言葉を尽くしても
どれだけ思いを尽くしても言葉を尽くしても
他者に正確に伝わるということは
本当に難しい。
そう思う出来事があった。
ましてやSNSなどで自由に個人が責任を持たずに発言できる場合
誰かの発言を捻じ曲げて捉えて
そこに正義のフリした憎悪を投げかける事が
本当に残酷だ。
それは無責任だ。
それは賢いふりをした愚かさだ。
残念な事にたくさんの鬱憤を抱えた人が社会にはいる。
私は、憎悪を向けられる事や
敵意を向けられることを
肉親から受け続けた。
その結果、私は学んだ。
諦めるということを。
きっと私は諦めた。
それ以上わたしが理解を求めて戦うと
私は死んでしまったから。
そして戦い方を変えた。
私は私が幸せになる事で
私を敵視したり
私を否定する家族を納得させられなくても
ただの事実としてそれを積み上げようって。
戦うのをやめたわけではない。
私はずっと戦っている。
私を間違っている、私を愚かだ
私を反抗的だ、私を危険だと。
という肉親と。
そして性的マイノリティとして生きている上で向けられる差別や偏見的な眼差しや意見とも。
言葉で尽くして
その後無理なことが分かると
私はただ、事実を積み上げるという事を淡々と続ける。
昔、カミングアウトした上司に
ひどい扱いを受けたことがある。
他の俯いて黙った従業員を左右に並べて
私に向かって
そういうことを言うべきではない。
職場では言うべきではない。
エゴである。
と私にはっきりと言った。
私はあの時言葉を尽くした。
私は、真っ直ぐに目を見て言った。
誰も味方しない。私はひとりで
あの親ほど歳の離れた上司に向かっていった。
私は、仕事に関する事で注意を受けるならば受け入れます。
でも、私の生き方は変えることはできません。
私の生き方は私のものです。
エゴだと注意すれば私が怯むと思った上司は
返す言葉がなくなり
なんなら半笑いで私に
あなたは強いね。と言って終わった。
その後
その上司について不満を抱えていた従業員達はその時黙っていたにも関わらず
その上司がいなくなった場所では私に
私はあなたが悪いとは思っていない。
と言った。
私はその時構造について考えた。
なぜ、あの上司は私に敵意を向けたのか。
なぜ、誰も私を庇えなかったのか。
思っていたにも関わらず。
私を攻撃する事で何を得ようとしたのか。
それで思ったのは
みんな抑圧されていた。という事。
私に言ってはいけないことを投げた
その上司も、会社に抑圧され
家族に抑圧され
自分を認められる場所もなく抑圧されて
いつも不満と不安を抱えていた。
私はよく、その上司の相談にも乗っていた。
が、いつからか
私がいつも満たされている事やお客様や従業員から慕われる事は
彼女の不満になっていった。
不満や愚痴に同意しないことも段々イライラしたのだろう。
悪口合戦に私は加われなかった。
私が正しいのではない。
私は、ただ、苦手なので加われなかった。
私はそう感じないから加われなかった。
ただそれだけだった。
でも、敵意が膨らみ続け
私に向けられる傷つけられる言葉は
同性愛について人に話すべきではない。
と攻撃することだけだった。
それをいちいち言わなければいけないくらい私は彼女の敵意を膨らませてしまった。
私は彼女のイライラに気がつきながら
それをフォローしなかった。
上手く立ち回ろうとせず
寄り添いもしなかった。
私は「上手く立ち回る」ということは
悪意に関する事はしたくなかった。良くないと思っていた。
こういう人間は上司とぶつかるのですよね笑
今は笑えるけど
その時敵意を剥き出しにされて
丸裸でカミングアウトして誰も味方がいないでいた私は1人だけ言葉で反撃しながらも
剣で刺されたかのようだった。
そして怒りも感じていた。
この時の瞬間を忘れない。
だが、言った方は都合よく忘れる。
私は数年後その上司と再会した際に
ものすごい笑顔で擦り寄ってきて
ごめんね〜〜
あなたのお店行けなくて!
と言われたのでゾッとした。
私はそもそも案内もしていない。
忘れてるはずはない。
その後会社は大変な事になったし
その後その人の元を離れていく人は多かったのだから。
そのきっかけは私だったはず。
でも、都合よく、忘れたふりをしていた。
そして今は同じ店ではない私は
もう彼女にとって都合の悪い対象では無くなっていた。
なので、私は向けられた敵意がどこからきていたのか
なんなのか。よく観察し吟味する事で
その傷を癒した。
そして私の幸せに注視する事で傷は癒えていった。
人の心のひだの細やかさを忘れないようにしたい。
不満を募らせないようにしたい。
敵意を向けられ辛かった事は
私の背中を押して強くした。
あの時に私はすでに強かったらしいけれど笑
でも強くなってよかったと思う。
それで理解できる事もあるから。
少なくともなるべく最大限できる限りを尽くして
私は誰かに剣を振り翳す事のないように生きようと決意できた。
そして剣を振り翳されている人がいたら
私は庇うようにしようと決めた。
賢くいたいとか中立でいる事は
する必要があるのか?
と考えたけど必要ないと考えた。
誰かを庇って死なないように
その時は庇って手を掴み私は走り出し
その敵意から逃げ出すことを手伝う。
絶対に。