(想)善意の押し付けは自己満足?
何か人を助けたい。誰かの力になりたい。
誰もが少なからず思う事だろう。
しかし、時に人を傷つけてしまうこともある。
私はそんなに器用ではなく、よく誤解をされてきた。
特にこちら側の熱意がある時ほど、空回りすることがあった。相手がそこまで求めてないのに、良かれと思ってしたことが、相手にとってはありがた迷惑になる。
悪い結果になった場合、自分の行動を冷静に振り返ってみると、そりゃそうなるよねと思うこともしばしば。
根本的な発想や経験の違い、年齢や性別の違いなど根本的に考えてることが違うことは当たり前なのに、自分の今の意識で考えてたりすると的外れになっていることが多い。
昔、一つ目の通信系会社を立ち上げた時、そこの会長には良く可愛がってもらっていた。
その人も裸一貫で、のし上がった人なので、私に過去の自分と同じ何かを感じてくれていたみたいなので、色々なアドバイスをしてもらった。
当時、知りたいことが多くて、質問を沢山したが面倒くさがらず、ひとつひとつが名言だなと思えるような考えを教えてくれた。
今思うと、アドバイスのバランスが凄いなと思うことは、私の状況で次に起こり得るだろうこととどう回避していけばいいのかくらいで、その先のことはあえて話さない。
知識や経験があると、つい余計な事まで話してしまいがちになる。でも、遠く先の事はその時に壁と感じてそうな時話せばいいのであって、別にその時に話すことではない。余計なことを話すことで先の苦労が見えてしまいやる気を削ぐことにもなりかねない。
また、私が壁に当たって自信を無くしてた時、正直自分でも自信がないことをいってるなーと言い訳含めて話したこともあった。当時は発想力もなく、越えられない壁に感じてたからだ。
こちらは階段は作れるけど、登るのは本人しか出来ないよ、乗り越えないとねと優しく話してくれた。後日、他の先輩から聞いたのだが、彼はもう少し時間がかかりそうだねと話してたらしい。
誰もが成長スピードは違うし、誰もがチャレンジするかも解らない。するかしないかは本人次第だし、どちらを選んでもその人の人生はそれで正解かもしれない。ただ、精一杯やりたいと思うなら、そっと力を貸してくれる。
会長は、あくまでもその人目線で物事を考えてくれていた。
素晴らしい会長に出会えてよかったなと思う。
あれから20年今も教えを時々聞いている。
そんな会長に憧れて、私もその人にとっていい影響を与えられる人になりたいと憧れているが、まだ自信がない。
積極的に行動していても、時にはひょっとして迷惑なのではないか、独りよがりではないのか、ただいい人と想いたいだけなのではないかなど、不安は常にある。
まだまだ理想には時間がかかりそうだ。
時に傷つけて傷ついて、挫けそうになるけど、喜んでくれてる人もきっといると信じて、諦めないでいつか感謝されるような人生を送っていきたい。
人生で一番大事なのは、やっぱり
「愛だろ、愛っ。」by サントリー
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