。ちょっと…キツい言い方するよ…この事を穣や俺に話して…一緒に困って欲しかったの?人。一人の命の事だよ?自分が判断できない様な…そんな、中途半端な気持ちでいるのなら…子供なんて育てられないんじゃいかな…?一生懸命…生まれてくる子供に失礼だよ…?」
優は…俯いて…黙ったままで頷いていた。
穣は…腕を組み…首を振り…
「はぁぁ…成る程ねー。彼女は、彼女が…彼女の意思を尊重…彼女の歳と仕事…?さっきから聞いてるとさ、彼女の事ばかりじゃん?自分自身は?ねえっ。君は?君自身は…彼女のお腹に今、居る自分の子に会いたい?」
優に問う。それは…訊く。ではなかった…
「…会いたい…?うん…うんっ!会いたいっ!」
優は身を乗り出して言った。
「ハハッ。それならっ。私達に話す事も、訊く事も無いでしょ?今、直ぐに彼女にそれを伝えな。俺がこう思い。俺がこうしたい。「俺の」真剣な気持ちを一生懸命に伝えな。」
穣は優を見て…微笑み、言う。
「彼女はね…きっと待ってるよ。じゃなきゃ…君に話さずに、自分の判断で行動してる。君の言葉を聞きたいから話しをしたんだよ。」
穣は続けて…
「人ってね…不思議なもんでさ…たまには自分を否定されたい時も有るのよ。いつも、尊重されてばかりじゃ飽きられるよっ。気を付けなー?青年よっ!ハハハッ。以上。」
笑って…締めた。
「こっちが先に結婚したのに…追い越されたか!チェッ。ハハハッ。」
俺も笑っていた…
「ああー。来て、良かった!英二にまで、ぼろくそ言われて、怖い物無しになった。自分の子供。守りに行ってきますっ!」
優は、立ち上がり…来た時とは、別人の顔付きで言った。
今まで中で一番、優がカッコ良く見えた。
「待て。こういう時こそ。立ちっ茶だよ。」
穣が入れたほうじ茶を三人ですすり…
「ああ、落ち着いた。肝も据わった!ハハッ。」
優が元気に言い。
「よしっ。良い顔だっ!ハハッ。行ってらっしゃい!」
穣が敬礼する。
「幸運を祈る…いや、絶対に「うん。」と、言わせろっ!行ってこいっ!」
俺も敬礼する。
「はいっ!」
敬礼を返す優の頬に、大粒の涙が落ちた…
夜中に…優からLINEが入った。
彼女は、一言。「良いの?」と、泣いたそうだ…
穣と手を取り…喜んだ。
午後からの出だったメンバー達は…
勿論。マネージャーにたたき起こされた…
俺は、優の加勢をしろと穣から命令が下り…
朝から、立ちっ茶まで済ませ、あぶらすましにもお願いをして…待機していた。
事務所に集まると…
担当さんやマネージャーや社長までもが、バタバタしていた…
相手も大女優だ…お互いの今後の仕事も考慮しなければならないのだろう。
優が社長に言った。
「社長…俺の言葉で、話しても良いでしょうか?いや、話させて頂きます。」
と、頭を下げた…
「…このグループのヤツは…結婚が決まると変身するのかっ?全く…良い顔しやがってっ。勝手にしろっ!英二だけそうさせる訳にいかんだろっ!」
超大物同士の年の差カップルに、流石の社長も…半分ヤケクソか…?
俺の加勢は要らないままに事は進んで…
向こうの事務所は…こちらメインの話しで、上手くまとめて下さい。と…本人が申しております…と、流石に大ベテランの女優さんには逆らえない様で…言ってきたそうだ。
会見は…俺の時より益々デカい会場になり…
室内温度が…7度位は上がりそうな人出…?だ。
「独身主義者の大川さんが突然…何故…結婚をお決めになったのですか?」
会見は始まった…
「フフフッ。ねっ。」
彼女が優を見て…
「ああ、俺が代わりに答えさせて頂きます。彼女は、今、妊娠二カ月です。」
えーっ!と、驚きの声が会場を埋めた…
「ハハハッ。驚かせましたね?こういうの気持ち良いですねー!英二の気持ちが解る!ハハッ。」
「ハハハッ。」 会場が戸惑いと笑いでざわついた。
「彼女にこれからは、母親主義者になって貰おうと思ってます。ハハッ。」
優が大川さんを見つめて言った。
「フフフッ。だ、そうです。」
彼女が肩を竦める。
「え…あの…かなりの歳の差婚ですが…気にはなりませんか…」
訊きずらそうに…訊いた。
「ぶっちゃけ…付き合って三年です。三年間も一緒に居ると…歳の差を忘れてますね。逆に…お互いの歳を、いつまでも気にして付き合ってるカップルなんているのかな…?居ないと思いますよ。」
優は答え。
「私なんか…30過ぎから自分の歳も定かじゃ無いわよ…だって、人と誕生日を祝うなんて…優と付き合うまで、面倒だと思ってたから…これから、逆に気になるかもね…参観日とかさー。ハハハッ。」
大川さんが言い笑って…
「里奈。綺麗だから、大丈夫っ!」
優がすかさず言った言葉に会場は…
「おーっ!」 と、冷やかしの声が沸く…
「逆に…優さんが結婚を決めた理由は…」
「俺が決めた事。って言えたらカッコ良いんですけどね…彼女の独身主義者というレッテルや、自分の仕事の事で…悩んだんです…いや、決して、彼女の妊娠を悩んだんじゃなくてね…あくまでも仕事という面で…悩んだ…」
優は首を振り…
「メンバーの英二に…ぼろくそに言われて…悩む様な中途半端な気持ちでいたら、一生懸命に生まれてくる子供に失礼だよ。ってね…参った…」
一つ、大きな息をつき…
「そんな、参っている俺に…穣ちゃん…英二の嫁さんが…言ったんです。彼女が…彼女が…ってさっきから、彼女の事ばっかりっ。君はどうなの?君は今、彼女のお腹に居る自分の子供に会いたい?って…俺は…凄く、会いたかった。」
優はしっかりと頷き…
「返事をした俺に…それを彼女に伝えな。って…俺がそうしたい。って…伝えな。って…彼女はきっと待ってるよ。って言ったんです。」
会場は、人が居ない様に静まり返っていた…
「全く…なんでこんなに簡単な事が自分で判断出来なかったのか…って思った。」
優の声だけが響き…
「人ってね…たまには自分を否定されたい時も有るのよ。尊重されてばかりじゃ飽きられるよ!ってね…終いには、脅されました…ハハハッ。」
優が笑いで締めて…
「全く…いい歳の大人のカップルが…自分達では…何一つ、決断出来ずにねっ。穣ちゃん…って方のお陰で今日、この場が有るっていう…間抜けな話しでした…ハハッ。」
大川さんが苦笑いをして…言った。
「…例の…ほら…英二の穣ちゃんだよ…」
と、会場はざわついていた。
「余りにも、このままじゃ…カッコ悪いから…今日は、俺が主体で、俺の言葉を話させて頂きました。以上。」
優が穣節で終わらせ。
「だってさ。以上。ハハ…これ、今、優達の間で流行りの、穣ちゃんの口癖だってよ。ハハハッ。」
大川さんが説明までして…会見は終わった。
勿論。号外が出たさ…
見出しに…
「キューピットは英二のお嫁さん。穣ちゃん!」
と…大きな文字が踊っていた…
今日のお土産が出来た。
家に帰り…号外を見せると…
「ハハッ。しっかし、英の業界人は…大袈裟だなー。私が何も言わなくたって…なる様になったよ。あの様子を見てたら、そう思うし。」
そう…どうしても気になった事を穣に訊く。
「なんで…」
「はいはい。優?が来るって知ってたか?でしょ?」
「ハハ…うん。」
「生きてきた歳。後は、業界人じゃないから…だな。一般の恋愛を多く見てきたもん。後…好き嫌いを無くすって言った時点で…彼が父親になるつもりだとも思ったしね。」
「…俺、友達の事も…解らなかった。穣みたいな…凄い人が、なんで俺を選んでくれたのかな…」
「ハハッ。今更?私はね。アイドルだろうが、サラリーマンだろうが…君が誰でも…英を選んだよ。優に英が言っていた言葉も…彼を…人を想う優しい気持ちが溢れてた。」
穣は微笑み…
「流石は、私の旦那様だっ。って…誇らしかった!」
と、言い…キスをした。
「ああ…駄目だ…体の力が抜けた…ねえー!俺、いつまでこんなに穣を好きでいるんだろー!」
俺は…ラグを通り過ぎ…フローリングまで、暴れてゴロゴロと、転がって行った…
「あら。私だって英が好きだよ。今日は…寝不足だし、早めにお風呂に入ろうか?ハハ…」
穣が転がり続ける…俺に言う…
「えっ?早めに…ヒャッホーッ!入れてくるっ!」
飛び起き…両手を上げて風呂場に急いだ…
「何よ…ヒャッホーッ!って…」
穣の呆れてる声が聞こえた…きっと、首を振っているだろう…ハハハッ。
年末にさしかかり…
今年は…二大騒動があったものの、俺達の人気は…有り難い事に益々、上がる一方だった…
優のファンは若い子が多い…結婚発表後、少なからず歳の差婚に戸惑いの声も有った様だが…
そんな事を気にする優では無くなって…今は、もう直ぐ、父親になる日を楽しみに…産婦人科に通いマタニティ教室に参加しているらしい…ハハッ。
世間からは…
「穣ちゃんがまとめたんなら、応援するよー!」
などという声も多かった様だ…
普段の撮影があり…年末特番にも追われる中…
今年の流行語大賞なるものに…
「英二のお嫁さん…穣ちゃん」
「以上。」
なんてのが、選ばれたりして…
ベスト夫婦大賞などと…普通は芸能人夫婦に送られる賞まで、異例で頂く始末で…
穣にテレビ出演の依頼が山の様に来た。
だが…「ハハッ。超ウケるんですけどっ!嫌だよ。」
と、穣は、アッサリ断っていた…
俺もこれ以上…穣のファンが増える事に不安を感じ…出演して欲しくは無かったので安心した…
そう、こんな事も有ったな…
会社のリニューアルが終わり…入り口の正面に大きな桧山画伯の絵が飾られた。
記念パーティーに桧山画伯も招待をし、穣とお義母さんも一緒にきていた…
社長自らが挨拶に出向き…
「いやー。穣さん、今日は、一段とお奇麗ですね。先生、穣さをのお陰で英二の株も上がる一方で…」
と、言ったが…
「誰?」 桧山画伯が言い…
「英の事だよ。」 穣が答えた…らしい。
俺は…穣を見つけ…担当さんやマネージャー、メンバーと駈け寄った。
「お義父さん、お義母さん。ご無沙汰してます。今日は、有り難う御座います。」
俺は挨拶をした…
「ん…誰だった…かな?」 桧山画伯が言い…
「ハハハッ。ちょっとー!私の旦那様でしょっ!」
穣が答える…
「ああっ!道理で…見た事が有ると思ったよ。失礼。ハハッ。」
桧山画伯が笑い…
「やだっ。解らなかったわ!好かした格好してて…」
お義母さんまで言って…
「ブッ。ハハハッ。ハハハッ。流石は、穣ちゃんのご両親ッ!」
社長や全員が大笑いした…
「…ハハ…」
俺は苦笑いになったがね…
皆が穣達と一緒にパーティーを回っていると…
「まあっ。先生っ!」
声が掛かり…俺達のダンスの先生が驚きの声を掛けて、寄って来た。
「はい…」 桧山画伯が答えると…
「ああ、佐藤君じゃない。何してるの?」
穣のお義母さんが普通に訊いた。
「何してるって…相変わらずね!先生。ハハハッ。私、この子達にダンスを教えてるのよ。」
佐藤先生が言った…
「えー。貴方が…?教えてるの?えー。」
お義母さん…佐藤先生は結構…有名な振付師です…
「ハハハッ。先生には敵わないわねっ!どうして…ここに…?」
佐藤先生は訊いた。
「ああ、この子が…ウチのお婿さんで…こっちが一応、主人。」
いやいや…一応じゃないですよね…
「まあっ!穣ちゃんって…先生の娘さんなの…?主人…って…桧山画伯…?はあーっ!先生には敵わない訳よねーっ!」
佐藤先生が首を振り…納得し…
「皆。こちらの先生ね。私がフラダンスを習っていた方でね。バックダンサーの指導とかもお願いしたりね。凄い方なのよっ。家族まで凄いとは、知らなかったけど…ハハッ。」
と、言った。
ほらなっ!やっぱり、こう来たよっ!
「へー…。流石は…。穣ちゃんのお義母さん…やっぱり…凄いんだね。」
皆も、もう半分呆れて…頷く。
「何それっ。超ウケるんですけどっ!ハハッ。」
穣は相変わらず、普段と変わりない…
「佐藤君は、覚えが悪くてね…まあ、フラは…男の人には難しい物だけどね。先生なのね…」
お義母さんが言い出し…
「ちょっとっ!先生、勘弁してよぉ。私だって、この業界では…少しは…大したもんなのよっ!」
と、焦って佐藤先生が言う。
「お母さん!いくら、本当の事でも悪いわよ!」
穣がお義母さんを叩き…
「み…穣。それ…フォローになって無い…」
俺が穣を叩いた…
「…ハハハッ。ハハハッ。」
又、全員で笑い出し…
やはり…穣の居る場所だなー。なんて思った…
そんな、珍事が有りながらも…
波乱に富んだ一年は終わっていった。
新年を迎え…数ヶ月が過ぎた…
優の子供も、早産だったが、無事に生まれた…
可愛い女の子で…「みのり」と名付けられて、俺達夫婦を流石に驚かせた!
「英二、まさか…知らないの?今、名前のランキング2位が「みのり」だよ。まあ、俺の「みのり」が一番可愛いけどねッ!ヘヘヘッ。」
優が…心配になる程の親馬鹿振りを発揮して言い…
「えーっ!2位なのっ。知らないよーっ。超ウケるんですけどっ!ハハハッ。」
と、俺達夫婦は口を揃え言い…笑った。
仕事の合間々にネチネチと続けてきた、俺の執筆も終わりを迎え、出版の運びとなった。
題は、「君が誰でも…」だ。
俺が誰でも…穣の態度が変わらなかった…そんな穣を俺は好きになり…一生を共にしたいと願った。
その思いを書きたくて…この題名にした。
俺や穣の心配をよそに…出版された本は、飛ぶように売れ…増版された位だった。
担当さんの予想は当たり…遙かに超えた…
初版の段階で、本を貰いウチに持ち帰って…
「これ、貰ったよ。なんだか…売れてるってさ。増版まで決まったって…」
と、説明付で穣に渡す…
「ウワッ!英だよ。変な感じ…」
表紙の俺を見て、先ずは目を丸くする…
この人にとっては…一生、俺は国民的アイドルでは有り得ないらしい…
「なんかさ…分厚いね…良くこんなに書く事が有ったな?私との数ヶ月間の事だけで…」
穣が又、首を振り始めた…
「ハハハッ。穣の自慢なら、10巻位は余裕で書けるよ。俺。自慢の嫁さんだからねっ!」
俺は答える。
「君は…世に出回る本に…何を…書いたんだい?英君…。もう、開くのが怖いわっ!」
穣は本をテーブルの上に置き…その上に重たいアジアのオブジェを置いてしまった。
「勿論。穣の自慢だよ。ハハハッ。力作っ!」
俺は笑って言う。
「そんな…手前味噌が売れて…しかも、増版されるってか…?世の中は…そんなに変人で溢れているんだな…」
オブジェをどけ…首を振りながら…
「まあ…せっかく英が寝る間も惜しんで書いたんだもんね…又、皆が忘れた頃に読ませて貰うよ。今は怖くて読めん…ハハハッ。」
穣は言う。
「お裾分けなんだ。幸せのお裾分け…穣と出会ってから、俺が滅茶苦茶、幸せだって事を綴った…読んだ人に少しでも伝わって、その人も幸せになってくれたら良いなって思いながら書いた本だよ。」
俺が言い…
「ハハ…少なくとも…英の今の表情を見た私は、幸せを感じたよ。」
穣は微笑んで…
「さあ。久々のお休みだ。商店街に行って、昼は久々に…けんちん汁風うどんにしようか?それから…二人でマッタリと過ごそうね。英。」
言いながら立ち上がる。
「うんっ!過ごそうねっ。やったー!」
俺も万歳をして、立ち上がり穣に抱き着いた…
「ハハハッ。久しぶりに、英の「やったー!」が出たなー。意味不明だけど…」
やはり…穣が首を振り…
「意味不明じゃないよっ。俺は、穣が大好きで幸せ一杯なだけ。以上。」
と、穣にキスをした。
「ハハハッ。ハハハッ。」
あぶらすましも爽やかな風に揺れ笑っていた。
今日も、二人の笑い声が我が家に降り注ぐ…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?