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書評/『関心領域』マーティン・エイミス著・北田絵里子訳 加害者が主役で書かれたアウシュビッツ強制収容所。新たなアングルから見る極限状況での人間の真実
『関心領域』はイギリスの現代文学を代表する作家であるマーティン・エイミス(1949-2023)の著作である。同じ題目で映画化された作品も2024年アカデミー賞にノミネートされ注目を集めている。 「関心領域(重要区域)」は、アウシュビッツ絶滅収容所の一つと収容所で働いていたナチスの人々の住居を含む40平方キロメートルに及ぶ区域のことである。 これまでホロコーストに関しては『アンネの日記』や『シンドラーのリスト』を初めとして、被害者目線での歴史的証言を刻んだ文学作品が数
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書評エッセイ/『エタンプの預言者』(アベル・カンタン著 中村桂子訳)一冊の本の大炎上と熾烈なキャンセル・カルチャーを描いた仏文学の傑作
二〇一九年にデビュー作がフランス最高の文学賞であるゴンクール賞候補となったアベル・カンタンの第二作は、「レイシスト」のレッテルを貼られ大炎上してしまう六五歳の元大学教授の話である。大バッシングの嵐に晒され身も心もボロボロになるなか、主人公は自身の反人種差別信条が時代錯誤であることを教えられる。読者の多くは主人公と共に、欧米の新しい反レイシズムの考え方を学び、その厳格さに当惑するかもしれない。 デビュー作同様数々の著名文学賞の候補になった本作は、エスプリの効いたユーモア小
書評/『異常【アノマリー】』(仏ゴンクール賞受賞/エルヴェ・ル・テリエ著・加藤かおり訳):この世界が仮想現実でないと言えるのか?哲学もSFも織り込んだ深遠なエンタメ小説(歯ごたえ半端ない仏文学)
パリ発ニューヨーク行きのボーイング787が超弩級の乱気流を抜けた時、それまで信じられていた人類の存在目的が覆るような超常現象が発生するーー二0二0年にフランスで最も権威ある文学賞のひとつであるゴンクール賞に輝いた本書は、SF・哲学・宗教・スリラーと多岐に渡る要素を兼ね備えている。上質なフレンチ・フルコースを堪能するような満足感を与えるが、バケットのように歯ごたえある小説だ。 物語は、超常現象に巻き込まれた人々が問題のエールフランス便に乗り合わせる前の日常から始まる——プ
書評/『星の時』(クラリッセ・リスペクトル著・福嶋伸洋訳)ブラジルの文豪リスペクトルが半世紀前に放った「不幸な女の矢」(2022年第8回日本翻訳大賞受賞)
二十世紀の文豪、クラリッセ・リスペクトルの『星の時』が半世紀の時を経て、2021年に日本語で翻訳出版された。それに先んじる2015年に、アメリカでもリスペクトルの短編集が出版され、翌年『翻訳本のアカデミー賞』と称されるPEN Translation Prizeを受賞している。20世紀の南米文学の金字塔である彼女の作品が再び注目を浴びているのは何故だろう? 本書は濃いブラック・コーヒーのような小説だ。苦みがきいていて後味が重い。ヒロインのマカベーアはリオデジャネイロに住