ヒーローになりたかった、あの日の僕へ。

 断言する。特撮モノに憧れない少年なんて、いない。
 弱きを守り、悪しきをくじく。
 かっこいい以外の何者でもない。

 幼い頃、ごっこ遊びに夢中だった。
 どんな悪にも屈することの無い。僕は、最強の英雄だった。
 親から買ってもらった戦隊もののフィギュア。
 変形するロボット、音の鳴る武器。

 誰にも負けないはずだった。

 

 中学の頃だっただろうか。
 誰に言われるでもなく、ニチアサを見ることを辞めた。

 教室でいじられるクラスメイト。
 困ったように笑う顔を見て、じゃれあっているのだと思っていた。

 ――いや、じゃれあっているのだと、思いたかったのだ。

 内心では気付いていたのに、僕は視線を窓の外に向ける。
 彼の、助けを乞うようなまなざしから目を背けるようにして。

 きっと彼は、何か相応の悪いことをしたのだ。

 そんな風に被害者を悪者に仕立て上げることで、自分の中の罪悪感を制御しようとした。

 その報いだろうか。
 高校では自らがいじめのターゲットとなる。
 死にたくなるほどではない。
 だからこそタチが悪い。

 いじめっ子たちの意識は恐ろしい。
 加害者には、罪の意識が無い。
 いじめているという実感が無いのだ。

 被害者の僕もそうだ。
 いじめられているという意識が無い。
 ――そして、いじめられている、と自覚することを許さない、プライドがあった。

 教室という鍋の中で、ゆっくり、ゆっくりと熱せられていく。
 茹でガエルのように、気付いた時にはもう手遅れになっていた。

 そんな鬱屈した日々は、転校生の彼女の存在により突如壊される。

「アンタたちってかっこ悪いよね」

 転校生の彼女は、まるで当然の様に言ってのけた。

「特撮モノの、悪の怪人みたい」

 僕を庇うようにして立ちはだかった彼女は、向かってくるいじめっ子たちをにらみつけた。
 高校空手の全国チャンプ。
 場を制するのには、その肩書だけで十分過ぎた。

「君も、言われっぱなしのままで良くはないんでしょう?」

 こびへつらうように笑うだけだった僕に、厳しく言い放った彼女。
 僕はその時、彼女からも目をそらした。

 ニチアサを見なくなった理由が腑に落ちたからだ。
 ヒーローは、直視するには眩し過ぎたから。
 比較して自分が惨めになるから。

「あら、泣いちゃった。ほら、ハンカチ」

 それでもその優しさに触れて、ヒーローになりたいと思った。
 強くて優しい、彼女のようなヒーローに。

 それから十数年。
 大人になり、見える世界は変わっていった。
 狭い学び舎から、僕の視野は社会に向け広がっていく。
 終わらない戦争、積み重なる問題、埋まらない格差。
 世の中の惨状は、もしかするとあの日の教室と大差ないのではないか、とすら思える。 

「お父さん、時間だよ!」

 ニュースを見ていると、息子がチャンネルを変えるようにせがんでくる。
 日曜の朝。そろそろ特撮モノが始まる時間だ。

「仕方がないなあ」
「やったあ!」

 毎週恒例のやり取りをしてチャンネルを切り替える。
 秘かにこの時間を楽しみにしているのは、息子には内緒だ。

「わああ……!」

 感嘆の声を漏らしながら、画面の中のヒーローたちに目を向ける息子。
 キラキラと輝く瞳は、まだ純粋で無垢なままだ。

「お父さん、あれ欲しい!」

 CMに切り替わると、今回新しく登場した武器が、さっそく玩具になっていた。
 欲しくなるのは分かる。なんなら、僕自身が欲しくなるくらいだ。

「買ってあげれば?」

 そう声をかけてくるのは、僕のヒーロー。
 あの日、眩しすぎて直視できなかった彼女。
 それでもずっと見つめ続けてきて今に至る。

「……仕方ないなあ」
「よっしゃああ!」

 大喜びする息子。困ったように笑う僕ら。

「僕もヒーローになれているだろうか?」

 ふと、心の声が漏れ出てしまった。

「あら。自信なさげね」

 彼女は僕が座るソファに腰を降ろし、隣に寄り添う。

「少なくとも私は思ってる。私にとってのヒーローだって」

 僕を見つめた彼女はそう言ってぎゅっと手を握る。

「ありがとう」

 応えるかのようにして握り返す。
 今度はもう、目を背けることはしない。
 ヒーローだと言ってくれる人がいる限り。

<了>

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