【現代ホラー異聞録 山神の血印 ~おはなしの集う山~】(3話目/全10話)
山の怪 3
「ギルメンになって三年ぐらいの付き合いで、元々、霊感が強いって話は聞いてたんだ。まあ、霊感って言っても何か見えるとかじゃなくて、そういう場所に行くと嫌な感じがするってレベルだったらしいんだけど。半年ぐらい前に、友達に誘われて霊が出るっていう廃墟に行った時に何かあって霊感が強くなって、日常生活がしにくくなったらしいんだよ」
「何かってなんだよ?」
「聞かない方がいいって言われたから、詳しく聞いてない」
思わせぶりに濁すとは、ますます胡散臭い。石原はそう思ったが、話の続きを促した。
「それで?」
「すごく困ってるようだったから、萩沢さんを紹介したんだ。堀田さんとこのおばさんが変になった時もなんとかしてもらったからさ」
「堀田さんって、駄菓子屋の?」
「そう。相談受けるちょっと前だったかな。なんかおかしくなってたんだよ」
「おかしくって何が?」
「わけわかんねえこと言ったり暴れたり、変なもの集めたり食べたりしてたらしいよ」
「ええー? 認知症? あのおばちゃんってまだ六十にもなってないよな?」
石原は嫌な方向に話が向いている気がして、わざとへらへらと笑った。
六山は、淀みのない手際でイワナをおろしながら頷く。
「六十にはなってないと思う。認知症でもないんだよ。萩沢さんの所におばさんを連れて行ったら治ったから」
「え、それってお祓いとか霊能力で治療したみたいな話?」
六山が、手元に向けていた目を石原に向けた。
どこか突き放すような目をしているように見えた。石原は自分の顔が引き攣っていそうで焦った。
「いや、っていうかさ、勇郎ってそういうの信じる人だったっけ? 彼女がそうだからって事?」
「さあ?」
「さあってなんだよ?」
六山が手元に視線を戻し、刺し身を紙皿に敷いた蕗の葉に盛り付けていく。
「萩沢さんの所におばさんを連れて行く時にさ、俺、たまたまこっちに来てたから手伝いを頼まれたんだ。父さんと堀田のおじさんと、堀田さんとこの乙葉さんとその旦那さんが布団で簀巻きにしたおばさんの事を抑えて、オレが車の運転をした。その時、夜だったんだけど、山ジイの山に入ってしばらくしたら父さんの携帯が鳴って、父さんが電話に出た瞬間だよ、ずーっとなんかぶつぶつ言ってたおばさんが急に悲鳴上げて物凄い暴れて、運転席の真上の天井がハンマーか何かで叩かれてるみたいにガンガン音立ててさ、すげえびっくりしたんだよね」
「いや、ホラーじゃん。なにそれ映画? マジで言ってる?」
ははは、と六山が笑ったから、たちの悪い冗談を言われたのかと石原は思ったが、六山は出来た刺し身の皿をクーラーボックの上に置いて石原に勧めながら話を続けた。
「まあ、そういう経験あったから彼女に相談された時に萩沢さんを紹介したわけ。実際、おばさんは萩沢さんに会ったらすぐ落ち着いて次の日には治ってたし、彼女も萩沢さんは本物だって言ってた」
「いやいやいや、さらっと言うなって。てか、おばさんは何が原因だったわけ?」
「さあ? 聞いてないから知らない」
「聞けよ、そこは。気にならねえの? なんで?」
六山は刺し身をつまみ、ちょっと考えるような間をおいて答えた。
「聞いて理解できちゃったら怖いだろ」
「ええ? どういう事?」
「だからさ、何か変な事が起きてるっぽいけど、何が原因でどういう理屈でそういう事になってるのかを説明されて理解しちゃったらもうそっちの世界が現実になる訳だろ。あんな怖い事が日常になるなんてオレは無理だなって思った。知らなければなんか変な事あったなーで終わりだろ」
「まあ、そう、かも」
「だろ? だから旭にも話さなかったし、その後はなるべくこっちに戻らなかったし、手伝いもしなかったんだよ。今回は旭と一緒で、彼女もこっちにいるから耐えられそうかなって思ったから来たんだ」
「ちょい待って。今なんか、その後は手伝わなかったとか言った? おばさんだけじゃねえの?」
「あの後で父さんから連絡来たのは一回だけど、おばさんより前に変になって萩沢さんの所に運ばれた人が三人ぐらいいたらしいよ」
「うええ、なにそれ。怖いじゃん。え、でもうちの親は何も言ってなかったけど? 今年は近所の葬式が続いたとかそんなんは言ってたけど、それって関係ないよな?」
刺し身を口へ運ぼうとしていた六山の手が止まった。石原の目をじっと意味ありげに見つめてから視線を逸らし、刺し身をゆっくりと噛んだ。
「え、何か言えよ。ちょっと怖いんだけど?」
ははは、と六山がわざとらしく笑った。
「実はさ、オレも、ずっとうっすら怖かったんだよな。良かったよ、旭に話せて」
「なんだよ、それ! そんな事聞きたいんじゃないんだよ! 説明してくれよ!」
「だよなあ。やっぱり説明を聞いた方が怖くなくなるかもなあ。イワナ届ける時にさ、一緒に萩沢さんに話を聞こうよ」
「え」
嫌だとは言えない雰囲気だった。六山は笑顔だが、目が必死だった。顔が整っているせいで目力の圧が半端ない。
「オレの彼女、見たいよな?」
「見たいけど」
「変な事が起きてる原因も知りたいんだよな?」
「それは」
知りたいような知りたくないような、どっちつかずの気分だった。
親友が変な女に引っかかっていないか確かめたかっただけなのに、なぜこんな事になるのか。
だが、ここまで聞いてしまったら、聞かなかった事にして忘れるなんて事もできない。
「わかったよ、一緒に聞くよ」
六山は、今日一番の笑顔を見せた。
「そう言ってくれると思ったよ。じゃあさっさと食べてさっさと行こう。向こうで話が長引いて暗くなったら帰れる気がしない」
「どんだけびびってんだよ」
無理に笑い飛ばしながらも、石原は六山と競うように昼食を腹に詰め込み、手早く荷物をまとめて撤収した。
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