あの名建築に会いに行こう!——大分県中津市「風の丘葬祭場」編 その2
こんにちは、ロンロ・ボナペティです。
前回に引き続いて、槇文彦さん設計の「風の丘葬祭場」について、今回はいよいよその内部を見て行きたいと思います。
著名な建築家の代表作ということもあり、建築を目的に訪れる人が多数いるようでした。
受付では簡単な案内に加え図面等の資料をもらえたり、見学者に対する配慮が徹底されていて、葬祭場をただ見に行くのは不謹慎なんじゃないかという気持ちを取り払ってくれました。
遺族の方と鉢合わせないよう、見学される際は事前に予定を確認して行かれるとよいと思います。
その1はこちら
こちらが全体の平面図です。
大きく3つの棟、東側の火葬棟、中央の待合棟、西側の葬儀場とに分かれており、ほとんどの部分が直線で構成された幾何学的なプランです。
エントランスへ向かう通路。
左右の地面が盛り上がっているのがわかりますね。直線のみで構成された建築との対比が美しいです。
写真ではわかりづらいかもしれませんが、前方に向かって微妙に傾斜しています。
しっかりと前庭を設け、アプローチをデザインすることで、これから故人との別れを告げる来訪者の気持ちに寄り添っているのでしょう。
壁面は木目の残されたコンクリートが使われています。無機質なコンクリートを親しみやすい素材に変える方法として、好まれる仕上げです。
天井は木、柱は鉄骨と、これだけのスペースに多様な素材が使用されているのがわかります。
エントランスまで抜けると、ぽっかり空いた天窓と柱が目につきます。
機能・構造的には必要のないこの天窓と柱、設計者の強い意志が感じられます。
天に召された死者との接点としての葬祭場を象徴しているのでしょうか。
壁面はやはり木目のコンクリートですが、アイラインを境目に縦目と横目が使い分けられています。
中に入ったところ。
小さな天窓からの光が空間全体を照らしています。
人工的な光はなく閉鎖的な、厳粛な空間になっています。
告別前室。
徹底して直線のみで構成されていますね。
ここ自体に特に機能はないようですが、エントランスから直接こちらに入ることもできるため、人数が多い場合などはここが入り口になるのかもしれません。
告別室は、天井、壁面が左官仕上げになっており、暖かみのある印象です。
告別前室から入ってくる自然光の間接光と、トップライトも間接光で柔らかな光に包まれた空間です。
こちらは告別室前の通路。
対照的に中庭からの直射光が入ってきて、陰影のコントラストが強調されていますね。
炉前ホールにも、中庭からの光が入ってきます。
しかしこちらは中庭に庇も設けられており、直射光が当たらないよう設計されています。
反射光が広い空間を満たす一方、炉側が暗くなるような計画はやはりここでのシーンを考慮したものと考えられるでしょう。
中央に建つ柱が、何となく領域を分けています。
同時刻に別の家族が居合わせることもあるかも知れません。心理的な境界、拠り所としても機能しそうです。
中庭に対しては全面ガラス張りの面と壁で閉じられた面とが明確に使い分けられています。
上空を見ても周りの建物などが一切目に入ってこない立地は、敷地の検討の際重視された条件だったのではないかと想像されます。
収骨室です。
ここも壁面は左官仕上げでトップライトからの採光ですが、告別室とは反対に部屋の奥側に光が当たるよう方向がコントロールされています。
炉前ホールと待合棟をつなぐ通路。
通路自体には採光がありませんが、両サイドからの光で十分明るい空間になっています。
床面が左側のスロープが木、右側がコンクリートとちょうど両棟の素材を融合したかたちになっています。
待合棟に出ると、一気に開放的な空間が広がります。
建物のスケール感も、上空から直射光が落ちる様子も、白を中心に木材が使用された明るい色味も、それまでとは一変した雰囲気が意図されています。
待合室は式に参加する遺族だけでなく、検討のために訪れる見学者や、葬祭場と関わりのある業者さんなど、さまざまな人たちが訪れる場所です。
打ち合わせ等で使用されることもあるでしょうから、なるべくオープンで明るく印象を限定しない空間が求められたのだと思います。
とは言え遺族の方が待機する時間もあるため、外部からの視線が気にならないよう、公園のランドスケープが計画されています。
前回の記事で触れた綿密なランドスケープの計画が、ここへきてようやく感じられるという、何とも憎い空間構成ですね。
斎場から待合棟へのアプローチを振り返ったところです。
エントランスを除くと、この建築の導線のうち唯一外部に出る必要があるのがこの通路。
南側の公園に対し全面オープンになっていますが、反対側は壁面で閉じています。
誰かの葬儀を思い起こした時、普段は離れて暮らしていたり、列席者の全員が親しい関係ではない場合が多いのではないでしょうか。
何となく待合室の居心地が悪くて出てきた人がふと立ち止まって一時を過ごす、そんなシーンを想定していたのかも知れません。
奥に見える灰皿とパイプ椅子が、そんな想像を裏付けているような気がしてしまいます。
斎場の内部はトップライトと壁面下部からの自然光という光の抑えられた空間です。
奥の壁面の接合面が細くスリット状に空いていて、そこからも光が入ってきます。
実はこの壁面下部からの光ですが、建物外周が水盤になっていて、そこに反射した光が入ってくるようになっています。
天井が高く暗い空間というのは、日常ではあまり体験することのないものでした。
葬祭場という非日常性を最も強く感じたのが、この斎場です。
住宅程度の小さなスケールで構成された火葬棟、一転して明るく開放的な待合棟、そして非日常の斎場。
いずれも共通しているのは、直線を中心にしたシンプルな造形と、それと対比するようなシーンごとに選択されたさまざまな素材と採光方式。
奇抜な造形は一切ないのに、小規模な施設にこれだけ多様な空間を生んでいるこの建築は、日本を代表する建築家・槇文彦氏がその発想を存分に発揮した作品でした。
図面から想像すると一見寡黙に思える建築も、十分なデザインの引き出しさえ持っていればこれだけ饒舌な建築がつくれるのだと、驚かされます。
少しでも周りと違うものを、オリジナルなものを考え出そうと珍奇な造形をこねくり回していた学生時代の自分に、本当に良い建築とはどんなものか教えてあげたい、そんなことを考えさせられる機会となりました。