【現代ホラー異聞録 山神の血印 ~おはなしの集う山~】(2話目/全10話)
山の怪 2
石原は六山と画面を見比べる。
「実際会ったんだろ?」
「会ったよ」
「顔は? 誰に似てる?」
六山は、考え込むような顔でほぐしたイワナの身をもぐもぐと三口ほど食べた。
強いて言えばと前置きして答えたのは、ストレートの長い黒髪と白い肌が特徴的なアイドルの名前だった。本当に似ているのなら、かなりの清楚系美人だ。
「へー、家近い?」
六山が沢の方を指さした。
「山ジイの所に居候してるんだよ」
「え?」
石原は沢の向こう側、鬱蒼と木々の茂る山肌を見上げた。
山ジイとは、沢向いの久具根山にある古い神社の神主だ。石原達が小学生の頃から白い髭と白髪を長く伸ばした仙人じみた風貌をしていた。
八幡様や地区ごとの神社では季節ごとに祭りや集まりがあったが、山ジイの神社は近づいてはいけないと大人達に言われていた。
だからほとんど顔を合わせることは無かったが、稀に出会った時は、ぎょろりと大きな目で何も言わずに凝視してくるような薄気味悪いジイさんだった。
「なんで? 親戚? ってか山ジイって死んだんじゃなかったっけ?」
「うん、山ジイはもういないけど、山ジイの手伝いをしてたおじさんがいるだろ」
石原は、中学生の頃に山で会った男の顔を思い出した。
ボロボロの灰色の作務衣を着て頭に白いタオルを巻いて、不機嫌そうな顔をした男だった。山ジイは気味が悪いから近づきたくないタイプだったが、あの男はうかつに近づいたら理不尽に殴られそうな恐ろしさがあるタイプだった。
「あー、あの、おっかないおっさん!」
「萩沢さんな。今そのおっさんが神社の管理してて、そこに居候してる」
「へー。じゃ、そのおっさんの親戚?」
「いや、他人」
「え、どういう関係?」
「弟子入りしたんだってさ」
「弟子?神社の弟子?」
「いや、占いだかお祓いだか、そっちの方」
山ジイが霊能者のようなことをしているという噂は知っていた。町の人が久具根山へ人目をはばかるように登っていく事もあれば、見知らぬ車が山を上っていくのを見た事もある。そのうち何度かは、こんな山間に似つかわしくない高級車だった。
「え、じゃその子も霊能力? 霊感? そういうのあったりする?」
友達を紹介してもらう線は無しかなと思いながら、石原は半笑いで聞いた。
「あるっていうか、鍛えるために弟子入りしたみたいな話だったかな」
「へー」
石原は、六山のいつもと変わらない淡々とした顔に何と言っていいのかわからなくなった。
のんびりとイワナを食べてハイボールを飲む六山を眺めているうちに、石原は六山が騙されているんじゃないかと思った。
子供の頃は山ジイの噂を真に受けてびびっていたが、この年になってみれば霊能力者や超能力者なんてものは誰かを怖がらせたり、嘘か本当かわからない事を言ったりして金を取る詐欺師同然の連中だとわかる。
実家が太くてお人好しな勇郎はいいカモだろう。親友が変な女にひっかかるのを見過ごす事はできない。
ふつふつと湧き上がる使命感が、変な事に関わりたくないという自己防衛本能を凌駕した。
自分に何が出来るかはわからないが、まずは敵情視察が必要だ。
「ってかさ、家近いんなら呼んだら? ちょうど昼じゃん。一緒にイワナどうっすか? ってさ」
石原は軽い調子で言った。六山は沢向こうの山を見上げる。
「近い、か?」
言われて石原も山を見上げた。
距離的にはそれほど遠くはないが、ここへ来るには獣道しかない山の中を歩かなければならない。山に慣れていなければきついだろう。
「あ、じゃあ、届ける? 一回、家に荷物置いて魚だけ持って行けばいいだろ」
六山の家は山を下ってすぐのところにある。ここから歩いて三十分ほどだ。山ジイの神社に行った事はないが、その下の方にある家には仲間内の肝試しや虫取りのために行ったことがある。
舗装されていないが、車一台が通れる程度の道はある。子供の頃は半日がかりの大冒険だったが、大人の足なら片道で三十分もかからないはずだ。
「昼には間に合わないけど、晩飯に使えるから喜ぶだろ。聞いてみなよ」
六山は躊躇いながらもメッセージを送った。返事はすぐに来た。
「食べたいってさ」
「ほらなー。俺も行っていいよな? 挨拶したいし」
「挨拶?」
「ちらっと顔見るだけだって。いいだろ?」
六山はまたスマホを弄り、うなずいた。
「友達も一緒でいいってさ」
六山が腰を上げてザックからビニール袋を取り出す。彼女の分を取り分けるようだ。
大きな背中を丸めた六山は、真剣な顔で姿のいいイワナを選り分けている。
石原はさりげなく探りを入れた。
「でもさー、すごい偶然だよな。たまたまギルメンになった子が近所に住んでるなんてさ」
「いや、ギルメンになったのが先で、近所に来たのが後」
「は? どういうこと?」
「相談されたんだ」
六山はビニール袋に詰めたイワナをクーラーボックスに戻し、残りのイワナで刺し身を作りながら話した。
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