花占い
「シュークリーム、シュークリーマナイ、シュークリーム、シュークリーマナイ」
いったい何の呪文だろうか。花びらを一枚、一枚とむしりながら、娘は意味不明なことを言っている。
「あなた、この子は今、花占いにはまっているのよ」
妻の言う通り、見た感じは花占いらしきことをやっているように見える。だが、何を言っているのかさっぱり分からない。シュークリーム?
「おとうたん、いまね、シュークリームを食べるか、食べないかを花占いで決めようとちているの」
なるほど、それでシュークリーム、シュークリーマナイとか言っているわけか。食べる、食べないではなく、そういう発想で新しい言葉を生み出したわけだ。
「シュークリーマナイ!」
最後の花びらをむしり取ったと同時に、例の呪文が娘の口から飛び出した。そろそろホグワーツへの進学を考える時期だろうか。行けないけど。
「おとうたん、やっぱり花うらないの神さまは、ダイエットをおすすめしているよ」
ああ、どうやらそのようだね。神様に従って、シュークリームは我慢しよう。
窓の外では、陽光が青空の青をいっそうあざやかに輝かせている。そろそろお昼ご飯の時間だ。
「スシロー、スシロワナイ、スシロー、スシロワナイ」
娘が例のごとく花占いをしている。誰もおすしを食べに行こう、などとは言っていないのだが、娘の中ではすでにおすしを食べに行くという選択肢があるのだった。自ら選んでいく主体性はすばらしいが、また贅沢なものを選んだな。
「スシロー!」
娘の花占いにより、今日のお昼ご飯が決まった。
「おとうたん、花うらないの神さまもおすしを切望しているよ」
切望という言葉をいつの間に覚えた?というか、むしっていた花びらが5枚しかなかったのが非常に気になったのだが。
「あなた、この子は私に似て賢いのよ」
そう言って妻は、ふふふ、と微笑んでいる。ああ、きっと妻が花を選んできたのだろう。寿司を切望していたのも君だな?
「違うわ、言い出したのはこの子よ」
「おすし、おすし!」
まったく仕方のない母娘だ。それではお昼ご飯はおすしを頼むとしよう。
はあ、すっかり満足だ。デリバリーのおすしは美味しかった。妻と娘も満足そうにしている。
食後のドリップコーヒーでも飲もう。紙の上の黒い粉にお湯を注ぐ。数秒後には、コーヒーの香りに心が満たされた。コーヒーの入ったマグカップのふちに口づけて、コーヒーをすする。
「アナル、アナラナイ、アナル、アナラナイ」
おもわず口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまった。娘よ、その単語を覚えるにはまだ若すぎやしないか?というか、何を占おうとしているのだ?
「おとうたん、今ね、お昼からアナと雪の女王を見にいくか、見にいかないかをうらなっているの」
アナ雪かよ。まったく、勘違いしてしまったじゃないか。というか妻、いかにも「あなた今ヘンなこと考えてたでしょ?」と言わんばかりの表情で俺を見るな。
そんなこんなで映画館に来たのだが、どうやら他にも話題の映画がやっている。
「バトルロワイヤルも上映しているわ」
迷う妻と娘。個人的には君たちが楽しければ何でもいいのだが。花占いで決めたらどうだ?
「バトルロワイヤル、バトルロワイヤラナイ、バトルロワイヤル、バトルロワイヤラナイ」
「バトルロワイヤラナイ!おとうたん、花占いの神さまは、アナルがいいんだって」
こらこら、みんな見てるから。人前だからね?ここ。君がそういうこと言うと、誤解生むからね?
「では、アナルにしましょう」
君まで言うな。
映画を見終わり、花占いな一日が終わった。なんだかずいぶんと出費を強要する花占いの神さまだった気がするが、まあ彼女らが楽しめたから良しとしよう。
帰りの車、信号待ち。遊び疲れて眠っているふたりに目をやって、僕の口角は、やわらかく上がっていた。