【掌編小説】放課後

 何もかもがオレンジ色に染まっていく。
 汗がしたたる季節の西日は、今から沈むだなんてウソみたいにまぶしい。

 みーんみんみんみん、というアブラゼミの鳴き声をBGMに、君と二人、クリアファイルをうちわ代わりにして歩いていた。

 顔をパタパタとあおぎながら、君が言う。

「世界の終わりみたいだよね」

 僕が、確かにそうだと返す代わりに「はっはっは!!」と笑うと、君は変質者を見るような視線で僕を刺した。

「暑さでアタマやられた?」
 
「いやいや。それは言えてるなって思ってね」

 ビルの向こうに沈んでいく、赤い球体。
 空を見上げれば、にわかに混ざり合う昼と夜のコントラスト。
 西側には、バカみたいに主張の強い宵の明星が、煌々と輝いている。

「地球最後の日に、素敵なお嬢さんと歩けてよかった」

「似たようなこと昨日も聞いたから」

「君は顔を赤らめて言った」

「西日のせいよ。なんなら、あんたも赤いからね?」

 そんなコントみたいなやり取りをしていると、あっと言う間に三叉路に差し掛かる。

「じゃ、また出校日に」

 僕から先に別れを告げると、君は不服そうに僕を一瞥し、あいさつも無しに別方向へ歩き出した。

 結局、僕の顔が赤いのは西日のせいではないことを、素直に伝えることはできなかったな。

 ふふっと口の片端を上げて自嘲していると、僕の左手首を柔らかな感触が包んだ。

 振り向くと不服そうな顔のままの君がいて、にらむような目つきで僕を見ていた。

「どうしたの?」

 問いかけても反応はなし。
 ただ、君の手から伝わるおびただしい汗の量から、ただならぬ気配を感じ取った。

「あ、あのさあ、」

 次の言葉までの空白に、こらえきれずにごくりと喉が鳴る。
 わなわなとふるえるくちびるを、一度強く結んでから、君は言った。

「……地球最後の日に、そんなんでいいわけ?」

「……君も暑さでアタマやられた?」

「そうみたい」

 言うや僕らは手を絡め、自宅とは反対方向に歩き出した。

 明日から長期休暇。

 僕たちの暑い夏が始まった瞬間だった。



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