楽園は自分でつくるもの
なんで最近こんな苦しいんかがわかった。
脱サラに成功したとしても、今の苦しみが0にはならないと気づいてしまったからだ。
学生のときは「大人になったら楽になれる」と思っていた。息がしやすくなるという表現のほうがあってるかもしれない。
とにかく、大人は自由にできるし苦しみなんてない楽園だと思っていたのだ。
あのころ思い描いていた大人の年齢になって気づいたことは、少しの目標達成では楽にならないということ。
脱サラできたらもちろん今の苦しさは半減くらいするだろう。だけど0にはならないのだ。
そうがわかったらよけいに苦しくなった。
学生のときは"大人になったら"という最初で最後の到達地点が見えていた。
だけど、大人のわたしには到達地点ははるか彼方だ。
楽園に身をおける日はとても遠いのだ。
そこに行くまでにどれだけがんばらなきゃいけないのか。がんばって達成できなくて苦しいままだったら選ぶ道は1つしかない。だけどまだそれは選んじゃいけないと感じる。
でも今のままじゃ一生苦しい。仕事の日も休みの日もずっと苦しい。
どうしたらいい。
答えなんてでないけど、でも、苦しくするのも楽にできるのも自分しかいないと思った。
楽園の日々はまだ遠いけど、1日くらいの息しやすい日なら作れるだろう。
のんびりごろーんとして、だらーんと携帯小説むさぼりたい欲を実行しても心は晴れなかった。
息しやすくなるのはこの方法じゃないということだ。
いろんな心の声がある。めんどいこともあるけど、聞いて試して苦しさ0の日を作って、小さな目標を達成して楽園にいこう。
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