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switch

今日も一日が終わったと。
職場から靴を履き替えて駐車場までの道を辿る。

この数分が、俺のスイッチを切り替える。

仕事モードから。
俺モード。

俺は仕事とプライベートを分ける方だ。
そのほうが何かと都合がいい。

ストレスも溜まらないし。


それでも、たまに来るあなたからのメッセージで、境が曖昧になる。
元々プライベートの時間を邪魔されることがあまり好きじゃないけど、あなたからのアプローチは気に入っている。

ガツガツ働く、ハンサムなあなたとの、
ちょっとだけ気の抜けたオンライン。

あまりメッセージのやりとりはしないけど、あなたとは何故か。

送られてくるメッセージには気遣いがあって。
絵文字は基本なし。


俺は。
にこっと笑った絵文字をつける。
文字だけだと、刺々しいと思うから。

絵文字をつけたら、あなたからも来た。
何だか可愛らしい動物がモチーフの。
ちょっとゆるい感じが可愛くて。

ニヤニヤしながら歩いた。


エンジンをかけて、今日のバラエティー番組をカーナビに流して。
暗くなった空をフロントガラス越しにぼんやりと眺める。


一瞬だけ。
何だかあのアルトボイスを聞きたくなって、
あなたが隣に居たなら。
と考えた。

まあ、そんなこと起こるはずもないし。

シフトレバーをドライブにして走り出す。


暗い我が家に着くと。
内鍵を閉めてガチャリと鍵を置いた。



トレンチを玄関のウォークインに入れて
リビングに入る前にネクタイを外した。

ふー、と深呼吸して。
Yシャツとスラックスを脱ぐ。

かつて、妻がいた時。
当たり前のように出迎えられて。
やさしい笑顔で。
温かい、作ってくれた食事があって。

妻が居なくなってからは。
母が手を貸してくれたが。
今は病院に入ったっきり。

俺はひとり。

気を張る相手も居ないから。
少しだらしない。


帰ったら、ジャージのハーフパンツとインナーのシャツ一枚で過ごす。
おっさんだろう。

笑っちゃうだろう。

夏が来て暑くても、エアコンを付けるから、TシャツはロンTだ。
この歳になると、休みに出掛けたりもしないから、洋服も要らない。
だから、一年中、タンスの中身は変わらない。
今度の休みも、また髭も剃らずにボサボサのまま、ゴロゴロしてる。

ねぇ、あなたは家族の世話までして。
すごいよね。

そう言ったら照れてたけど。


あなたがここに居たなら。
なんて、都合のいい事を考えて、

俺バカみたいだ。



クスクスと笑われてる気がして、食事をしないと、と立ち上がった。


後片付けをし、風呂に入って缶チューハイを飲んで寛いでいるうちに眠ってしまった。


アラームがなって起きると朝だった。


テーブルの缶チューハイは9%の表記。
一気に飲んだし。
こりゃ寝てしまうよなぁ。

あぁ、俺、だらしないなぁ…

歯を磨きながら、スマホを充電するのを忘れていたと、ケーブルを繋ぐ。

朝のTV占いが流れていた。
ラッキーパーソンは
「ハンサムなあの人」





おはようございます。





駐車場から歩いていると、快活なアルトボイスが聞こえて、挨拶を返しながら振り返る。

くすりと笑ったあなたは。
「後ろ、寝癖ついてますよ」
と、やさしい笑顔で俺を見つめる。


何だか昨日の俺を見透かされた気がして。
寝癖を押さえて、照れ隠しに笑った。


お疲れの様ですね。
お身体、お大事に。

さらさらと言葉を紡いで。
あなたはあのスパイシーな香水を僅かに漂わせて颯爽と去っていった。

あぁ、今日もハンサムだ。

ねぇ、あなたのスイッチ、どこで切替えてるのかな。

まぁ、いいか。
昨日聞きたかったあのアルトボイスを聞けたから。

充電が終わったかの様に
ふっ
と、体が軽くなったのを感じて仕事モードのスイッチを入れた。

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