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「青の姫 The Blue Princess」第一章(創作大賞2024ファンタジー部門)

<あらすじ>
ある名もなき小さな国に生まれた、類まれな青い瞳を持つ王女。「青姫」と呼ばれた王女は小さな国を出て、果てしない旅へ。その旅で出逢った忘れえぬ人々と体験。長い旅路の果てに姫は最後の目的地へ辿りつく。彼女は何者だったのか?「青」という色の神秘に惹かれるすべての人々に捧げます。
(本作は現在執筆中です。今後エピソードが追加され、完結します。また作者自身による挿絵も追加される予定です。)

第一章 語りべ ― 伝える人

その人と出会ったのは、砂漠の中の小さな宿でした。
どの国の何という場所だったのか、今となっては思い出せず、探すすべもありません。
私は一生の間、旅してきましたが、その中で見た一夜の夢だったのではないか、と思うこともあります。しかし、細部にわたって驚くべき、自分自身では到底思いつかないような物語なのです。記憶が薄れる前に、書き残しておかなくては、という思いに突き動かされて、筆をとりました。
あなたがこの物語を読んでくれたなら、万一私がこの世から消えても、きっと他の人たちに伝えてくれるはずだと― それが私の中に灯る小さな希望であり、願いです。

***

その晩、宿に泊まっていたのは、私とその人だけでした。
いつ建てられたのかわからない、砂漠の空気でからからに乾燥して色も抜けてしまったような小屋には、泊るとて一部屋しかなく、簡素な寝床がいくつかあるだけです。つかの間の休息と一夜の眠りのためだけの場所。
慣れた旅人によくあるように、私たちは簡単な挨拶をして、小さな荷物を出したりしまったりしたあと、まもなく寝床に入りました。しかし、その夜は不思議に頭がさえて、なかなか眠れません。それは隣の寝床の人も同じようでした。
私が何度目かの寝返りを打った瞬間、おだやかな声が闇の中で聞こえました。
「眠ろうとすればするほど、眠れないものですね。」
私たちは笑い合いました。

「では私たちの眠りのために、ひとつ物語を聞いていただきましょうか。かなり長くなりますが、あなたが起きている限り、お話ししますよ。」

その人は語り始めました。すぐに快い眠りに導かれそうな静かな声で。しかし、彼が語れば語るほど、私の頭は冴えてゆき、ついには寝床から起き上がってしまいました。
すると、相手も起き上がり、部屋の隅にあったろうそくに火を灯しました。

一本きりのろうそくの光に浮かび上がったその人の顔が、今も眼に浮かびます。灼熱の日差しを浴び続けた赤茶色の肌、瞳は星のように輝き、若いのか年取っているのかわからない。今、気づいたのですが、彼は古い絵に出てくる天使にどこか似ていました。年齢や性別もなく、軽やかで、微笑んでいるけれど、かすかに哀しげで、何もかもを知っているような。

どれだけの時がたったのでしょう。ろうそくはいつしか燃え尽きて、窓から差し込む月明りだけが部屋が完全な暗闇になるのをふせいでいました。

彼が語り終えたとき、私はたずねました。
「あなたは、この物語を誰から聴いたのですか。あるいは本で読んだのですか。」

天使のように微笑んで、彼は答えました。
「私も旅の途中、どこかの宿で、ある旅人から聴いたのです。」

翌朝起きると、彼がいた場所はきれいに片付けられて、その姿はありませんでした。

私は時々考えるのです。
本当にあの旅人に出会ったのだろうか。夢ではなかったのだろうか。
彼に出会った証はただ私の記憶の中の、この物語のみなのです。

もうひとつ、私が尋ねたことへの、彼の答えが忘れられません。
皆さんも、もう二度と逢えないとしても、名前を知っておきたい人がいるでしょう。

「あなたの名前は?」
「旅人。」

「それなら、私だってそうですよ。」と私が抗議するように言うと、あの静かな微笑でうなずきながら、

「そのとおり。私たちは、実はみな同じ名前なのです。たとえ自分の生まれ育った場所から離れないとしても、私たちはみな旅人なのです。だがそれを知る人は少ない。」

最後にひとつ、ことわっておかなくてはいけないことがあります。
この物語を聴いたあと、私はいくつかの発見をしました。それを加えておくということを。
語り伝えられる物語、とは、いつでもそういうものではないでしょうか。
あの旅人もまたそうしたはずだと、思うのです。

あなたがもし、いつかこの物語を誰かに語り伝えることがあるならば、きっと何かをつけ加えることでしょう。
私たちはみな、語るべき物語をもつ「旅人」なのですから。



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