ハンサムウーマン
休憩を取るために通用口へ向かうと、ふとパンプスの足音が聞こえて。
振り返るけど。
期待していたシルエットは見当たらなく。
あの快活なアルトボイスを思い出して。
かつての記憶を辿った午後3時
その気持ちに気付いた時。
あなたは手の届かない存在で。
それでも気持ちは止められなくて。
めったに感じない気持ちに胸が苦しくなり、
困ったなぁと。
ぼんやり思った。
初めて会ったとき。
背が高いと思った。
顔が小さくて手足が長くて。
抜群のプロポーションに。
仕事間違えてないか。
そう思った。
話すと。
優しい顔した割に気が強くて。
男っぽくて。
笑った顔がかわいくて。
わがままで。
甘えん坊の要素をたっぷり含ませて。
こいつはちょっと面倒くさいなぁ。
くるくる回る表情に俺と正反対とも思った。
異動で十年ほど別々の場所で働いていたけど。
また手元に置くことが出来て。
あの頃と変わらず可愛いくて。
大人の落ち着きを身に着けていて。
真摯にタスクに取り組む彼女が頼もしくなり、要の存在に位置付けるようになっていたのも確かで。
彼女は顧客にもファンが居て、
かなりしつこい様ならどうにかしないと
と。
考えたのもどこ吹く風。
うまくあしらう嫌味のないアルトボイスが笑っていて。
他人にあまり興味がない俺がムカムカしたことは事実で。
この俺が。
飲み込まれるなんて。
まずいなぁ。
自分を戒めて。
誤魔化して。
時が過ぎても。
それでもこの気持ちが薄まることはなくて。
らしくないなぁ。
と苦笑いしたこともあった。
充実した仕事が出来たこの数年は、特にあっという間で。
いつの間にかまた異動の時期が来た。
同じフロアで働いていた彼女へ本社勤務の辞令が出たときは。
イレギュラーな栄転の辞令だったため、衝撃で。
激務となる配属先への不安でぐらぐらと揺れて。
それでも、異動日には。
決意を揺るがすことなく
俺の手元から飛び立っていった。
あなたは。
怯むことなく磨かれて。
俺の知らないところで成長していく。
どんどん美しくなって。
俺はふらふらと。
ひどい目眩を起こす。
彼女の移動先は本社の商品を統括しているウイングと呼ばれるところ
メンバーは全部で15人。
その上に部長が3人。
更に上に全ての商品統括をする取締役がいる。
そこに女性は彼女だけ。
社内の乱暴な人事は、人のネットワークやチームワークを顧みない。それはそれでメリットもあるが。
潰れたスタッフをどれだけ見たことか。
それでも彼女は邁進する。
コツコツと
パンプスの音が聞こえたら。
彼女だ。
ふわりと。
ほんの僅かに香るスパイシーな香水で。
いつもスマートにスーツを着て格好いいなぁと。
みんなファンになっちゃうじゃん。
なんて。
優しい笑顔でスタッフに接する現場上がりの彼女は慕われていて。
文句なし。
まぁ、まだ伸びしろはあるし。
問題点は本人がよく分かっているだろうし。
本当に俺の出番なんて、なくなっちゃったなぁ。
ふと、忘れた頃に
明日は出勤日でしょうか。
少しお時間頂けますか。
控えめなオンラインがスマートフォンを鳴らす。
このオンラインが来たときは、疲れた顔に微笑みを貼り付けて。
俺に会いに来る。
休憩から事務所へ戻る途中、コツコツとパンプスの音がして。
今度は本物のアルトボイスが響いた。
そうだ、今日は少し時間を作ると約束したのだった。
少しくたびれ始めたアラフィフの俺に。
催事の後は、なんだかボサボサですね、なんて俺の無頓着なヘアスタイルをからかう彼女だけれども。
無理せず、ちゃんと食事してくださいね、だなんて。
労ってくれる。
ぽろりと二粒、チョコレートを俺の手のひらに乗せ。
微笑みかけるのが可愛くて。
俺を気遣う細やかさは。
心地いい。
話していても、丁寧で。
きれいな顔した割に似合わず、少々乱暴な言葉を発するけれど。
その言い方が可愛らしくて憎めない。
仕事に対しても誠実で。
これをなんと表現しようか。
あぁ、そうだ。
ねぇ。
自立していて、甘えのない。
やさしいあなたは。
ハンサムだ。
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