想像するということ

ある人の息子さん(15歳)の話
ADナントカとかナントカ障害とかいう診断を受けたと。
どういう特徴なの?と聞くと
まず、白い紙の右半分に、人の顔の右半分だけが描いてある。
左の白紙のところに、残りの顔半分を描きなさい。というのが描けない。
まったく何をどう描いていいのかわからないらしい。

え?描いてある部分を見て、その通り対称に描けばいいのでは?
というと、それができないのだと。

あるいは、5個のおもちゃを並べて見せてから、そのうちの1つに上から紙コップを被せて隠す。
隠されたのは何ですか?
わからない。

コロナ禍で、みんながマスクをしていると、マスクで隠された部分が
ぽっかりと空白になり、首から空洞の上にいきなり目が浮いてるように見えて恐怖するらしい。それで彼の担当の先生はマスクをしないでいてくれたそうだ。

記憶力は人並みかそれ以上にあるのだが
想像する、予測する、ということができないらしい。
目の前に無いものを想像や予想、推理で補うということができないのだ。
目の前に見えているものしか、わからないのだ。

幼児期のトイレトレーニングの時などは、普通はお腹の感覚で
あ、ウンチがでると予測できてトイレに行く。
彼はそれができないので、出てしまってからわかるという感じ。
訓練で、日常生活は問題なくできるようだが
痛みなどの感覚にも鈍く、それは縫わないと!!レベルのケガをしても
親がお風呂に入れようとして気づくまで平気でいるそう。

さて、そんな彼なのでもちろん他人の気持ちを想像するということは
できない相談なのだ。
見た通り、考えた通りを言うだけで
それによって相手が喜ぶとか怒るとかの予想はできないし、思いつきもしない。当然人間関係は難しく、いじめに遭う。

喜怒哀楽はあるが、自分の感情にも鈍いので
「これ以上は耐えられない」みたいな限界がわからず
数人のクラスメイトに、延々罵詈雑言を浴びせられながら
じっと無表情で聴いていたかと思うと、突然限界が来てスイッチが入る。
スイッチが入るとそれはもう本人にも止められないで、いきなりハサミを持って殺そうとしてしまう。

彼の母親は、彼が会社に勤めたり、接客を必要とする職場で働くことは無理だとわかっているので
学校や専門医と相談しながら、彼が今後生きていける道を模索している状態だった。

さて、私がこの話を聞いて考えたのは
最近増えているナントカ障害の人たちのことでも、社会問題のことでもなく
宇宙的に見たら、エネルギー界から見たら、これは何が起こっているのだろうということだ。

想像力というのは、人として生きるにも、何かを創作するにも、社会でうまくやるにも何よりも必要なものではないかと思う。
十分に高い知能はありながら、よりによってその想像力がないとは
一体どういうことなのだろうか。
師匠ならなんと答えるだろうか。。。

想像力は、優しさや智恵の素でもあるけれど
人はまた、想像力によって悩み苦しむ。
取りこし苦労に始り、死の恐怖、過去の後悔、未来の不安、こうなったらどうしよう、きっとこうなるに違いない、ああもう終わりだ。
まだ起きてもいないこと、目の前に無いことで悩む。
他人の気持ちを勝手に誤解して思い込む。
妄想の域まで行けばもう病気だし、犯罪に発展することも。

彼にはそれがないので、性格は穏やかで、目の前に何もなければ落ち込むことも不安にかられることもなく平安である。

こういう極端な例が現れるのは、現代人に一石を投じる役目を担ってではないのかなと思っている。

彼の母親は、彼を普通の子のように矯正させようとか、人目から隠そうとかせず
あるいは、最近よくあるパターンのように
周りの関わる人たちの方を彼に合わせて変えさせようとゴネルでもなく
彼がうまくその能力を活かして生きていける道を探しているので
こちらも何のてらいもなく、どんどん質問できてとても興味深かった。

感情、これこそがエネルギー界にはない、現実世界でだけ肉体を持った人間が遊ぶ道具なのだ。
それはホントにそんなに悲しむことなのか?
それはホントにあなたの望みなのか?
普通はそういうもんだって刷り込みだけで感情を動かしていないか?
人がわかり合うとは。
人が共存するとは。
いよいよ言葉ではなくテレパシーで会話する世界がやってくるのかもしれない。まだまだ後の世代だろが、前兆はすでにある。






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